第44話 フセルック侯爵家の子【Sideヴィクトール】
「ヴィクトール様、地図ばかり見ていますけど、朝食は食べましたの?」
「いや、まだだ」
「フユミーさんがさらわれてから暇さえあれば動きの少ない地図を見続けるのは異常ですわ」
「……だが、いつ他の場所に行くかわからないだろ」
「……なにをしているかすらわかっていないのに行く場所を予想してもムダですわ。早く朝食を食べてフセルック家の方に話をしてこの街を出ましょう」
「……そうだな」
気は進まないが、時間を潰すためにも朝食を食べに行くか……。
地図を鞄に入れ、宿の食事場所へ向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここで出される食事は基本的に蒸した芋だ。
厄災狩り用の宿なら肉も出てくることもあるご、ここは臨時治療院になっていたこともあり、出てくるものはガチャ芋で増やした物しかない。
ガチャ芋が主に使われているのはバラバラの味ではあるが多くの食料が結果として生み出かれること、それが大きな理由だ。
さらには魔力の少ないヒト達でも食べやすい。
今は非常時ということもあり、結果として芋しか出てこなくなっている。
……ユーリは味が変わらないと文句を言っていたがな。
……それにしたって食事が
仮にこれを食べたとしても大して魔力は回復せず、大して重要でない満腹感とやらが得られるだけだ。
素材の味がする蒸した芋をゆっくり食べていると、朝早くから宿を訪ねる人間が入ってくる音がした。
……こんな時間に宿を訪ねてくるのはなかなか珍しい。
一体どんな要件で訪ねてきたんだ?
「あの、ロトスの聖女を連れていた厄災狩りがいる宿はこちらで合っていますか?」
「……あんた、フセルック侯爵家のヒトか? 念のため証を見せてくれるかい?」
「こちらです」
「……騎士団の連中に見せられたのと同じ紋章だね。読んでくるから少し待っていてくれ!」
宿の亭主が慌てて階段を上っていく。
……俺は朝食を食べきったし、少し話しかけてみるか。
「そこのフセルックの少年、ロトスの聖女を連れていた連中に一体なんの用だ?」
「それに関しては言えません。いきなり話しかけてきた貴方は一体なんですか?」
「ちょっと興味があってな。ロトスの聖女は今は行方不明なのに、どうしてそれ以外の連中にわざわざ時間作ってまで話しに行くのかってな」
「…………貴方には関係のないことです」
「その様子だとロトスの聖女を連れていた連中の見た目は聞いてないのか?」
「…………」
探し人の見た目を聞いていないなんてこの少年、大丈夫なのか?
なんだか不安だが、ここで下手にロトスの聖女を連れていたと言っても信じそうにないだろう。
セラ達を待つか。
「ルルエルド様〜! こちらですね〜!」
「……シェリラですか。どうしましたか?」
「ルルエルド様がロトスの聖女様を連れていた人達の外見を聞いていないからしっかり聞いてきたんです〜! …………あれ、そこの銀髪の人って?」
ルルエルドと呼ばれたフセルックのやつには同じくらいの護衛の人間が宛行われていたのか、橙色の髪の少女が現れた。
……同じような年頃に見えるが、護衛としてなにかしらの実力があるのだろうか。
「俺がどうした?」
「しらばっくれてます? ロトスの聖女を連れていた人達の筆頭の人の見た目の情報と一致してますよ?」
「なっ……、騙したんですか!?」
「騙すつもりはなかったが、なぜロトスの聖女に興味を持ったのかが気になってな。今、彼女はさらわれているぞ」
「詳しい話は別の場所で行います。こちらの機密と関わっているのでここでは話せません」
「……フセルック家にも色々事情があるんだな」
「ええ、そうです。ですのでロトスの聖女を連れていた方々にお話をお伺いしたいのですが……」
「そろそろ来るぞ?」
ユーリを先頭にぞろぞろと宿を動いている気配がする。
もうじき階段を降りてくるだろう。
「魔力検知も中々の実力を持っているんですね。……どうしてロトスの聖女はさらわれたんですか?」
「全ての騎士を超えし戦乙女にさらわれてな。……知らなかったのか?」
「セルクシア公爵令嬢ですか……。彼女が人をさらった? ……一体どうして?」
「理由に関しては俺達も知らない。彼女の興味を
「フユミヤというのはロトスの聖女の名ですか?」
「そうだ。ロトスの聖女と呼ぶのも長いだろう」
「聞き馴染みのない名前ですね。やはり彼女は……、いえ、ここで話してはならない内容でしたね」
「…………」
フユミヤについてなにか知っているのか?
…………フセルックと言えば、サクラと旅していた封印の大賢者モルフィードだが、サクラに関するなにかしらの情報があるのかもしれない。
……だったらどうしてサクラの話が学んできた歴史に入っていないのかは気になるが、隠す理由があるのか?
聞きたいことがあるがユーリ達が来た。
詳しい話はこのルルエルドというやつがしてくれるだろう。
「………フセルック家の方が来られたとのことですが、ヴィクトール様の近くにいらっしゃる男性の方がそうですの?」
「そうです。僕はロトスの聖女の力について心当たりがあり、こうして貴方達を呼びに来たわけです。詳しい話はこの町の騎士団の詰め所で行います。シェリラ、案内をお願いします」
「わかりました〜」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シェリラの案内に従う形でこの町の騎士の詰め所に辿り着いた。
やや空間が剥き出しになっているところがあるが、まあそのうち直るだろう。
赤茶色の建物に俺たちは足を踏み入れる。
「おっ……、ルルエルド様方が参られましたか。部屋は2階の1番奥にある緑色の扉を空けているところです。好きなだけ話してくださって構いませんので……」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか。シェリラ、行ってください」
「は〜い」
ぞろぞろと1列になって俺達は詰め所にある目的の部屋へ足を進める。
特にはぐれているやつはいない。
「言われた特徴的にこの部屋ですね。開けますか〜」
「……それなりに広めの部屋、といった具合ですね。椅子もまあありますね。好きな方に座ってください」
「この1列を使えば良さそうだな。俺達側とフセルック家側で分かれればいいだろう」
「そうね、それでいいんじゃあないかしら」
1列の真ん中側に俺とセラが、俺の左隣がコルドリウス、セラの右隣がユーリといった状態で席に着いている。
一方で、フセルック家側はルルエルドだけが席に着き、シェリラが立ったままでいる。
……主従関係がはっきりしているということだろう。
さて、フセルック家はどのような要件で俺達を町に留まらせた?
「シェリラ、風の魔力で声が漏れないようにしておいてください。この話はあまり多くの人が知っていい話ではないので」
「わかりました〜。強度はいつも通りにしてますが、このくらいで大丈夫です?」
「ええ、下手な魔術士がいなければ大丈夫でしょう。では……」
シェリラに自分の杖を渡して部屋に防音作用の魔術をかけさせる。
わざわざこんな場所で防音魔術をかけるとはどれだけ秘密にしたい話なのやら。
「まずは先に確認ですね。貴方達と共に旅をしていたロトスの聖女の魔力の属性が主に使っていた属性は四属性に当てはまっていない属性で間違いないでしょうか?」
「……間違いないがそんなことを聞いてどうするんだ?」
「確認したいだけです。ロトスの聖女が100年前に現れた光の乙女と同じ力を持っているとしたら当家でその力を発揮していただく必要がありますので」
「……100年前、光の乙女か」
……これはサクラのことで間違いなさそうだが、まだはっきりとその名前のヒトであるとは言っていない。
早とちりはやめておくべきだが、フセルック家には建国当時の正しい歴史が伝わっているような気がするが……。
「ちなみにその光の乙女とやらの名前はわかっているのか? 名前がないわけではないだろう?」
「……100年前に現れたの光の乙女の名前はサクラと言いますが、それがどうかしましたか?」
「……なるほどな。100年前と言えばこの国、フェルグランディス王国ができたということになっているが、その中心人物に光の乙女と呼ばれた者はいないが、どうなっているんだ?」
「…………建国当時の歴史を知っているということは学園出身の厄災狩りですか」
苦い顔をするルルエルド。
貴族の人間からしたら学園出身の厄災狩りなんてものはなにをしでかすかわからないからな。
まあ、そんな顔もするだろう。
……と言っても俺とセラはただの学園出身の厄災狩りではないがな。
ルルエルドに王弟であることを話すのも面白いかもしれないが、さすがに厄介なことになるからやめておくべきか。
「隠すべき事情があったんです。王からも、歴史からも」
「王からも隠せたのか?」
「……これ以上は単なる家の一員の僕からは話せません。そもそも厄災狩りに教えられる内容でもありませんからね」
……王からも、隠した?
どうやればできる?
サクラを見つけたのは勇者王レイヴァンその人だろう?
…………手記の内容がおかしいのか?
「それでここにはいないフユミヤが光の乙女だったとして、今はいないけれど……、どうやって連れてくるのかしら? 闇雲に探すの?」
「ロトスの聖女が四属性以外の魔力を使っていたという情報だけで十分です。後はフセルックの家の物に情報を渡し、フセルック家総出で彼女を探します。」
「…………居場所がはっきりしているわけではないのに探せるのかしら? この国、広いのよ? フユミヤをさらった女性は翼で移動すると聞いたわ。どうやって探すの?」
「ロトスの聖女をさらった戦乙女、セルクシア公爵令嬢は王命で探すように言われている方です。彼女は封印されし大厄災の獣に勝てます。封印を解こうものなら僕達に情報が伝わってくるのでそれで追います。」
「……封印されし大厄災の獣の封印を解かないと意味ないじゃない。……お兄様、地図の話をしてもいいかしら?」
地図、か。
あれを条件に俺達も同行させろ、ということでいいのだろうか。
「地図? いきなりなんですか?」
「俺は、フユミヤの居場所がわかる地図を持っているわけだが……、見たくないか?」
「…………そんなもの一体どうやって? 貴族の印、ならできてもおかしくはないですが……」
「なら実際に見せてやろう。大して埋まっていない地図だがおかしい部分があるとわかるだろう?」
ルルエルドに見せつけるように地図を広げる。
ずっとフユミヤとアキュルロッテは似たような場所にいるが、なにをしているんだろうな?
「…………探知の仕掛けを地図に絡めていますね。……ここまでの仕掛けをできるということは侯爵以上の爵位を持っている家の者か王族、ということですか」
「想像に任せよう。どちらにしろ今の俺達は厄災狩りだからな。生家での立場はどうなっているかは知らん」
「…………この地図、渡してくれるわけがないですよね。何を要求するつもりですか?」
「テルヴィーン領とフセルック領を繋ぐ転移陣、それを使わせてくれないか? フユミヤに会うにはフセルック領に行くのが一番の近道だ。濃い赤い色が現在の俺達の場所だが、地図、読めるよな?」
「読めますよ。……そういう条件ですか。いち早く光の乙女と接触するにはそれが必要な以上、許すしかないですね」
「交渉成立、だな。これでフユミヤに近づけるな」
「……ロトスの聖女は当家が引き取ります。それはお忘れなきように」
「……フユミヤは成人済みの17歳なんだがな? 素直に引き取られるか?」
大体引き取るといったところでなにをさせるつもりなんだか。
なんとかしてフセルック家を出し抜きながらフユミヤを取り戻さないと、だな。
「17歳と言っても……、いえなんでもありません」
「そうだな」
やはり、サクラと同じように突然この世界に現れたような事も伝わっているらしい。
……どうして歴史から隠してしまったんだろうな?
「……セルクシア公爵令嬢が僕達の領で封印されし大厄災の獣の封印を解いていますからね。この速さだとフセルック領全土の大厄災の獣が狩られてしまいます。その前にロトスの聖女と共に確保したいところですが……」
「……動きが少ないと思ったらそういうことか。早くいかないと、だな」
「今日中にフォールデニスの街へ向かいます。厄災狩りの皆様は今回この町に現れた大厄災の獣とは戦えたんですよね。なら近道を強行突破します。シェリラ、魔力の余裕は?」
「全然ありますよ! もう風の魔力も解いちゃいます?」
「構いません。……では行きましょう」
……これで、フセルック領に行けるようになった。
アキュルロッテ、逃げるなよ……。
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