第55話 旅立ち会議【Sideヴィクトール】

「それじゃあ、こんな場所とはおさらばね。フユミヤちゃん! 逃げるよ!」

「エッ」

「コルドリウス、飛べ! アキュルロッテを追うんだ!」


 アキュルロッテがフユミヤを空に連れ去った。

 しかし、こちらには俺をしつこく追いかけ回してきたコルドリウスがいる。

 雑に扱ってきたが、俺の命令にまだ従う気はあるようでコルドリウスは空を飛び立った。

 ……ユーリも飛行魔術を使ったが、大丈夫なのか?


 後はコルドリウスかユーリがアキュルロッテを捕まえ、フユミヤが帰ってくることを祈るだけだが……。


 ……地図を広げよう。

 今ならフユミヤの居場所がわかるはずだ。


「……お兄様、今地図なんて広げてどうするの?」

「俺達は空を飛べないだろう? だから地図にあるフユミヤの現在地を確認してどの位置に移動するか確認するんだ」

「それ、僕達にも見せてもらえますか?」

「ああ、構わない」


 一度地図を広げて、俺達とフユミヤの位置以外の情報は無駄なのでその部分は折りたたむ。

 アキュルロッテは現在南西側へ逃げているらしい。


「……ファルクダリス森林から南西となると、フセルック領の外を出て、オルスコルトス侯爵領になりますね」

「オルスコルトス侯爵領、母上の生家がある領か」

「この様子だと、セルクシア公爵令嬢は領直轄の街ではなく領民自治の町へ向かっていますね。……転移陣を使うより、徒歩で行ったほうが早そうですね」


 徒歩、か……。

 徒歩で行くとなるとどれくらい時間がかかるのだろうか?


「セルクシア公爵令嬢がまた飛び立たないか心配ではありますが……」

「結局、ユーリのお師匠様ってアキュルロッテだったのね〜。……それにしてもどうしてあんなに似ているのかしら〜?」

「さあな。アキュルロッテが姿を変える術がある以上、それと似たことをユーリにしたのでは?」

「そうかもしれないけど、姿を変えるだなんて生まれを裏切ることをするなんて相当よ?」

「……それほどのことを平気でアキュルロッテが行ったからこそ今まで姿を眩ませていたのだろう。彼女には覚悟があったのか、それとも……」

「2人共、話の途中すみませんが、もう夜が近いです。ここは屋敷へ戻りましょう」

「……そうだな。夜の厄災の獣と出くわしてしまう、か」


 ルルエルドに従う形で、成果も得られない形でフセルック侯爵の屋敷へ戻ることとなった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「なに? セルクシア公爵令嬢と光の乙女が大厄災の獣を倒し、飛行魔術でオルスコルトス侯爵領へ向かった?」

「はい、そうです。……申し訳ございません」

「いい。どちらにしろ飛行魔術の扱いが得意なセルクシア公爵令嬢の確保は難しい。……しかし、大厄災の獣を1日で2体倒すとは、光の乙女の力か」

「セルクシア公爵令嬢は光の乙女に大厄災の獣との戦いを任せてこちらにわざわざ足止めに来ていました。……今回の光の乙女は100年前の光の乙女とは別の力を持っているかと」

「今回の光の乙女は自ら戦えると……、自分の力の授け方を知っていないのか?」

「いえ、知っていると思います。セルクシア公爵令嬢には光の乙女の魔力の気配も纏っていました」

「アキュルロッテがフユミヤの魔力気配を纏っていただと!? それは一体どういうことだ!」


 他人の魔力の気配を纏うことができるようなことをフユミヤがアキュルロッテにしたのか!?


「……恐らく、100年前の魔力伝授方法かと。どうやって今回の光の乙女がそれを知り、セルクシア公爵令嬢に行ったのかはわかりませんが……、ヴィクトール王弟殿下と活動されていた頃、魔力を分けられた、といったことは?」

「そんなことはなかった。……セラは覚えはあるか?」

「私もないわ〜。……魔力、分けられてみたかったわ〜」

「そうなるとセルクシア公爵令嬢が今回の光の乙女に魔力伝授方法を教えた……? しかし、セルクシア公爵令嬢は自身で大厄災の獣と戦える力はあるはず、一体どうしてそれを教える必要が……?」

「父上、もしかすると黄金の花の木の……」

「まさか、な。そんなことがあるのか? ……今日のところはもういい。軽食を用意させた。また明日、詳しく話を聞かせてもらおう」

「承知しました。それでは失礼……」

「ところでルルエルド、セルクシア公爵令嬢と光の乙女の居場所はどうやって知った?」

「ヴィクトール王弟殿下の地図です。光の乙女の居場所は確実にわかるようになっています」

「……光の乙女の場所がわかるのか! それは僥倖ぎょうこうだな。ヴィクトール王弟殿下、我々にご協力頂いても構わないでしょうか?」


 ……ここで断ってセラと共にフユミヤを探しに行ってもいいのかもしれないが、ここは王都を経由するとはいえ色々な場所に行ける転移陣がある領直轄の街に、テルヴィーン領へ向かう転移陣のある屋敷もある。

 ……恐らく、ユーリとコルドリウスが戻ってこないことからアキュルロッテはまだ逃げられているのだろう。

 すぐに別の場所へ飛び立つ可能性がある。

 となると……、


「……ああ、構わない。その代わり、転移陣は優先して使わせてくれないか? 俺はフユミヤを取り戻せればそれでいいんだ」

「…………王家の“答え”ですか。皮肉な偶然もあるものですね」

「……どういうことかしら?」

「いえ、なんでも。それではお2人共、本日はお休みください。客室の案内はシェリラにさせます。シェリラ、客室の場所はマルルに知らせた。彼女から聞くように」

「承知しました〜。それでは、失礼します」


 シェリラに先導される形で場を辞す。

 執務室の扉が閉まる音を聞いて、シェリラが息を吐いた。


「さて、客室の方へ案内しますね〜。だいぶ遠いですけど! 坊っちゃんは自分で戻れますよね?」

「当然です。それでは僕は先に失礼します。皆様、よく休んでくださいね」


 ルルエルドは別の場所に自室があるのか、違う方向へ向かった。

 さて、俺たちはどこまで遠くの場所へ向かうのか。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 いろいろな場所を曲がった先に、水色の髪を高く2つの位置に結んだメイドが俺達を待ち構えるようにして立っていた。


「ふっふっふ……、待っていましたよ〜、シェリラ、そちらにおわす方が王族のヴィクトール王弟殿下にセラフィーナ王妹殿下ですね?」

「そうだけど、なにも待ち構えなくても……、マルルはいつもやる気はないのにここに来てやる気を出すだなんて、明日の朝はおかしなことが起こりそう」

「王族の、しかも現在の王の御兄妹に会えるだなんて滅多にない機会でしょう!? それはともかくとしてシェリラ、御二人の部屋は1番奥の2部屋よ。お掃除大変だったんだから!」

「貴女は案内しないのね」

「あたしは客室棟の明かりが消えるまでの見張り番です! シェリラ丁重に案内するのよ!」

「わかったわかった。……それでは御二方、客室の方へご案内します」


 マルルと呼ばれたメイドはどうやら見張り番らしい。

 シェリラの案内はまだ続くようだ。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 突き当たりが見えるところまで辿り着いた。

 1番奥の部屋というのは向かい合わせになっている2つの扉の先の部屋のことだろうか。


「さて御二人共、目的の場所に辿り着きましたが……、どちらの部屋に泊まりますかね? ちなみに内装に違いはありません」

「……それじゃあ適当に決めさせてもらおうかしら〜。お兄様、左と右、どちらにします?」

「……変わらないならどっちも同じじゃないか? とりあえず左にするぞ」

「じゃあ私は右ね〜」

「決まりましたね。それでは私はここで場を辞します。御二人共、本日はゆっくりお休み下さいませ」


 案内が終わったシェリラが去っていく。

 さて俺達は……、


「お兄様、今のフユミヤの位置はどう? オルスコルトス領の辺りから変わっていないかしら?」

「ちょうどそれを確認しようとしたところだ。…………変わりはないな。魔力切れか? コルドリウスとユーリが心配だが、あの2人も近くの町にいればいいが……」

「まさかユーリも飛行魔術で飛んでいってしまうなんて思わなかったけど、無事かしら?」

「……無事を確かめる術がないからな。なんとも言えん。……どちらにしろ俺達はオルスコルトス領に向かった方がいいだろう」

「オルスコルトス領と言えばお祖母様とお祖父様にお会いしたいけれど……、無理そうかしら」

「フユミヤの確保が優先だ。それに、お祖父様とお祖母様に会ってどうする? さすがに怒られるんじゃないか?」

「怒られると言ったらお父様にお母様に兄上もでしょう?」

「…………それはそうだが」

「まあ、今日のところは寝ましょう。お兄様、くれぐれも地図を見続けて夜を明かすといったことがないように! しっかり寝るのよ! 倒れたらフユミヤがさらに遠くに逃げちゃうわ〜」

「……気をつける」

「それじゃあ私は部屋にいるから明日の朝、お会いしましょう?」

「そうだな」


 セラが選んだ客室の方へ入っていった。

 ……俺も客室に入ってとっとと寝るか。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、俺達は朝食を食べ終え、俺とセラはルルエルドと共にフセルック侯爵の執務室へ向かった。

 現在のフユミヤの場所のことだろう。

 今朝も確認をしたところ、フユミヤの場所に変わりはない。

 今現在は変わっているのだろうか?


「さて、ヴィクトール王弟殿下、地図をこの机に広げてください。光の乙女の居場所は依然としてオルスコルトス領にいらっしゃいますかね?」

「……いるな。濃い赤色が俺がいる場所、薄い赤色がフユミヤのいる場所になっている。今朝と変わらない場所にいることからフユミヤは確実にオルスコルトス領にいる。それだけは確かだ」

「問題はセルクシア公爵令嬢が近くにいるかですが……、彼女さえ離れていれば光の乙女だけでも確保はできるでしょう。……ヴィクトール王弟殿下、提案があります」

「……なんだ?」


 どうせ2日3日様子を見てそれからオルスコルトス領の町へ向かえと言うのだろう。

 ……そこまで待てる気はしないが。


「ここは1日様子を見てオルスコルトス領の町へ向かってみてはいかがでしょうか」

「……1日でいいんだな?」

「はい、今回の光の乙女がヴィクトール王弟殿下の“答え”であるのでしたらすぐにでも向かいたいところでしょうが、ここは1度様子見を。風属性を得意としている方が光の乙女の身柄を確保しているのかもしれません」

「……そうだな。……しかし、アキュルロッテはフユミヤの別の魔力を求めていたが、そう簡単に手放すものなのか?」

「……その魔力をセルクシア公爵令嬢はなんと呼んでいましたか?」

「闇の魔力と呼んでいたが……」

「光の乙女は闇の魔力を持っている、と?」

「たしかにそう言っていた」

「……古代魔術ですか。なんともまあ厄介な物に手を出そうと……」

「古代魔術になにか問題があるのか?」


 そもそも古代魔術がどういったものなのか、俺は詳しくは知らない。

 古い文字の古い文字のそのまた古い文字のさらに古い文字のさらにさらに古い文字で書かれている本なら学園の図書館で見かけたが、そういった本に書かれていたのだろうか?


「問題があるもなにも、この国そのもの……、いえこの大陸全ての国に影響を及ぼしかねません。どのような古代魔術をセルクシア公爵令嬢が求めているかはわかりませんが、ここは光の乙女だけでもなんとしてでも確保しなければなりません」

「アキュルロッテとフユミヤを引き離せ、ということだな」

「そうです。セルクシア公爵令嬢が光の乙女の闇の魔力を求めているのであればすぐにでもそうするべき、と言いたいところですがセルクシア公爵令嬢はこの国1の飛行魔術の使い手です。このまま別の領地に飛び去るのかもしれません」

「……無駄足を踏む可能性もある、と。候補が絞れればいいんだがな……」

「セルクシア公爵令嬢が封印されし大厄災の獣討伐を進め始めたとなるとオルスコルトス侯爵領、テルヴィーン伯爵領、ヌーエクリア伯爵領といった我々フセルック侯爵家と縁が深い場所の大厄災の獣を求めるでしょう」

「4年前までのアキュルロッテはフセルック侯爵家と縁の薄い領地の大厄災の獣を討伐しに回っていたからか?」

「そうです。フセルック家と縁の深い領地には、封印されし大厄災の獣が多くいます。セルクシア公爵令嬢は力を求めてそれらを狩り始めるでしょう」


 4年前までは、大厄災の獣狩りを単なる正義感でやっていたのだと思っていたが、なにかしら思惑があって封印されし大厄災の獣を狩り回っていたのだろうか?

 ……そうだとしたら俺達は、この国の全員はなぜ彼女だけに大厄災の獣を狩らせていたのだろうか。

 英雄視した結果、大陸の危機を引き起こすような事態まで放置、なんてことになりそうだが、単なる思い過ごしなのかもしれない。

 しかし、だからといって現状を放置するわけにもいかないが……。


「明日、地図を見てヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下とルルエルドとシェリラが向かうべき場所を決めましょう」

「……父上、僕とシェリラもヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下に同行するのですか?」

「今は学園の長期休みだ。この際普通の厄災の獣との戦闘経験も積みなさい。なにかあったら領直轄の町の転移陣を使って戻るように。無論、ここが近くにある場所なら徒歩で来なさい」

「承知しました」

「ということでヴィクトール殿下、セラフィーナ王妹殿下。愚息とその臣下ですが、多少の旅のお役に立てるでしょう。2人をよろしくお願いします」

「わかった。ルルエルド、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

「……シェリラはどこかしら? シェリラにはその話は知っているの?」

「後ほど伝えます。それでは明日、よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」


 フセルック侯爵との会話が終わった。

 明日か……。

 すぐにでも確保したいところだが、ここは我慢だ。

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