第58話 私の騎士になりたいと言われた

 滞在できる残り時間30分前くらいに宿を出た。

 追い出されたらどうなるのだろうかとも思ったけど、自分の意志で出た方がなにも失うことなく出ることができそうなのでそれで良しとする。

 お腹の中の物も消化できたし、いいかなって。


「……ところでルプア、これからどうするの?」

「その辺の街道なり森に出て飛んで逃げる。この町にいたらユーリやコルドリウスと出くわすよね?」

「……ユーリちゃんはいいんじゃないの? 弟子なんじゃ……」

「師匠ってあの子が勝手に呼んでいただけ。それにアタシから今のあの子教えられることはもうないの」

「じゃあ料理も作らないってこと……?」

「コルドリウスくんがいなければ料理くらいは作ってもいいとは思ったけど、あの子は食い意地張ってるからね……。この世界の食事情を知って絶望したところもあるのでしょう」

「……まあ、ガチャ芋と大厄災の獣の肉ガチャ、味のガチャ要素多いからね。運頼み……」

「アタシが地球の料理を再現した食べ物ばかり与えてたのが悪いけど、宿屋とか飲食店の飲食物でもたまに地球に似た味の物はあるのにな……?」

「といってもたまにレベルなら結局ガチャと変わらないんじゃ……」


 おすすめ飲食店の情報を聞いたり飲食店の情報を見たりしない限りおいしい料理には辿り着けないような気もする。

 ましてや地球の物と似た食べ物なんてもっと貴重だろう。

 あのラーメン屋さん、相当貴重な存在ではないのだろうか。

 相当太麺で、チャーシューも分厚いけど、この世界風にアレンジされたラーメンではない。

 個人的にはあっさりしたラーメンを食べたくはあるけど、ルプアはラーメンを作れるのだろうか?


「それはそうだけど……」

「いましたわ! お師匠様! フユミーさん!」

「ウゲッ……、なんてタイミングで」


 やはりユーリちゃんはルプアを待ち構えていたらしい。

 人の往来を器用にすり抜けながら私達の方へ近づいてくる。


「逃げるよ、フユミヤちゃん!」

「そうはさせませんわ!」

「私!?」


 どういうわけかユーリちゃんは私に抱きついてきた。

 そこは師匠であるルプアに、じゃないの?

 なんで……?


「これでフユミーさんを引っ捕らえましたわ! お師匠様はフユミーさんを連れて別の場所に行けませんわね」

「……それをされるとアタシ困るんだけどな〜」

「だからそうしてますの!」

「いや〜、簡単に捕まえられましたね〜。こんな場所で話をしては通行人の邪魔ですし、私達の泊まってた宿でじっくり話をさせてもらいましょうか」

「……そうだな。アキュルロッテ様はどうされます? フユミヤを置いて逃げますか?」

「…………着いていくしかない、か。フユミヤちゃんの闇の魔力は欲しいし。追跡用の装飾品も用意できてないしね」


 ……追跡用の装飾品って私の靴につけられているヴィクトール様の装飾品のようなもの?

 なんでそんなものを私に……?


「さあ、イーゲン亭へ連行! ですわ!」


 動かなければいいのではと思ったがユーリちゃんが体を押してくるので厳しそうだ。

 私は人質なのかユーリちゃんは私の背中にくっついたまま歩いている。

 1番前にいる青髪の女性はよくよく見るとコルドリウスさんと髪の色が全く一緒だ。

 この世界でそれは珍しいことのような……?

 兄妹、なの?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 アロマのような匂いが鼻を掠める。

 どこからこの匂い、するんだろう?

 そう思っていたら1番前の青髪の女性が建物の中に入っていった。


「レイアさん、すみません! 空いている部屋、ありますかね……?」

「あら、クラリスちゃん? どうしたのいきなり?」

「兄上の探し人が見つかったので少し話をしたいと思いまして……」

「……そうね、大部屋ならいいかしら。お代はいただくけれど、構わないわよねクラリスちゃん」

「ええ、ぜひ! どのくらい必要ですか?」

「30万リーフね」

「ぜひ払わせていただきます!」


 ……この建物がイーゲン亭か。

 アロマのような匂いが強い。


「さっ、入りますわよ。進んでくださいまし」


 相変わらずユーリちゃんの押しが強い。

 私達はイーゲン亭に足を踏み入れた。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 イーゲン亭の大部屋に連行された私とルプア。

 なぜか私だけベッドの上に座らされ、さらに膝の上にユーリちゃんが乗っている。

 なんで?


「さて、重要人物の御二人は捕まえられましたし、どうするんです?」

「わたくしはお師匠様に料理を作ってもらいたいですわ!」

「ヴィクトール様がこちらに来られないことにはなにもできん」

「…………そんな感じでいいんです? なんかもうちょっとこう、尋問とか……、そういうのはしないんですか?」

「と言われてもだな。俺はヴィクトール殿下からただ一言追えとしか言われていない。……ヴィクトール殿下の代行として振る舞いたくともアキュルロッテ様になにをすればいいのかわからん」


 わからないのに私達をここまで捕まえておいたの!?

 この後どうするの……?


「あ、兄上? 主君とうまく行ってないんです?」

「………そうだ」

「えぇ…………」

「それはさておきまして、クラリス様はフユミーさんになにか用はありませんの? あるのでしたらわたくし、フユミーさんから退きますわ」

「……おっ? いいんです? でしたらお願いします」

「わかりましたわ」


 クラリスさんは私に用があるらしい。

 私達顔見知りではないと思うけれど、一体どのような用事があるのだろうか?

 ユーリちゃんが私の膝の上から退いた。


「さて、フユミヤ様、わたくしのことを覚えておいででしょうか」

「えっと、覚えてないです」


 突然クラリスさんがかしこまった。

 それにフユミヤ“様”ってなに?

 私なにかクラリスさんにやった?

 私、突然現れた不審異世界人だよ?


「昨夜、貴女に助けられた命です。クラリス=クーデリア=ゴルディアンと申します」

「そ、そうですか……」


 名乗る直前に突然跪いたのでびっくりした。

 クラリスさんは私に一体なにをするつもりなのだろう?

 なんだかわからなくなってきた。


「このわたくし、クラリス=クーデリア=ゴルディアンはフユミヤ様の騎士となりたいのです。貴女が望むのでしたらどのようなことでもします。どうか貴女様の騎士になること許していただけないでしょうか?」

「エッ、えーっと……」


 ……私の騎士になりたいってなに?

 騎士ということは、部下みたいなもの?

 私、なにもできないんだけど?

 どんなことでもするとは言っているけど、そこまでの感情を持ってもらうのは違うような。

 私、治療魔術かけただけだよね?

 …………結論、言わないと。


「えっと、私、騎士を求めてないです。せっかく命があるのですからその命は自分のために使ってください」

「嫌です!!」


 だ、ダメなの?

 これ、断るにはどうしたら……?


「わたくしは貴女様のような方を主として仰ぎたいのです」

「そもそも私、貴族ではないですし、この世界で生きたような記憶もないですし、怪しいところが多いですよ? もう少し、主とする方は選んだ方が……」

「でしたらなおさら助けは必要でしょう。わたくし、人の身支度、家事でしたら得意です。厄災狩りの腕に自信はあまりないですが……」

「……人の身支度、家事?」


 騎士にそんなものって必要なんだっけ?

 そういうのはメイドや執事がするような気がするけれど……?


「フユミヤ様は騎士という職業をご存知ではないですよね?」

「……うん、そうだけど」

「それでは説明を、軽く。まず騎士という物には大きく分かれて2つの種類に分かれます。主を持たず、ヒトの集落を主として仰ぐ駐屯騎士、主を持ち、主の生活をいつでも支えるために働く近衛騎士。この2つです」

「……主とするのは貴族だけではないの?」

「大抵は貴族や街ですが、仕えたいと思う対象に身分など関係ありません。わたくしはフユミヤ様がいいのです!」

「……そ、そんなこと言われても」


 私よりまともに生きている人の人生を棒に振らせてはいけない。

 断らなきゃとは思うけど、一体どうしたら……。


 視線を他の人に移す。

 ユーリちゃん、目を合わせてくれない。

 ルプア、そもそもこちらを見ていない。

 コルドリウスさん、こっちを見てきているが、


「……諦めろ。俺たちの家、ゴルディアン家は主と決めた者がいる場合、その者が主になるまでその者を地の果てだろうと探し求める。クラリスはまだ学生だ。彼女の人生を壊すつもりがあるなら断って逃げてもいいが……、どうするつもりだ?」

「…………」


 クラリスさんは学生、ということはこの世界の10歳から15歳の範囲内に入っている。

 そうなると私の年下なのは確定した。

 ……え?

 これ断ったらクラリスさんずっと私のことを追いかけるの?

 嘘だよね?


「……えっと、ここでもしルプアに私のことを逃がすように頼んだらクラリスさんは私のことを追いかけるの?」

「もちろん、わたくしは自分の学生としての使命を投げ打ってでもフユミヤ様のことを探し求めますとも、わたくしは天の頂点へ行けはしませんが、地の底になら誰だって行けます。歩ける限り探しますよ」

「…………」


 ど、どど、どうしよう。

 普通に断って逃げてもダメだ……。

 なにか諦めさせる方法、条件みたいなの付けられないかな?

 このまま着いてこられても、封印されし大厄災の獣を倒すことはクラリスさんには無理で、魔力を分けるか、魔力の真髄に辿り着くかしないと普通の人には大厄災の獣に太刀打ちできないから……。

 あの方法で魔力の真髄に辿り着けなかったらダメ、みたいな条件でやってみよう。

 ……魔力の真髄に辿り着かない、よね?


「……フユミヤ様?」

「じょ、条件があります。この条件を満たさなければ、私の騎士になることは諦めてください!」

「その条件とはいかなるものでしょうか!」

「……魔力の真髄に辿り着いてもらいます」

「魔力の真髄、ですか」

「フユミヤちゃん!? そんなことさせるの!?」

「あのねルプア。私が電気の魔力を使えるようになった方法で、魔力の真髄に辿り着けないか試してみたいの」

「……魔力使いたての子どもがやるようなことで、ねぇ。ま、気になるし、クラリスちゃんにやる気があるならやってみれば?」

「……その子どもがやるような方法で魔力の真髄に辿り着けるのならわたくしにもやってくださいまし!」

「ユーリは8歳になるまではダメ」

「なんでですの!? まだ魔力の器が不安定だからとかっていういつもの理由ですの!?」

「そういうこと」

「いつもその理由ですわよね……」


 ユーリちゃんは脱力している。

 ……この世界の子どもって魔力が不安定、なのかな?

 それとも身長の低い小学生のうちから筋トレをやらせると身長が伸びないみたいなそんな理由だったりするのだろうか?


「魔力の真髄というものがどのようなものかはわかりませんが、必ず手に入れてみます! どうすればいいですか!?」

「まずは手袋を取ってください。これから実験することに必要なのはそれだけです」

「……それだけでいいんですか?」


 クラリスさんは手袋を外す。

 見た感じ、クラリスさんの手からは女性特有のほっそりとしていて丸みのある特徴が見受けられる。

 剣を握っているのならタコとか出来てもよさそうだけどできていないのは、この世界特有のものなのだろうか?


「外しました。フユミヤ様、次はどうすればよろしいでしょうか?」

「立ち上がってください。私も立ちます」


 跪いたままの姿勢を直してもらう。

 なるべく電気の魔力を扱えるようになったのと同様の事象が確認できるように、あの時と同じ姿勢に合わせてもらおうか。


 ……クラリスさんもやっぱり身長が高い。

 この世界、私よりだいぶ身長が高い女性が多い気がする。

 何度首を上げたことか。

 おかしい、私159センチなのに。

 縮んだのではないかと思うくらいセラさんもクラリスさんも今まであった町の女性の身長が高い。

 もしかしてこの世界の身長伸びきった女性の平均身長って170センチはある?


「……フユミヤ様?」

「……さて、実験に戻りましょうか。私がクラリスさんの手を握って魔力を流します。クラリスさんはそれを受け入れ続けてください」

「……それだけでいいんですか!?」

「はい、苦しくなるかと思いますが、決して押し返さないでください。押し返したら、私の騎士になるのはなしです」

「決して押し返しません!」

「……それでは始めましょう。手を握ります」

「は、はい……!」


 クラリスさんの両手を私の両手で握る。

 ……身長が高い人は手も大きい。

 クラリスさんの身長を羨ましがるのも程々にして、クラリスさんに光の魔力を流す。


「……始まったか。……しかし、そんな方法で魔力の真髄とやらに辿り着けるのか? クラリスが?」

「さあね。電気の魔力と呼んでいるものが光の魔力の真髄なのだとしたらこの方法は正解なわけ」

「デンキの魔力……、確かにあの魔力は光っていますが、本当にそういうものなのでしょうか?」

「そういうものかどうかはこれから証明できるでしょう。この方法をヴィクトール王弟殿下サマがやってフユミヤちゃんが電気の魔力を使えるようになったっていうんだから、成功率はあるんじゃない?」

「……結構、キツイですね、これ。自分の中の魔力が集まって逃げ道を探しているような、そんな気がします」

「まだ耐えてください。限界になるまで魔力を流します」


 ……相当酷いことを、実験と称してやっている自分は果たしてクラリスさんの主となるくらいの器があるのだろうか。

 ……限界を迎えたとクラリスさんが言ったらいつでも魔力を流すのを止められるようにしよう。

 そうすれば、彼女は諦めてくれるだろうから


「……限界、ですか。どこまでが限界、なんでしょうね?」

「そのうちわかるはずです。まだ流しますよ」

「……っ」

「おい、これは……」

「まあ待ちなってコルドリウスくん。本来魔力の真髄って死にかけないと辿り着けないものなんだから。少なくともこの方法で死ぬはずはないよ」

「そうなのは成功例がたった1つで、失敗例を出すほど試していないのではなくって?」

「そうだけど、ね」


 クラリスさんの体が崩れ落ちそうだ。

 でも魔力の真髄に辿り着かないといけないという条件を出したのは自分だ。

 決して自分からはやめてはいけない。


「……ぁっ! しまっ……!」


 魔力の強い反発のような物を体を通して感じた。

 ものすごい勢いで反発してくる水の魔力は私の両腕を服ごと裂く。

 ……これ、成功したのかな。


「ごめんなさい、フユミヤ様! 両腕が!」

「大丈夫です。治せますから」


 血を垂れ流す両腕を治療魔術で治す。

 傷跡もすっきり消えた。


「……成功、したっぽいけど。クラリスちゃん、フユミヤの服に弱めの水の魔力で攻撃してみて」

「そ、そんなことできませんって! 一体なにを考えているんですか!?」

「そうじゃないと水の魔力の真髄に辿り着いたかどうかわからないよ?」

「や、厄災の獣! 厄災の獣はどうです!?」

「まあそれにもよく効くけど……、自分の感覚でしかわからなくない?」

「……フユミヤ様、その、いいですか?」

「構いません、どうぞ。」


 スカートを両手で軽くつまんでこの場所を攻撃するようにと示す。

 ワンピースのスカートの方を攻撃させる程度なら問題ないだろう。


「わ、わかりました。それでは失礼します!」

「……濡れただけ」

「実験はほぼ成功って言っても良さそうだね。死にかけるより簡単に魔力の真髄に辿り着けるなんてね……。9歳のアタシが可哀想」

「フユミヤ様ケガは、されていないんですね。よかった……」


 そう言いながらクラリスさんは濡れた私の服の水気を取っていく。


「……どうして成功なんだ?」

「服は魔力壁膜の役割を果たしているからそれを呆気なく裂くことができたのならば魔力の真髄に辿り着いたも同然! ということですわよね! お師匠様?」

「そういうこと。というわけで」

「……わたくしはフユミヤ様の騎士になれる、ということですね!」

「…………そうですね」


 …………どうしよう。

 結局クラリスさんは諦めてくれなかったし、受け入れるしかないのかな……?

 私、平民通り越して怪しい不審異世界人なのに……。

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