第32話 不穏な気配

 なんか腕輪が光り輝いているような……?

 やりすぎた?

 疑問に思って光の魔力を当てるのを止める。

 光を当てるのを止めても光の輝きは収まっていない。

 大丈夫なのこれ……?


「……魔力中和は終わったな。腕輪は元々こんなに輝いていたか?」

「そこまで輝いていませんでしたが……」

「こんなピカピカになんて輝いていないわ! 輝くことはあってももう少し大人しかったわ!」

「少しフユミヤの魔力が多い、か。なら問題ないか。お前らが持っておくか?」

「アタシが持つわ。どうせアルゴスは肉で鞄をパンパンにするんでしょ? 肉以外の物はアタシが持つわ」

「そうですね……、それがいいと思います」

「他にも変わった物を落とした厄災の獣がいるかもしれないわ! 全員探すのよ!」


 レーシアさんの言葉を皮切りに、全員、厄災の獣の死骸があった場所を探し始めた。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私は私自身がとどめを刺した厄災の獣の死骸を探しにヴィクトール様達とは少し遠い場所にいる。

 この死骸は肉になっていないということはなにかあるのかもしれない。

 色々見回して、周囲の石や岩に紛れて血のようなもので汚れた銀色の小さい物が転がっているのを見つけた。

 しゃがんでよく見てみることにする。


「……これ、指輪だ。……武器としての装身具として使われていたのかな?」


 とりあえず周囲含めて魔力中和だ。

 厄災の獣から出てきた物だろうし、やっておくべきだろう。

 指輪が光るまでやっておけば大丈夫だろうか。

 ……この調子でいくと、倒した厄災の獣の全てが人の物を落とすのかな?

 他の魔力の気配も近づいているだろうし、速度を上げないと。


「フユミヤー! 終わったぞ! こっちに来てくれ!」


 ……もう終わってしまったようだ。

 とりあえずこの魔力中和を終わらせたら戻ろう。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 魔力中和を急いで終わらせ、ヴィクトール様達が集まっている方へ向かう。


「こっちは収穫なしだ。厄災の獣はただの肉になっていた。……フユミヤは?」

「これを見つけました」

「……装身具の指輪ね。レセラの物かしら……?」

「そうだと思います。あの中で装身具で戦っていたのはレセラくらいですから」

「これはアタシがもらっておくわ。渡してくれる?」

「はい」


 指輪をレーシアさんの手に乗せる。

 これからまた装飾品の類を見つけたらレーシアさんに渡せばいいのかな?


「……厄災の獣と戦わないと、ぼく達の捜すべきもの、見つからなさそうですね」

「あの異常な強さの厄災の獣を相手にしないといけないなんて厄介だわ……」

「どうする? 厄災の獣の相手俺とフユミヤに任せて戦うことは諦めるか?」

「そんなことするわけないでしょう!? アタシはランドヴェルグの町で1番強い魔術士よ! こんなところで怖気づくわけないじゃない!」

「ぼくはランドヴェルグの町で1番弱い魔術士ですが、諦めません。まだやれます!」

「そうか、ならいい。フユミヤ、疲れとかはないか?」

「特にないです」


 体調は普通としか言いようがない。

 それなりに省エネモードでやっている。


「隊列はどうする? さっきと変わらないままか?」

「当たり前でしょう!? モサモサの足が早いから置いてかれて奇襲なんてされようものなら確実に無事では済まないわ!」

「そうか。フユミヤ、引き続き魔力の気配の警戒を続けてくれ」

「……向かう場所ですが、魔力の気配がする方へ向かえばいいですか?」

「……そうね。厄災の獣が人の持ち物抱えているもの。それでいいわ。5つ首の厄災の獣に襲われた場所も今向かっている方角で合っているわ」

「魔力の気配、徐々に強くなっていますが、大丈夫ですか?」


 そう、奥へ行けば行くほど魔力の気配がどんどん強くなっているのだ。

 それがなんだか不穏な気がするけど、それでもいいのだろうか。


「それはあなた達でなんとかしなさい。悔しいけどこれ以上強いとなるとアタシ達の攻撃が通じるような相手だと思えないわ。かすり傷1つ加えられればいい方よ」

「レーシアでこれならぼくは役に立てそうにありませんね……」

「気は緩めないほうが良さそうだな……。フユミヤ、1人でなんとかできそうにないなら言えよ。俺も戦えるからな」

「……わかりました」


 電気の魔力を使えばなんとかなりそうだけど……、というのが油断か。

 ……でもヴィクトール様は後ろにいてもらってレーシアさんとアルゴスさんを守ってもらった方がいいだろう。

 私には治療魔術があるし、最悪の事態は防ぎやすいはず。

 厄災の獣そのものからの攻撃を受けたわけではないけど、魔力の気配で弱さ強さを測れるのなら傷を負った時の威力とかも変わるのかもしれない。

 それを考えると、まだ私が前に出ていた方がいいだろう。


「それじゃあ行くか。まだ昼前だが夜になるまでには帰らないとな」

「黒毛女、今どこまで気配を感じているの?」

「もう少し歩いたら陸上歩行の魔力の気配と出くわします。さらに先に強めの魔力の気配が止まっていますね。強めの魔力の気配は動いてないからわからないです」

「強めってのはなにで判断しているわけ?」

「他の魔力の気配と比較して、ですね」

「黒毛女、恐れとかは感じてないわけ?」

「恐れ、ですか……?」

「魔力の気配との差で生じる恐れというものは単純に実力から来るものだろう。俺も感じたことはあるがら強くなればそんなものもなくなる」


 魔力の気配で恐れを感じることってあるんだ……。

 そんなものがあったら戦うべき厄災の獣と相対したとき、動揺とかしちゃうような……?

 動揺なんてしてたら戦えないんじゃ……?


「じゃあ、黒毛女は純粋に強いということ……? 記憶をなくす前はなにをしていたのよ……?」

「もしくは恐怖という感情が単純にわからないとかもありえる。臭いの件もあるからな」


 いや私だって恐怖という感情はあるよ。

 針持ってる虫とか、注射とか怖くない?

 なんて言おうものなら記憶喪失という嘘が台無しだし……。


「とりあえず、フユミヤはランデヴェルグの町どころか、この領で1番強いのかもしれない魔術士ということはわかりました」

「ちょっとアルゴス!?」

「……なんだ? フォールデニス領はそんなに魔術士は強くないのか?」

「というよりも強いとされている魔術士の名が上がって来ないんです。ランデヴェルグの町とデニスの街の交流があまりないから大きくは言えないんですけど……」

「……じゃあ、どこの町と交流があるんだ? 少しは他の場所からのヒトの往来はあるだろう?」

「テルヴィーン領のロトスの町です。ロキサイドの出身の町ですね」

「……テルヴィーン領か。後で行き方を教えてくれないか? 行きたい場所なんだ」

「ロキサイドの方が知っていると思うので後で話しておきますね」

「ああ、助かる。……それじゃあ進むか」


 長話していて大丈夫なのだろうかと思っていたけれど、切り上がったようだ。

 魔力の気配はもう近い。

 杖に魔力を溜めておこう。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 岩の隙間から見えた姿が明らかに人ではない硬質な質感をしていたので、様子見兼奇襲のための電気の魔力を少し放つ。


 着弾と同時にうめき声が聞こえる。

 人ではなさそうなので良かった。


「……結構強いぞ。フユミヤ、背後に他の魔力の気配は?」

「集団でいくつか遠くにあります。セラ様方やユーリさん方だと思います。厄災の獣かもしれませんが……」

「遠いならいい。レーシア、アルゴス。そういうわけだから俺は前で戦ってくる。フユミヤだけに魔力を消費させるわけにはいかないからな」

「精々頑張ることね、これで弱かったら話にならないわよ」

「……さっき飛んでる魔物をたおしてましたよね」

「うるさいわよ! アルゴス!」

「……っ来た!」


 岩を飛び越えた厄災の獣に2発目の電気の魔力を当てた。

 現れたのは脚がカエルのようで、手が短い割に長い爪を持っていて、顔は爬虫類の厄災の獣だ。

 もはや獣と言えるのか……?


「レーシア、アルゴス、気をつけろよ!」


 この跳躍力だと簡単に2人になにかしらの攻撃が届きそうだ。

 そうなる前にとどめを刺したい。


 3発目の魔力は背後を狙って操作して当てた。

 動きは鈍くなったけど、まだ倒れる気配はない。

 先にまだ強い魔力の気配があるが、余力を出しておくべきかな……?


「フユミヤも1回下がれ! 弱点ができた! そこを中心に叩く!」

「……わかりました」


 とりあえず言われたとおりに後ろに下がりつつ、厄災の獣の様子を見ることをやめない。

 動きが鈍くなったとはいえ、あの長い爪は危険だろう。

 電気の魔力で壊せないものか……。

 やるだけやってみよう。


 電気の魔力を濃縮することを意識して杖に魔力を溜める。

 その後、見た目を派手にしないことを意識して魔力の弾を長い爪の根本を狙って撃つ。

 最初の訓練のハリボテゴーレムの時みたいに粉々になればいいけど、どうだろうか。


「……壊せたね」


 粉々とまでは行かなかったけど、爪がばっきり折れて地面に落ちた。

 これであの厄災の獣も戦いづらくなるだろう。

 ……厄災の獣が私をじっと見ている。

 …………。


「フユミヤ! やりすぎだ! そいつそっちに飛ぶぞ!」


 とは言われても回避する手段なんてない。

 悠長に逃げたらレーシアさんとアルゴスさんが巻き込まれる。

 そうなると……。


 杖を厄災の獣に向けて先端に電気の魔力を溜める。

 杖で刺せるかわからないけど、私の体ごと電気の魔力を纏わせればなんとかならないだろうか。

 ダメならダメで構わないし、やろう。


「フユミヤ、なにを考えているわけ!? とっとと逃げてきなさいよ!」

「ダメです! もう間に合いません!」


 杖に魔力をさらに込めて蹴りを加えてくる厄災の獣に高圧電流を当てる。

 蹴りが当たる感覚はないけど、よくわからない液体が吹き出したので反射で目をつむってしまう。

 後はなんとかなることを祈るだけ。

 生暖かい無臭の液体やねっとりした固体が顔面に当たる感覚がするけど痛くはないので無視をする。


「…………普通に無事じゃない! 厄災の獣の体液ぶっかかって汚くなってるけど! モサモサ! アンタ水魔法得意でしょう! 黒毛女のこの惨状なんとかしなさいよ!」


 ……どうやら無事らしい。

 とりあえず魔力を貯めることはやめてみた。

 生暖かくてねっちょりした感覚が顔面や頭皮、手にへばりついている。

 普通に気持ち悪い感触なので目も口も開けない方が良さそうだ。


「……フユミヤー! 今から全身洗浄魔術かけるから今回は口開けないように! 厄災の獣の体液を体に取り込むと危ないからな!」


 ゆっくり首を縦に振る。

 ここで勢いよく振ろうものならヴィクトール様にも厄災の獣の体液がかかりそうだ。

 それはよくない。


 息を止めて全身洗浄の魔術を受け入れる。

 なんか今回は念入りに現れているような気がする。

 ユーリちゃんがいつもやるようなものより長い。

 特に髪の毛が隅から隅まで洗われているような感覚もある。

 よっぽど酷いのだろうか?


「大体は落とせたか……? フユミヤ、目を開けてもいいぞ」


 顔にかかった厄災の獣の体液がない感覚がするので目を開ける。

 ……ヴィクトール様、普段の一、二歩くらい近くない?

 そんなに近くまで近づかないといけないほどのなにかがあるのだろうか。


「どうしたフユミヤ、まだなにか違和感があるか?」

「……いえ、特には」

「そうか。……どうして避けようとしなかった」

「避けられそうになかったので……」

「……そうか、十分時間があるように思えたが、それでもダメだったのか?」

「レーシアさんとアルゴスさんが巻き込まれる危険性も考えるとそれは……」

「あまり自分を犠牲にしようとするな。今回は無傷だったから良かったが、普通はただじゃすまないからな」

「……そうですね」


 ただじゃ済まなくなくなっても良かったから今回のようなことを一か八かでやってみたけど、周りの心象的には良くなかったようだ。

 そもそも厄災の獣によって殺された人の物を集めているのに、私という死者、増やしちゃダメか。


「魔力中和をしてから全員集合させるか。臭いも強いからな」


 嗅いでも特になにも臭いはしない。

 相変わらず、厄災の獣の死体跡の臭いわからない。

 私も魔力中和、参加しとこうかな?


「フユミヤは参加しなくていい。奥の厄災の獣との戦闘を行うと考えると魔力を温存してくれないか」

「わかりました」

「なんならレーシアとアルゴスのところに行ってくれて構わない。一応守れる人間が離れてしまっているからな」


 今はそれが最善か。

 頷いてレーシアさんとアルゴスさんの方へ向かう。


「黒毛女、どうしたわけ?」

「ヴィクトール様にこちらにいた方がいいと言われまして……。魔力の気配は奥に1つありますが、いつ他の厄災の獣が来るかはわかりませんので」


 一応進行方向の真逆に複数の気配がするといえばするけどあれは捜索隊だとは思ってる。


「ふぅん……、ところでなんでさっきの厄災の獣の攻撃を受けて無傷なわけ?」

「……説明が難しいです。なんとなく魔力纏ってたら厄災の獣の体の方が魔力に負けて攻撃どころか自滅した、みたいな形になりましたし……」

「なんでそうなるんですかね……」

「わからないです…、」


 微妙な雰囲気のまま、ヴィクトール様が魔力中和を終わらせるのを待ち続けている。

 ……やっぱり私、雑談が苦手だな。

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