第33話 生存者は
「フユミヤ、レーシア、アルゴス。こっちの魔力中和は終わったぞ」
「臭いのもなくなっているわね。とっとと行くわよ!」
ヴィクトール様の近くに全員集まる。
ヴィクトール様はどういうわけかボロボロの杖を持っていた。
……もしかして、これも?
「これもお前達の仲間が持っていたものか? 杖が出てきたんだが……」
「これは……、コルガの杖、ですね。これも、さっきの厄災の獣から……?」
「そうだな。……しかし、厄災の獣がヒトが身につけていた武器、装飾品を落とすだなんて聞いたことがないぞ? 一体どうなっているんだ?」
「……でも、落としてくれただけありがたいです。てっきりなにも拾えないのかと思ってましたから」
……この世界、人間の死体って残らないんだったっけ。
確か人間が死んでも魔石になるか消えるかなんて話を結構前にヴィクトール様がしていたような。
それなら、なにも残らないと思ってしまうのはしょうがないか。
……消えるって、着ていた服も鞄も身につけていたもの全て消えるという認識なのだろう。
どういう理屈で全て消えてしまうかはわからないけど……。
「ありがたいなんて思うんじゃないわよ……! そもそもどうしてバカ強い厄災の獣が湧きまくってるわけ? 魔力中和ってやつをしなかったから?」
「……そうなるな。魔力中和をしないと土地が厄災の獣の魔力で穢されて強い厄災の獣が湧きやすくなるんだ」
「そんなの聞いたことないわよ! 一体どこで聞いたの? 学園!?」
「そうだな。学園で聞いた」
「なんでそんな話が厄災狩りに広まってないのよ……! それを知っていればそんなことには……!」
「魔力中和には魔力を使うからな。戦闘のための魔力を残すため、後先のことは考えずにそのままにしていく厄災狩りもいる。その結果、魔力中和を面倒臭がるようになる。そうして、魔力中和が必要なことを忘れていくんだ」
後処理を面倒臭がった結果が異様に強くなった厄災の獣、と。
厄災の獣からお金が手に入る以上、さらに倒すためとなって後処理のための魔力をケチって魔力中和をせず、厄災狩りに勤しむなんてこともありそうだ。
……それにしたって強くなりすぎた厄災の獣はどうして人の集落を襲わないんだろう?
なにか条件があるのか、それともたまたま今回が町から遠い場所だったから襲われなかったのかな?
……わからないものはわからない。
そのうちわかればいいんだけど。
「忘れたからって……、アタシ達、ランデヴェルグの町の厄災狩りは誰もそれが必要だなんて知らなかったわ……。大抵は厄災狩りの親から生まれて寄せ集まって暮らしていたの」
「……といってもぼく達の親はずっと厄災狩りに勤しんでぼく達の世話なんて子どもたちの中で1番年上だったテスリカとキルクトがしていたんですけどね」
「そのテスリカとキルクトも、レセラもコルガもフェイリーもみんな帰って来てないわ……。1人くらいは逃げ延びていて欲しいとは思うけど……、でも……」
「「…………」」
絶望的な雰囲気が2人から漂う。
……もうダメだとわかる理由があるんだろうな。
まだ、テスリカさんもしくはキルクトさんとフェイリーさん合わせて2人分の遺品が見つかっていない。
その遺品をあの奥にいる強めの魔力の気配から手に入れられるのだろうか。
「……戻って別の捜索隊と合流してこの場所で待っておくか? まだ1つ、強い魔力の気配が残っているぞ」
「……行くに決まっているでしょう。アンタ達に全部任せるわけにはいかないわ」
「そうですよ! ぼく達は弱いですけど、最後まで見届けさせてください!」
「……アルゴス」
「仕方ないじゃないですか! ぼく達の魔術、全然通じてない上に体が
「だったらなおさら待っておいた方が身のためじゃないか?」
「行くわ! なにがあっても!」
「……いいんだな?」
「ええ、大丈夫です。行きましょう」
……そうなってしまうと戦える人間、私とヴィクトール様しかいないような。
そんな戦力で大丈夫なのかな……?
…………でもランデヴェルグの町で一番強いとされているレーシアさんでさえ攻撃が通用しないのなら、足手まといになってしまうような人達が増えるよりはマシ、なのかな?
「……フユミヤはどうしたい? 合流を待つべきか?」
「……私、ですか」
ヴィクトール様が私に判断を委ねてきた。
ヴィクトール様としては合流を待ちたいとは思っていそうだけど、実際どうなんだろう?
他の魔力の気配は後ろの捜索隊らしき人達と、動きのない魔力の気配だけだ。
追加で厄災の獣が現れてしまう可能性もある。
そうなると……。
「一度、厄災の獣の近くまで寄りませんか。レーシアさんとアルゴスさんの様子を見て判断してからでも遅くはないと思います」
「……フユミヤも進みたいんだな? それでいいのか?」
「その方がいいと思います。他のランドヴェルグの町の厄災狩りが大人しく待ってくれる可能性は薄いと考えているので……」
「……それを考えていなかったな。なら行くしかないのか……?」
ヴィクトール様はためらっている。
どうしても行きたくはなさそうだけど、1番犠牲者を出さずに済ませるなら……。
「……フユミヤ? いきなり前へ進んでどうした?」
「私1人で行きます。それが1番最善だと思ったので。ヴィクトール様はレーシアさんとアルゴスさんを守ってください。それでは」
「待て、フユミヤ!」
ヴィクトール様の止める声を無視して魔力の気配目指して駆け出す。
1人で戦う方が無謀かもしれないけど、死者2人と1人、結果としてどっちがマシかなんてはっきりしている。
ましてや私は1度死んだことがあるんだ。
私の命の価値なんて軽い。
背後で3人が走り出す気配はするけど、どういうわけか追いつかないどころか、進む速度が落ちている。
この魔力の気配、相当強いものなのだろうか?
それとも私を見捨てる?
それでも構わないけど、しっかり戦闘準備はしないとだね。
電気の魔力をとにかく使おう。
省エネモードもとっとと止めて1人なんだから全開で行かないと。
杖には事前に魔力は溜めておく。
その方が先手を取りやすいし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……この音、なに? なんかビチャビチャしているんだけど……」
濡れているものをぐちゃぐちゃと噛んでいるような音が聞こえる。
こんなところで生肉を食べているの?
……人なわけないよね?
厄災の獣だよね?
早く進んで確かめるべきなんだろうけど、なんか嫌な予感がする。
ガリッとした音が鳴り響いた後、硬いものが割れたような音がした。
……なにを食べているの?
「……共食い?」
黒い獣が黒い獣だった物を食べている。
黒い獣は一昨日戦った
それ以外は
……これ、厄災の獣確定だから攻撃していいよね。
どうして共食いなんてしているかはわからないけど、とりあえず奇襲しよう。
溜めておいた電気の魔力を食事をしている方の黒い獣に向けて放つ。
手応えを感じている暇はないのでもう一回魔力を溜める。
黒い獣が吠え声を上げて駆け出した。
だったらその口の中に入れてしまえ、この魔力!
事前に溜めていた魔力よりも少ない魔力を放つ。
今度はしっかり操作して無事に口の中通り越して臓器の方へ入った。
のたうち回る黒い獣。
どうやら効いているようだ。
まだ生きているし、とどめを刺さないとだよね。
「まだ生きているといえば、食われてた方もだね。まずは目の前のやつから仕留めよう」
杖に電気の魔力を溜めながら口から思考を垂れ流す。
限界まで溜まるにはだいぶ時間がかかるからそろそろ出してしまってもいいのだろう。
のたうち回って血のような黒い体液を口から垂れ流している黒い獣に向かって電気の魔力を放つ。
……厄災の獣自身の魔力の気配が出てくる気配はない。
これで仕留めたことになるのだろうか?
その前に次、食われていた方にもとどめを刺さないとだね。
「……こんなもんでいいのかな? 後は魔力中和?」
食われていた方は少し電気の魔力を当てただけで動くことをやめてしまった。
元々虫の息だったようだ。
……意外と1人でもなんとかなるものだな。
ヴィクトール様達が来る前に魔力中和は終わらせておこう。
光の魔力を黒い汚れで染まっている土にまき散らす。
見た目からわかる汚さは相当酷く厄災の獣の魔力がこびり付いている現れではないだろうか?
念のため、いつもより魔力を多めに撒き散らす。
……背後からヴィクトール様の気配がするので振り返る。
「……終わったのか?」
「終わりました」
「……倒されている厄災の獣、あの5つ首の厄災の獣とそっくりじゃない! でも首は1つなのね。なんでここまで似たのがいるのかしら……?」
「奥にいる1体は肉体の損傷が激しいですね。フユミヤはどうやって倒したんですか?」
「奥にいる厄災の獣は手前の厄災の獣に食べられていたので、手前の厄災の獣を優先して倒しました」
「……食べられていた? それはどういうことだ? 厄災の獣が厄災の獣を食べる……?」
どうやら普通はありえない光景のようだ。
厄災の獣が急激に強くなっていることといい、一体なにがこのフォルトゥリア山道で起きているんだろう?
「言葉通りです。厄災の獣が厄災の獣を食べていました。。それ以外のことは特にないですね」
「特に厄災の獣が強くなったとかはないんだな?」
「そうですね。ないです。もう少し倒すのが遅ければもしかしたらなにかしらの変化はあったのかもしれませんが、今回は早々に倒してしまったので特に調べられませんでした」
「そんなもの調べなくていい。……無事ならなによりだ」
「あの劇臭は厄災の獣が厄災の獣を食べていたからでしたか……。フユミヤさんはわからなかったんですよね?」
「……また臭いがしていたのですか?」
そんな臭いがしていただなんて全くわからなかった。
だから進む速度が遅くなっていたのだろうか?
「あった! キルクトかテスリカの腕輪!」
「それにフェンリーの剣も見つかりましたね……」
魔力中和を続けているうちに厄災の獣は人が使っていた道具に姿を変えたらしい。
……これで生き残りはいないことがはっきりしてしまった。
どうして5つ首の化け物がランドヴェルグの町の厄災狩りの所持品を落とさなかったかは謎ではあるけど、これで目的の物は確保できたのだろうか?
「フユミヤ、1回魔力中和を止められるか?」
「……わかりました」
「…………ずいぶん臭いが酷いな。厄災の獣がいた付近だけではなく、それ以外の場所も魔力中和が必要そうだ。レーシア、アルゴス、魔力中和を教えるが問題ないか?」
「問題ないわ! 必要なんでしょう?」
「そうだ。必要だから教える。フユミヤ、魔力の気配は?」
「……今のところ捜索隊らしき気配は感じます。厄災の獣の気配はないですね」
「そうか、フユミヤは捜索隊の気配がこちらに来るか確認してくれ。来るようなら報告を頼む。どうせならラントヴェルグの厄災狩りにも魔力中和を知らせておきたい」
「わかりました。私は魔力中和をしなくていいんですか?」
「今の戦いで相当魔力を消費しているはずだ。1回休んでくれ」
「はい、わかりました」
どうやら私は魔力中和はしなくて良さそうだ。
その代わり捜索隊の人達を待つ必要はあるけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴィクトール様達が魔力中和のため、若干離れた場所に行った。
……臭いがわからないというのも不便な物だな。
でも催眠香とはいえ、いい匂い系はわかっているから普通に嗅覚がないわけではない?
変な体質だな……。
「フユミヤ〜? 1人でなにをしているのかしら〜? お兄様達は?」
考えごとに没頭していたらセラ様達の捜索隊が近くにまで来ていたらしい。
声をかけられた。
「ヴィクトール様達ならこの辺り一帯に魔力中和をするために臭いがする場所に行っています」
「確かに、若干臭うわね……」
「……魔力中和ってなんだ?」
「あら、ロキサイド? 知らないの?」
「お前達、聞いたことあるか?」
ロキサイドさんに聞かれて首を横に振るランドヴェルグの町の少年少女達。
……レーシアさんが言う通り、誰も魔力中和を知らないんだ。
「俺達は全員知らないぞ。一体なんなんだ、魔力中和というものは」
「そうね……」
セラ様が魔力中和の説明をする。
厄災の獣の魔力で土地が汚くなるので人間の魔力で綺麗にしよう、という概要は一緒だ。
やらなければ強い厄災の獣が出やすくなるということは強調しているのも。
その話を聞いた人達の反応はそれぞれで驚いている人もいれば、レーシアさんと同じように怒っている人、なにかに対する落胆でため息をついている人もいる。
……情報を得やすい環境の差、というものがあるということか。
「……セラ、オレ達に魔力中和を教えてくれないか? それをすれば強い厄災の獣は出にくくなるんだろう?」
「構わないけど、1人で教えるのは厳しいわ〜……。フユミヤ、できる?」
「……私は光か火の魔力でしか魔力中和をしたことがないので」
「……ならお兄様と合流するしかないわね〜。火の魔力の扱いが得意な子、いないもの〜」
「ユーリさんとの合流を待ちますか?」
「……あの子達は統率がいまいち取れてないから合流はだいぶ時間がかかりそうなのよね〜。だからお兄様のところへ行くわ〜。みんな〜、臭う場所に行くわよ〜」
そう言いながらセラ様達は先へ進んでいった。
……自分から率先して臭う場所に行くのって中々ハードなような?
それにしてもどういう臭いがしているんだろう?
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