第30話 出発

 朝食は芋づくしだ。

 里芋らしきものを煮っころがしたもの、

 赤色をした三日月型のフライドポテト、

 芋の皮そのまま剥いた赤紫色のスイートポテトの味がするもの。

 他にもいっぱいあったけど、地球と似たような味がしたようなものはこれくらいだ。

 こんな炭水化物まみれの食事が許されていいのかと少し疑問に思いはしたけど気にせずに食べている。


「……ずいぶん食べ進めているが、おいしいのか?」

「うん」

「そうか、ならいいんだが……」


 私にその質問を投げかけてきたヴィクトール様の皿の上には結構芋が残っている。

 芋が苦手なのだろうか?


「アタシを差し置いてとっとと食べているなんてどういうことかしら!? そこの銀髪モサモサ! その皿に乗っているもの全部もらっていくわ!」

「お、おいレーシア! ヒトのメシ取るなって! お前の分はちゃんと用意されているから!」

「なによ! 今日が芋の日だって知っていたらとっとと起きていたわよ! ヒト2人分余裕で食べるに決まっているでしょう!?」

「お前の妙な食い意地でヒトに迷惑をかけるな!」

「迷惑かどうかなんてそこの銀髪モサモサに聞けばわかるでしょ! 迷惑なの? 迷惑じゃないの? どっち?」

「……俺としては食べてくれる方が助かる」

「じゃあもらってもいいわね!」


 レーシアさんがヴィクトール様の皿を取っていく。

 ……いいのかな?


「……ったく、いいのか? ヴィクトール? 腹が減ったら戦いづらくなるんじゃないか?」

「魔力量の方は余裕がある。問題ない」

「……なら、いいんだが」

「芋はお腹に溜まって美味しいのにどうして譲っちゃうのかしら? しかもムラサキアマミイモも全然残っているじゃない!」


 貪る勢いで芋を素手で食べるレーシアさん。

 疑問に思うなら奪う必要はないのでは……?


「おい、レーシア。食器くらいは使え。ヒト前で素手で食うのはダメだろ……」

「このアカイモ揚げは素手で食べたほうが美味しいの! どうせ後で洗うもの。好きに食べることのなにが悪いのかしら?」


 ……この世界素手で食べる文化はあまりないのだろうか。

 フライドポテト、細ければ素手で食べてたかな……。


「おう、レーシアちゃんの分、持ってきていないのにもう食べているんだな。誰から盗ってきたんだ?」

「そこの銀髪モサモサからっ! それよりチョドフ! その皿は……!」

「レーシアちゃんの分だ。今食べている分はちゃんと了承を得た上でもらったか?」

「もちろんよ! だとしたらアカイモ揚げを即効で食べていないわ!」

「ならいいな! じゃあこれは作りたてだからな。熱さに気を付けて食べるんだぞ」

「チョドフ……、あまりレーシアを甘やかすな。誰からも食事を盗むようになったらどうする」

「はぁ? アタシだってヒトの顔見ながら選んでいるし! 今回はまずっそ〜な顔をしながらアタシの好物食べているから貰ったんだもん!」

「まあまあまあ、レーシアちゃんはまだ8歳なんだ。了承を得ているのなら大丈夫だろ」


 8歳って……、この世界は500日が1年だから地球換算でギリギリ11歳行くか行かないかくらい……?

 こんなに幼いのに厄災狩りだなんて大丈夫なのだろうか……?


「8歳だからってなによ! アタシはこの町の魔術士の中で3番目に…………」

「……今は1番、になってしまったな」

「……うるさいわね! そうよ! アタシがこの町の魔術士の中で1番強い魔術士なんだからなにをどう食べようが文句は言わせないわ!」


 口の周りに食べかすをつけながらレーシアさんは豪語する。

 ……こんなに幼いのにこの町で1番強い魔術士、か。

 魔力の気配の主張は確かに強い方ではあるけれど、レーシアさんの半分の年齢であるユーリちゃんよりは弱い気配がする。

 ユーリちゃんの魔力量が異常なのかな……?


「食べながら言うことじゃないぞ……。全く……。それじゃあオレはオレで朝飯食ってくる。喧嘩はするんじゃないぞ」

「それアタシに言ってる!?」

「おう、そうだ。わかっているようならなにより」

「ロキサイドのやつぅー!! 適当なことばかり言ってくれてムカつくー!!!」


 がなり立てた声を上げながら芋をつまむのをやめないレーシアさん、それを若干どころかかなり引いていて距離も取っているアルゴスさん。

 こんな調子で大丈夫なのかな……?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 親睦を深めるどころかレーシアさんが黙々と芋を食べる様子を時々見ながら気まずく顔を見合わせる私とヴィクトール様とアルゴスさん。

 本当にこんな調子で大丈夫なのかな?


「あ、あの……、お2人はどういった目的でこのランデヴェルグの町に来たのでしょうか……?」


 先に話を切り出したのはアルゴスさんからだ。

 声変わりをしていない特有の高い声が彼がまだ幼い少年であることがわかる。

 ……厄災狩りってせめて高校生くらいの見た目の人からやるような職業だと思っていたけど、始められる年齢に制限ってないのかな?

 それができるほど、法律の方面は発展していないのかもしれない。

 制限したからと言って子どもの命を守ること以外の目的はないけど、なんというか危ういような……。


「俺達はテルヴィーン領に行きたくてな。アルドノイア領からここまで南下してきたんだ」

「ア、アルドノイア領ってだいぶ北の方ですね……、どうやって来たんですか?」

「厄災の獣が現れる場所を通ってきたんだ。途中野宿は1回したな」

「て、転移陣を使わなかったんですか」

「フユミヤの魔力の扱いを良くすることが目的でな。想定外のことはあったが無傷でここまで来たんだ」

「む、無傷だなんて……、……その強さなら納得できますが、5つ首の厄災の獣とはどうやって戦うことができたのですか?」

「フユミヤが厄災の獣の動きを鈍らせてそれを前衛全員で叩いたといった感じだったな。正直に言うのならそれがなかったらだいぶ負傷していたと思うぞ」


 ヴィクトール様がそういった後、アルゴスさんは私の目をじっと見てくる。

 ……見ているのは目の色、だろうな。


「フユミヤ……、たしかに変わった目の色をしていますけど、彼女のその目の色に対応した属性が動きを鈍らせるような効果があったということなのでしょうか?」

「そうだろうとは考えている。俺は昔、王都の学園に通っていたことがあるが、黄色と紫色に対応した魔力の属性に関しては習ってなくてな……」

「王都の学園に通っていたんですか!? ど、どんな場所でした!?」

「どうと言ってもな……。貴族が多くて厄介な場所だぞ? 隙を見せれば変な言いがかりはつけられるし、授業は座学ばかりでな……。錬金術だとか魔術に関することだとかは基本ぐらいしか学べないぞ?」

「やっぱり貴族って意地悪なやつが多いのね! アタシは学園なんてムダにお金のかかる場所なんて行かずにこのまま厄災狩りで財産を築くわ! そっちの方が楽だもの!」


 レーシアさんが芋料理の数々を食べ終えて会話に参加してきた。

 厄災狩りの方が学生でいるよりかはお金稼げるもんね……。

 ……でも、厄災狩りをしながら学園に通えないのだろうか?

 そっちの方がお得なような……。


「ぼく、錬金術を学びたいんです! 師匠になってくれるような人も見つからなくて……、学園に行けばなにか掴めませんか!?」

「と言われてもな……。錬金術は繊細な魔力の扱いができるようにならないといけなくて、魔術士として強くなりすぎると錬金すらできなくなってしまうんだ。それでもいいのか?」

「ぼくはこの町の中で1番弱い魔術士なので、むしろちょうどいいと思います。繊細な魔力の扱いが大事なんですね……。勉強になりました」

「それでいいのか……? 錬金術士は基本的に客に依存しないと生きていけないぞ? 厄災狩りの方が生きていきやすいと思うが……」

「その理由で諦めたら、いつか誰も厄災狩りを助けるための道具を作れないような気がするんです。武器や防具だって錬金術から作られていると聞きました。その人達がいなくなれば大変なことになってしまいますよね」

「それは、そうだが……」


 ……そういう観点を持てる人は貴重だと思う。

 私はもうずいぶん年が行っているし、将来の道を選ぶにはもう遅い年齢だし、魔力の扱いがドド下手くそらしいから厄災狩りでいるしかできないし、そういう観点を持たずに過ごした以上、できるのはそんな人達の邪魔にならないよう過ごすことだけだ。


「だったら師匠を見つけるための旅に出ればいいじゃない! ランドヴェルグの町で見つからないなら他の町とか……」

「他の町に行けるほど、ぼくは強くないので厳しいですね……。学園に行くための資金を師匠探しの旅に使えばいいというのも手ですけど、錬金術の基本が学べるのならぼくは学園へ行きます」

「その学園も5年過ごさないといけないのよね? 錬金術を学ぶこと以外にも色々とするのでしょう? それに貴族からの意地悪もあるのでしょう! 弱くて学園を生き延びれるのかしら!」

「学園で死者が出るようなことは、……あまりないぞ? それこそ貴族の目を避けて過ごすというのもある。目立たないやつだっているからな」


 それって陰キャで5年学園生活を過ごせばなんとかなるってこと?

 それは酷なことを言っているのでは……?


「目立たないことなら得意です! ぼくは錬金術を学びたいだけなのでそれができるのならいいですね……!」


 なんか嬉しそうにしているけれどそれでいいのか……?


「目立たないことが得意ってなによ! そんなんだからこの町で一番弱い魔術士とか妙な自認しているのよ! 戦うなら強くなる努力くらいしたらどう?」

「いえ、強くなったら錬金術士への道が遠ざかるので嫌です。繊細な魔力の扱いが必要とわかった以上、ぼくの今の魔力をどう活かすかが重要ですね……!」


 最初はずいぶん緊張している話し方だったのに今ではすっかり自信がありそうな話し方をしている。

 錬金術士に対する憧れと学園へ通いたいといった意思があったから今回ヴィクトール様から情報を得られて嬉しかったのだろうか?

 会話も増えたことだし、私以外の親睦は深まったのかもしれない。

 私?

 喋る内容がないからひたすら黙るしかない。

 こういうのは出しゃばらないのが最善なのだ。


「目立たないといえば、そこの黒毛女はさっきからずっと黙っているのはどうしてなのよ! なにか話せる内容はないの!?」

「……えっと」


 レーシアさんの矛先が私に向いた。

 雑談、苦手なんだよな。

 働いていた時の電車の帰り道なんてSNSのトレンド適当に流し見したり、休みの日はひたすら天井見ていることが多いから話題がからっきしだ。

 そもそも異世界から来たと言っても頭おかしい人間だと思われるだろうし、ここはなにを話せばいいんだろう?


「……フユミヤには記憶がないんだ。俺と出会ってまだ1週間ちょっとの記憶しかなくってな。なにもかもを忘れているからなにかを話すのはまだ難しいだろう。そうだよな?」

「……そうです」


 記憶喪失という嘘、すごい便利だな……。

 実際はこの世界で生きてからまだ8日くらい、かな?

 地球の1週間は経ったけど、生物として生きてきた時間としてはあまりにも短い。

 それなのにあっさり“私”はこの体に馴染んで平然といろいろなことをしている。

 地球でもできなかったことだって。

 どうしてこうなっているんだろう?

 うまく行き過ぎではあるよね。


「記憶がない……? たった1週間ちょっとの記憶……? 魔力の扱い方とかどうやって思い出させたわけ?」

「俺が扱い方を教えたんだ」

「黒毛女、戦い方も思い出せなかったわけ!?」

「……うん」


 思い出せないというか、そもそも戦うことに必要な魔力の扱い方も知らなかったというのが本当のことではあるけど、ここは黙っておこう。


「なんでこんなのがあの5つ首の厄災の獣を倒せたわけ!? 信ッじられない! アレが本当にいないかどうか今すぐ探しに行くべきね! 朝食も食べたのなら出発よ!」


 そうながら立ち上がって席から出ようとするレーシアさん。

 ……もう行くの?


「アルゴス、準備はいいか?」

「はい、大丈夫です」


 なら大丈夫か。

 私もここを出よう。

 皿とかは戻しにいかなくても大丈夫なのだろうか?見回してみるとところどころに食べた後の皿を置きっぱなしの机がある。

 問題なさそう。


「フユミヤも行くぞ」

「……はい」


 レーシアさんの後を追いながら私達は宿を出た。

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