幸福の道標編
第60話 武器職人ルシテア
「レイアさ〜ん! 部屋、ありがとうございました!」
「あら? もういいのね?」
「ええ、私の用事は済んだので。ところでレイアさん、このクレニリアの町で魔力武器を作れるような武器職人ってご存知です?」
「武器職人……。気難しいけれどルシテアちゃんはどうかしら。急がないならこの町で人気の武器職人のヘルクトスさんに頼んでもいいと思うけど、5週間はかかるんじゃないかしら」
「5週間は……、ちょっと間に合いませんね。ルシテアさんのところへ向かおうかと思います。建物の目印になりそうなものとかありますかね?」
「ルシテアちゃんの工房はピンク色の建物よ。クラリスちゃんが新しく連れているピンク色の髪の毛の女の子とよく似た色だからわかりやすいと思うわ」
「なるほど……、ありがとうございます。それでは私たちはお暇しますね。また今日もお世話になる予定なのでよろしくお願いしますレイアさん!」
……あれ、またこの宿を使うんだ。
クラリスさんはこの宿のなにかを気に入っているらしい。
匂いかな?
「あら、たまには宿を変えないの?」
「まさか、私がそんなことをするとでも? 私はこの町にいる間、レイアさんのお世話になりたいんですよ」
「……クラリス、行くぞ」
「わー! 引っ張らないでください兄上! 私はまだレイアさんとお話したいんですよ!」
「そんなことをしていたら日が暮れるぞ。それでは愚妹が失礼しました」
「いってらっしゃい、クラリスちゃん達」
レイアさんに優しく見送られる形で私達はイーゲン亭の外に出た。
それにしてもクラリスさんのあのレイアさんに対するしつこさは一体なんだろう?
聞けたら聞いてみようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
青紫色の建物の群れからピンク色の建物を探すのは簡単そうだが、大通りにはなかった。
私たちは今結構ごちゃごちゃした道を歩いている。
カットされた果物がたくさん乗っているようなパフェの絵が特徴的な看板の飲食店、高級感漂う飲み物屋からはコーヒーのような匂いがするし、雑貨屋のような店もあった。
この通りは主に飲食店でなっていそうだが、この中に武器職人の店はあるのだろうか?
「ピンク、ピンクピンク……、ありました! あの建物かと思います。」
視界のずっと先の方にパステルピンク色が若干見えた。
多分あれがルシテアさんの工房なのだろう。
駆け出したクラリスさんを私達は追いかける。
「……全部ピンクですね〜。ルシテアさんって人、相当この色が好きなんですかね? 町の景観を無視してまで自分を貫くとは中々気難しそうな方のようですね……」
「……そうなの?」
「あくまでわたくしの偏見ですよ。レイアさんも気難しいとは言っていましたが、もしかしたら話の分かる方かもしれませんし。とりあえず中へ入ってみましょうか」
クラリスさんは遠慮なくパステルピンク色の建物の中に入っていった。
私たちも遅れて入る。
……この建物、中もパステルピンク色だ。
どれだけルシテアさんという人はこの色が好きなんだろう?
カウンターのような物の向こうにいる、青みがかった色素が薄く背中を覆うほどの髪をした少女のような人がこちらを向いた。
随分と不機嫌そうだが……。
「……なんですか大勢でゾロゾロと、……冷やかしですか?」
「いえ、貴女が武器職人のルシテアさんであれば冷やかしではありません。お嬢さん、お名前は?」
「確かにわたしがルシテアですけど……、一体なんのようですか?」
「イーゲン亭のレイアさんから貴女が魔力武器を作れる武器職人だとお伺いしました。どうか貴女に私の魔力武器を使っていただきたいのです」
「……あなた、今まで魔力武器を使った経験はあります?」
「ありませんが、それがどうかしましたか?」
「……まずはあなたが魔力武器を扱うのに必要な魔力量を放出できるか試します。専用の杖を持ってくるのでそこで待つように」
そう言ってルシテアさんは工房の奥の方へ専用の杖とやらを探しに行った。
……無愛想なだけで、意外と早く目的が果たせるような、そんな気がする。
彼女がどのくらいの期間で武器を仕上げてくれるかわからないけど、これは期待しても良さそうだが……?
ルシテアさんが杖を持って戻って来る。
持ってきた杖は指揮棒によく似た形をしていてとても細い。
こういうのも杖になるんだ……。
耐久性はあるのだろうか?
「では……、あなた、名前は?」
「クラリスと言います」
「ではクラリス、この杖を使いこれを攻撃するように。これが無傷ならあなたに作る魔力武器はありません」
「……これというのは人形のように見えますが?」
いろいろな四角でできた実在する男の人を模したような人形だ。
黒っぽいけど赤紫色に見える上をしていて黄色寄りの茶色の目をしている。
……なにかその人に恨みでもあるのだろうか?
「遠慮なく攻撃を。大したものではありませんので」
「では、早速」
クラリスさんは人形に向かって魔力を放つ。
一直線に向かって出てきた水の魔力は人形の心臓を貫通どころか、さらにその先まで貫通してしまう。
水の魔力は威力が減衰したのかさすがに工房の壁まで穴を開けなかった。
……危なかったな。
「あなた、どうして今まで魔力武器を使ってこなかったんですか!? すぐ作ったほうがいいです! 材料となる魔石は……?」
「まだないですね!」
「今すぐ取りに行ってください! 今日の夜までなら待ってやります。それまでに持ってくれば明後日の朝に渡します!」
「明後日の朝ですね! それじゃあ持ってきます! 皆様、すぐにモラグドルス森林に向かいましょう!」
モラグドルス森林とはなにかを聞く隙もなくクラリスさんはルシテアさんの工房から出てしまった。
追わないと。
慌てて工房の外に出るとクラリスさんは普通に待っていた。
私達を見るとクラリスさんは歩き出したのでそれに倣う。
「……クラリスさん、急ぐんじゃないの?」
「ヒトの往来を走るのは危ないですよ?」
「……うん、そうだね」
「クラリス、モラグドルス森林とはどこにある?」
「私と会ったあの場所ですよ。とりあえずあの辺の厄災の獣を狩っていたじゃないですか」
「……なら材料になる魔石はあるんじゃないか?」
「合体させてないので魔力が抜けてますよ〜。なので十分量狩って魔石を合体するしかないですね。夜前の更に前にはここに戻りましょうか」
「その空魔石になりかけてる魔石、後でアタシに渡してくれない? フユミヤちゃんの魔力を集めるのに使うから!」
「主様の魔力をですか……? なにに使うのです?」
「古代の魔術に必要なわけ。闇の魔力を持っているの、今のところフユミヤちゃんしかいないからね」
「古代の魔術とはなにかわかりませんが……、主様はいいのですか?」
「うん」
別に闇の魔力は大して使い道がないので、活躍の場があるのなら立たせてあげてもいいだろう。
古代の魔術には変なのもあるけど、きっと良いものもあるはず。
闇の魔力という言葉の響きからは少し嫌な感じを受けるけど、良いところも絶対あるはずだ。
ルプアはどんな古代の魔術を実践しようとしているかはわからないけど、大丈夫だと信じたい。
「では後ほど渡しますか。今晩宿に泊まる際で構いませんよね?」
「それで構わないよ。魔石はあればあるほど嬉しいものだからね」
軽い約束をルプアがクラリスさんに取り付けて、私達はモラグドルス森林へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わー、紫」
モラグドルス森林の木の葉っぱは赤寄りでもなければ青寄りでもない真ん中寄りの紫色をしている。
どうなっているの?
「主様? どうされたのですか? 木の葉っぱがどうかしましたか?」
「見たことないなって、紫色の葉っぱ」
地球で紫色の葉っぱと言えば紫キャベツだろうけど、この世界では木の葉ですら紫が存在するのか。
木の紫色が濃い分、幹とか根っことか枝とかは白い。
それがたくさん群れをなしているから凄いな……。
「主様の世界とは違うんです?」
「うん、少なくとも木の葉っぱの色が紫色のものは存在していないはず、私がいた世界では赤、オレンジ、黄色、黄緑、緑で主に黄緑と緑が多く存在していたかな」
「こちらでは色が均等にありますが……、青や水色、青緑にピンクといった色もありますね」
「ピンク色の葉っぱの木もあるってこと? それはすごい……、葉っぱが花みたいだね」
「はい、ピンク色の葉っぱの木の森はセルクシア公爵領にあったはずです。……あの場所に出てくる厄災の獣、可愛らしい割には凶暴で騎士志望の学生は泣きながら倒してましたっけ」
「……あー、あの相手するだけ無駄な畜生共ね。見た目に騙されるやつが多すぎるから入るのが許可制になっているはずのプリチェルム森林、よりにもよって1番入れてはダメな学生入れてるのがな……」
見た目詐欺みたいな厄災の獣がこの世界には存在しているようだ……。
油断はしてはいけないね。
「厄災の獣は先の方にいますわ。今回はクラリス様の魔石稼ぎが目的ですし、わたくし達はクラリス様が捌ききれない厄災の獣の数減らしに集中いたしましょうか」
「いや、それはフユミヤにやってもらおう。アタシとユーリとコルドリウスくんは
「ルプア、私この辺りの厄災の獣の強さがどんなものか知らないんだけど……」
「大厄災の獣を倒しているフユミヤちゃんなら余裕余裕! なんとか頑張ってね! アタシの魔石のために!」
「そ、そんな……」
クラリスさんがどれだけの強さかは知らないけど、厄災の獣の相手は苦手だと言っていたし、下手すれば私がクラリスさんに必要な厄災の獣まで狩ってしまうのではないだろうか?
「……今回は1度この杖を試してみたいですね」
「その杖、ルシテアさんのところから持ってきちゃったの?」
「お店に戻ったら返しますよ。ならず者になっちゃいますからね」
「……ルシテアさん、許してくれるかな」
「誠心誠意、謝りますって! じゃあ、始めましょうか主様」
「うん、そうだね」
こうして、戦いは始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは1体、こちらに近づいてきている厄災の獣は……、
「……クラリスさん、厄災の獣が来ているけどわかる?」
「えぇ、わかりますとも。この杖の試し打ちといきましょうかっ!」
杖から勢いの強い水流が出てきて這い寄って来ている藍色の毛むくじゃらに当たる。
……水流の勢いは毛むくじゃらの体に大きな穴を空け、黒い体液がぶち撒かれる。
力なく崩れ落ちる厄災の獣。
これは一撃で倒した、ということ?
「……これ、効いてるんですかね?」
「でも、もう動いていないから……、効いてるはず」
「だといいのですが……」
「飛んでいるのが3体来ますわ!」
「では先にっ!」
「他の2体をやっておくね」
「主様、ありがとうございます!」
クラリスさんの使っている杖は一撃が重い割に1体ずつしか攻撃できないようだ。
ケガを負うのは良くないという観点から私が素早く邪魔者を闇の魔力で撃ち落とす。
普通の厄災の獣に対してなら闇の魔力でも十分戦えるのだ。
まだまだ厄災の獣はわらわらと存在している。
クラリスさんが武器を作れるくらいには魔石を集めなくては!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……魔力の気配、こちらに近づいてこなくなってきた。
そろそろ魔石を集められそう?
「魔石を集めるなら今じゃない? フユミヤちゃんの分はアタシの物と合体させるからフユミヤちゃんはそのままでいいよ」
「私は自分の武器用の魔石なのでそのまま探してきますね〜」
ルプアとクラリスさんが魔石を取りに草むらをかき分けて遠くの方へ行った。
……魔石集めている間は暇だし、私は魔力中和でもしようかな?
「フユミーさん、なにをしますの?」
「魔力中和、しようかなって」
「そうですわね。結構時間がかかりそうですし、そうしましょうか。」
「……そうだな」
……あれ、前衛の人も魔力中和ってできるんだ。
といった野暮なツッコミは置いといて、私達は魔力中和を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔力中和の魔力を適当にばらまいているところになぜかコルドリウスさんがこちらへ来た。
一体なんだろうか?
「ところでフユミヤ、どうしてお前はアキュルロッテ様のことをルプアといった名前で呼んでいる? アキュルロッテ様はそのような名前ではないだろう?」
「ルプアがアキュルロッテと呼ばれたくないからそう呼んでいるけど……、確か連れてかれた時、アキュルロッテという名前はもう名乗る気はないみたいなこと言っていたよ」
「……アキュルロッテ様は名前でさえも捨てたい、ということですか。一体どうして……」
「……貴族の生活って厳しいのかな?」
「……家によって違うだろう。アキュルロッテ様にはそれが厳しかった、ということだろうな」
「……だから4年も消息を眩ましていたということなんだろうね」
「そうだな。……疑問は解けた。俺は別の場所の魔力中和に移る。失礼した」
コルドリウスさんが去っていった。
アキュルロッテさんがルプアという名前の理由聞きたかっただけらしい。
そういえば、なんでルプアって名前なんだろう?
不思議だね。
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