第53話 あんな場所でもシチューはおいしい
◇Side【フユミヤ】
夜警の人のように見える人達に白い目で見られながら、夜になろうとしているらしい町を進んでいる。
ルプアの身体強化は解けているので話しても舌は噛まなそうだ。
「ルプア、もう下ろしてもいいんじゃ……?」
「この際、宿屋に着くまで降ろさないつもり。だってこれから行くの、風呂付きの宿屋だし」
「風呂付きってことは……」
ユーリちゃんから聞いた連れ込み宿のことだろう。
でもどうしてそんな場所に……?
「なんでその宿なの?」
「宿空いているか聞くのが面倒。あっちの方が人との関わる必要が薄いから楽なわけ。風呂もあるし」
「……1人でも使えるの?」
「風呂にハマる人もいるの」
「…………そうなんだ。」
「ということで着いたよ。休憩1時間5000リーフ……、間違いないでしょう」
「…………」
人生でそんなところ入ったことない。
だ、大丈夫なのだろうか?
そんな不安も虚しく、ルプアが連れ込み宿に突撃する。
「…………あれ?」
連れ込み宿と聞いてなんというかこう、ドピンクな内装を予想していたが、機械のようななにかが置かれていること以外は真っ白の、奇妙な内装だ。
宿屋とすら思えないが……。
ルプアは泊まり慣れているのか、ズカズカと機械のようななにかに近づく。
「休憩12時間コース、普通部屋は……、空いているね」
「12時間……」
「なに考えているか知らないけど夜ごはん自分で作って食べて風呂入って寝て朝ごはん自分で作って食べる込みの時間だからね」
「ごはん、出ないの?」
「飲食のサービスに欠けているから結構不人気なわけ。その分、防犯性は普通の宿屋よりしっかりしているから警戒心が強いやつには人気。防音性もあるから騒いでも問題なし」
「防犯性は確かに大事かも……?」
連れ込み宿といった名前を聞いて警戒はしたが、引きこもるのにも良さそうな宿だ。
「さて、入金するか」
「前払いなんだ」
「お金を入れないと鍵が出てこないの」
「……?」
よくよく見てみると、他の部屋に繋がるような場所は鍵穴のついたドア1つだけだ。
……そこが共通の通路になってそれぞれの部屋に向かうのだろうか?
それだったら防犯性はないような……?
「よし、鍵は出した。これを持って部屋に突撃ってわけ」
「鍵って1つしかないよ? 大丈夫なの?」
「まあ見てなって」
ルプアはズカズカと扉に近づいて扉の鍵穴に鍵を差し回し……?
「あれ? 部屋の中?」
「そういう仕掛けがあるってわけ。魔力がないとこんなことできないよね〜」
「これはすごいね……」
「でしょう? あっ気をつけて欲しいのは後ろなんだけど……」
「後ろ? ……24時間の時計? これを見る限り今は昼の12時……?」
「これは残り時間を示すタイマーのような時計。時間を過ぎると不思議な力で追い出されるから気をつけてね」
「追い出されちゃうんだ……」
人が管理している宿屋より不親切な作りをしているけど、自前の食料さえ持ち歩いていればこっちの方が快適そうだ。
といっても今の私の鞄には食料となるものはないけど……。
「とまあ、説明はさておいて内装見よっか」
「うん」
タイマーを見るのはやめて部屋の内装を見る。
……なんか、だいぶ広くない?
キッチンのような設備や、貴族の食卓のような長いテーブルと2人分のイス、豪華なソファに1つの大きなベッド……、これで普通部屋なんだ……。
でも全部の機能が1つの大部屋にまとまっているからなんというかとっ散らかった印象を受ける。
「あれ、お風呂は……?」
「そっちは特別部屋の方。入りたかった?」
「…………特別って言葉に含みがあるからいいかな」
「というわけで残念ながら今回の風呂は洗浄魔術になります!」
「そっかぁ……」
久々にお風呂で体洗いたかったんですだけどな……。
「というわけで現れる準備はできてる?」
「できてるよ」
「じゃあ、やりますか。それー!」
今回は口の中に水が入ってこないから体だけだ。
夜ごはんはこの後食べるから当然ではあるか。
「……今日のご飯はクリームシチューにするから適当に
「……シチュー、食べられるの?」
「アタシにかかれば簡単簡単! まっ、時間それなりにかかるから待っててくださいな」
ルプアはクリームシチューを作りにキッチンの方へ行ってしまった。
……や、やることがない。
ソファにでも座って今日あったことでも振り返ろうかな……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ソファに座る。
程よく沈み込み、このまま横に倒れても眠れそうだ。
夜ごはん食べる前に眠るわけにはいかないので普通に座る程度にとどめておく。
さて、今日のことだけど……。
まず、2体目の大厄災の獣を狩っている最中にどういうわけかフセルック家の人達2人とヴィクトール様達が現れた。
フセルック家の人達は封印が解けたか、大厄災の獣を感知したから私達の前に現れたのかもしれないけど、よくわからないことはいいとして、問題はヴィクトール様達だ。
奢ってもらった1億リーフ以上を返したのにもかかわらず、どういうわけか私を追いかけて来ていた。
それどころかルプアに向かって私を返せ、とかって言っていたっけ。
…………私、あの人達にそこまで必要だったのかな?
今だってルプアに食事と体の洗浄の面に依存しちゃっているけど、戦うこと以外私は役立たずのゴミなわけで。
特に場の緊迫感を和らげるような話とかもなく、基本的にこの世界でわからないことをなぜかなぜかと聞いているだけだし……。
目的の大厄災の獣に光の魔力が通じるかも試した以上、もう私は用済みのはずだ。
…………ロトスの町、ちゃんと復興できてるかな?
結局それも放置して私はルプアに連れてかれることを選んだわけだけど……。
でも、治療魔術以外で役に立てることないからいても邪魔なだけか。
……だからこそどうして私を追いかけて来たのかが良くわからない。
……ルプアの方を追う方が自然なような。
ルプアはこの世界でこの国の現王と婚約しているし、逃げてきたとはいえ姿を私を連れて行く時に見せてしまったわけで。
……あれ?
私、邪魔じゃない?
私がいなければ少なくともルプアが追われるようなことはないはず。
そういえば位置情報がわかるなにかが私についているんだっけ?
確か、ブーツにある……、この金属の飾り?
取りたいけど、取り方がわからない。
どんな理屈でくっついているかわからない以上、ただでは壊れなそうだ。
新しい靴、買っても良さそうだ。
この靴を作ったボーグさんには申し訳ないけど、追われ続けてもルプアの精神的に良くないだろう。
この町でやるべきこと、靴を買い替えることぐらいかな。
…………まだ夜ごはんはできていないようだ。
もう少し、時間を潰さないと。
といっても時間を潰す手段がこの部屋にはない。
またひたすら考えごとをしているしかないのだ。
……おなかすいてても、ないものは仕方ないし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フユミヤちゃん、ごはんできたよ~」
「シチュー、できたんだ」
「シチューに対する食いつきがいいけど、フユミヤちゃんシチュー好きなの?」
「うん」
「そっか〜、ならよかった。ま、でもクリームシチューもどきでもあるからあまり期待しないでよね」
「そうなの?」
「この世界で使える食料と魔力で再現した液体とかでできているからね。一部食感が違うものがあるの。ま、食べてみたらわかるけどね」
「うん、わかった」
世界が違うというのもあるから味の再現、食感の違いがあるというのは仕方ないことではある。
からあげ味の厄災の獣の肉も衣に小麦粉や片栗粉をまぶす事なく素揚げで揚げ焼きにしてもびっくりするくらいからあげの味がした、なんてこともある。
ルプアのことだからおいしい味に仕立て上げていることだろう。
と言うわけにもいかない。
食べてからのお楽しみだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
貴族の食卓感漂うテーブルのど真ん中に不釣り合いなシチューの鍋がドカンと置いてある。
…………これは、一体?
「明日の朝の分も作ったわけ! 明日、もしアタシが爆睡してても温めれば食べられるでしょう?」
「……そうだね。温め方はキッチンにあるコンロの火をつければいいんだよね?」
「そそそ。温め方がわかっているようでなにより。普通に沸騰とかは存在しているからそのくらいになったらかき混ぜて全体的に熱を行き渡らせておいてね」
「わかった」
……なんか現代的な宿屋だな。
それともしっかり魔力的な方法で発明されているのかも?
宿屋のキッチン見てこなかったし、意外なところは発展していたなんてことはありそうだ。
「それじゃあ、フユミヤちゃん、好きなだけ皿に盛っちゃって!」
「うん」
鍋の中を覗けば8皿分くらいは盛れそうなシチューが入っていた。
……これをパンとか米とかはないとはいえ夜ご飯と朝ごはんで全部食べきるの?
多くない?
取り合えず、食べれそうな最大の量は持っておこう。
明日の朝、地獄を見たくないし……。
「おかわりはたくさんあるから遠慮しないでね」
「私はここで止めとくよ。まだお腹に余裕があったらおかわりする」
「おけ。じゃあアタシの分も盛っちゃお〜」
ルプアが皿に盛ったシチューの量は山盛りだ。ついでに肉も多い。
私の方はしめじっぽいきのことニンジンっぽいなにかと大きめの芋を重点的に盛ったから結構対象的だ。
ルプアは今回魔力の消費が多かったから肉が多いのにも納得だ。
「ん? なに? フユミヤちゃんも肉、食べたかった?」
「そういうわけではないけど……、そういえば、このしめじっぽいきのこやニンジンって……?」
「ガチャ芋産だけど?」
「…………もしかして野菜ってガチャ芋で全て出てくる?」
「全てかどうかは知らないけど、カボチャとかサツマイモとかなんならダイコンも出てきたよね」
「……ガチャ芋ってなに? 本当に芋なの?」
「……さぁ?」
ダイコンは少なくとも芋ではないはずなのにどうしてガチャ芋がでてくるんだ……?
ガチャ芋をガチャする時、どんな風に他の芋が出てくるのか気になってきた……。
「フユミヤちゃん、ガチャ芋について考えすぎるとドツボにハマるから考えるのは一旦止めて食べよっか!」
「……うん」
ルプアが食べ始めたのに倣って私もシチューを食べることにした。
……本当にシチューの味がする。
ルプアの好みなのかわからないけどやや濃いめだ。
スプーンが進む進む……。
気持ち2皿分盛ったけどこれならもう少し食べられそう。
パスタの時はとにかく重かったのが原因だったし、今回はそれより軽めだからいける気がする。
しめじっぽいきのことニンジンもどきと大きめの芋の味も地球の範囲内だ。
違うところは肉だけど……。
厄災の獣肉特有の肉ガチャ独自の味もせず、シチューの味がよく染みている。
これ、どうやって肉を味を抜いているのだろうか……?
食べてから聞こう。
今はそんな質問よりもお腹を満たすことの方が大事だから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皿の中のシチューが全部胃の中に消えてしまった。
まだ、まだ食べられる……!
おかわりに手を出してもいいのかもしれないけど、明日の朝たくさん食べるというのもいいのかもしれない。
どちらにするか、とても悩ましいところ……。
「フユミヤちゃんどしたの? おかわりするならしていいけど……」
「ここでおかわりするか、それともおかわりをせずに明日にたくさん食べるか悩んでて……」
「シチュー、好評だね〜。どこが良かったの?」
「お肉……。シチューの味がとても染みてて、厄災の獣の肉特有の肉ガチャから出てくる変な味とかが出てこないのが不思議なくらいおいしい」
「肉ね。あれはまずい肉に自分の魔力を染み込ませると味がなくなるってわけ。あの味本体に厄災の獣の魔力とか混じっていそうだとは思ってる」
「厄災の獣の魔力を体内に取り込むって体に悪いような……」
「そういう考えが比較的あるからガチャ芋だらけの食事が出てくることになっちゃうわけ。厄災の獣の肉を食べた方が強くなるのにどうしてこんなことになっているのやら……」
「厄災の獣の肉を食べると強くなる……?」
体に悪いどころか体に良いということ?
だからヴィクトール様達って厄災の獣の肉を雑に焼いたものをとにかく食べていたの?
「そ、強くなっちゃうの。といっても1食でなれるものではなくて徐々にだけどね。自分より弱い生き物の肉を食べれば力を取り込めるのがこの世界。だけど……」
「だけど?」
なにかデメリットでもあるのだろうか?
「内臓が未発達な子どもは自分と同等の強さの生き物の肉を食べすぎると消化不良で倒れることがあるの」
「……ユーリちゃんのドカ食い気絶?」
「…………ユーリ、王弟殿下御一行のところでもそれやらかしたのね。まあそれ、大人でもやらかす時はやらかすけど」
「大人の場合はどうなの?」
「自分より格段に強い厄災の獣の肉を食べすぎた時にそうなるわけ。大人の場合は消化能力高いから厄災の獣の特徴が体に現れることもあるね」
「……それって大問題のような」
「それで討伐された人間もいるんだよね、これが。そのせいでより貴族の間では厄災の獣の肉を食べなくなったってわけ」
「…………強い厄災の獣の肉を食べないようにしよう」
「……フユミヤちゃんの場合は大厄災の獣くらい強くないとそうはならないんじゃない?」
「そうなの?」
「そんなもんそんなもん。だって大厄災の獣はフセルック家に封印されるし」
「……大厄災の獣はお肉落とさないような?」
「現状は、ほとんどフユミヤちゃんの魔力で倒しているようなものだからね〜。魔石を落としてくれないのは謎だけど、封印のせいかな?」
大厄災の獣がなにも落とさないのは疑問ではあるけど、現状の知識ではなにもわかることはなさそうだ。
「で、フユミヤちゃんどうするの? おかわりする? 明日たくさん食べる?」
「お腹が満たされたし明日にする。後はもう片付ければいいのかな?」
「といっても魔力で即洗浄すればいいんだけどね」
「……洗い終わっちゃった」
「フユミヤちゃんも歯磨き代わりの洗浄しようね〜」
「……うん」
結局私にできることはなさそうだ。
このままでいいのかな……?
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