第49話 バニラアイスは至高の食べ物

「さて、夕食だけど……、フユミヤちゃんはなに食べたい?」

「…………そういえばオムレツが食べられるみたいなこと言っていたけど、卵ってあるの?」

「あれ、卵のような味がする液体なんだよね。ほら、ユーリも油みたいな液体出してなかった? あれと似たものなんだけど……」

「…………魔力で再現したものってこと? 本当にその食べ物の味がするの?」

「ふっふっふっ……。そこに関してはこだわったよ……。じゃないと違和感ありまくるし、違和感のあるもの食べたくないし……」

「なるほど……」


 確かにパチモンは食べたくない。

 できる限り記憶にある味そのままの方がいいだろう。


「それじゃあフユミヤちゃんは、オムレツを食べたいってことでいいのかな? 最後にかけるのケチャップしか今ないけど、そのままにする?」

「ケチャップのオムレツで大丈夫」

「ケチャップのオムレツね。後はこれだけだと魔力が回復しないからハンバーグを作るつもりだけど、食べられる?」

「……大きすぎなければ」

「小さいのね、それじゃあ作りますか! フユミヤちゃんは待っていてね!」




 調理工程の全てに魔術が使われていて、地球とは全然違うと思われる作り方で、オムレツもハンバーグが作られていた。

 …………正直、自分で料理をまともに作ったことがないのでこの調理工程が正しいのかわからないなんてことはあったけど、動かしたり、混ぜたりする工程を全て風の魔力でやっていたのはすごかった。


 ルプアはフライパンの上に乗ったずいぶん大きなハンバーグを食べるつもりでいるらしい。

 私の分は白い皿が用意されてその上にケチャップのかかったオムレツとハンバーグが乗っている。

 それにしても、ルプアのハンバーグには少し見覚えがある。

 少し高さがあるような……。

 そのハンバーグを横から半分に切って鉄板に押し付けて焼く、みたいなやり方をすることができそうだ。

 関東と静岡辺りにある、ハンバーグ屋みたいなやり方をやるのだろうか?


「……さて、これから汁が跳ねるようなことするからフユミヤちゃん、フライパンから距離取っといて」

「わかった」


 例のハンバーグ屋の系統の焼き方をやりそうだ。

 あのハンバーグは熱々の鉄板にソースがかかるから跳ねてしまうし。

 1メートルくらい距離を取る。

 さすがにこのくらい離れれば跳ねてこれないだろう。


「それじゃあハンバーグを切って……」


 ……うん、あのハンバーグだね。

 年に1回は食べに行けるような場所に住んでいたから見覚えがすごいある。

 ルプアは土の魔力で作った大振りのナイフとフォークを使って自分の分のハンバーグの中央横に切れ目を入れ始める。

 切れるギリギリまで刃を入れてから、断面をフライパンに押し付けた。

 ここで音がじゅうぅ〜となるのが特徴的だ。

 そしてルプアはどこからかサラサラとした茶色い液状のソースを取り出し、ハンバーグにたくさんかける。

 ……和風おろしソースの再現かな?

 その割には玉ねぎのような物は見えないけれど……。


「その反応を見るに、このハンバーグの元ネタの店を知ってるね?」

「関東? 静岡? どっちの方?」

「関東の方。静岡の方は遠いしテレビで紹介されすぎて混んでるから行けないわけ。旅行しないと行けないところにあるし……、でどっちなの?」

「関東の方だけど……。」

「ユーリは驚いてたんだけどね……。知ってると反応薄いか」


 そう言いながらルプアはフライパンで焼いたハンバーグを風の魔力で浮かせて自分の皿に乗せる。

 ……フライパンから直に食べないんだ。


「これで私の分焼き上がったし、フユミヤ、食べていいよ」


 やはり箸を渡され、いただきますも言わずに食事が始まった。

 ……地球換算25年もこの世界で生きていれば習慣も抜けるよね。

 それはそれとしてさっきのソース……、アレの再現かな?


「ソースは和風おろしなの?」

「…………に似たなにか。やっぱり和風おろしソースにはみじん切りのタマネギがないと本物に近くならないわけ。いつもの味だけ再現したやつの劣化品」

「タマネギってさすがにこの世界にはないか……」

「そもそも農耕文化がないの、この国」

「エッ、どうやって食料を……?」

「ガチャ芋に魔力を注いで無限に増やしてそれを料理するだけ。厄災の獣の肉をまともに食べられるのは騎士団の食堂か学園の食堂くらい。ガチャ芋を食べても魔力は大して回復しないからね」

「……ガチャ芋が万能すぎる食料ってこと?」

「そ、土の魔力さえあればボコボコ増やせるし、ガチャ芋から出てきた芋は見た目が違えどどれもガチャ芋だから無限に増やせるわけ。毒芋も食べられる芋になるまで増やせばいいからね」

「…………便利すぎない?」


 普通に生きていく分にはガチャ芋を食べていれば大丈夫、ということ?

 栄養に偏りがあるのかもしれないけど、こうなるともう栄養とか関係ないような気がしてきた。

 飢餓きがとかないのだろうか?


「毎日毎日ガチャ芋だと飽きるはずなのに周りは飽きていないのが嫌だったね……。時々屋敷を抜け出しては肉を求めて薬剤の獣を狩りにいったかな。」

「……栄養とか大丈夫なの?」

「不思議と問題はなかったかな。領民が飢えるといった話も聞かなかったし、痩せている人も太っている人も見かけないし……」

「…………それはそれで本当に大丈夫なの? 私達はどういう理屈で肉体を保って……?」

「さあね〜。さすがにそれはアタシにもわからないかな。でも食べないと弱くなっていく人間は見たことあるよ。衰弱とかじゃなくて、魔力の気配なんだけどね」

「……強い魔力を維持するには魔力のあるものを食べていないといけないのかな?」

「そうなんじゃない? 本来は貴族も厄災の獣の肉を食べる必要があると思うんだけどね……」

「……そういえば、貴族ってなにをしているの? なんだっけ? モルコズム領はならず者の楽園とかって言われていたような……?」

「モルコズム、まだ廃領になってないの!? 領主一族で殺し合ってるのに?」

「…………」


 やっぱり一部の場所ではそういうこと、あるんだ。

 ならどうして王家はそんなこと起こってないんだろう?

 地位のある役職にいるからなのかな……?


「……まあ、それはそれとして貴族についてだけど、共通しているべきなのは全ての領民の生活を安全安心に送れるようにする、ということだけど……、そんなの努力目標。どの領も守れてないね」

「……全ての、だから?」

「そういうこと。贔屓ひいきの領民だけ守って他は税金だけむしって放置、なんてこともよくあること、領の経営傾けて平民落ちさせてしまうくらい子ども作ってるところもあるしね」

「…………もしかして、倫理ってあまり備わってない?」

「倫理が大小ズレてるやつらが作ってるのが人間の世界なわけ。程々に汚いよ、この世界も」

「……一見平和そうに見えた町も実態はあんまり良くなかったりするのかな」

「町の人間で自治している場所の方が治安は良いんだよね。領直轄の街だと貴族に直接選ばれた騎士が偉ぶって領民を暴行することもあるし……」

「…………住むなら1人で僻地へきちだね」

「それはそう。1人でなんでもできさえすれば人に頼らなくて済む生活をできるけど、フユミヤちゃんには…………」

「…………」


 そう。

 現状四属性の水と土の属性がある程度できる人に寄生しないとその生活も厳しい。

 水は体の洗浄で、土はそもそもの住む場所の確保。

 これができなければ“僻地のびのび1人暮らし”も叶わない。


「……なんとかして水と土の魔力を1人で十分に扱えるようにならないと」

「……1人にこだわるのはどういうこと? 楽だから?」

「うん、そうだよ。なるべく人に頼ることはしたくないし……」

「……そういうことね。水と土の魔力の扱いが得意な僻地暮らし希望の友達でも作って暮らす手もあるけど、それはないの?」

「いつかは出ていくと思うけど……、恋人作ってその人を優先、とか普通にありそうだし。その分1人で全部できればなにも心配ごとはないから、その方が良いかなって」

「友人を信じないの?」

「……そもそも友だちのような人と最後に話したの、高校卒業する直前だし、信じるもなにもいないものを信じたところで……」

「…………大学で一切友達を作らずに卒業したの? そんなことできるわけ?」


 信じられないと言いたげな顔をするルプア。

 ……まあ、元々友人を作ったところで休日は1人で過ごしていたいし、趣味も興味を持てずにやる気がないし、その結果友人ができなくなる環境を構築してしまったのだ。


「課題も全部自力でやって、とにかく無口で休み時間も音楽ばかり聞いていたらできたよね。友達0人キャンパスライフ」

「…………フユミヤちゃんさ、友達とする人の基準ってどうしてる?」

「……特に決めていないけど、相手が友人だって認識しているならその間だけ友人で、1、2ヶ月くらい話さなくなったら他人になるかな」

「………………おっと、これは乾きに乾ききってるね。その認識っていつからなったわけ? 最初からな訳ないでしょ?」

「…………小学生まではさすがにその認識はなかったけど」

「……小学生からの友達は?」

「中学で私だけ1人別の学校に行ってから話すことはなくなったよ。中学生か高校生の頃、たまたま出かけた先でしっかり新しい友人を作ってたのを見かけたこともあるからいいかなって」


 小学校時代、転校して馴染めるか心配そうにしていた子の友人になっていた事もあったけど、その子も新しい友人ができて楽しそうにしてたっけ。

 邪魔するのも悪いから声をかけなかったけど、あの子はしっかり真っ当な道を進めているのかな?


「…………この話、これ以上はいっか。アイス食べよアイス。フユミヤちゃん、どんなバニラアイス食べたい?」

「バニラ濃いめの柔らかめがいいかな……」

「おけ、濃いめ柔らかめね。贅沢リッチになるようにしますか〜」


 ルプアが小振りのガラスで作られたように見える容器を作り、その中にアイスを凍らせる元の液をどこからか取り出した木の棒のような杖で注いで行く。

 小振りなのは氷属性の魔力が体に良い影響を及ぼさないからだろう。

 地球人でも食べすぎていたらお腹壊すから仕方ないといえば仕方ないか。


「形に指定はないよね? このまま固めていくけど」

「うん」


 ルプアが杖から変わった気配の魔力を放ち続ける。


「……もしかしてこれ、時間かかるの?」

「まあ数分だけだよ。新幹線風にするともっと時間かかるけど」

「新幹線風……、あれは食べたことないけど、やっぱりすごい硬いの?」

「実物は食べたことないけど小豆のアイスバーよりカチコチにすることはできたかな」

「小豆のアイスバーも硬いよね……。氷属性も結構奥が深いんだ」

「アイス作りがだけどね。フセルック家もこんな風に氷属性の魔力が使われているって知ったらたまげるだろうね〜。あの家、氷属性の信者がたくさんいるし」

「アイス、おいしいのにないの? もしかして飲み物屋にある飲み物ってみんなぬるい?」

「ぬるくなるから、基本的に茶みたいなものがほとんどなわけ。コーヒーらしきものはありそうだけど、アタシはコーヒー牛乳くらいコーヒーが薄くないと飲めないから挑戦してない」

「冷たいジュース屋みたいな物は……?」

「あれは王都の出店で見たことあったかな……、氷属性の魔力使っていたから、最終的にフセルック家に怒られていたっけ」


 ……そ、そんな冷たい飲み物、しかもジュースは美味しいのに怒られるくらい出してはいけないものだなんて。

 果物の甘い部分って冷えてると美味しいのは地球の話だけど、でも冷たい方で飲みたかったな……。


「とまあ、冷たい飲み物はフセルック侯爵家とかいうボケナス貴族が実質規制しているような物だから冷たいジュースはほぼ飲めないね。飲めてもぬるいレモネードかあったかいオレンジジュースだよ」

「……現実は厳しいね」

「フセルック家を滅ぼそうものなら多くの人を殺すことになるからね……。まあ、冷たい物は体に良くないという理由もあるわけで」

「…………そっかぁ」

「というわけでできたよ。濃いめ柔らかめのバニラアイス。スプーンは大きい方? 小さくする?」

「……小さい方で!」


 アイスは小さいし、なるべく長く食べたいからスプーンは小さくしてチマチマ食べたい。


「小さいってこのくらい?」

「うん、このくらいでいいよ」

「アタシは寝る準備をするから適当に食べてていいからね」


 ルプアからスプーンを受け取って早速バニラアイスをスプーンでつつく。

 や、柔らかい……。

 市販の高いアイスみたいだ……!

 いや、まだ食べてない。

 500円玉みたいな大きさ分すくって口に少し含む。


 め ち ゃ く ち ゃ お い し い !


 理想のバニラアイス、ここにあり。

 ねっとりした感触と、芳醇はバニラの香り、儚く溶けていくアイス本体……。

 良すぎて語彙力がなくなる。

 おいしい!

 おいしい!!

 おいしい!!!








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「………………も、もうなくなっちゃった」

「体に悪いし、おかわりなんてないわけ」

「そんなぁ……」

「というわけで口洗うよ、いいね?」

「うん……」


 歯磨きの代わりなのか、洗浄魔術を口に受ける。

 ……これ、やらないとどうなるんだろう?

 歯磨きするのは当たり前のことだけど、菌がいないならやる必要ってあるのだろうか?


「……そういえば、なんで口にも洗浄魔術するの? 虫歯ってないんだよね?」

「虫歯はできないけど歯にクズ魔石ができてみっともないし、汚いからやってるの」

「……口に魔石ができちゃうんだ」

「といっても役に立たない魔石だから捨てるしかないんだけどね。魔力はぐちゃぐちゃだし、自分の魔力の認識されていないのか口の中切れるからこの習慣は貴賤問わずにやられているはず」

「口の中切れちゃうんだ……。それは嫌だな」

「……とまあ話はここまでにしておいて、使い捨て布団作ったからその上に寝袋を展開して睡眠! 今日はもう寝る!」

「……早くない?」

「ここ、厄災の獣出る場所だからね! 騒音で寝れないのはやだよ!」


 ……野宿の時は早く寝るのはルプアも同じらしい。

 自分も寝袋を用意して、寝よう。

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