第36話 封印されし大厄災の獣【Sideフユミヤ→ユーリ】戦線離脱した彼女は

 ロンプルセイド草原は草が赤くて、厄災の獣が弱くて、ずいぶん楽に進める場所だ。

 光の魔力少し掠ったくらいで厄災の獣が息の根を止めてしまう。

 肉集めには一苦労するといった土地だ。

 あまりにも厄災の獣が弱すぎるのでコルドリウスさんと私の位置を入れ替えてコルドリウスさんが喜ぶ、といったことも起こった。

 後衛のユーリちゃんと私は絶賛暇をしている。

 ……ただ、進行方向にロンプルセイド草原の厄災の獣の魔力の気配に似ていない、強めの気配がするのはどうしてだろう?


「……全員、この先の魔力の気配がわかるか?」

「はい、今までと全く異なる魔力の気配がしますね。フォルトゥリア山道で交戦した5つ首の厄災の獣よりも強い気配がします」


 コルドリウスさんが1番最初に話す。

 普段はユーリちゃんに声を封じられているからこういう時はイキイキと話している。


「他、追加で情報はあるか?」

「ないわね〜」

「特にないですわ」

「私も特にないです」

「そうか。この先におそらくテルヴィーン領、ロトスの町があると考えられる。強い厄災の獣と戦うことが予想できるため、隊列を変える。コルドリウスは一番前、フユミヤは俺の近くだ」

「なっ、わたくし、やれますよ!? どうして遠ざけるのですか」

「……怪我人の気配がする。厄災の獣に町が襲われているんだ」

「それなら急ぎませんこと!? 早く行かないと助けられませんわよ!」

「そのつもりだ。セラ、ユーリを抱えろ。この先の厄災の獣との戦闘は全て回避して町へ向かうぞ」


 そう言いながらヴィクトール様は私に近づいてくる。

 な、なんで?


「フユミヤ、担がれる準備はできているか?」

「エッ」


 私の足が遅いのはわかっているけど、成人女性をわざわざ担ぐ意味、ある?


「ヴィクトール殿下、なにを考えているのですか!?」

「魔術士の支援は必要だろう? 急いで町に運んで即戦えるようにするためだ。魔術士は前衛みたいに身体強化をしていないから全力で走っても魔力操作が覚束なくなる。だから担いで運ぶしかないんだ」


 そんな理由が……、と思っているうちに、ヴィクトール様に担がれる。

 またおなかに肩が刺さる……。


「コルドリウス、急いで町まで行くんだ。あまりにも酷いようなら町の人達の支援を、そうでなければ俺達が着き次第攻撃を開始してくれ」

「拝命いたしました」


 駆けていく足音が聞こえる。

 もう行ってしまうのか。


「さて、俺達も行くぞ。フユミヤ、準備はいいか」

「……大丈夫です」


 ヴィクトール様が走り始めた。

 全力で走っているからか振動が激しい。

 乗る気のないジェットコースターに乗らされている気分だ。

 ……この後先にやるべきことは人命救助と厄災の獣を倒すこと、どっちなんだろう?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 強い魔力の気配が、それより弱い魔力の気配を攻撃している。

 非常に弱い魔力の気配はまだ先にたくさんある。

 町の人達だろうか。


「フユミヤ着いたぞ。降りれるか?」


 押さえつけている力が弱まったので急いでヴィクトール様から降りる。

 町の様子を見れば厄災の獣に襲われていることは明らかで、いろいろなものが崩れている。

 7個の頭を持っていて4つ足の深緑色をした巨大な厄災の獣の周りには似たような服を着た剣を持った人達が厄災の獣を攻撃している。

 先に着いているであろうコルドリウスさんの姿は見えないけどどこへ……?


「アンタ達!? 旅の厄災狩りか!? 周りにいる怪我人を運んでくれないか? 俺達が封印されし大厄災の獣を押し留めている間に!」

「封印されし大厄災の獣だと……!?」

「どっかのバカが肝試しに封印を解いてビビって逃げたんだ! そんなことより早く怪我人をなんとかしてくれ! 死んじまう!」

「……フユミヤ、治療魔術を使おう。怪我をしているのは騎士達だ」

「……わかりました」


 怪我人と言っても重症の人が多く、攻撃の衝撃で倒れている人がいたり、出血過多で死んでいそうな人もいる。

 なんなら今戦っている人だって怪我をしている。

 ……今にも死にそうな人達を治療魔術で治せるのだろうか?

 ……治療魔術、ずいぶん前に使ったきりだけど、いきなり多くの人達に使えるのだろうか?

 やるだけやってみよう。


「……おい、フユミヤ、そんなに魔力を使うのは良くない。俺もやるから……」

「……私が一気にやった方が効率的です。治します」


 治療魔術を放つ。

 厄災の獣は治らないことを意識して、騎士の人達だけが治るように。


「治療魔術、使えるのか……! 青髪の兄ちゃんに運ばせた奴らも治してくれ!」

「いや、俺たちも戦闘に加わる! いまはそいつをなんとかしないと被害が増えるばかりだ!」

「封印されし大厄災の獣だぞ……! 戦えんのか……!?」

「やるしかないだろう。……フユミヤ、光の魔術を試してみてくれ。駄目ならいつものデンキの魔力で攻撃するんだ。俺は前に出る」

「わかりました」


 ……封印されし大厄災の獣と戦う機会だからか、ヴィクトール様はこの際に検証をしようとしている。

 こんな怪我人が出ているのに検証なんて不謹慎だとは思うけど、大して効かないならどんな厄災の獣にも有効な電気の魔力で攻撃しよう。

 今は終わらせることの方が重要だ。


 騎士の人達やヴィクトール様が大厄災の獣を抑えている間に急いで光の魔力を杖に貯める。

 あの大厄災の獣、長い尻尾も持っていてそれを武器にして戦っているから、なんとかそれを無くせないだろうか?

 直線上に魔力を飛ばすのは危ないので放物線を描くように魔力を放つ。

 人を巻き込まないように魔力をコントロールして大厄災の獣のしっぽの付け根に光の魔力を当てる。

 手応えはあるけど、1番有効かと言われるとそうでもないような、そんな気がする。


「尻尾が来るぞー! 気をつけろ!」


 大厄災の獣が尻尾を地面に叩きつける。

 崩れた石畳が更に割れて粉々になって土煙と化す。

 事前の合図があったからか怪我人はいない。


 無事を喜ぶのは後にして杖に電気の魔力を溜める。

 あっさり効いてくれるならいいけど、しぶとそうだな。

 今度の電気の魔力も同じようにコントロールして尻尾の付け根に当てる。

 ……尻尾、落とせそう。

 更に魔力を送って尻尾を引きちぎるように落とす。

 大厄災の獣が悲鳴のような吠え声をあげる。


「やった! 尻尾が落ちたぞ!」

「油断するな! 尻尾が落ちてもまだ頭が7つもある! 気を引き締めろ!」

「頼む魔術士! 頭も落とせるなら落としてくれー!」

「バカ野郎! 楽をしようとするな! 騎士としての誇りを持て!」


 確かに頭も落とせるなら落としたほうがいいけど……、7つも落とせる程、魔力は私にあるのかな……?


「おい、大厄災の獣の様子がなんかおかしいぞ……!」

「怯むな! 攻撃しろ!」

「あ、頭が消えやがった……!」

「しっ、尻尾が生えるぞ……!」

「……そんなことある?」


 騎士団の人達やヴィクトール様の合間から見える大厄災の獣の尻尾は確かに復活していた。

 どの道これ、尻尾を全部切らないとダメなやつ。

 魔力、保つかな?

 とりあえず、次に撃つ電気の魔力は溜めておこう。


「……凄い荒れてしまっているのね~。ユーリ、降りて〜」

「わかりましてよ! さっさと戦闘姿勢に入りますわ!」


 セラ様とユーリちゃんが遅れてきた。

 後はコルドリウスさんだが……。


「……なっ、ヴィクトール様も戦っているではないですか! ならわたくしも戦います!」


 人命救助をしていたコルドリウスさんは騎士団とヴィクトール様に混ざっていった。


 とにかく電気の魔力が有効なのはわかったので溜まり次第、大厄災の獣に撃ち続けよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……この大厄災の獣、封印されていただけあってずいぶんしぶとい。

 もう10発くらいは電気の魔力を放ったが、これでやっと後1回、尻尾を断ち切れば、頭1つだけの4つ足の厄災の獣になる……!


「フユミーさん、汗が酷いですわ! 魔力を消耗し過ぎていますわよ!」

「でも倒さないと……! 大厄災の獣なんだから」

「大厄災の獣ですって……!? 封印されていたのではありませんの!?」

「誰かが封印を解いたって言ってた。とりあえず、もう1発……!」


 魔力をなんとかコントロールして尻尾の付け根に当てる。

 結局こうするのが最適解なんだ……。

 手応えもなにかもわからなくなってきているけど、確実に大厄災の獣にとどめを刺せるときは近づいてきている。


「よし、最後の一本切り落としたぞ!」

「やるな、銀髪のやつ。後はただの四つ足を叩くだけだ!」

「……団長! またこの厄災の獣、頭が引っ込ませようとしています!」

「おいおい、冗談か……?」

「頭が消えて、尻尾の生えた4つ足のバカでかい厄災の獣になりました! どうしましょう、団長!」

「とにかく戦え!」


 ……まだ先は長いらしい。

 なんとかしないと……!


「フユミヤ、1回休むのよ。もう魔力がないわ。このままだと最悪の状態で倒れてしまうけどいいの?」

「休んだら怪我をする人が……」

「大厄災の獣だけどね、フユミヤが頑張って尻尾を何度も何度も落としてくれたおかげで段々魔力の気配が弱まっているわ。だからね、攻撃が弱くなっているの。わからない?」

「…………わからないです。」

「フユミヤは魔力の気配もわからないくらい消耗しているの。しばらくお兄様達に任せて休みましょう?」

「……………………」


 任せても大厄災の獣をなんとかできなかったらどうすればいいんだろう?

 どれだけ休めば魔力は回復する?

 いつまでこの戦闘は続くの?

 早く終わらせたほうが誰だって楽になれるんじゃ……?


「団長! 俺でも尻尾を落とせました!」

「よくやった! 後は消えるまで叩くだけだ」

「……ね? なんとかなっているでしょう? だからもう杖に魔力を溜めるのは止めましょう?」


 握っていた杖が手から落ちる。

 …………私じゃなくてもなんとかなるんだね。

 ならいいのかな、休んでも。

 ──いなくても。


 体から力が抜けていく。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ◇Side【ユーリ】


「フユミーさん!?」


 魔力の使いすぎで倒れていくフユミーさんを抱えるセラフィーナ様、フユミーさんの杖も彼女が抱えていますが、どうするつもりなのでしょう?


「ユーリは攻撃を続けて! まだ油断はできないわ! 私はフユミヤを戦線から遠ざけるから頑張るのよ!」

「わかりましたわ!」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 セラさんがフユミーさんに言ったのは安心させるために言ったまやかしのような物であの大厄災の獣の魔力の気配なんてまだまだ全然強い。

 あんな風になるまでフユミーさんを消耗させたことに気づかない周りは一体どうしているのだろう?

 周りに気を配れない程、あの厄災の獣は強かったのかもしれない。

 でも、ただの田舎町の駐屯騎士が大厄災の獣の1部分を切り落とせたのは彼女の献身があってこそというもの。

 フユミーさんが戦線から抜けた以上、もう今までのような楽はできないだろう。


 苛立ち混じりに溜めた風の魔力で大厄災の獣の尻尾の断面を斬りつける。


 ……先はまだまだ長そうでため息が漏れる。


 フユミーさんの電気の魔力は一体どうしてあの大厄災の獣の部位をあっさりと断ち切る程の威力を出せるのだろうか?

 大人だから?

 今のわたしがまだ幼くて弱いから?

 ……特別だから?

 あの魔力が特別で、この世界に生まれてきた出自も特別だから強いの?

 ……魔力が減るといらない感情まで出てくるからこれ以上はやめないと。

 お師匠様はいい気分だと言うけど、わたしには納得できない感情だ。

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