第39話 アキュルロッテ【Sideフユミヤ→ヴィクトール】さらわれたフユミヤ

「ちょーっとしたものを使ってね。まさか異世界トリップしちゃった人間とあの子が会うなんて思っていなかったけど、はぐれて正解だったね」

「……ユーリちゃんの、お師匠様?」

「そそ。……あの子もなかなか筋は悪くないけど、もうアタシにはできることないしね〜」

「……だからはぐれてそのままにしたんですか? まだユーリちゃんは子どもなのに……!」

「子どもっていってもあの子はしっかりしてるよ? まさか王弟殿下と王妹殿下に見つかるなんて思わなかったからリリースしたけどさ」

「……ヴィクトール殿下とセラフィーナ殿下の身分を知っている!? 貴様、只者ただものじゃないな!?」

「まっ、この世界の凡庸ぼんような人間共とは違うよね。だってアタシ強いし。……これにひるまないなら戦ってあげるけど?」


 抜刀しようとするコルドリウスさんに魔力の気配を広げるユーリちゃんのお師匠様。

 ……魔力の気配で怯むってどういうことなんだろう?


「っ、この気配、やはり貴女は!」

「……フユミヤちゃんには通じないか〜。変な体質か、魔力量、どっちかな〜?」

「……今なにをしたんですか?」

「魔力威圧だよ。威圧。普通は魔力の弱い雑魚人はあんな感じでひるんじゃうんだけど〜、特別なフユミヤちゃんは効かなかったかな〜? えい」

「…………?」


 風の魔力の気配がすることはわかるけど、威圧感のような物は感じない。

 ……なにこれ?


「全然効かない! やっぱり根本的な部分から違っているよね〜。人の腹から産まれた人間と厄災の獣のように自然発生してしまった人間は」

「……は?」


 コルドリウスさんは理解できないような声を上げた。

 ……厄災の獣のように自然発生した人間、それが私ってことでいいんだよね?


「まっ正確には人の腹から産まれた人間をヒトって言って、フユミヤちゃんのようなのをニンゲンって言っても良さそうだけど〜。学園のテキトー教科書じゃそんなことも書いてないよねぇ」

「……学園で学んだことがあるということは貴女様はやはりアキュルロッテ様ではないですか! どうしてこのようなことをされるのです!?」

「アタシ、楽しいことしかやりたくないんだよね〜。王城とか堅苦しいわ、飯はまずいわ、無意味なドレスを着るわでクソつまんないことだらけで最悪な気分になるから家から出てるワケ。大体あの国で王妃になってなにすんの? 実権握って民から搾取さくしゅする雑魚貴族共の首を片っ端からむしればいいわけ? んなもん大問題だよな〜?」

「なっ……」


 ……やはりユーリちゃんのお師匠様はアキュルロッテ様だった。

 言っていることはとんでもないけど、貴族の生活は彼女には合わなかったというのは伝わってくる。


「まあ、ムダ話はさておき、やっぱり欲しいよね〜、その魔力。フユミヤちゃん。アタシと一緒に来ない?」

「わ、私?」

「そ、そ。フユミヤちゃんの魔力知りたいし〜、不便はさせないよ。なんなら……」


 アキュルロッテ様が私の方に近づいてくる。

 なんなのだろうか……?


「からあげ♡ 生姜焼き♡ ハンバーグ♡ フライドポテト♡ とろふわオムレツ♡ ……食べたくない?」

「……食べたいけど」


 媚びるような声で地球の料理を言い連ねられる。

 これ、全部作れるとしたら相当すごいとは思うけど……。


「なにをためらっているのかな〜? 王弟殿下への借金? 封印されし大厄災の獣を倒したんだから余裕で貯まっているんじゃないの? そこの彼に渡してもらうように頼めば?」

「………………」


 ……ためらうもなにも、出ていきたくない理由は存在しないけど。

 なにも言わずに出ていってしまってもいいのだろうか?

 ……でも、今の私は戦闘以外できないし。

 街の復興をしようにも、魔力がもうないし……。

 ……行こう。


「おっと〜? それは財布かな〜?」

「コルドリウスさん、これ、ヴィクトール様に渡してください」

「……お前、ヴィクトール様への借金はどのくらいだ?」

「1億1017万リーフ。足りていることは確認しています」

「……そうか。なら出て行くんだな。殿下へ借金など、この俺が許さん」

「じゃあ、許可も出ていることだし、借金のお金も渡せたし、行こっかフユミヤちゃん! やり残したことはない?」

「……特には」


 ……ユーリちゃんのお師匠様ならユーリちゃんと顔を合わせた方がいいとは思うけど、アキュルロッテ様にその気はなさそうだ。


「よーし、行こう! 抱えるから掴まっててね〜!」


 お姫様抱っこの形でアキュルロッテ様に抱えられる。

 ……どうして抱えるんだろう?


「それじゃあ飛ぶから、落ちないでね! 死にはしないけど面倒だから!」

「飛ぶ……? ぅわっ!!」


 重力のような物が体全体にかかるような感覚と共に、強い風が当たる。

 ……空を飛んでいるの?

 どうやって……?


 目を開いてアキュルロッテ様を見る。

 アキュルロッテ様の背中には白い翼が生えていた。

 ……空を飛ぶにはハネがいるのかな?


「さて、どこ行こっかな〜? 封印されし大厄災の獣を倒すならやっぱりフセルックかな?」

「フセルック?」

「封印されし大厄災の獣を封印しているやつらが住んでいる領だね! あそこなら練習で封印されている厄災の獣とかいるし、闇の魔力を試せる機会でしょ!」

「……アキュルロッテ様は闇の魔力のことも知っているんですね」

「あー、アキュルロッテって呼ぶの止めてくれる? もう名乗るつもりのないこの世界の本名なんだけどさぁ……」


 アキュルロッテという名には間違いはないらしい。

 ……不機嫌になっているし、聞きたくない言葉になっているようだ。


「ではなんと……?」

「ルプアでいいよ! これ、今名乗っている偽名だから! 敬語もやめてよね。アタシは偉くないただの人間だから!」

「……わかった。……ルプアはどうして私に闇の魔力があることを知っているの?」

「あの花飾りに盗聴できる機能つけてるから」

「……盗聴器かー」


 それはもうユーリちゃんと共有したいろいろがバレバレの筒抜けだ。

 ……よくそんな機能を飾りに付けられるものだ。


「貴族の印にはその気になればいろいろな効果をつけられるからね! フユミヤちゃんの靴の金属のやつ、王弟殿下の物だったりしない?」

「……たしかにヴィクトール様からもらったけど、これには一体?」

「そうだねー……、微弱な魔力が出ていっている感覚がするから位置情報とかかな? 適当な予想だけど」

「GPS……」


 ……位置情報がバレていたら夜逃げして追われてた場合すぐに捕まっていたな。

 ルプアについて行って正解だったのかも?


「もしそうだったら気持ち悪いよね。出会ってばっかりの人にGPS付けられるなんて!」

「そうだね……」

「というわけで、遠くに行こっか! 速度出すから口閉じててね!」


 ルプアに言われるがまま口を閉じる。

 ……これでユーリちゃんとはお別れか。

 ユーリちゃんとも一緒に行きたかったけど、仕方ないのかな?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ◇Side【ヴィクトール】


魔力中和の最中、嫌な気配を感じて慌てて魔力中和の場から遠ざかる。

 この強い魔力の気配は以前にも何度か感じたことがある。

 ……おそらくあの魔力の気配は、彼女のものだろう。

 魔力の気配を感じた方向へ進んだ先にはコルドリウスがいた。

 ……フユミヤはどこだ?


「……コルドリウス、フユミヤはどうした?」

「アキュルロッテ様が連れていきました」

「アキュルロッテだと!? どうして連れて行かせた!」

「あの平民はヴィクトール殿下の傍にいるに相応しくない方です。殿下から1億リーフ以上の借金をしていたと言っていましたが……、それは真実なのですか?」

「……そのくらいの金額を奢った覚えならあるが、借金なんてものは背負わせてない」

「でしたらこれは殿下が持つべきかと」


 コルドリウスが渡そうとしている物は俺がフユミヤに渡した財布だ。

 ……よりにもよって俺が渡した財布で金を返すのか?

 気にしてないと言ったはずなのに。


「そんなことより、アキュルロッテとフユミヤの後をどうして追わなかった? 俺はフユミヤを護衛しろと命じたはずだ」

「わたくしはヴィクトール殿下の目を覚ましたいと思っているだけです。あの奇妙な平民にどうして執着するのです? わたくしと再会してから、いえ、あの平民と会ってからヴィクトール殿下は御自身を見失っておいでです。どうか正気に戻ってください」

「俺は最初から正気だ。最初からフユミヤを守る気がなかったというのならセラを付けておくべきだったか……」


 やっと見つけた俺の“答え”だというのに、失うのか!?


「……いずれにせよ、あの平民はアキュルロッテ様を選んでいたかと。あんな平民など捨て置いて王城へ戻りましょう。封印されし大厄災の獣を倒したのですから、目的は果たされたのでしょう?」

「ふざけるんじゃないコルドリウス! 俺はフユミヤを探す! なんとしてもだ!」

「……いたわ! お兄様〜! …………コルドリウス、フユミヤはどうしたの?」

「あの平民はアキュルロッテ様と旅を始めました」

「……どういうことかしら? どうなったかは気になるけど、お兄様、弱い魔力を持っている人がいるような場所で威圧はやめましょう? 威圧したってフユミヤは帰ってこないわ〜」

「わかってはいるが……、そうか、地図!」


 俺の渡した貴族の印があるから地図にフユミヤの今いる場所が載っているはずだ。

 鞄から地図を取り出してそのまま広げる。

 フユミヤの位置を示す赤色は……、


「……王都の北西方面へを移動しているな。移動方法は飛行か? それにしたって速すぎないか……?」


 あの速度ではコルドリウスより速い。

 魔力量が豊富なことはわかってはいるが、ここまでの速さか……。


「…………この状況は一体どうなっていますの? フユミーさんは一体どこへ……?」

「フユミヤならアキュルロッテと旅を始めたってコルドリウスが言っているんだけど……」

「アキュルロッテ様という方、わたくしと間違えていた方でしたわよね? どうでしたの?」

「ユーリ様を知っているような口振りでしたが……、それ以外はわかりません。髪色もピンク色に変わっていました」

「……アキュルロッテ様、気になりますわね。ヴィクトール様、その白紙の部分に浮かんでいる薄めの赤い印はなんですの?」

「フユミヤが今いる場所だ」

「まっ! 居場所を追跡なんて一体なにを……? それにしてもこの速度で移動だなんて今のフユミーさんにできますの……?」

「アキュルロッテが飛んでいるんだ。じゃなければここまでの速さは出ない」

「……飛行魔術って魔力の消費がものすごいのではなくって? フユミーさんは無事でいられますの……?」

「アキュルロッテに限ってそれはないだろう。彼女は全ての騎士を超えし戦乙女だからな」


 だからこそ常人離れした魔力量でこの速さで移動しているわけだが……。


「全ての騎士を超えし戦乙女、ですの? なんなんですのそれ? 聞いたことありませんわ」

「その名を最後に轟かせたのは4年以上前、お前が生まれる前だからだな。知らなくて当然だ」

「騎士団長のお父様を呆気なく倒してしまったものね。あの時は驚いたわ~」

「こ、この国の騎士はどうなっておりますの? アキュルロッテ様という方、公爵令嬢なのでしょう? その方に負けるなんてどうかしておりませんこと?」

「といってもアキュルロッテが強すぎるんだ。どうにもならん」


 こうして話している間にもフユミヤの今いる場所は王都からさらに北西方向、フセルック領の方へ向かいつつある。

 国外まで行かれたらどうしようもないが……、行ってくれるなよ……。


「……これ、どうしますの? フユミーさんの後、追えますの?」

「……今は飛んでいる以上、厳しいだろうな」

「でしたら、この町の復興作業に戻りませんこと? 全部放ってここまで来てしまいましたが、見捨てますの?」

「……そうだな。見捨てるわけにはいかない。戻るか」

「それでこそヴィクトール殿下です! さあ! 戻りましょう」

「……ユーリ、コルドリウスを黙らせろ」

「わかりましたわ」

「なっ…………!」


 バタバタと慌てるコルドリウスの様子を見てもこの苛立ちは収まりそうもない。

 ……フユミヤ、必ず取り戻すからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る