第27話 ランデヴェルグの町の宿にて

 外壁を通り抜けた先は青い規則的な建物が多く並んでいる。

 青といっても水色っぽかったり、緑寄りだったり、紫寄りだったりと色々だ。

 全体的に統一感があってまとまりがあるような、そんな気がする。


「フユミヤ〜? よそ見はダメよ~? はぐれちゃうわ〜」

「ご、ごめんなさい」

「いいのよ〜、じゃあ私と手を繋ぐ? これならはぐれないわよね?」

「えっ、えーっと……」

「別に遠慮する必要はないじゃない。お兄様の後についていくわよ〜」


 断る理由をなんとか思い浮かべているうちに左手を思いっきり繋がれてしまった。

 ……簡単にはぐれてしまうような子どもみたいな印象抱かれているのかな?

 地球換算だと24歳なのに、なんだか自分が情けないな……。

 事実としてセラ様は私より10センチ以上は高い身長をしているけれど、ここまで子ども扱いされるほどなのだろうか。

 ……だったらユーリちゃんの方が子ども扱いされていてもいいような。

 うーん…………。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 青い建物の間の道を歩いて数分、外壁の色と同じような色が使われている大きな建物の前で私達は立ち止まった。

 ここは一体どういう建物なのだろうか?


「着いたな。ここがオレ達厄災狩りの集う宿兼食事場所兼溜まり場だ。今話をつけてくるから待っててくれ」

「話なんてつけなくていいんだけど? ロキサイド、臆病者のアンタがいきなり飛び出したかと思ったらすぐに戻って強い人達を連れてきたのはどうして? 仇討かたきうちを他人にやらせる気?」


 怒りを滲ませた女の人の声がする。

 仇討ち……、さきほどロキサイドさんが言っていた遺品関係の人の仇なのかな……?


「……終わったんだ、レーシア」

「は? どういうこと?」

「この人達によってあの五つ首の厄災の獣はすでに倒された。テスリカやレセラの仇は俺達じゃもう取れない」

「倒したってなんでわかったの!? アンタ、見たの!!?」

「見てはいない。ただ、倒されていることを知るために捜索隊を組むべきだと考えている」

「捜索隊……? そんな馬鹿げた集団作るくらいならアタシが探すわ!」


 飛び出そうとする赤紫色の髪をした女の子、レーシアさんをロキサイドさんが押さえつける。


「待て待て待てレーシア、今日はもう遅い。探すとしても宿で夜を明かしてからだ。1人で夜の厄災を倒せるのか?」

「っ……、わかったわ。アタシ達は昼の厄災を倒すので手一杯だもの……。一晩待てばいいのよね?」

「そうだ。聞いてる他の奴らには悪いが探すのは朝になってからだ。夜の厄災と戦えるのなら飛び出してもいい」


 宿の中から足音がたくさん聞こえてくる。

 聞き耳を立てていた人が結構いたようだ。


「中に入れるようになったな。全員入ってくれ」


 ぞろぞろと宿の中に入っていく。

 内装はしっかりとした石造りの住宅といった感じで、ところどころに白っぽい石のアクセントが加えられていて今まで見た中で一番センスがいいと感じられる建物だ。

 入口を起点に白髪のムキムキヒゲモジャおじさんがいる受付スペース、食事の匂いがする場所、よくわからない場所、階段のある場所に分かれている。

 想像していたのよりもわりと宿だ。

 もう少しグレードが低いものを想像していた。


「ポルクト、一番いい大部屋は空いているか?」

「あぁ、空いている。……お前に払えるのか? あの部屋は一晩100万リーフのつもりで作った部屋だ」

「なら俺が払おう。100万リーフならある。1人100万リーフか?」

「……いや、1部屋100万リーフだ」

「じゃあ別に500万リーフ払っても良さそうだな」


 ……あれ、ヴィクトール様人数分払おうとしてる?

 借金、増える……?


「せめて泊まってからにしてくれ。……その前にお前、本当に100万リーフ硬貨は持っているのか?」

「持っているぞ? この硬貨だよな?」

「…………本物だな。10万リーフ硬貨にバラせる。……後悔はないんだな?」

「懐には余裕がある。全然構わない」

「わ、悪いな……、ここはオレが出すべきなのに」

「別にいい。その代わりといってはなんだが、この宿で一番美味しい料理を教えてくれないか? 味にうるさいやつらがいるんだ」


 味にうるさいやつら……、1人はユーリちゃんなのだろうけど、もしかして私もその中にいる?


「それなら全然構わないが、……それでいいのか?」

「俺はそこまで食事に興味がないからな。頼む」

「……あぁ、わかった」

「食事の時間はまだまだ先だ。先に部屋に案内する。ロキサイドとレーシアは適当な場所にいろ。100万リーフ部屋は自力で払えるほどになってからだな」

「だ、ダメか……」

「ロキサイド、アンタ最初からあの部屋を見ようとして……?」

「違う違う! そんなんじゃないから!」


 レーシアさんにひたすらどつかれるロキサイドさんから視線を逸らしてポルクトさんの案内に従って階段を昇る。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 …………4周くらいは階段を昇った。

 その先に100万リーフの部屋と思われる場所の入口が鎮座ちんざしている。

 ラピスラズリのように真っ青な扉が堂々とそびえ立っていた。

 扉、なんか大きくない?ポルクトさんの頭2つは大きいような……?

 ポルクトさん、ヴィクトール様より頭半分は大きいのに、それよりも大きいって2メートル超えしていないかこの扉……。


「でっかいですわ……」

「どんなにデカいヒトが入っても快適に過ごせるように天井は高くしたからな。天井が低い建物なんざ過ごしにくくてたまらん」

「その気持ち、わからなくないな。たまに屈まないと入れないような建物もあるからな……」

「あぁ……」


 共感するヴィクトール様とポルクトさんになにも言えなくなる。

 身長の大きい人には天井の低い建物、過ごしづらいのは当然だ。


「ところで鍵がかかっているように見えるのだけれど、どうやって開けるのかしら〜?」

「各自、この空魔石に魔力を込めてくれ。それを俺が持っていればこの部屋に入れる。俺が魔石を持っている状態で扉に飛び込めばその先が部屋だ。」

「この扉は質量を持った幻影なのですのね……」

「そういうことだ。というわけで魔石を配るぞ」


 ポルクトさんから全員へ魔石が配られる。

 ……そういえば、いつからかわからないけどコルドリウスさん、全然発言していないような?

 どうしてだろう?

 浮かんだ疑問は一度置いといて、魔石に光の魔力を込める。


「……ん? 黒い髪の嬢ちゃん、その魔力はなんだ? 見たことのない魔力だが……。よく見ると目の色もずいぶん変わっているな?」

「あっ……、えっと……」


 上手い理由が思い浮かばなくて焦ってしまう。

 特に考えもなく光の魔力を込めてしまった。


「変わった魔力の属性だろう? 俺達にもよくわかっていないんだ」

「そうかい。じゃあこれは俺が肌身離さず持っているからな。部屋に入れるかどうか試してもいいぞ」

「それじゃあ早速入って見るか。誰から行く?」

「わたくしとフユミーさんが行きますわ」

「えっ、私?」

「まあまあまあまあ! 行きましょうフユミーさん!」

「あっ、ちょっ……」


 ユーリちゃんに腕を掴まれて真っ青な扉に突撃する。

 ぶつかるような衝撃もなくあっさりと通り抜けることができた先にはずいぶんと横に長い部屋が広がっていた。

 ダブルベッドぐらいの大きさのベッドが等間隔で8個置かれていてその間には小さめの薄茶色のチェストと明かりのついていないランプがある。

 両端には青いカーテンのついた窓もあってなんだかホテルみたいだ……。

 ……あれ、野宿ならまだしも宿で男女混在で泊まるの?

 全身洗浄の魔術で着替えなくても体は洗えるから間隔さえ取っていればいい、みたいな感じ……?


「問題なく入れるのね〜」

「……全員、入ったな」

「…………ユーリ様っ! なぜわたくしの声を封じていたのですか!?」


 ……あっ、コルドリウスさんがやっと声を出した。

 ユーリちゃんに声を封じられていたんだ。

 なんでだろう?


「これは確認ですが、コルドリウス様、ヴィクトール様とセラ様を普段なんとお呼びしていますの?」

「それはもちろん、ヴィクトール殿下、セラフィーナ殿下と……」

「殿下という呼称は王族に対して使うのではなくって?」

「なにを当たり前のことを……?」

「さて、質問ですわ。ここは王都ではない単なる町ですわ。この町の人達は誰もヴィクトール様とセラ様が王族の一員であることを知りません。そんな中で殿下と呼んでしまえばどうなるか考えてますの?」

「……お二方が王族であるのは当然のことでしょう?」


 ……この人なんにも考えてないな!?

 そこは混乱を招くとかそういうことを答えるべきなんじゃないのかな……?


「ユーリ、町にいる間や他の厄災狩りと会った時はコルドリウスの声を封じてくれ」

「なっ……、ど、どうしてですか殿下……!」

「あのな、普通は学生ではない王族が他の領の町で練り歩いたり寝泊まりしたりすることはありえないことなんだ。そんな中で殿下と呼ばれようものなら多少の混乱を招く」

「さらにはならず者に襲われる危険性も上がってしまうわ〜。変なものに絡まれたくないもの。ここはしばらくこういう話し声が外に漏れない場所以外で声は封じておきましょう」


 セラ様の方がえげつない提案を出してきたけど、ユーリちゃんはどっちの意見を優先するんだろう?


「そうですわね……、セラ様の意見を取り入れてもいいのですが、機会を与えてみてもいいと思いませんこと?」

「機会というものは一体どういうものなのでしょうか」

「簡単ですわ。ただの厄災狩りでいらっしゃるこのお二方をヴィクトール様、セラフィーナ様とお呼びすることができるようになればいいだけですのよ」

「王族として敬うことをやめろ、そういうことですか……?」

「そういうことですわ。呼称はすぐに直せるものではありませんので、しばらくヴィクトール様の案を採用しますわ」

「くっ……」

「とは言ってもこの声封じの魔術も万能ではないので、この方法でどれだけ混乱を防げるかは不明ではありますわ。魔力の境を通ったら途切れましたし」


 永続的に声を封じられることはないのか。

 それは良かったのかもしれない。


「いや、それ以上の対策は不要だろう。要はユーリとコルドリウスが離れなければいいのだろう? ユーリの魔力が消費され続けることが気になるが、しばらくこれでいこう」

「ヴィクトール殿下……!?」

「殿下はダメだろう? 呼び捨てか敬うにしても別の呼称を使用するように。これは命令だ。コルドリウス」

「グゥッ……、は、拝命したくありませんが、善処いたします」


 ……限りなくいいえ寄りのはいだ。

 命令だからそむきたくないというのもあるけど、内容がそれほどコルドリウスさんに苦痛なものなのだろう。


「それじゃあ次は寝る場所ね〜。仕切り布はしっかり用意されているかしら〜?」


 はて、仕切り布とは一体どういうものなのだろうか?

 なにとなにを仕切るんだろう?

 私以外は仕切り布に心当たりがあるのか、チェストの辺りを探り始めている。


「あったぞ。これでいいか?」

「あとは天井から通すだけね〜。ちょうど半分のところを境にしましょうか〜」

「ヴィクトールで……、様! わたくしのところとも仕切りましょう! ヴィクトール様の無防備な御尊顔ごそんがん衆目しゅうもくさらされるべきではありませんので……!」

「はいはい、わかったから好きにしろ」


 仕切り布が設置されていく。

 棒を通すようなところがどうやら存在していたらしく、天井からぶら下がっている棒に大きな布が通されていく。

 プリーツのないカーテンのようなものか。


「これで後は寝る場所を決めるだけね〜。フユミヤ〜、どこにする?」

「じゃ、じゃあ左端で」

「私も左端にしようかしら〜」

「エッ」


 また一緒に寝るの……?


「さすがにベッドは1人1つで使いませんこと? 4つもありますのに2つしか使わないのももったいないですわ」

「それもそうだけど〜」

「いい歳をしている女性同士が同衾どうきんというのも中々いかがわしいと思うのですけれど」

「酷いわ〜。私達2人の仲を裂くのね〜」

「セラフィーナ様の独り善がりのようにも思えますが……」

「そんなことないわよね、フユミヤ〜」

「うわわっ……、えーっと……」


 すがるように抱きつかれても反応に困るというか……。

 でも実際そこまで仲が良いって訳でもないような……?


「……セラフィーナ様の独り善がりの感情が占めている部分が多そうですわね」

「そんな〜……」


 声を震わせながらセラ様は私を抱きしめる。


「それじゃあわたくしはフユミーさんの隣のベッドをいただきますわね」

「酷いわ〜。貴女もフユミヤを狙っているじゃない」

「女の取り合いの修羅場の茶番にしないでくださいな。セラフィーナ様もベッドを決めてくださいまし」

「じゃあユーリの隣〜……」

「……さて、ベッドも決まったことですし、ご飯ですわねご飯!! ヴィクトール様、コルドリウス様、御自身のベッドは定められましたこと〜?」

「もう決めたぞ」

「わたくしも決めました」

「じゃあ、ご飯! ですわね! 行きますわよ〜!」


 我先にと宿の部屋を飛び出していったユーリちゃんを追いかける。

 ……あれ?


「……コルドリウス様が出ましたわね! えいやっ!」


 ……コルドリウスさんの声は封じられるらしい。

 なんか可哀想……。

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