知恵の林檎編

第40話 黄色いサクラの木

 ◇Side【フユミヤ】


 ルプアに抱えられてしばらくして、空を進む速度が落ちた。

 ……速度が落ちたからといって落ちるわけではなさそうだけど、どうしたのだろうか?


「フユミヤちゃん、下見てくれる?」

「……下?」


 言われるがまま下を見る。

 ……黄色いけど、桜みたいな花の咲いた木がある。

 花の散り方も地球の桜と似ているような……?


「この様子、わかっているね〜。黄色いけど、桜だよ桜〜! せっかくだし、見てく?」

「……そうだね。見ようか」

「というわけで降りま〜す。最後までしっかり掴まっていてよね〜!」


 胃袋が浮くような感覚とともに地上に降りる。

 薄黄色の花びらが私達を取り巻いていく。


「……ん〜? なんか前見たときと違うね〜。なんでだろ? 魔力の気配が似ている人間連れてきたから?」

「……魔力の気配が近いって、この木と、私?」

「そそそ。もしかするとこの木、光属性の魔力持ってるかもね〜。なんで人間になくてこの桜もどきにあるかはわかんないけど、不思議だよね〜。生きているみたい」


(サクラもどき? わたしをそう呼んだのは日本の人達なの?)


「……ルプア、今の聞こえた?」

「ばっちり聞こえた! 女の人が喋ってるね! 怪奇現象かな?」


 頭の中に響いた女性の声はルプアにも聞こえたようだ。

 ……なんで頭の中に声が響いているのだろう?

 これも魔力なのかな?


(……怪奇現象、そうよね。わたし、死んでるもの。たまたま現れた大厄災の獣と相討ちになって死んでいるはずなのにこんなに大きくなっちゃって……)


「ひとり語りもいいけど、キミ、誰なわけ? なんでこんなことになっているか覚えてる?」


(わたし、サクラって言うの。どうしてこの木と同化しているかはわからない。死んだ後からずーっとこの状態なの。下手したら生きてる年数よりこの状態になっている時間の方が長いかも)


「……サクラってまさか、レイヴァンって人、知ってる?」


 思わず呼び捨てで呼んでしまったが、この人、ヴィクトール様とセラ様が言っていた手記の“サクラ”のような気がする。

 確証はないけど、勇者王レイヴァンを知っていれば確実だよね。


「フユミヤちゃんなんで勇者王の名前出してるの? 100年以上前の人だよ?」


(レイくんを知ってるの?)


「って知ってるし……、なにか心当たりでもあるの?」

「サクラって名前をヴィクトール様やセラ様から聞いていたの。光の魔力を持っていたって話を聞いていたんだけど……」


(詳しい話を聞きたいな。2人共、こっちに来てくれる?)


「こっちって……? ウッ、眩しっ」


 謎の眩しい光を浴びる。

 痛みとかは感じないけど、どうして光ったんだろう?

 目を開けてみる。

 …………。


「なに、ここ? 宇宙?」


 謎の光に包まれた先には、やけにビカビカした光の多い宇宙空間が広がっている。

 宇宙空間とは言っても2本脚で地面のない場所に立っているから厳密にはそうではないんだろうけど……。


「宇宙ではないね。そうだったら今頃みんな行方不明になっちゃう」

「この声はサクラ……?」


 声のする方には首につかないくらいの短い黒髪の私とよく似た服装の女性が立っていた。

 ……なんなら目の色も私とそっくりだ。


「そう、わたし。サクラだよ。ところで黒髪のお姉さんはどうしてわたしとそっくりな見た目になっているの? ドッペルゲンガー?」

「……サクラはこの世界に親はいる?」

「……いないけど、どうしたの?」

「2人はトリップしてきたことを言いたいの?」

「トリップ……?」


 トリップという言い方が古いのか、サクラにその言葉が通じていない。

 ルプア、ちょっと古い年代なのかな……?


「異世界転移、こっちならわかる?」

「うん、わたし転生はしてないからそれになりそう。黒髪のお姉さんも転移してきたの?」

「地球で死んではいるけど、転移だね。……異世界転移してきた人ってこういう服装や見た目になるのかなって疑問に思っただけ」

「わたしも地球で死んでる! 同じだね、わたし達」

「いや、アタシも地球で死んでいるんどけど……、それで、詳しい話ってなにを聞きたいわけ?」

「えっと、レイくんの話! レイくん、あれからどうしたのかな~って」

「アタシ、勇者王レイヴァンは100年前の偉人ってことしか知らないからパス。フユミヤちゃん、知ってることあるなら教えてあげて」

「レイくんが王様になってから100年以上も経っているんだね。……わたしは全然成仏できてないけど」


 ……なんでサクラは成仏できていないんだろう?

 人って死んだら魔石とかになるんじゃあないの?


「フユミヤちゃん、勇者王レイヴァンのことはどれだけ知ってるの?」

「えっと、まず勇者王レイヴァンの手記があって、12歳で城から脱走したレイヴァンがサクラを見つけて、その後2年で古き大厄災の獣を全て倒した、としか……」

「わたしと会ってからの大体の流れだね。その後レイくんはどうなったの? 無事にシルフェリアちゃんと結婚できた?」

「……えっと、ルプア、知ってる?」


 勇者王レイヴァンがサクラと結婚していないということしか知らない。

 ルプアだったら知っているのだろうか?


「フェルグランディス王国初代国王の王妃はシルフェリアだからそうなんじゃないの?」

「なら良かった。シルフェリア、レイくんと結婚できたんだね」


 その安堵した様子から見るに、聖女シルフェリアは勇者王レイヴァンのことが好きだったらしい。

 これで勇者王レイヴァンがサクラのことが好き、とかだったら良くないような……。

 手記を見ているわけではないからなんとも言えないけど。


「勇者王レイヴァンの結婚相手を知らないということは、その前に失踪でもしたの?」

「うん、モルくんに出ていくべきだって言われて元の世界への帰り方を見つけたことにして城から出ていったの。大して戦えない私は呆気なく大厄災の獣と相討ちになって死んじゃったけど」

「……大厄災の獣、そんなにゴロゴロいたの?」

「たまたま現れたんだよね〜、あの大厄災の獣。誰かに光属性を分ける戦い方ばかりしていたわたしは死の間際になってやっと魔力の扱い方を覚えたんだけど……、結果的に樹木になっちゃった」

「……どうして樹木になったかはわからないの? なにか原因とかは……」

「100年以上経っている今でもわからないよ。大厄災の相討ちになった結果色々おかしくなってこうなっちゃった説が今のところ最有力。もしくは異世界転移者は普通に死ねない。とかね」

「異世界転移者は普通に死ねない……」


 もし、サクラみたいな状態になったらどうしたらいいんだろう?

 ……なにもできないのかな?


「まあ、でもこの樹木生活も悪くないよ。動けないけど、たまにこの木の元となる物がわかる人がいればこうして引きずり込んで話ができるし」

「引きずり込むって……、でも出れるみたいだねこの空間」

「ピンク髪の子は強いから無理やり出ようとすれば出れるけど……、あえてここに来たということはなにか理由があるの?」

「フユミヤちゃん連れてかれたら連れ去った意味がなくなるからここにあえて来たわけ。ただの黄色い桜かと思ったらなんかワケアリだし……」

「連れ去ったってどうやって? 黒髪のお姉さん抵抗しなかったの?」

「別に残る理由もないし……」


 残ったところでできるのって戦闘ぐらいで、魔力が尽きかけの現状なにもできないし、いいかなって……。


「という感じであっさり連れ去ることに成功したワケ。フユミヤちゃんがチョロくて助かったな」

「……黒髪のお姉さんは誰と旅していたの? わたし聞きたいな! この世界に慣れるのも大変だったんじゃないかな? 魔力の出し方とか!」

「……最初は大変だったけど、ヴィクトール様、今の王弟殿下のご支援を受けてそれなりに魔力は使えるようになったかな。光と電気と闇と火以外の魔力は大して使えないけど」

「……電気って属性あった? わたし、使ったことないんだけど? その前に王弟殿下と旅していたってことは拾われたのも王弟殿下?」

「……そうだね。無理やり連れてかれる形ではあったけど」

「えー、そんな偶然あるんだ。知ってはいるだろうけど、わたしも王子だったレイくんに拾われて旅をしていたんだ」

「……この国の王家って光属性を見つける勘でもあるわけ? 似たようなことが2度もある?」

「起きちゃった以上は必然みたいなものでしょう。ねえフユミヤさん、その王弟殿下、ヴィクトール様ってどんな人?」

「どんな人……」


 ……困ったな。

 あまり人に変な印象を抱かないように気をつけて生きていたから……、まず言えるのって……。


「銀髪でポニーテールがモサモサしてる」

「……それだけ? もうちょっと出せるんじゃないのフユミヤちゃん?」

「あとはなにかと私に物を奢ろうとしてきてた。さっき全額返したけど」

「ま、魔力! ヴィクトール様の得意な魔力の属性ってなにかな?」

「水、だけど……」

「そこは違うんだ。レイくんは風だったからそこも一致してたら面白かったんだけどなー」

「そんな偶然ないでしょ〜。そんな偶然あったら機械みたいじゃん」

「だけどさ〜、一致してたほうが面白いよ! 物語みたいで!」

「異世界転移してる時点で物語のようなものじゃないの?」

「それもそうだけど、ずーっとここにいるから退屈でね。この場所、人里から遠いから滅多に人が来ないの! それも日本の人と今まであった人数なんて4人とか5人! あなた達で片手を越えたけど、娯楽に飢えてるの! わたし!」


 そんなことを言われても、彼女が楽しめる娯楽を提供できるのだろうか?

 私はこの世界に来て10日経ったか経ってないかぐらいだから話せる話題もなさそうだけど……。


「……悪いけどね、娯楽になるような物は提供できそうにないからお暇させてもらうよ。フユミヤちゃん、行こうね〜」

「待って待って待って! フユミヤさんの魔力空っぽに近いんじゃない? この空間休めるからさ、休も休も?」

「ぬぉ……、引っ張らないで……」


 どうやらサクラは質量を持っているらしく、普通に引っ張れるらしい。

 ルプアさんもそれなりの力で引っ張ってくるから普通に痛い。


「ふぅん……、樹木の精霊みたいになっているのに引っ張れる力あるんだ。変わった状況だね」

「わたしも人に触ったのは初めてだけど、触れるのはフユミヤさんだけみたい。ルプアちゃんに触れてもなんか弾かれるけど……」

「魔力壁膜強めにしてるからかな? ……ってフユミヤちゃんになにしてくれようとしてんの?」

「……?」


 サクラがなにかをしようとしたらしいけど、なんだ?


「なんかね、中に入れそうな気がしたんだけど……」

「人に取り憑こうとするな〜!」

「……もしかして、フユミヤさんの中に入ればわたし、外に出れる?」

「やろうとしてることホラーな幽霊と変わってないんだけど!? まだ乗っ取らないでよね! フユミヤちゃんの性能試したいんだからさ!」

「え〜、……そうだ! フユミヤさん、ヴィクトール様って人連れてきてくれる? レイくんの子孫、見てみたいな〜!」

「えーっと……」


 もう会わないつもりでいるのだけれど、そもそもルプアに連れ去られたのにどうやってまた出会うんだろう?

 さすがにまた出会う頃には私のこと忘れているんじゃないかな?

 ……身分的にも厳しそうだし。

 無理だね。


「勇者王レイヴァンの子孫なら王城にゴロゴロいるんだけど? しかも1クラス作れそうなくらいで王城のありとあらゆる地位に就いてるよ」

「そんなおじさんみたいな子孫じゃなくってさ〜、フユミヤさんとかルプアちゃんくらいの年頃の子孫が見てみたいというか〜」

「……そうそうサクラちゃん、ルプアちゃんとかってアタシのこと呼んでるけどさ〜、アタシ、フユミヤちゃんより年上だから、この世界で18、地球換算大体25歳」

「ルプアちゃんアラサーなの!? 全然見えない!」

「うん、これでもルプアちゃん地球のアラサーなわけ。魔力過多で成長は8歳から止まっているけど、全然体は元気だよ」

「8歳ってどっちの8歳? この世界の?」

「そそそ。肉体は老けてないからサイコーの人生なわけ。独身でいたいし、全然快適だよん」


 魔力が多くて体の成長が止まるなんてことあるんだ。

 ……ちょっと羨ましいかも。


「ふーん……、まあ、わたしが1番年上だよね? ルプア、地球でおばあちゃんになって死んでない?」

「おっと、アタシがそこまで老けてると?」

「だって言葉のセンスちょっと古いし……」

「おっと、乱闘か? アタシはちゃんと令和に死んだ19歳女性なんだが〜?」

「……レイワってなに?」

「エッ」

「令和をご存知ではない!? 平成の次の年号ですよね!?」

「わたしが死んだの2016年とかそこら辺なんだけど……」

「そりゃ知らなくて当然か……。同じ日本から転生してきてるのにそんなことあるんだ。フユミヤちゃん死んだのいつ?」

「2024年……」

「アタシより後じゃん! え〜、それならユーリにも聞いとけば良かった」


 人に没年聞くの、どうかとは思うけど……。

 といっても気になってしまうのは仕方ないのかな?

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