第43話 今はいない彼女を想う【Sideヴィクトール】
◇Side【ヴィクトール】
ベッドの上に地図を広げ、フユミヤの位置を示す薄赤の印を見る。
俺が渡した印を落としてなければフユミヤはフセルック領辺りにいるようだ。
地図自体は白紙のため、はっきりとその領であるかがわかるわけではないが、頭に叩き込んだ地図の完成図では中央の王都からやや北西にある大きな領がフセルック領であるため、その可能性が高い。
……“この国の全てが描かれた”地図を比較用に購入しておくべきだったか。
「お兄様、仕切り布を忘れてるわよ〜。…………フユミヤの場所を見ているの? 今日見たところでまた移動するかもしれないわよ〜?」
「とは言っても見ておくべきだろう。……俺達はフユミヤがいなければ封印されし大厄災の獣に有効な攻撃を与えることができない。俺達の攻撃があの厄災の獣に効いていた覚えはあるか?」
「私は騎士団の人達がいたからまともに戦えたのはほんの少しの時間だったけど……、そうね。フユミヤが弱点を作ってくれたけれど、大して効いてなかったのかも」
「わたくしも手応えのようなものは感じていませんわね……」
コルドリウスの方を見たが、そもそも効いている感覚がなにかもわからないらしく目を瞬かせている。
論外、だな。
「そうなるとだ。現状、封印されし大厄災の獣を倒すにはまずフユミヤか、……アキュルロッテの存在が必要となる。」
「フユミヤの攻撃が効いているのはデンキの魔力があるからだけれど、アキュルロッテって風の魔力が得意、なのよね? 四属性の魔力でも大厄災の獣に効くのかしら?」
「…………それに関してはわからん。アキュルロッテは彼女にしかない戦い方を見つけている可能性はあるが……」
彼女が扱う風の魔力は他の人間が扱うようなそれより圧倒される感覚があって、それも強い存在感を放っている。
今の俺達ではどうにもならないような存在だと屈服させられるような威圧感と共に。
この国で一番強い騎士である父上を一撃で倒してしまうような強さだ。
……一体どれだけのことをすればそのような力を得られるのだろうな。
「……それって魔力の真髄と呼ばれているような物ではありませんの?」
「魔力の、真髄? 一体なんだそれは?」
「死の境を彷徨った果てに生きたいと願えば得られるもの、とお師匠様がおっしゃっていましたわ。それを得られたからどんな厄災の獣にだって勝てるとも言っていましたわね」
「壮絶だが、手に入れ方としては曖昧だな。……今から得るには厳しいものを感じるが」
「厄災の獣と戦って負けるには私達、強いものね〜」
「だからといってそれのためだけに封印されし大厄災の獣と戦ってしまったら人里に被害が及んでしまいますわ!」
「そうだな……。だが、ユーリの師匠はアキュルロッテではないのだろう?」
魔力の真髄、というのは強そうな響きだが実際に見たわけではないし、単なるユーリの師匠の口からでまかせかもしれないが大厄災の獣に勝てるのであれば一考だが……。
「……お師匠様、わたくしが圧倒されるほど風の魔力がお得意でしたし、この国で一番、この世界で一番強いのかもしれないと自称していましたわ。もしかすると……、と思いまして……」
「……世間知らずにしては育てたユーリは強い上に、その花飾りがアキュルロッテかもしれないと思わせるのがな」
アキュルロッテは派手な髪にしてはずいぶんと物静かな性格であったが、そのようなことを言える程度には強いからな……。
もし、ユーリの師匠がアキュルロッテであれば、彼女はそのような本性をずっと隠していたということになるが……、家族であるセルクシア公爵家の者にですら隠すことなんてできるのだろうか。
俺達、といっても主に兄上だが、交流が始まったのは物心もついていない頃からだ。
その頃から彼女は静かで大人しかったが……。
…………もしかして彼女はテンセイでもしていたのか?
いや、別の世界の記憶を持っているとして、彼女が特別な知識を俺達に与えたわけではないが……しかし。
「お兄様、悩みたくなるのもわかるけど、そろそろ寝ましょう? 仕切り布、やっておくから寝る前には明かりは消して、地図も畳むのよ」
「……ああ、わかった。ありがとうな」
……テンセイしているのなら、子どもの頃からやけに大人びていた理由に納得がいくが、それだけのこととテンセイしていたことを結びつけるには良くはないような。
……フユミヤはどうしているのだろうか。
アキュルロッテがなにを考えてフユミヤをさらったのかがわからない。
そもそもアキュルロッテがフユミヤを知っているはずがないんだ。
フユミヤはこの世界に現れてまだ2週間も経っていない上に、大した場所に連れ回したわけでも、フユミヤの力を喧伝したわけでもない。
俺達以外がフユミヤのことを知ることができるはずがないんだ。
見ず知らずの人間をさらう必要性が彼女にはあるのか?
どこでアキュルロッテはフユミヤのことを知った……?
…………考えても仕方ないか。
今日はもう寝るとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……今日は、まだ崩壊した部分の多いロトスの町の復興の手伝いだ。
封印されし大厄災の獣が汚した部分が多く、まだまだ臭う所も全然多い。
このような惨状でなければフユミヤを探しにフセルック領へ向かいたいところだが……。
「おう、厄災狩り達! この速度なら魔力中和は今日で終わりそうだな。俺達騎士団だけじゃ町に厄災の獣を出していたぜ。」
「……今日で終わるのか? なら……」
「待ってくれ。ロトスの聖女様を助けに行きたいのはわかるが、明日まで待ってくれ。フセルック家の坊っちゃんが明日この町を訪れるんだ。ロトスの聖女様のことを聞かせろと言われてね……」
「ロトスの聖女……、ですの?」
「あの黒髪の変わった目の色をした魔術士で治療術士の嬢ちゃんのことだよ。あの嬢ちゃんがいなかったら騎士団は今より死んでいるやつらが多かったからな! 聖女様と慕っても構わんだろ!」
「フセルック家の一員がここに来るのか?」
……厄介とは思ったが、今回の古き大厄災の獣の封印は俺達が解いたわけではないからな。
……フユミヤのことを聞かせろと言われても、フセルック家はなにが聞きたいんだ?
「おっ? 厄災狩りにしてはフセルック家を知っているんだな? 学園にいたことがあるのか?」
「少しな。フセルック家が来るから明日まで滞在してほしいということか。…………困ったな」
「ロトスの聖女様はここ4年姿を消していた全ての騎士を超えし戦乙女がさらっちまったんだろ? 隠されちまった以上探すのは諦めるしかないんじゃないか?」
「諦めるつもりはない。今日魔力中和が済んで明日フセルック家に情報を伝えたらすぐに出発するつもりだが、いいんだよな?」
「別に構わんが……、オレ達の街を勝手にいじられるわけにもいかんしな。……当てはあるのか?」
「なんとしてでも探す、それだけだ」
「おいおい無謀だな……。聖女様に惚れてるのか?」
「そうだが?」
「……その割には魔力の気配が混じってなかったが、一方通行か?」
「……まあそうなる」
もう少し期間を置いてからと思ってはいたが、こんなあっさり厄介な相手に連れ去られるとは思いもしなかった。
こんなことになるなら先に伝えておくべきだったか、とも考えはしたが、どちらにしろフユミヤからは否定されていただろう。
俺が渡してきたはずの生活用品の金額よりだいぶ多い金額を返されてしまったからな……。
俺が渡した方の財布を返されたのも
なんで関わりの薄いロディアの財布で返さなかった?
赤が好きなのか?
「厄災狩りの兄ちゃん、程々にしておけよ? まぁ、こんな情勢でも旅の治療術士として治療院の術士に代わって治療魔術を使ってくれたんだ。そのうちどこかの町で聖女として祭り上げられるんじゃないか?」
「……その前に見つけ出す。町の聖女にでもなろうものなら魔力が空になっても使い倒される」
「その悪評のせいで、治療魔術士になってくれるようなやつ、少ねぇんだよな。治療魔術が使えても自分にしか使えないだの屁理屈つけやがってさ。自分に使うのと他人に使うの大して変わらんだろ」
「今、治療魔術士になってくれているやつに感謝するんだな。俺達は使えないからな」
……というのは嘘だが。
本当は俺もセラもユーリも使える。
コルドリウスは知らんが。
「へいへいわかっているよ。……なんで戦乙女様は聖女様をさらったんだか。聖女様が残っていれば復興の人手がだいぶ増えるんだがな……」
「今いる人員で頑張るしかないわ〜。……もうこの辺りもいいのではないかしら? 臭いもなくなったわ〜」
「そうですわね。後はどこが残ってますの?」
「後はだな……、騎士団のやつらに聞いてくる。厄災狩り達は1回待っててくれ」
「わかった」
この町の騎士団の団長だか隊長だかが町の別方向へ消えていく。
……セラとユーリとコルドリウスが視線を向けてくるが、一体なんだ?
「ユーリから先、良いわよ」
「同じ要件だと思いますが、いいんですの?」
「ええ、大丈夫よ。むしろユーリが聞いてちょうだい?」
「なら遠慮なく……。先ほど隊長さんだか団長さんだかどちらかがわからないような方が聞いてきた質問のフユミーさんに惚れてると肯定したのはどういうことですの?」
「それはだな……」
「それはね、フユミヤがヴィクトールの“答え”だからよ〜」
「“答え”? なんなんですのそれ?」
「私達王家の人間にはね〜、そういう感覚のような物があるの。もちろん、他の人にはその感覚がないことは知ってはいるのだけれど、どうもその感覚を感じると正気じゃいられなくなるのよね」
「……フユミーさんがさらわれてからヴィクトール様がおかしくなっているのはそういうことですの? なんとかする方法はないんですの?」
「……フユミヤを見つけて一緒にいるようにならないと無理なんじゃないかしら」
「そうだ。そういうわけでこれからの旅路はフユミヤを見つけるための旅になる。俺とフユミヤが一緒になることが嫌なら出ていってもらうぞコルドリウス」
出て行く気はないことを示すコルドリウス。
こいつをフユミヤの護衛に回さなければ……。
いや、コルドリウスを護衛に回した俺のせいでフユミヤはさらわれたんだ。
だからこそ、俺がフユミヤを見つけ出して一緒にいる必要がある。
王家の血の定めだからな。
……といってもこの感覚は一方通行だから立ち回りを間違えれば“答え”と定めた相手が逃げたり死んだりすることがある。
もし、フユミヤが望んでアキュルロッテにさらわれたというのなら、俺はどこかで間違えたのだろう。
……物を渡しすぎたのか?
どこがいけないんだ?
「コルドリウスは出ていく気がないのね〜。しばらくはこのままなのかしら?」
「……そうなるな」
「……もし、このままフユミーさんが見つからなかったらどうなりますの? さらにおかしくなることがあるといったことも…、」
「ありえるんじゃないかしら? 過去には心中を迫って王家の人間だけ生き残った例もあるし……」
「えげつねぇですわね……。じゃあ、早くフユミーさんを見つけないと大変なことになってしまいませんこと!?」
「……そこまでになるつもりはない」
大体、心中なんかしてどうするんだ……。
だが、兄上のような凶暴な性格になっていく可能性はある。
兄上もアキュルロッテが失踪してから年を追うごとにおかしくなっているからな。
…………父上がいなければ、この国も今頃はどうなっていたことか。
「……こんな不安定な人達が王家では、しっかり国を治められているか不安ですわ」
「“答え”と定められている人と一緒にいれば問題はないのだけれど……、兄上もお兄様もずいぶん厄介なことになってしまったものね〜」
「……そういえばフユミーさんを連れてきた日、ヴィクトール様は変な時間に拠点を飛び出して行きましたわよね。あれって“答え”が関係しておりますの?」
「ああ、そうだぞ。俺も最初はよくわからなかったがな」
「……フユミーさんが現れた時点でもうお互いに手遅れのような物ですのね」
「お互いに、とはなんだユーリ?」
「一方的に好かれてフユミーさんも可哀想と思いましたの。その感覚、王家の方々にしかないのでしょう?」
「……………………」
…………まあ、そうではあるが。
…………フユミヤが可哀想というのは、正論ではある。
とは言ってもだな、
「俺がフユミヤを幸せにすればいいんだ……」
「……自信がなさそうですが?」
「俺がなにをすればフユミヤが喜ぶのかがわからないんだ」
ランデヴェルグの町でいらない食事を渡した時が1番好感触を得られていたが、甘い食べ物なんてものは好んで食べないから詳しくないぞ……。
「……あの人、自分のことは自分でやりたがっていますから厳しいかと。フユミーさんに奢ってきたお金も返されてしまったのでしょう?」
「お金を返された現実を俺に突きつけるのは止めてくれ。それを思い出すといろいろ苦しくなるんだ」
「頭が壊れかけていますわ。大丈夫ですの?」
「ダメかもしれないわね〜。こんなお兄様を見てると、お母様を怒らせてしまったお父様を思い出すわ〜」
「……夫婦喧嘩もなにも、フユミーさんとヴィクトール様は出会って間もない他人同士ですわよね?」
「その言葉はやめてくれ……」
まだ他人同士なのはわかってはいるが……、いずれは……、いずれは…………。
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