第54話 コルドリウスの妹と絶望の夕食【Sideユーリ】

 お師匠様はわたし達から逃れたいのか魔力をさらに放出して速度を上げていく。

 待ってくださいお師匠様、わたくしはただお師匠様に着いていきたいだけなんです。

 フユミーさんの隙あらば位置情報を確認しているストーカーの素質のあるヴィクトール様から離れたかったという理由もありますが、そろそろお師匠様の料理が食べたいのです。


 ──久々に日本で食べられるような料理が食べたい。

 ふわとろ卵のチーズバーガー、偽バケツプリン、ボムボムハンバーグ偽和風おろしソースがけ……、他にもお師匠様にしか作れない料理はありますが、とにかくたくさん食べたい物があるというのに!

 お師匠様という人がセルクシア公爵令嬢だか、侯爵令嬢だかのせいで!

 わたしはお師匠様の手料理を食べるチャンスの逃そうとしている!

 過去は過去なんて嘘。

 現実はやらかしたことから逃がしてくれない!

 お師匠様がなにをしたのか大してわかりませんけど、なんとしてでも探し出して料理を食べさせてもらいますからね!


「……もう暗いですからお師匠様は人里に泊まりますわね」


 臨時拠点を作るにはもう遅い時間だ。

 おそらくお師匠様は大厄災の獣との戦いで魔力を消耗しているはず。

 あの方がフユミーさんだけに戦わせるなんてことはないと信じたい。

 わたしの魔力量も残り心もとなくなってきた。

 そろそろ降りたいところだが……。


 お師匠様はまだ先にいるが、急降下した。

 近くに人里が、ある!

 このまままっすぐ行ければ着くはず。

 なら同じ町に行かせて合流させてもらいますよ、お師匠様!


 お師匠様が急降下した辺りの場所でゆっくり降りる。

 初めての飛行魔術も意外となんとかなった。


 ……そういえばコルドリウスさんは、どこへ?

 わたしが黙らせていたから声を出せない状態だけれど、大丈夫だろうか。


 ……すぐ後ろにいた。

 なにをしているんだこの人……。

 とりあえず、ヴィクトール様もいないので沈黙の魔術を解除する。


「……コルドリウス様はお師匠様を追いませんの?」

「……当然追うつもりです。が、飛行魔術の解除を町で行うのは危険なため近くで降りた次第です」

「そうですか。では急ぎましょう。身体強化、かけられますの?」

「もちろんです。行き先は町の方ですよね? ユーリ様、行きましょう」


 身体強化の魔術をかけてコルドリウスさんは駆け出した。

 あの方向、魔力の気配がするけど……。

 とりあえず追いつかなくては。

 わたしも遅れて身体強化をかけてコルドリウスさんの後を追うことにした。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 魔力の気配がする場所には、コルドリウスさんの髪色にそっくりな青髪の女性がへたりこんでいた。

 多くの厄災の獣と戦ったのか、辺りに魔石と塊肉が散乱している。


「クラリス!? なんでお前がここに……!?」

「その声は、兄上? 兄上こそなぜこのような場所に……?」

「まずは魔石と肉を片付けて魔力中和を行ったほうがよろしいのではなくって?」

「……そうですね。おい、クラリス、立てるか?」

「正直立つのがやっとですよ兄上……、あの黒髪の女性が治療魔術を施してくれなかったら今頃死んでいましたって」

「……黒髪の女性? そいつはピンク色の髪色で奇抜な髪型をした女と共に行動していなかったか?」

「ええ、行動していましたよ。私を治療したことに怒っていましたけど、……いや〜、あの黒髪の女性にはぜひ再会したいものです。あんな人、こんな世界に存在しているだなんて思いませんよ〜」

「その2人はどこへ向かった?」

「クレニリアの町に向かっていきましたよ? 奇抜な女性が黒髪の女性を抱えて身体強化の魔術もかけて厄災の獣と戦闘中の私を見捨てて、ね」

「クレニリアの町、となるとここはオルスコルトス領か。フセルックからは近いな……」


 会話をしながら片付けをする2人を尻目にわたしは魔力中和を行う。

 ……そろそろ夜だ。

 早くクレニリアの町に避難したいところではあるが、肉と魔石の回収は終わったのだろうか?


「お2人共、お肉と魔石の回収は終わりまして? そろそろ町に行かなければ夜の厄災の獣が湧きますわよ?」

「……そうですね。 クラリス、そっちはどうだ?」

「さすがに肉は諦めますかね。魔石だけはしまいました。兄上は?」

「魔石は全て、肉はある程度確保した。俺の鞄に入っているから欲しければ言え」

「ありがとうございます、兄上。では急いでクレニリアの町へ向かいましょうか」

「クラリス様は身体強化をかける余裕はありますの?」

「……え? そこまで体に無茶をさせろと言うんです? ……今の現状で夜の厄災の獣に出くわすよりかはマシといえばマシですけど」

「愚妹も身体強化をしても構わないと言っていますので、行きましょう。ユーリ様」

「そうですわね」

「あっ、ちょっと! 待ってくださいよ〜! 兄上方、クレニリアの町の場所、わかってます〜?」

「知らん、適当に進んでいる!」


 本来であればクレニリアの町を知っているクラリスさんに先導させるべきだが、今はまごまごしているクラリスさんを待っているわけにはいかないのでわたし達は身体強化の魔術をかけて走り出した。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 クレニリアの町らしき場所に順調に辿り着いた。

 夜警のアルバイトで雇われている厄災狩りに白い目で見られたところで身体強化の魔術を解除する。

 ……クラリスさんがへたり込んだ。

 相当厄災の獣との戦いで消耗していたのだろう。


「つ、着いたけどもう体は限界です、動けません! 兄上、私が泊まっている宿屋まで案内しますからなんとかしてそこまで運んでくださいよ〜!」

「全くお前というやつは……、肩だけは貸してやる。後はなんとかして動かせ」

「感謝しますよ兄上〜、宿屋ですけどしばらくまっすぐ歩いてください。曲がる場所になったら合図しますよ」

「まっすぐ歩けばいいんだな。……ユーリ様、わたくし達とはぐれないよう気をつけてくださいませ」

「わかりましたわ」


 ……それにしてもコルドリウスさんは妹にはずいぶん荒い口調で話しかけている。

 ……嫌っているフユミーさんと行動していた時もこのような口調だったのだろうか。


 はぐれない程度に青紫色の町を眺めながらノロノロと前へ進む。

 なんとか町に到着できてよかった……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「兄上! ここですここです! イーゲン亭です! ……いや〜、やっと帰ってきましたよ。私の拠点に!」

「拠点と言っても宿だろう。……で、部屋はどうするんだ?」

「人数も多いので部屋を変えないといけませんね〜。この際1番高い部屋、泊まります? 高いので空いている可能性が高いですよ!」

「……そうせざるを得ないか。100万リーフあればいいか?」

「そのくらい余裕で払えれば問題ないですよ! じゃあ、中入ってください!」


 クラリスさんの声でイーゲン亭と呼ばれた宿屋の中に入る。

 なんだかアロマみたいな花の香りしているけど、ここの亭主は香りものが好きなのだろうか?


「あらあら、クラリスちゃんじゃない? どうしたの? 男の人に引きずられているけど……、ってボロボロじゃない! そんなふうになるまで戦っていたの?」


 宿屋の受付に立っているのは亜麻色の髪を緩く束ねたお姉さんだ。

 魔力の気配が弱い人だけど、厄災狩りを泊めるような宿でその弱さは大丈夫なのだろうか?


「えぇ、危うく死んでしまうところでした。通りがかりの治療魔術士の女性に助けられていなかったらどうなっていたことやら……! ……と、そんなことよりレイアさん、3人で泊まれる部屋空いてます?」

「3人で泊まれる部屋だけど、1番高い部屋しかもうないわ。1部屋100万リーフするけど、それでいいかしら?」

「全然構いませんよ! 兄上が払いますから!」


 ……コルドリウスさんに支払わせるのか。

 クラリスさん、ちゃっかりしてるな……。


「クラリス、お前というやつは……」

「あら、お兄さんなの? そういえば髪色がそっくりね。そこの貴族みたいな女の子はどういった子かしら?」

「兄上の、……多分友人です! 兄上と会った時一緒にいました! 私もよく知りません!」

「そうなの? それはさておき、お代をいただかないとだけれど……、クラリスちゃんのお兄さんは100万リーフを持っているかしら?」

「…………これでいいか?」

「しっかり10万リーフ10枚にもなるわね。大丈夫よ。鍵はクラリスちゃんが持っていたほうがいいかしら?」

「クラリス、受け取れ」

「わかってますって兄上。……レイアさん、いつもありがとうございます」


 仰々しくクラリスさんは鍵を受け取る。

 鍵にはなんらかの魔術の細工が施されているのが見てわかった。

 さて、この宿の100万リーフの部屋は一体どんな見た目をしているのだろうか……。


「待って、クラリスちゃん達。もうすぐ食事場所の料理提供が終わっちゃうわ。先にごはんを食べていった方がいいと思うのだけれど……」

「もうそんな時間でしたか。レイアさん、このご恩は一生忘れません! 兄上、食事場所はあの方向にあります。急いでください!」

「お前な……」


 やけにクラリスさん、レイアさんに馴れ馴れしいような……。

 ただの宿の人と客だよね……?

 そんなクラリスさんはコルドリウスさんにズルズル引きずられて食事場所へ向かう。

 ……さて、この宿にはどんなごはんがあるのだろうか?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 絶望した。

 なぜ、なぜ……?


「……ユーリさん? お品書きを何回も裏返してるようですが……」

「この宿の食事は1種類しかありませんの……?」

「基本的に厄災狩りの人が余ったお肉をこの宿に寄付して、イーゲンさんがそれを焼いていって他の客に提供していくというのがこの宿の食事ですよ? なにか問題があるんです?」

「この絵はただ肉を焼いているだけのように見えますが、ソースの類はなにもかけませんの……?」

「ソースはかかっていませんが……、あれ、ユーリさんが震えだしましたけど、どうしちゃったんです? 兄上は何か知っていますか?」

「ユーリ様は舌が肥えているので、手の込んだ料理を好んでいるのです。ただ、肉を焼いただけというのがどうしても気がかりなのでしょう」

「……マズいお肉は出ませんのよね?」


 肉ガチャのハズレが飲食店で出されたら暴れてしまいそうだ。


「さすがに出ませんって、ただ下味のついている肉を普通に焼いただけですよ」

「下味ということはマズい味は取り除かれているといった認識で構いませんのよね?」

「ええ、そうです。なのでご安心……、できますかね?」

「ええ、構いませんわ」


 少なくとも激マズのお肉が出ないようで安心した。

 暴れるのはやめておこう。


「その様子だと大丈夫そうですね。それじゃあイーゲンさんのところに行ってきますから待っててくださいよ」


 注文は食事を取り仕切っている人に頼むという構図はこの世界では割とあることだ。

 この食事場所に料理が1つしかないというのは、提供ミスがないようにするためなのだろうか。

 料理の種類が豊富なところはよっぽど提供ミスをしないことに自信があるのか、一部の人達みたいに変わり映えのあるごはんを求めているのか……。

 ランデヴェルグの町のごはんはいっぱいある上にドカ盛りごはんとかもあって個人的には高評価だったけれど、この店ではどうだろう?

 あまりにもこちらをナメているような少ない量の肉が出て来ることが考えられる。

 そのまま焼いた肉ならまだしも、下味をつけている以上肉を魔力で何かしらの加工をしているはずだからヴィクトール様達の時のようなショボい肉が出てくるはずがないと信じていたいが……。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「兄上方〜、料理を持ってきましたよ〜」


 クラリスさんが頭に白いタオルを巻いている体格の良い男性、イーゲンさんらしき人を伴って料理を運んできた。

 おそらく3つを1人で運ぶことは困難であるため、イーゲンさんらしき人もついてきたということだろう。

 イーゲンさんの手にも大きめのカットステーキが乗った皿が1つあるわけだし。


「イーゲンさん、手伝ってくれてありがとうございます」

「問題ない。……なるべく急いで食べてくれよ。今日はもう店じまいだ」

「いや〜、ギリギリですみませんね。厄災の獣に手こずらなければもっと早くに戻れたんですけど……」

「……無事ならいい。とっとと食べろ」

「というわけで食べますか!」


 クラリスさんが口に肉を運んだのをみてそれに倣う。

 イーゲンさんは去ってゆくが……、急いで店を閉めたがっているし、今回は急いで食べたほうが良さそうだ。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 結論として食事は、まあまあ美味しいお肉ではあった。

 下味だけしかついていなかったけれど、シンプルに肉の味がするのは安心する。


 さて、現在は100万リーフの部屋に辿り着いたわけだが、この部屋…………。


「これがこのイーゲン亭の最高級の部屋ですね! レイアさんを象徴するようなお部屋、ですね~」


 クラリスさんはよっぽどあのレイアさんという方を気に入っているのか表情がどこか恍惚としている。

 …………ちょっと気持ち悪いかも。

 多分あの人、人妻のような……。


「さて、色々聞きたいことはありますが、それは明日にしましょうかね。兄上はともかく……、ユーリちゃんでしたっけ? 洗浄魔術は使えます?」

「わたくし、使えますわ!」

「なら問題ないですね。じゃあ洗浄魔術をかけて全員寝る、でいいですね、兄上」

「……それで構わん」

「真ん中で仕切るので兄上は右側の好きなベッドで寝てください。ユーリちゃんは私と同じ左側のベッドを選んで寝ましょうか」

「そうですわね」


 クラリスさんが仕切り布を引っ張っている隙に洗浄魔術を自分に施す。

 これで寝る準備は万端だ。

 明日はクラリスさんに現状を話した後、お師匠様とフユミーさんを探しに行かなくては……。


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