第57話 家事は結局頼りきり

 ◇Side【フユミヤ】


「起きちゃった……。ルプアは、寝てるね」


 同じベッドに眠る形ではあったが、ただ大きなベッドに雑魚寝するくらいで特になにかが起こったわけではなく、朝を迎えた。

 枕がとても大きな物が1つだけしかなかったけど、ルプアは自分で枕を自作してそれで眠った。

 本来恋人2人で泊まるような宿なんだから枕が大きいのはそういうこと、というのはルプアが言っていた話だ。

 別々の枕の方が寝やすくないかとは思ったけど、多分本来この宿を使うような人達は寝やすさとかを求めてはいないのだろう。

 ……寝やすさを考えると普通の人が管理しているような宿に泊まった方がいいんだろうな。


 さて昨晩、ルプアが爆睡していればシチューを温めて食べていいみたいなことを言っていたから食べちゃおう。


 靴を履いて、忍び足でキッチンににじり寄る。

 どのくらいの量食べてしまおうか。

 ……いや、均等に2皿分にするべきなんだろうけど、食べたさはある。

 しかし、ここはルプアのためにも食欲に負けてはいけない。


 …………キッチンのコンロに近づいた。

 あれ?


「火を点けるスイッチって、どこ?」


 いろいろ押しても火が出てこない。

 ………………ここはルプアが起きて来るのを待とう!

 冷たいままでもシチューは食べられるのかもしれないけど、どうせなら温かい方を食べたい。


 残り滞在時間でも見よう。

 玄関らしきところを見ると残り4時間とのことだ。

 残り2時間か、自然に起きるようになるまでルプアを待とう。


 ……まさかコンロの火の点け方までわからないとは自分では思っていなかった。

 ……地球ではやかんにお湯沸かすくらいならできたのに。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……なんか、外に記憶に覚えのある魔力の気配がするような。

 ……ルプアにそっくりな気配と、それとは別の気配。

 もしかしてユーリちゃんとコルドリウスさん?

 私達を追ってここに?

 1人、別の気配といってもコルドリウスさんの気配に似ているような気配はするけど、3人で行動しているのかな?

 ……これは黙っておこう。

 特にユーリちゃんはルプアを探してここまで来たわけだから。

 ルプアのごはん、ユーリはまた食べられるのかな……?

 ……ルプアはまだ起きない。

 よく寝ているところを起こすのも良くないし、残り2時間かルプアが起きるまでこのままソファでぼーっと待っていよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……ベッドの方から物音がする。

 ルプアが起きたのだろう。

 ……やっとクリームシチューの続きが食べられる。


「……あれ? フユミヤちゃん……?」


 寝ぼけたような声でルプアは私の名前を呼ぶ。

 もうじき、私がクリームシチューを温められない事態に気づいてくれるだろうか。


「……フユミヤちゃんなにしてるの? 起きているなら食べないの?」

「……シチューの温め方がわからなくて、ルプアを待ってた」

「……あれ? フユミヤちゃん火属性の魔力は使えるよね?」

「キッチンのコンロのスイッチがなくって……」

「…………そんな現代的な機能、この世界にはないよ?」

「もしかして、火の魔力で温めれば問題ないの?」

「そうだけど……?」

「ヴッ」


 失敗したのが恥ずかしくなり、ソファに顔を埋める。

 見た目が地球のキッチンにあるガスコンロみたいだったから騙された!

 ならガスみたいななにかが出てきて温めることができるのかなって思って……。

 この世界に来て最初の頃、鉄板に火の魔力で熱を通すことができたってこと完全に忘れてた。

 それさえ忘れてなければ今頃……、こんなバカな失敗しなくて済んだのに!


 ……仕方ないから私がクリームシチューを温めよう。

 鍋に火の魔力を通せばいいんだよね……?

 左手でクリームシチューの入った鍋に火の魔力を送りながら右手でおたまみたいな器具を使ってクリームシチューを混ぜる。

 この程度のことならできるのだ……。

 ……さっきまでは気づかずにできなかったけど。


「おっ、やればできるじゃん。弱火でやってるね」

「やればできる……」


 髪を編み終わったルプアが現れた。

 ちょっと待ってほしい、私がクリームシチューをかき混ぜているくらいでやればできるって言ったのはどういうこと?

 私、そこまで家事ができないように見えた?

 …………実家では専業主婦の母が全ての家事をしていたからできることなんてほとんどないのは事実だけど。


「いや、焦がしちゃうこともあるかなってちょっとは思っていたわけ。フユミヤちゃんの火の魔力の適性はその辺の魔術士くらいだね」

「……その辺の魔術士ってどのくらい弱いの?」

「まず、大厄災の獣に勝てない。アタシに負ける。ユーリにも勝てない。……まあ、パッとしてない強さだよね」

「……雑魚ってこと?」

「そう! でも生活においては使えるわけ。……と言っても生活に使う火の魔力なんて明かりか、料理を温めるか、降雪期の湯たんぽぐらいだけど」

「……それだけ使えても1人で生きていけない」

「だから人間の集落があるわけ。フユミヤちゃんが1人で生きるのは厳しいよね!」

「…………」


 鍋に火の魔力を送ることを止める。

 ルプアの言葉が耳に痛い。

 でも1人暮らしができれば追々楽だから……。

 人との関わりとか疲れるし、怖いし、やりたくないし……。

 だから1人暮らしがしたいのに……。

 現実は今日も厳しい。


 せめて家だけ人にお金を払えば建てられないだろうか。

 大厄災の獣を狩って、お金にはたくさんの余裕がある。

 ……この世界にはそういうサービス、ないのかな?


「大工になりそうな人にお金を払って家を建ててもらう、とかそんなことってできないのかな?」

「……空き家を探せばいいんじゃない? と言っても現実はフユミヤちゃんが望むような僻地、厄災の獣が湧くような場所に家を建てようなんてバカはいないけど」

「……そ、そんなぁ」


 僻地に家は建ててもらえない現実が苦しい。

 空き家って言われたけど防音性能とか大丈夫なのかな?

 人が勝手に入ってくるとかないよね?

 セールスとか宗教勧誘とかそういうの嫌なんだけど……。


 ……そういうのがない僻地ってなると厄災の獣が湧くような場所しかないのかも。

 半透明のプライバシー皆無な私の土の魔力製の家で暮らすのは嫌だし……。


「……空き家も嫌なの? 近所に人がいる生活が嫌ってこと?」

「どちらかといえばそうなのかもしれない……。あと人が来やすい場所だとセールスとか宗教勧誘とかありそうで……」

「……この世界に宗教も営業もなにもないよ?」

「え、営業はともかく、宗教が完全にないってありえるの?」

「……どちらかというと生きている人を信仰する傾向があるけど、“神様”なんて概念、今は存在しないよ」

「そ、そんなことって……」


 神様の存在さえもないなんてあるのだろうか?

 地球には宗教は数多く存在したし、てっきりこの世界にも神様の存在や実在しているのかと思ってた。

 そんな世界ってあるんだ……。


「だってこの世界、魔力さえあればなんでもできるもの。服も、家も全部魔力。食べ物は厄災の獣を狩ればなんとかなるし! 魔力がたくさんあればあるほど生きていけるわけ」

「……じゃあ、魔力のない人って」

「存在しないよ? 一定の魔力がないとこの世界のヒトは存在できないし、死んでしまうわけ」

「死んでしまうって例えばどんな……?」

「主に母親になる女性に多いよ。子どもに魔力を取られるんだから当然ではあるよね」

「……じゃあこの世界の人って大して増えないんじゃ?」

「まあ緩やかには増えてはいる。……といっても母親になる女性でも貧弱ではないから3人までは大丈夫とされているね。それ以上産もうとする人はいるけど……」

「子どもを産むってそんなに大切なことなのかな……。」

「さあね。少なくとも自分の意志がない妊娠は止めときなよ。子ども産んだら母親の大元の魔力が減るから弱くなる」

「……女性側のメリットなくない?」


 ……やっぱり独身の方がいいね。

 やりたいことをやりたい時になんの邪魔もされることなくできる環境ってまだ手放したくないしこれからもない。

 自分を犠牲にしてまで自分と似もしない命を育てるってなんでするんだろう……。


「まあ基本的にないんだよね。冷静になれていればそんなことはしなくていいのに人間って不思議だよね。そうじゃないと社会ってやつは成り立たないけど」

「…………」


 社会のせいで今の私も、地球の私も無理矢理……。

 人生を恨んだってどうにもなりはしないけど、せめて魂と名付けられたなにかだけは死んだ時になくなって欲しかったのにな。


「まっ、そんな話よりクリームシチュー、食べますか!」

「……そうだね。……どう? 温まってる?」

「大丈夫じゃない? 冷たかったら皿に乗ったシチューに火の魔力を送ればいいし」

「……最初からそうすればよかったんじゃ?」

「そうすると鍋にへばりついて固まっているシチューがね……」

「…………」


 家事経験のなさが露呈した。

 冷たいシチューって鍋にへばりつくんだ……。


「鍋は机に雑に乗せちゃって、それから皿に盛ろう。皿はもう用意済み、後は盛るだけってわけ」

「……鍋、重くない?」


 常識の範疇内に入っているサイズの鍋なのに米10キロくらいの重さしているんだけど……?

 鍋の容量は少ないのに、どうして……?


「鍋の耐久性を上げているからね。そうなっちゃうの。……持てない?」

「ちょっと危ないかも……」

「じゃあ持つよ。フユミヤちゃんは座ってて」

「……うん」


 な、なにもできない。

 本当に自分は生活面ではほぼなにもできない。

 元からだけど……。


 おとなしく昨日と同じ席に座ってクリームシチューの鍋の降臨を待つ。

 鍋は無事に温まっているのだろうか?


 ドスン、と音が鳴る、

 この音だけ聞くとランデヴェルグの町で出されたドカ盛りのごはんを思い出すけど……、実際は4皿分くらいのクリームシチューだ。


「それじゃあ盛るよ〜。昨日はアタシが肉をバカスカ食べたからフユミヤちゃんにもお肉増やすよ〜」

「うん、ありがとう」


 別に野菜たくさんクリームシチューでもいいけど、差をなくしたいのかルプアは肉をたくさん盛ってきた。

 一晩寝かせた肉の味は一体どうなっているのだろうか?


「はい、フユミヤちゃんの分、もう食べていいからね」

「……うん」


 許しが出たとはいえ先に食べるのはどうなのだろうか。

 と思っていたらルプアが残りのシチューを全部盛りたいのか、自分の皿に向かって鍋をひっくり返した。

 …………豪快。


「それじゃあ食べますか〜。2日目のシチューって濃い! でもそれがいい!」

「カレーにも言えるよね」

「カレー! も食べたくはあるんだけど……、米じゃないとダメなわけで……」

「お米、やっぱりないの?」

「ない!! じゃないと日本の魔改造風ドロドロカレーには合わないのに! ペラペラの小麦粉まとめたやつならできたけど、それはアタシが食べたい方向性ではないの!」

「本場のカレーはサラサラしてるからね……」

「全然香りも違うし辛いものは辛いし! アタシが食べたいのはじゃがいももでろっでろに溶けたカレーライス! ルーだけは再現できるのに……」

「大事な片割れがそもそもない、と」

「そのためだけにこの国の領地を全て見て回ったの! でもないの!」

「……他の国とかにはないの?」


 そういえば、この国って大陸にあるような……。

 この国にないんだったら他の国にあっていいような?


「旧メリュズドシアス辺境伯家が数百年前に開発した施錠門のせいで行けないの! 空飛んでも限界高度以上に壁は高いから無理なわけ!」

「……メリュズドシアス家の人達に許しを得るとかも無理な感じ?」

「そもそも滅んでる! あの門がなければもっと自由に動けるのに!」

「……お米、諦めよっか」

「……そうするしか、ないのが普通。だけど……」

「だけど?」

「それは秘密ってわけ! 食事を続けましょう! 早くしないとこの部屋から追い出されるよ!」


 そう言ってルプアはシチューを食べるのを再開した。

 私も急いで食べないと。

 残り時間は1時間台だ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 胃が重い。

 久々に朝からこんな量を食べたからか体が悲鳴を上げている。


「……朝からこの量は厳しい」

「その割には平気な顔して食べてたよね? お腹がきついの?」

「胃袋がね……。後1時間ちょっとだから追い出されるまで待ってみる」

「……アタシは忘れ物を確認してくるね」

「……うん」


 今の私は、ソファで寝そべるまでとは言わないが、脱力して溶けている。

 ……少し遠くにいるけどまだユーリちゃん達の魔力の気配はまだある。

 ルプアは気にしてなかったけど、どうしてだろう?

 いろいろな人が通っているのもわかるけど、それらの気配は動いてない。

 もしかして待ち構えているのだろうか?

 ルプアを追っているのだろうけれど、ルプアは簡単に捕まえられるのかな?

 気になるけど、それを言ったらルプアはユーリちゃんから逃げる可能性もあるし、まだ言わないでおこう。

 師弟の再会なんだし、秘密にしておかないと……!


 残り1時間を切った。

 この部屋を出たら私達はユーリちゃん達と再会するだろう。

 それが私にいいことか悪いことかはわからないけど、ルプアやコルドリウスさんとその連れの人はどうするのだろう?

 そもそも私って闇の魔力があるから今回連れてかれただけで、別に旅の同行者はいてもいいと思うけど、そこのところルプアはどう考えているのだろう?

 ……飛んでもまたコルドリウスさんに追われるのかな?

 速度を出したらユーリちゃんは置いてかれてしまうし、どうしたらいいんだろう?

 できること、ないよね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る