第46話 封印されし大厄災の獣に手を出そう!

 黒い魔力が解け、生まれた大厄災の獣は巨大な黄緑色のカニのような見た目をしていた。

 カニにしては目が4つだし、脚がムカデみたいにワラワラと集まった小さい足があってそれ以外にも単体だけでも動けるようにするためか大きめの足が8本存在している。

 こいつを食べても美味しくなさそう。

 ……そういえば地球ではカニ、そこまで食べなかったような。

 カニってどんな味してたっけ?

 ではなく、もう攻撃を始めてもいいだろう。


 ずいぶん前から溜めていた電気の魔力をカニもどきにぶつける。

 甲羅があっさり割れて次の甲羅が現れた。


「マトリョーシカみたい……」

「それみたいな構造をしているんじゃないの? さっさと倒して終わりにしますかね〜。……弓でいっかな」


 ルプアは風の魔力の矢でひたすらカニもどきを攻撃する。

 攻撃すればするほど、新しく現れた甲羅にもヒビができていく。

 一撃一撃を重くするよりも軽めに連射したほうが有効な場合があるのか。

 勉強をしている場合じゃない。

 私も戦わないと。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……大厄災の獣はこちらに攻撃することなく、私達に攻撃されるだけ攻撃されて倒された。

 ……なんでだろう?


「生まれたての厄災の獣って攻撃の仕方もわかってないから単なる的なんだよね! 今回のは穢れの道標もあって大厄災級の硬めのが生まれたけど……、さてさて、アレは手に入るかな?」

「アレ?」


 ルプアがなにを求めているかはわからないけど、その前に魔力中和をした方が良さそうだ。


「えっ、魔力中和するの!? せめてアレが手に入るかどうかくらいは確かめさせてよ! もしかすると放置し続ければ無限に手に入れるチャンスなんだよ!」

「アレというのは一体……?」

「フユミヤちゃんも持ってるよ! ほら、記念硬貨みたいなやつ!」

「記念硬貨、アレか……。なんで欲しいの?」

「あればあるほどいいの! さて、手に入るかな?」


 溶けていくカニモドキを見るが、特になにかが出てくる気配はなさそうだ。

 あの記念硬貨を得るには封印されし大厄災の獣に手を出さないと厳しそう。

 記念硬貨なんて集めてなにになるんだろう?

 そういう収集癖?


「……あー、肉だけかぁ。まあいいや。バカでかいけどしばらくの食料になりそうだね。大厄災の獣の幼体じゃこの程度かも。ちょっと損したかな……」


 ブツブツとなにか言ってるルプアを無視して、魔力中和を始める。

 終わらせるタイミングはルプアにこの一帯が臭うかどうか聞けばいいだろう。

 ……光の魔力で魔力中和をしていたら穢れの道標が壊れたけど、別にいいか。


「あっ、穢れの道標が……」

「……もういいんじゃない? あの記念硬貨が欲しいのなら封印されし大厄災の獣に手を出したらどう?」

「それは、そうだけど〜。面倒くさいっていうか〜。フユミヤちゃんも戦ってくれるというのならルプアちゃん頑張るよ〜」

「…………」


 手を出せとは言ったけど、そもそもあの封印されし大厄災の獣との戦いで魔力切れで倒れたんだよな……。

 軽いノリで封印されし大厄災の獣に手を出すの、やめた方がいいのかも?


「まあ、なんにせよ封印されし大厄災の獣には手を出す予定なんだけどね」

「手を出すんだ…、」

「あったりまえでしょ! 魔力の真髄に辿り着いた風の魔力と光の魔力どっちが強いか検証したいし!」

「……検証するほど余裕はあるの?」

「あるでしょ。フユミヤちゃんが前回魔力切れになったのは雑兵共が多くて近づきにくくなった結果、すっごい遠くから魔力操作をした結果の魔力切れでしょ? 今回は雑兵共もいないし、魔力消費量も格段に減るはずだよ?」

「……とはいってもどれだけの強さかはわからないし……」

「まあそんなもんだよ。地域だったり個体によって強さは変わるからね」

「弱い大厄災の獣とかいるの?」

「いるにはいるよ。厄災の獣と比べたら強くはあるけどね」


 それは弱いとは言わないような?

 大厄災の獣でも特別に強い個体がいるんだろうね……。

 そういうのとは今相手はしたくないかな……。


「じゃあ、魔力中和は終わりにして行こうか。この辺りの臭いもマシになったし、そろそろ封印も探さないとね」

「封印を探すって一体どうやって……?」

「変わった魔力の気配がしているからそれを探すの。だいぶ普通の魔力とは違うから結構わかりやすいよ」

「普通の魔力と違う……?」

「まっ、あの家特有の魔力の属性があるってわけ。それじゃあ行こうね〜」

「……どこに?」

「闇雲に探す! それだけ!」

「え〜……」


 思った以上に無計画で進んでいく。

 そんな調子で大丈夫なのだろうか?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 深緑の森を無軌道に進んでいく。

 道中、何度か同じ道を巡り続けてはいないかルプアに確認したけど、そんなことはしないようにしていると言って虱潰しらみつぶしにこの森を歩いている。

 それにしてもここ、どの場所にあるんだろう?

 今はルプアがいるからまだ遭難そうなんしていないけれど、私1人だったらきっともう遭難そうなんしているんだろうな……。


「おっ、あっちらへんに変わった魔力の気配を感じているね! フユミヤちゃん、わかる?」

「変わった魔力の気配……? あの方向?」

「そそそ。わかっているようでなにより! それじゃあ行こうね〜」


 ルプアが駆け出すのに合わせて私も駆け出す。

 あっ、今まであったどんな人より足が速い。

 これ、途中で見失うんじゃ……?


「ちょっと、フユミヤちゃん!? 足遅くない!? 身体強化かけないの?」

「やったことない!」

「……マジ? 便利なのに?」


 ルプアが引き気味に言ってくるが、習ってないものは習ってない。

 逆にルプアの走りって身体強化を使っていたのだろうか?


「それじゃあ、身体強化のやり方についてちょっとは教えますかね〜。これないとアタシとはぐれそうだし」

「……教えてくれるの?」

「フユミヤちゃんはアタシのやりたいことに必要だからね! せめて足の身体強化は覚えてもらわないと!」

「足の身体強化? 他にもあるの?」

「それ以外の部分もあるけど、それは格闘術使うようなやつらが覚えることだね。フユミヤちゃん、格闘術の適性なさそうだし、走ることに関わる足の身体強化だけでいいでしょ」

「確かに……」


 今までの旅路では小走りしないと追いつけなかったり、走っても呆気なく抜かされてしまうようなことが多かったけど、この身体強化さえ覚えてしまえばそんなことはなくなるのかもしれない。

 これは覚えないと……!


「それじゃあやり方なんだけど、まず体のどこかに魔力を溜められる?」

「体のどこか? どこでもいいの?」


 とりあえず右手に光の魔力を集める。


「外には出さないことが重要なんだけど、その光の玉、引っ込められる?」

「外に出さない……」

「全身光ってどうするの!? ……いやこれは正しいのかな? 光属性、例がないからわかんないけど、この状態で走れる?」

「走るの?」


 とりあえず走ってみる。

 あれ?


 め、めちゃくちゃ早くなっているような……!

 体の制御しっかりしないといろんなところに体ぶつける!

 だ、だいぶ危ないけど、どうしたら……?


「待て待てフユミヤちゃん! ストップ!」


 止まるように叫ばれたので1回止まる。

 私の人生史上、1番速く走れていたようなそんな気がする。


「そんな速く走られるとは思わなかった……。今のは全身の身体強化だと思うけど違い、わかった?」

「だいぶ速さが違ったから多分そうだと思う」

「わかっているようでなにより。今のって光速ってわけ? 魔力によって身体強化しやすい場所は変わってくるけど、ここまで違うってこと?」


 腕を組んでブツブツと呟き始めたルプア。

 とりあえず、得意とする魔力の属性によって身体強化のしやすい体の部位があるのはわかった。

 光の場合は全身でも足の部分が強化されやすいということも。


「…………適当な仮説並べ立てたところで仕方ないね。それじゃあフユミヤちゃん、封印の方へ行こっか」

「……うん」


 結局封印されし大厄災の獣の封印は解くんだ……。

 とくに急ぐ様子もないのかゆっくり歩いているルプアについていく。

 封印されているから逃げられないもんね……。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 変わった魔力の気配に近づくと、そこには人の背丈を余裕で超えるような氷像のようなものがあった。

 ……ここ、森なんだけどな?

 全然似つかわしくないそれは冷気を発していて地球の夏に存在していたらありがたいけど、溶けてしまいそうだけどこれって……、


「…………凍ってる?」

「そう! これが封印なわけ! こんな風に厄災の獣を封印しているのはフセルック家、フセルック侯爵家の血筋の人間達ってこと!」

「……氷属性って四属性には存在しないんじゃ?」

「その通り、と言ってもアタシでも多少は使えるんだけどね。アイス作るくらいのレベルだけど……」

「……アイス、いつでも作れるってこと?」

「そ。でも食べ過ぎると魔力が使えなくなるからこの世界では劇物みたいになってるの」

「そ、そんな……」

「棒アイス1本分くらいなら食べても問題ないけど、3本とか超えるとね〜。……フユミヤちゃんはアイスを食べたいのかな?」

「………………」


 食べたいといえば食べたいけど、そこまで暑くはないからな。

 でも、アイスを食べる機会って……。


「ま、封印されし大厄災の獣を倒してからにするかな。フユミヤちゃんは食べたいアイス考えといてね。ルプアちゃんは応用力がある魔術士なのでバニラアイスとか出せるわけ」

「……バ、バニラアイス!?」


 普通の氷しか出てこないと思っていたのにバニラアイスが出せるなんて……!?

 今すぐにでも、とは思ったけどこんな物騒な氷像の前で食べるようなものでもないか。


「バニラアイスが食べたければ後で闇の魔力渡してね。渡さないとあげないよ」

「…………わかった。渡す」


 バニラアイスに私のちっぽけな正義感は屈した。

 日本の食環境とは全然違う以上、地球で食べられそうなものは食べられる時に食べないと……!


「ここまで単純なんてルプアちゃん、思ってなかったな〜。やっぱり日本人は食べ物で釣れる宿命にあるね……。ユーリもそうだったし」

「……ユーリちゃんにはどのような食べ物を?」

「ポテチ、焼き肉、炭酸ジュース」

「……ふ、太りそう。ちなみに炭酸ジュースってどんな味が?」

「手持ちの果物の味によるよ。ぶどう、オレンジ、桃、白ぶどう、レモンとまあ色々できる。果肉マシマシもできるけど、同じ発見してるのか人の集落に飲み物屋はあるよ?」

「……あれ? 酒場とかないの?」


 そういえば、酒場だったり、酒をこの世界で見かけてない。

 宿屋の食事場所にもなぜか存在していなかったけど、どうしてだろう?


「アルコールはこの世界にないよ。ついでに言うと食べ物放置し続けると腐るんじゃなくて消える」

「えっ、どうなってるの……?」

「菌類が存在しないんじゃない? 魔力がその代わりになってる感じではあるよ」

「……アルコールの発酵には酵母がいるんだっけ? だからないの?」

「そうなんじゃない? 熱心に酒を飲もうと試行錯誤している日本人の記録もあったけど失敗しているみたいだし」

「お酒ないんだ……」


 地球にいた頃は成人した日に飲んで胃の中の物を戻してからは一切飲んでないけど、それなりに需要があるのに生み出すことができないなんて……。

 お酒好きの人からしたらこの世界はきっと地獄に分類されるんだろうな。


「フユミヤちゃんはお酒飲みたいの?」

「飲んだら吐くからいらないかな」

「だよね〜。この世界の飲み物屋がお茶とかジュースとかが多くて助かるよ。まぁ小汚い食べ物屋とかは居酒屋みたいにうるさいこともあるけど」


 ……小汚い食べ物屋、ユーリちゃんは進んで行ったけど、そういうところは違うんだ。


「とまあ、雑談はここまでにして解いちゃおっか! 封印!」

「……解くの?」

「さっきのカニっぽいのよりは強いけど、電気の魔力使えば余裕でしょ! 自身を持つためにバリバリ狩ってこ〜!」

「……封印されし大厄災の獣ってそんなバリバリ狩っちゃいけないような?」

「雑魚はね、ダメだよ。野垂れ死ぬだけだし。でもアタシ達は違う。対抗手段余裕であるし、魔力量も十分あるし。封印されし大厄災の獣なんてまだまだ増えるんだからちょっと減らしても大丈夫だって!」

「そうかもしれないけど……」

「なに? アタシが信用できない? 9歳からこの世界でたった1人で封印されし大厄災と戦って倒してきたアタシを?」

「9歳って、それはそれですごいけど、怒られないの?」

「封印しかできない雑魚に怒られることになんの意味があるわけ?」

「……そっかぁ」


 ルプアは強さに自信を持ってるんだ。

 ……でもこの世界換算の9歳からたった1人でもというのは周りの大人が酷いのか、本人のやらかしなのか、……どっちなんだろう?

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