第56話 フユミーさんを探せ【Sideユーリ】

「で、兄上とユーリちゃんはどうして一緒に行動されていたんです? 兄上、ヴィクトール様を追いかけていましたよね?」

「そのヴィクトール様の御命令でピンク色の髪の女に姿を変えているアキュルロッテ様と連れていた黒髪の平民の女、フユミヤを追っている」

「えっ、あの口悪いピンク髪の人、アキュルロッテ様なんです? 貴族が髪の毛の色を変えるだなんて相当ですよ!? 親の誇りを捨ててまで姿を眩ませていたんですか!?」


 ……髪の毛の色は親の誇り、か。

 わたしはお師匠様にそんなもの消してもらったけれど、そんなものを誇ったってなにになるのだろうか?


「……お師匠様、出会った時は深い赤色の髪をしていたのですけれど、髪を染め変えるのってそんなに大事ですの?」

「大事も大事ですよ!? ……お師匠様って呼んだことは、ユーリちゃんはアキュルロッテ様の弟子!? あの全ての騎士を超えし戦乙女の!?」

「そうであると知ったのは昨日のことですわ。お師匠様、最後まで名前を名乗りませんでしたもの」

「弟子にまで出自を隠すなんてアキュルロッテ様は一体なにをお考えで……? ならあの聖女の如き優しさを持ち合わせた黒髪の治療魔術士の女性、フユミヤ様を連れていたのはどうしてなんです?」

「フユミーさんの闇の魔力が必要だと言っていましたわ」


 ……お師匠様の魔力量も少なかったようですから、てっきりフユミーさんを置いていくのだと思っていましたのに。

 フユミーさん、お師匠様の料理食べているんだろうな。

 私もその場に居合わせたかった……。

 もし、新料理が出されていたらと思うと……!


「闇の魔力、なんなんですそれは? 聞いたことありませんよ? 兄上は見たことあります?」

「見た覚えはない。……ユーリ様は?」

「わたくし、フユミーさんが試しているところを見ていますわ」

「でしたら実在するのですね……。あの変わった二色にしきの内の紫の色が闇の魔力を表す色なのでしょうか?」

「そうだと思いますわよ。二色眼にしきがんってその方が得意とされる魔力の適性が同等に得意であると示す目なのでしょう? でしたら黄色の光の魔力もフユミーさんの象徴ですわ」

「……確かに変わった二色にしきの瞳をしていましたね。あのような方が生きていたらこの国で噂になっていてもしょうがないはずですが、どうして今までその存在が露呈しなかったのでしょう?」

「ヴィクトール殿下は記憶喪失と仰っていたが、そのはずならお前の言う通り噂になっていてもおかしくないはずだな。……髪も黒髪ではあるが、今までにないくらい黒い。……そのような髪のヒトを今までで見た覚えはないな」


 そういえば、ヴィクトール様はコルドリウスさんにしたフユミーさんの説明は記憶喪失だったっけ……。

 それが嘘であることはわたしは知っているけど、今正しい説明するとややこしいことになりそうだ。

 ……フセルック家の人間と再開できれば説明はしてくれるのだろうか?

 けれど、異世界から来ただなんて説明、普通は理解できるのだろうか?


「フユミヤ様の出自は完全に謎ですが、フユミヤ様の慈悲がなければ私は今こうして生きてはいませんからぜひ再びお会いしたいところですね。……追っているのでしたら御同行願ってもよろしいでしょうか?」

「……なにが目的だ?」

「あの方を“主様”と仰ぎたいのです、兄上。私はあの方を主としたいのです」

「…………は? 正気か?」

「私は正気です。兄上! わたくし、クラリス=クーデリア=ゴルディアン、フユミヤ様の騎士として手となり足となることを誓いたいのです!」


 クラリスさんがヴィクトール様を慕うコルドリウスさんの様になってきた。

 ……フユミーさんもいきなりこんな人が現れたら驚くだろうに。


「………………好きにしろ」

「……御兄妹揃って同じようなお慕い方をするのですね」

「当然です。兄妹ですから!」

「……ユーリ様の目には俺のことはあのように映っておいでで?」

「そうですわね。同じように見えますわ」

「そうですか……」

「そうとなれば、朝食を食べてフユミヤ様方を探しましょう! あの方の魔力の気配は独特の気配を感じましたからこの町を歩けばすれ違う可能性もあります!」


 ……確かに、フユミーさんの魔力の気配は独特だ。

 その独特な気配にさえ気づければ、フユミーさんがいることには気づけそうだ。


「……お前、魔力感知は苦手だろう」

「全然狭いですね! 兄上も苦手でしょう!」

「…………ユーリ様はどうでしょうか?」

「わたくしですか? 魔術士ですので一応は得意かと……」

「……うん、ユーリちゃん頼みですね! 私達はユーリちゃんとはぐれないようにしつつ、ユーリちゃんがフユミヤ様に気づいたことを知らせてくれれば後は近づくだけでいいかと!」

「さすがの町中ではアキュルロッテ様も飛行魔術は使えませんからね……。ただ、すでに町から出ている可能性も……」

「それはありえませんわ」

「ユーリ様、なにかを知っているのです?」

「お師匠様は確実に朝ごはんを作っていますの。野宿の時でも宿に泊まった時でも手作りの朝ごはんを出していましたわ」


 ここでお師匠様の情報を出しておく。

 あの方なら必ず朝ごはんだろうと自作するはず。

 カレーやシチューといった鍋物は夜から持ち越せるし、ホットケーキを作っている事も考えられる。

 ……食べたいな、お師匠様の手作り料理。

 魔力でどんな料理をゴリ押し魔術で作っているのかな……?


「朝ごはんを作るとなると時間がかかりますね……。なるほど、そういったこだわりがあると」

「お師匠様、食に拘りがある方でしたので」

「……その結果ユーリちゃんも舌が肥えてしまったんですね」

「わたくしは元々ですわ! お師匠様の出す料理がおいしいのが悪いですもの!」

「……ならば朝食を食べてから探しても遅くはなさそうだな」

「……今のところこの近辺にはフユミーさんの魔力の気配は感じませんわ。別の宿にいるのでしょう。今頃はお師匠様の料理を……」

「……それにしても宿屋で料理を自作できるような場所ってありましたっけ?」

「基本的に料理を作るための道具から魔力で自作ですわ。わたくしもある程度自作できますのよ。こういった道具ですとか」


 深めのフライパンを土の魔力で作って出す。


「……料理の道具ってこんな見た目しているんですね〜。」

「これはその気になれば武器にもなれますわ。といっても大した威力は出ませんけど……」

「これは叩かれたら痛そうですね。こういったものを自作してまでアキュルロッテ様が料理を作っていたとなると、食事に不満でも抱えていたんですかね?」

「ガチャ芋ばかりと愚痴を言っていた覚えはありますわね……」

「確かにガチャ芋が多いですね。といっても1つ1つ味が違うので気にしたことはありませんけど……、とまあ、朝食にしましょうか。先回りしてユーリちゃんに魔力の気配を探らせましょう!」

「……そうだな。忘れ物はないか?」

「わたくしはありませんわ」

「昨日は洗浄魔術をかけてから即就寝しましたのでないですよ。というわけで朝食の場に行きましょうか! ……ユーリちゃん」

「なんですの?」

「この宿、朝ごはんも夜ごはんも一緒なんですよ……。大丈夫です?」

「なっ……、ここは我慢するしかありませんわね」


 食べられなくはないけど、せめて別の物を食べたかったというのは贅沢なことだろうか?

 いいえ、この世界の人達が食に無頓着なのが悪いのです。

 地球の飲食店が恋しいな……。

 もちもちうどん、ふわふわパン、お米……、お師匠様の技術を持ってしても再現できないものはありますから……。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食のお肉をなんとか食べ終え、町に繰り出すわたし達。

 といってもわたしをレーダーにしてフユミーさんを探し歩くだけであるが。

 青紫色が特徴的な町であろうと、この町を歩く人の髪色は黄、赤、青、緑、茶、紫と様々だ。

 黒っぽい髪色の人は見かけても赤っぽかったり、青っぽかったり、茶色っぽかったりと確かに色がある。

 思い返してみればフユミーさんの髪色って純粋に黒色だったな。

 ……でも日本人の髪色って光に透かせば茶色に見えるから厳密には焦げ茶色なのではないのだろうか?

 ……この世界に来てフユミーさんの髪色も変わったのだろうか?


「ユーリちゃん、私と手を繋ぎません? はぐれたら元も子もないですし」

「そうですわね。はぐれたら本当に元も子もないですもの。お師匠様とはぐれた時も人の通りがそれなりにあるところでしたわ」


 わたしより頭2つ分くらいは背が高く見えるクラリスさんの手を握る。

 ……セラ様といい、クラリスさんといい、町の人といい、この世界の女性は背が高すぎない?

 わたしもそのくらい大きくなれるのだろうか……?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 クレニリアの町を歩いてしばらくして、北東方向にフユミーさん特有の気配を感じた。


「あっ、フユミーさんの魔力の気配を感じられましたわ!」

「どの方向かわかりますかね?」

「あっちの方向ですわ!」

「……あの方向って、あの宿しかないんじゃ? いやいやいや、まさか……ね」

「クラリス? どうした? 何か問題があるのか?」

「問題があるもなにも、問題しかありませんよ!? 兄上も聞いたことありません? いろんな街町で見かける休憩1時間5000リーフの宿!」

「……は? …………あの宿に泊まっているのか?」


 ……やはりいかがわしい宿、という認識はあったんだ。

 お師匠様は広い部屋が取れて風呂にも入れるからと主に特別部屋を平気で使っていましたが……。


「……その宿でしたらお師匠様はとにかく愛用していましたよ? 広い部屋を取れるとのことでしたが」

「こ、子どもを泊めたんです!? あの宿に!?」

「………………王の婚約者としてそれはどうなんだ?」

「とりあえず行ってみてはどうでしょう? まだ移動されている気配はありませんが、近くに寄った方がよろしいのではないのでしょうか?」

「仕方ないですね。ここは腹を括って行きましょうか兄上」

「…………そうだな」


 クラリスさんもコルドリウスさんもいかがわしいとされている宿には近づきたくないらしく、覚悟を決めてまで近づこうとしている。

 私は気にせず歩いて近づきたいが、まあ、大人ともなれば外聞のような物を気にしますよね……。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 フユミーさんの魔力を追った先には休憩1時間5000リーフの宿があった。

 宿の割には屋敷のような見た目をしており、日本の高速道路で時々見かける時間ごとに料金形態が異なるホテルを連想させる。

 ……お師匠様はそれを知った上で泊まるのだからものすごい胆力だ。


「ユーリちゃん、ほんっとうにこの宿からフユミヤ様の気配がするんです? いや、私も気配は感じているんですけど信じたくないというか……」

「ええ、しますわ。……それにしてもなにを戸惑っていますの? 今でしたら普通に朝ごはんをゆっくり食べていると思いますわ」

「…………いや、その、ですね」

「クラリス、それ以上は言うな。ユーリ様はこう見えてまだ4歳だ」

「……4歳? そう、ですね。……兄上、フユミヤ様にはなんにも問題はないですよね? そう信じていいですよね!」

「フユミヤからはアキュルロッテ様の魔力を感じないということはなにも起こっていないはずだ。単純に宿泊しただけだろう」

「…………なら良かったです」


 …………お師匠様はそのようなことをしないはずですから。

 ……連れ込み宿、本当に外聞に問題がありますのね。

 そうとまで呼ばれていますからもう外聞もなにもあったようなものではありませんが……。


「とりあえず、近くの飲み物屋で出てくるのを待ちましょう。宿に泊まっているとなるとそのうち出てくるはずです。逃げられる前にそこで話しかけましょう。」

「……その際わたくしはフユミーさんを捕まえた方がいいですわね。あの人はわたくしが纏わりついてもおとなしく縮こまるような人ですから」

「……こんな場所で作戦会議をするよりとっとと飲み物屋に行きましょうよ~。作戦会議はそこで出来ますから、ね?」

「そうだな。まずは飲み物屋を探さないとだが……」

「少し戻った先にありましたよ。そこで待ちましょう」

「……その飲み物屋、どんな飲み物を取り扱っていましたか覚えております?」

「普通の茶ですね。温かいかぬるいかしか選べませんけど、いろいろな茶が選べるような店でした。」

「でしたらぬるめの飲み物を頼みましょう。フユミーさん達が出たらすぐに突撃ですわ!」

「……ですね〜。じっくり休みたい気持ちもありますが、フユミヤ様に会える以上はやる気を出さなくては」

「引き返すぞ。クラリス、案内しろ」

「はいはい、わかってますよ兄上」


 来た道を引き返す。

 これで、フユミーさんに近づけるはずだ。

 お師匠様は逃げそうだけど……。

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