第51話 フユミヤとの再会まで後少し【Sideヴィクトール】

 ◇Side【ヴィクトール】


 昨日はフォールデニスの街までの近道を強行突破し、そのせいもあって転移陣を通るに必要な魔力を回復させる必要があったため、目的のフセルック領直通の転移陣があるテルヴィーン伯爵家の屋敷に向かった。

 屋敷の前に着いた時、伯爵家の人間は俺達4人の厄災狩りを見て怪訝けげんそうな顔をしていたが、交流の深いフセルック侯爵家のルルエルドの話もあり、問題なくテルヴィーン伯爵家の屋敷へ案内され、それなりの歓待を受け、今日に至る。

 宿泊した部屋はフセルック侯爵家とテルヴィーン伯爵家両家に身分を明かしていないこともあり、コルドリウスと同室にはなったが、ユーリが黙らせていることもあり、快適に過ごせている。

 フユミヤを守らずにアキュルロッテにさらわせたこと、俺はまだ許せそうにないからな。


「さて、フユミヤは移動していないだろうな……?」


 時間には十分余裕がある。

 まだ6時だからな。

 貴族の朝食の時間は8時と比較的遅い。

 おそらく朝食を食べてから転移陣を利用することになるだろう。

 まだ2時間近く余裕がある。

 地図を見て動向を探ろう。


「……フセルック領からは動いていなさそうだな。今日もこのままだといいんだが……」


 アキュルロッテが飛べる以上、いつ遠くへ行ってしまうかがわからない。

 彼女の気分次第でフユミヤが手に届かない場所へ行ってしまう。

 その前にフユミヤを取り戻さなければ……!








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……また地図を見ているのね、お兄様。もう朝食を食べる時間よ」

「……もうそんな時間なのか。……行くか」


 地図を畳み、鞄にしまい、部屋を出る。

 部屋の外を出るとユーリとコルドリウス、後はどういうわけかルルエルドの護衛のシェリラもいた。


「やっと出てきましたね〜。それじゃあ朝食の場へ案内します。ルルエルド様はすでに到着しているでしょうね。」

「そうか、それは悪いことをしたな」

「……と言ってはいますがヴィクトール様も元はルルエルド様と同等かそれ以上の家の貴族なのでしょう? 貴族の印を扱えるのは限られていますし〜」

「まあそうだな。と言っても今は厄災狩りなんだ。気楽に接してくれ」

「私が仕えているのはルルエルド様なのでそうしますけど……。まあ、いいです。行きましょうか」


 シェリラの後を着いてテルヴィーン伯爵家の朝食の場へ案内される。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食の場にはすでにテルヴィーン伯爵家の人間とルルエルドが席に着いていた。

 …………テルヴィーン伯爵とは学園卒業後も何度か顔を合わせた覚えがあるが、あちらは覚えているのだろうか。

 俺達4人が席に着くと、テルヴィーン伯爵が席から立ち上がった。


「……やはり、ヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下、そしてそちらにおられる方はまさかっ」

「わたくしはアキュルロッテ様から生まれた覚えはございません。似ていると言われてはいますがわたくしは単なる厄災狩りですわ」

「いえ、セルクシア公爵令嬢アキュルロッテ様の貴族の印を身に着けている以上、貴女もアキュルロッテ様の御子同然……!」

「キルテッド、落ち着いてくださいな。今は朝食の場でしょう。話は食べながらでもできるでしょう?」

「…………失礼しました」


 テルヴィーン伯爵夫人に宥められたテルヴィーン伯爵は席に座る。

 ……やはり俺達の顔は覚えられていたか。

 王の血縁者と知られた以上、俺達はフセルック領に行けるのか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食の芋料理に全員が手を付け始めて、しばらくすると聞きたいことがあるのかテルヴィーン伯爵の動きはどこか落ち着きがない。

 ……まあ、俺とセラは王家の人間でユーリはアキュルロッテそっくりだからな。

 聞き出したいことは多々あるだろう。

 全てに答えるつもりはないが、多少は答えなくてはな。


「ヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下が王宮を出られてから8週間近く経ったと聞いていましたが、ご健在のようで安心しました。なぜ、厄災狩りを……?」

「王城にいてもやることがないからだ。王城に王家の人間が多すぎることぐらいはテルヴィーン伯爵も知っているだろう?」

「そうですが、ヴィクトール王弟殿下もセラフィーナ王妹殿下も母親であられるソラマリア王宮魔術士団長の御子おこ、国の為に働けることなどいくらでも……」

「話の途中失礼します。テルヴィーン伯爵。この度ヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下と他2名をこちらに連れてきたのは王城に戻すためではないことはご存知ですよね?」


 ルルエルドもテルヴィーン伯爵の屋敷まで来た目的を果たしたいのか、説教を始めようとする伯爵の話に割り込んできた。

 学生に見えるが、勇気があるな……。


「……それは、そうですが」

「僕達が今回ヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下と他2名をこちらに連れてきたのはテルヴィーン領ロトスの町に現れた封印されし大厄災の獣を倒した者の手がかりを掴んでいるためです。その者は現在、セルクシア公爵令嬢にさらわれています」

「な、なんと……!? セルクシア公爵令嬢アキュルロッテ様の消息がはっきりしたということですか!?」

「ええ、そうです。セルクシア公爵令嬢にさらわれた者は今フセルック領にいます。セルクシア公爵令嬢に気づかれる前にまたフセルック領直通の転移陣を使いたいのですが、構いませんね?」

「そのような理由があったとは……! かしこまりました! 使用するのは朝食後すぐ、ということでよろしいのでしょうかね?」

「はい。それでお願いします。使用人数は6名、僕とシェリラ、ヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下と他2名です」

「すぐ手配いたします!」


 テルヴィーン伯爵がメイドを呼び、小声で指示を出す。

 これで俺達もフセルック領に行けそうだな。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 フセルック領直通の転移陣は複雑な道を通り、地下へ向かう階段の先にあった。

 この先の転移陣を行けばフユミヤのいる場所に近づける……!


「さて……、どうしてヴィクトール王弟殿下とセラフィーナ王妹殿下が厄災狩りに、とは思いましたが今はフセルックに戻るべきですね。転移陣に乗る覚悟はできていますか?」

「……? 問題ないですわ? …………皆様どうしてこころなしか嫌そうにしていますの?」

「…………乗ればわかりますよ〜」

「そうね〜。ユーリ、転移陣は未経験だったかしら〜?」

「未経験ですが……、なにかありますのね?」

「そうだ。覚悟を決めて、全員行くぞ」


 転移陣、必要なのはわかるが乗る寸前となるとどうもな……。

 だが、フユミヤに近づくためには必要不可欠だ。

 ここで徒歩で行こうものならアキュルロッテが別の場所へ飛び去ってしまう。


「それでは転移陣を起動します。全員、手を転移陣に」


 ルルエルドに言われる通り転移陣に触れる。

 ユーリはわかってなさそうだがちゃんと触ってるな。


「それでは起動させます。手は離さないように」

「…………!? なんなんですの、こ」


 れーーーー!

 と叫んだユーリの叫びが転移空間の狭間に吸い込まれる。

 魔力を吸われた感覚に驚いたのだろう。

 手は離さなかったのは偉いが、この後がキツいんだよな……。


 転移空間にいる間は体を動かすこともできず、視界は極彩色が広がっているのみで、ただ考えることしかできない虚無に等しい空間だ。

 残響のようにユーリの叫び声が耳に残っているが、それも転移空間特有の物だ。

 …………そろそろか。


「……キツすぎますわ。本当になんなんですの、これは……?」

「これが転移するということよ〜……。わかったかしら?」


 転移陣に吸われた魔力が体に戻ってきたところで脱力する。

 転移陣はとにかく体に負担がかかる移動方法だが数十分もすれば体の調子が戻ること、大幅な移動時間の短縮ができることから王都で主に重宝されている。

 金はかかる上に行き先は領直轄の街しかないがな。

 といっても今回も領直轄の街に行くのと変わらないが、中継先の転移陣を1つ減らせたと考えれば得をしたようなものだ。


 しかし、転移負荷はキツいな……。


「坊っちゃん、お戻りになられたようですね。転移負荷が抜け次第、部屋を訪ねるようにと侯爵からの指示があります。それでは地上でお待ちしております」

「わかりました。感謝しますネルアドラ……」


 ネルアドラと呼ばれたメイドに感謝を述べた後、ルルエルドは地面にへたり込んだ。

 家の者の前では保っていた誇りも転移負荷の前には崩される。


 ……これは全員、しばらく時間がかかるな。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 転移負荷がようやく抜けたのか全員が立てるようになり、ルルエルドを先頭にしてフセルック侯爵の執務室へ向かう。

 執務室前に着くとルルエルドは静かに息を吐き、ドアを叩く。


「父上、ルルエルドです。テルヴィーン伯爵領からこちらに帰領して参りました。入室してもよろしいでしょうか」

「入りなさい」

「失礼します」


 執務室のドアが開く。

 乱雑に積まれた紙束がいくつかあるが、普通の執務室だ。

 執務室の主であるフセルック侯爵は凍てつくような鋭い目つきでルルエルドの方を見ている。

 俺達全員が執務室に入ったのを確認したのか、フセルック侯爵は指を鳴らし、ドアを閉めた。


「さてルルエルド、聞きたいことは沢山あるがそれよりもフセルック領の封印されし厄災の獣の封印がセルクシア公爵令嬢によって解かれているのは知っているな?」

「はい、2日前から今日にかけて封印が解けていることは感じています」

「なら、お前がすべきことは1つだ。今すぐこの魔道具を持ち、セルクシア公爵令嬢を探せ」

「確かに受け取りました。……父上、1つだけ御耳に入れたい話が」

「……なんだ。話してもらおうか」

「光の乙女が現れました。セルクシア公爵令嬢とともに行動しております」

「光の乙女だと……!? いや、いい。すぐに追いに行けルルエルド!」

「承知しました。それでは失礼いたします。皆様、行きましょう」


 先導するルルエルドに着いていく。

 …………親子の語らいが数分で終わった上に、ここまで主従関係のようなものを子どもに対して強いているのか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 アキュルロッテを追うことが最優先なのか、すぐにフセルック伯爵家の屋敷を出ることができ、さらにはフセルック領直轄の街ノルクデアの街さえも駆け足で出ようとしている。


「なあルルエルド、俺達は一体どこへ向かっているんだ?」

「封印の森、ファルクダリス森林です。あの場所の方角にセルクシア公爵令嬢はいます」

「……魔道具か。封印の森、となるとただの森じゃないんだな?」

「そうです。基本的にフセルック家の者しか入れませんがセルクシア公爵令嬢のように空から来る人間は入れてしまう状態です」

「そんな場所に俺達も入れるのか?」

「門番がいるだけです。すぐに話を通します。」

「……そうか」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 緑色が特徴的な街を駆け抜け、辿り着いた先の黒い門には門番が2人いた。

 ……警備としては随分ゆるいように感じたが大丈夫なのだろうか?


「ルルエルド様、お待ちしておりましたがシェリラを除いた4名の方は……?」

「空からの侵入者にさらわれている者の同行者のヒト達です」

「……かしこまりました。くれぐれも封印されし大厄災の獣の封印は解くことがないように」

「わかっている。……俺達は通れるのか?」

「はい、フセルック家の方々の許しを得ているのでしたら」

「というわけで、すぐに開門してください。侵入者は大厄災の獣の封印を解き、ファルクダリス森林の安寧を乱しています」

「承知しました。すぐに開門いたします。ウォニア、開門を」


 ウォニアと呼ばれた門番の女性が魔術で門の扉を開ける。

 ……魔力扉か。

 なら開け方を知っている者がいなければ開けられないか。


「……開けました。それではルルエルド様方、お気をつけて」

「はい。お気遣い感謝します。それでは皆様、行きましょう」


 先導するルルエルドに俺達は着いていく。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 門から駆け出してしばらくしたが、まだアキュルロッテは遠い。

 魔道具を見ながら迷いなくファルクダリス森林を走るルルエルドだが、その魔道具は一体どのような物なのだろうか。

 特定の方向を示していそうなのはわかるが……。


「ルルエルド、今使っているその魔道具はどういうものなんだ?」

「セルクシア公爵令嬢の魔力が登録された魔道具です。セルクシア公爵令嬢がフセルック領内にいれば現在いる方角を示してくれます。そしてこの光り方は……」

「どういう光り方なんだ?」

「現在、大厄災の獣と交戦しています!」

「なるほどな。すぐに辿り着けるか……」


 強い魔力の気配はすぐ近くにある。

 恐らく走っていればすぐに届く距離だろう。


「大厄災の獣の攻撃の余波に気をつけつつ、近づきましょう!」

「そうだな、全員戦闘準備はしておいてくれ! 大厄災の獣との戦いになる可能性もある!」

「わかりましたわ!」


 アキュルロッテがこの場所に留まっているということはフユミヤも一緒にいる可能性が高い。

 待っててくれよ、フユミヤ!

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