第35話 ロトスの町を目指して

 杖さえあれば全身洗浄の魔術ができる。

 もうユーリちゃんやヴィクトール様に頼る必要もない。

 試行回数は10回くらいはあったけど、最後にうまくいけば問題ないのだ。


 自分の体を自分で綺麗にしてから眠る。

 地球では当たり前だったこの常識を無事に通すことができた私はぐっすりと眠ることができた。

 快眠快眠。


 ……今、夜か朝かわからないけど。

 深夜だったら困るし二度寝、しよう!

 起き上がった体を寝かせ、睡眠の体勢に戻る。

 すっきりと目が覚めている感覚はあるけど、闇の魔力を使えば無理やり入眠でき……?


 ノック音がする。

 ……なんだ?

 朝なの?


「フユミヤ? 起きてるかー? もう朝の7時半だ。8時半には朝食出なくなるから食べに行かないか?」


 バリッバリ朝じゃないか……。

 仕方ないから靴を履いてとっとと部屋を出よう。

 二度寝、したかったな……。


 ドアの施錠を解除して部屋から出る。

 ……あれ?

 ヴィクトール様1人?


「セラ様やユーリちゃんやコルドリウスさんは……?」

「3人なら今食べているところだ。準備ができているならとっとと行くぞ」

「わかりました……?」


 ヴィクトール様も先に食べててもいいんじゃないかといった疑問は浮かんだけど、今は朝食だ。

 最後に食べたのは昨日の朝だからこのままだと24時間食事をしていないへなへな人類になってしまう。

 ……その割には体に力は入るよね。

 いやいや適度な食事は取らないと。

 面倒くさいから食べないは良くない。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 無言で階段を降りて進んで食事場所についた。

 ……なるほど、結構バラバラで食べているようだ。

 それじゃあ適当な場所に座って頼めばいいのかな?

 空いているカウンター席は……、


「待て、フユミヤは俺と朝食を食べるんだ」

「どうしてです?」

「昨晩、夕食も取らずに寝た件のことを聞きたくてな」

「……あれは単純に眠いから寝たかっただけです」


 後は1人になりたかったというのもあるけど、変な心配をされても困るので言わないでおく。

 群れるのに抵抗がない人間は、1人になりたい人間の気持ちを基本的にしてくれないので。


「他に異常はなかったのか?」

「……特には?」

「まあいい、今のところ食べていないのは俺達だけだから一緒に食べよう」


 ……なんか押しが強くない?

 別々で食べても良くないですか、と突っぱねるのはさすがに冷めすぎているので止めておく。

 1人で食事をするのに慣れていないのだろうか?

 ……なら食べている人達に混ざれば良くない?

 なんで私なんだろう?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 2人で向かい合う席があったため、その場所で朝食を食べることになった。

 今日の朝のメニューは昨日とは違うらしい。

 肉が含まれているメニューもあるし、ガチャ芋マシマシのメニューもあるようだ。

 ユーリちゃんはそれを選んで食べていそうだな……。


「……フユミヤはどれにするんだ?」

「……私ですか? まだ決めてないです」

「俺はフユミヤと同じ物にしようと思っているが……」

「……なら、モモイモマシマシフォルトゥリア山盛りは止めておきますね」

「……量が多いのは勘弁してくれ」


 なら、自分で決めればいいのではと思わなくもないが、食事に対するこだわりがないから決めることもできないということなのだろう。

 さて、肉にするか、芋にするか……。

 見落としていたけど、肉と芋の盛り合わせがある。

 これにしよう。


「決まったのか? 俺が頼んでくるから待っててくれ」

「ありがとうございます」


 2人で席を立っても仕方ないので席を取られないように留守番だ。

 ……モモイモ、桃の味したのかな?

 色が桃色なだけなのだろうか。

 少し食べてみたかったけど、山盛りメニューじゃおなかがキツそうだ。

 でも食べたかったな……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 モモイモへの未練を胸中で転がしているうちに醤油系ソースの香ばしい匂いが漂ってきたので目で追うと、ヴィクトール様が食事を持ってきていた。

 ……あれこの食事場所、セルフで取りに行く形式?


「フユミヤ、頼んだやつ持ってきたぞ」

「ありがとうございます。私も取りに行けば良かったですね」

「いや、取りに行かなくていい。店主にいらないこと言われるからな」

「いらないこと……?」

「まあ大したことじゃない。とりあえず食べるぞ」

「そうですね」


 いらないこととは一体どういうことなのかとは気になるけど今は目の前の食事だ。

 いただきますと言う習慣もないので口には出さずに言ってから緑黄色野菜なんて一切ない芋と肉の盛り合わせに手をつける。

 肉、日本で食べるようなた玉ねぎおろし系醤油ソースの味がしておいしい。

 ……なんで異世界で日本で食べられるような料理食べられるんだろう?

 料理しているチョドフさんが転生者、とまでは言わないけど転生者に影響された料理を作る人に師事していた可能性がある。

 今まで選んできたメニューが日本のご飯に似ているものを選んできたから単なる偶然って可能性もあるけど。


 芋にも手を出してみる。

 先割れスプーンで刺せば水っぽいザクッという音がした。

 ……これ、果物じゃないの?

 恐る恐る口に含んでみると硬い桃の食感がした。

 これが、モモイモ……?

 味だって桃だ。

 なんでこれが芋として出てくるんだろう?

 ガチャ芋、不思議な芋だ……。

 モモイモはまだ3欠片あるので最後に取っておく。


 肉に戻ろう。


「……ずいぶんと嬉しそうに食べるんだな」

「…………そうですか? そんなに顔に出てます?」


 嬉しい、か。

 桃なんて家族が急にアレルギーになって食卓に出る機会が一切なくなってしまったから、食べるのは約15年振りだけど、そんなに顔に出ていたのかな?


「俺達の拠点で肉を食べていた時よりもな。……そんなに料理された食べ物がいいのか?」

「それは、そうですけど……」


 死んでも日本人の舌を持っている以上、全く新しい環境のご飯に慣れろなんてことはムリだ。

 肉の味ガチャにしたって、結局1番美味しいと思ったのは生姜焼き味なわけで……。

 生姜焼き味の肉、また食べたいな。

 でも料理をすればどういうわけか無理矢理その味に変える事が出来てしまうわけで、変えられるならそっちの方がいい。

 おいしいものには負けるのだ。結局。


「……そうか。ならいいんだ」

「……?」


 どうしてそんなことを聞いてきたのかはわからないけど、食事を進める。

 肉、もう後1枚になってしまった。

 出されたのは5枚しかなかったけど、モモイモを食べるためだ。

 さらば……。


 最後の肉をよく噛み締めてから飲み込み、モモイモを食べる。

 やっぱり桃だ〜。

 元は芋なのに桃の果汁が出てくるのは不思議だけど美味しいものは美味しい。

 これっきりになってしまいそうなのが残念だけど、私もガチャ芋でガチャをすればモモイモチャンス、あるのだろうか。

 そのための土の魔力があればいいけど、どれだけ込めればガチャを回せるのだろうか?


 ………………ヴッ、さ、最後の1つ?

 さっきまで3つあったのに?

 もう最後の1つなの?

 こんなにおいしいのに?

 たくさんの種類で溢れているであろうガチャ芋からこの1つが手に入るなんて機会、旅をしていればないのに?

 そ、そんな不条理、あっていいの……?


「フユミヤ? 固まってどうした?」

「……な、なんでもないです」


 ヴィクトール様の皿を見てみれば、モモイモが3欠片も残っている。

 いやダメでしょ、人から奪うのは。

 この世界では17歳だけど地球では24歳、そんな卑しいことはしてはいけないのだ。

 そう、いらないからあげるなんて言われない限りは。


 そんな現実は存在しないので大人しく最後の1欠片を食べる。

 ……この味もしばらくはお預け、か。

 名残惜しいのに、最後には飲み込まないといけないのだ。

 バイバイモモイモ、いつかガチャで会いたいね……。


 噛み砕いたものを飲み込んでしまった。

 あーあ……。

 しばらく食べれないんだ。


「……フユミヤ、この芋食べれるか? 俺には少し、甘みが強くてな……」

「いいんですか!!?」


 数年ぶりにデカい声を出してしまった。

 みっともない大人だな、私って……。


「……そんなにおいしいのか? この芋?」

「………………まあ、おいしいですけど」

「そうか、ならいい。もらってくれ」

「あ、ありがとうございます……」


 ヴィクトール様が私の完食した皿と自分のモモイモが残っている皿を入れ替える。

 モモイモが後3つも食べれる。

 やった~!








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……あ、後1欠片になってしまった。

 食べ物である以上、お別れの時は訪れるってわかってはいるけど、こんなにも苦しい。

 こんなに苦しくなるなら地球で気絶するまで桃を食べてくればよかった。

 柔らかい桃も、硬い桃も、桃ジュースも、桃ゼリーも、バカみたいな量食べておいても美味しいことには変わりはないんだからあがいてもダメかー。


 ……行ったれ!

 最後の1欠片!

 ……こんなに美味しいのに、もう食べられないのか?

 まだ、まだなにか……!

 そうだ、時間!


「ヴィクトール様、今って8時半過ぎてますか?」

「……時間か? ……過ぎてるな。8時半」

「ヴッ……」


 も、もう少し早く起きていれば、モモイモだけでもおかわりしたのに……。

 なんで爆睡しちゃったんだろう……?

 単純に疲労かな……?


「ヴィクトール様、フユミーさん、わたくし達朝食を食べ終わりましたわ。テルヴィーン領行きの道も教えてもらいましたし、出発しませんこと?」

「……そうだな。出発するか。フユミヤ、部屋に忘れ物はしていないか?」

「全部持っているので問題ないです」

「それじゃあ全員集めて出発だな」

「わたくし、声をかけてきますわ!」


 ユーリちゃんが駆け足でセラ様の近くに寄る。

 ……私達はコルドリウスさんに声をかければいいのだろうか?

 と思っていたらコルドリウスさんがこっちに来た。

 今の話を聞いていたのかな?

 ……コルドリウスさんがなにを伝えたいのかわからない。

 このまま無視してユーリちゃんとセラ様を待っていよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ユーリちゃんがセラ様を連れてきたけど、ロキサイドさんもいる。

 ……なんでだろう?


「……ロキサイド、どうしたのか?」

「近道のロンプルセイド草原まで案内しようと思ってな。この町のどこにロンプルセイド草原につながる出口があるかなんてわかっていないだろ?」

「地図から見て南東に下ればいいんじゃないか?」

「まあまあ、下手な出口に出るとフォールデニスの町に行っちまうからそうならならいようにちょっとした案内だ。捜索の礼みたいなモンだと思って受け取ってくれ」

「……そうか。なら受け取ろう」

「おう、受け取ってくれ」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 部屋の鍵をポルクトさんに返して宿を出る。

 そのまま町の離れの方まで案内されると、外壁が高くそびえ立っている部分がある。

 ここが、ロンプルセイド草原の入口?

 迷路のようになっている壁を抜けた先には赤い草の草原が広がっている。

 草原とは言うけど、緑じゃないんだね。


「で、ここから数時間南東に進むとテルヴィーン領ロトスの町に着くぞ。周りに水が張ってあるからわかりやすいはずだ。あんた達が無事にロトスの町に行けることを願ってる」

「ここまでの案内ありがとう。お前達もこれから頑張ってくれよな」

「あぁ、まだ魔力中和を理解していないヒトには魔力中和を教えて全員が魔力中和を扱えるようにするさ。もうあんなことは起こさないためにもな」

「そうしてくれ。それじゃあ、俺達は出発する。じゃあなロキサイド、またいつか会えることを願ってる」

「俺もだ。じゃあな」


 ロキサイドさんが去っていくのを見送る。


「さて、行くぞ。魔力の気配は弱そうだが、油断せずに行こう」


 ヴィクトール様を1番前にして私達はロンプルセイド草原へ足を踏み入れた。


「……フユミヤは2番目だ。前の方に来てくれ」

「……わかりました」


 あの隊列、まだ続くんだ……。

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