第25話 催眠香

 油淋鶏ユーリンチー味のからあげもどきを食べ終わった後、ユーリちゃんは一瞬で後片付けを終わらせてしまった。

 油のあった場所は一瞬で干上がったし、調理器具や食器は一瞬で粉になってしまった。

 そして最後に……、


「ボガガンガガッ……、全身洗浄もするんだ。」

「……えぇ。だいぶ油で服も汚れていると思いますので全身洗浄はかけますわ」

「なるほど……」


 たしかに油も少し跳ねていた。

 油の染み付いた服で寝るのも良くないし、これでいいのかもしれない。


「後、匂いもだいぶ染み付いてしまっているのではないかと思いまして……」

「飯テロってこと?」

「……この味を知らない人からすればただ謎の変な匂いを漂わせている人、という認識になってしまいますわ」

「……そっか。匂いもなにもわからないならただの奇妙な匂いになっちゃうんだ。」


 逆に悪臭扱いされてしまう可能性だってある。

 じゃあよりにおいには気をつけないといけないんだ。


「……じゃあこの密室でお肉料理して大丈夫だったの?」

「匂いに関しては隙間に流してましたわ」


 そんな隙間あったんだ……。

 結構雑な作りなの、この拠点……。


「この拠点、危なくない?」

「まあ突貫で作った臨時拠点ですので……。あとは完全に夜になる前に寝袋を展開してしまえばある程度の強さの厄災の獣は退けられると思いますわよ」

「獣除けの効果があるとは言っているけど、危険なような……」

「寝袋を買った鞄屋の方、錬金術士としてずいぶんひいでた能力を持っていましたし、その方の言う最高傑作でしたら信用していいですわ」

「……錬金術士って一体なんだろう?」


 錬金術士、地球のフィクションで語られているものとこの世界の錬金術士は全然違っていたような……。

 お金を魔力に変えれば複製品が作れるとか鞄屋の人は言っていた大体どうやってお金を魔力に変換するんだろう?


「特殊な効果を持っている道具を作成できる能力を持っている人達の総称ですわね。武器職人、防具職人も一応錬金術士の分類には入っていますけど武器や防具に特化しているので分けられていますわ」

「特殊な効果を持っている道具……、“物がたくさん入る”鞄とか?」

「それはだいぶ手練れの錬金術士でなければできませんけど、初歩的なもので言うなら飲むとケガが一瞬で治る薬や投げると爆発する魔石とかが代表的なものになりますわね」


 ケガが一瞬で治る薬、あるんだ。

 割となんでもありな物が作れるのだろうか。


「あの鞄屋の錬金術士の方は特殊で自分のクローンをホムンクルスとして作って店番やらせているような例外でしたわね……」

「……あの店の人、片方がホムンクルスなの?」


 そっくりだとは思っていたけどまさかホムンクルスだったとは……。

 どっちがどっちなんだろう……?


「あの緊張していた方が錬金術士本人ですわ。人との交流が苦手でホムンクルスの方に店番をさせていたのだと思いますわ」

「そ、そっちの人か〜……。平和な使い方で良かったのかな……、そもそもホムンクルスって生命倫理に思いっ切り抗っているような……?」

「地球の倫理をこの世界に期待するだけ無駄ですわ」


 下手したら惑星規模で世界が違うもんね……。

 地球の倫理と同等のものを期待するだけ無駄かぁ……。


「さっ、寝袋を展開しますわよ。鞄から自分の寝袋を出してくださいまし!」


 鞄を開けて寝袋が入っている圧縮カプセルを魔力で引き寄せて掴む。

 相変わらずデカい。

 大きめのボウリングの玉くらいは余裕であるでしょ。

 軽いからいいんだけど……。

 圧縮カプセルをひねると緩くなる感覚があるのでそれに従ってカプセルを開ける。

 ……ガチャガチャのカプセルと構造ほぼ一緒じゃん。

 素材もなんかプラスチックそっくりだし……。

 でもこれ、土の魔力が材料だよね?

 なんでもありなんだな、異世界って。

 その割には機械がないのはなんでなんだろう?


「あっ取れた」


 回した回数はだいぶ多かったけど、やっと開けられた。

 開け方が雑だったのか片側に入っていた寝袋を押さえつけていた仕切りの石がポロッと取れてモニョニョニョッっと寝袋が出てくる。

 ちょっと気持ち悪い膨らみ方だ。

 膨らみきったそれは一旦無視して落ちた石をカプセルの中に入れてカプセルを閉めて鞄の中に戻す。

 ……使用した寝袋ってどうするんだろう?


「さて、フユミーさん、どこで眠りますの?」

「……この辺でいいんじゃないかな?」

「セラ様方の近くには寄りませんの?」

「無理して近くに寄らなくてもいいんじゃ……?」

「それはそうですわよね……。ではわたくし達はこの場所で寝ましょうか!」


 あれ、ユーリちゃんもこの場所で寝るんだ。

 てっきりセラ様の近くで寝るのかと……。

 そういえば寝相悪いって言っていたよね……。

 色々と大丈夫かな……?


「あら、もう寝てしまうの〜? ずいぶん早いじゃない。こんな端っこでいいの〜?」

「私はここで大丈夫です」

「そうなの〜? じゃあフユミヤ、寝る前にこの香水の匂いがわかるか確かめられる?」

「香水、ですか……?」

「ちょっと不思議な効果のある香水なんだけれどね〜? せっかくだしフユミヤに試してみようかな〜って思うんだけどいいかしら〜?」


 別に構わないので頷く。

 不思議な効果とは一体なんなのかはわからないけれど、試せばわかるだろう。


「それじゃあこの香水を左手の甲に垂らすからその匂いを嗅いでくれる?」

「わかりました」

「はい、垂らしたわよ〜、どんな匂いがするかわかるかしら〜?」


 ほどほどにセラ様の近くによって香水が乗っている左手の甲の匂いがわかるように自分の手で仰ぐ。

 なんだかあまいような……?


「どうかしら〜? わかったかしら〜?」

「なんだかあまい、匂いがします……?」

「セ、セラ様、その香水は……」

「なんのことかしら〜? フユミヤ、もっとこの匂いを嗅いでみてくれる? なんならじっくり吸うのよ〜?」

「わかり、ました……?」


 考えることがむずかしくなっていってるような……?

 でもセラ様のたのみだからこたえないと……?

 香水の匂いをじっくり吸う。

 あまい、花の匂いがするのはわかるけど、ぜんぜん知らない匂いだ。

 なんだかきぶんがふわふわしてくるのはなんでだろう……?


「さ、催眠香さいみんこうですわ! フユミーさん、正気に戻ってくださいまし!」

「なに!? 催眠香だと!? セラはなにをしている!」

「だって〜、ずるいじゃない! 食事の時の会話は聞かせてくれなかったし、なにより今回のお肉を食べていた時のフユミヤの顔、嬉しそうだったし、私もなにかしたいもの〜」

「だからといって催眠香は良くないだろ……! アレは……」

「いかがわしいことに使わなきゃそれでいいのよ〜、ね〜フユミヤ〜?」

「うん……?」


 はなしの内容がよくわからないからとりあえずうなづく。

 いまはセラ様の言うことにしたがっていればいいような……?


「フユミーさんの知能が退行していますわ!? 直せませんの!?」

「もうだめよ〜。いっぱい嗅がせちゃった以上、今のフユミヤはしばらくこのままよ〜。ね〜フユミヤ〜?」

「……?」


 うなづいたほうがいいのでうなづく。

 そうしたらどういうわけかあたまをなでられた。


「今ならこんな触れ合いだってできちゃうもの〜。フユミヤは距離が遠い子だからこういうことをしちゃうと固まっちゃうけど、今なら触り放題だもの〜」

「フユミーさんは17歳の大人の女性ですのよ!? こんな子ども扱いは可哀想ですわ!」

「私の1つ上なだけよ〜。フユミヤはただでさえ記憶がなくて放って置けないし幼いところがあるからこうしてみたかったのよね〜」

「だからといって催眠香を嗅がせるほどか……!?」

「いかがわしいことを考えているお兄様は黙るのよ〜。早く空間を仕切ってコルドリウスの隣で寝る準備をしてね〜」

「私がヴィクトール殿下の隣で眠るのですか……!? そのようなことはあってはなりません!わたくしとの空間も仕切りましょう!」


 さわがしくなっているけど、だいじょうぶなのかな?

 ようすを見ようとしたけど、動けない。


「フユミヤはなにも気にする必要はないわ〜? このままこうされているのよ〜?」

「そうなの?」

「そうよ〜」


 どうやらこのままあたまをなでられていればいいらしい。

 なんだかペットのようなあつかいをされているような……?

 いいのかな?


「フユミヤの髪は長いから少しはまとめたほうがいいわね〜。髪飾りが欲しいとかある?」

「いえ、とくには……」

「以前はどうしていたのかしら〜? もしかしてまとめてなかったのかしら?」

「ゴムという、伸び縮みする素材で髪をまとめていました。私は不器用なのでそれでしか髪をまとめられないです」

「まとめていたのね〜。不便じゃないの~?」

「いまは暑くないのでそこまで不便とは感じていないです。暑くなったら考えようかな……」

「今のうちに買った方が良いわよ〜。……そうね、いつか私と髪飾りを買いに行きましょう。“約束”したいんだけど、いいかしら」


“約束”……、なんだかだいじなような気がするけど、セラ様が言うのなら従わないと……。


「だいじょうぶです。“約束”ですね……」

「えぇ“約束”よ〜。……これで催眠香の効果が切れても約束は絶対だからフユミヤと買い物に行けるわ〜」

「まさかそのために催眠香を使いましたの……!? 普通に誘えばよろしいのではなくって?」

「私が選ばれる保証はないもの〜。確実に一緒に行けるようにしておきたいわ〜」

「おっそろしいですわ……」

「催眠香の平和な平和な使い方よ〜。いかがわしい使い方なんてしてないわよね〜、フユミヤ〜」

「……そですね」

「フユミーさん肯定しないでくださいまし〜……。催眠香はその気になれば相手を好き勝手もてあそぶことができる道具なんですの……、あらがってくださいまし〜」

「あらがう……?」


 わたしはなににあらがうひつようがあるんだろう?

 よくわからない……。


「無駄よ〜? ここまでの深度はもう抗うことなんてできないわ〜。なんの訓練もしていないフユミヤには抗い方はわからないもの〜。フユミヤに心当たりはあるかしら?」

「ないです……」


 あらがうべきものにこころあたりがないのでそのまま答える。


「どっちにしろ催眠香自体の効果はそのうち切れちゃうから元通りには戻るわ〜。“約束”は残るけどね〜」

「催眠香の“約束”は絶対ですの……?」

「えぇ基本的には絶対のはずよ〜。理不尽な物だと抗うことができるのかもしれないけど、こういう平和な約束だったら受け入れた以上、逆らえないわ〜」

「おっそろしいですわ……。なんなんですの催眠香というものは……。お師匠様が気をつけろといった理由もわかりますわね……」

「お兄様も買っているから気をつけるのよ〜?」

「なんであの方も購入しているのですか……? そもそもなんでこんな危険なブツが売られていますの? 規制されませんの?」

「……これ、使用者の魔力が強くないと効果がないのよね〜。フユミヤに効いたのは戦闘経験とかが薄いからだとは思うけど、ここまで効くなんて思わなかったわ〜。最高の気分よ〜」


 ほっぺをひたすらムニムニと揉まれる。

 こんなことをされてていいのだろうか?


「それじゃあ私はフユミヤと一緒の寝袋で寝るわね〜」

「寝袋って1人1つ使って眠るものでしょう!? 寝袋が悲鳴を上げてしまいますわ!」

「伸縮性はあるからがんばれば大人の女性2人でも眠れるはずよ〜?」

「キツくて眠れなくなりませんの?」

「試せばわかるわよ〜。ちょうど広げた寝袋があるもの〜。紐を最大限緩めて入っちゃえば案外いけるはずよ〜」

「この状態でどうやってフユミーさんをどうやって寝かせますの?」

「指示をすれば靴は脱げるはずよ〜。でもその前に寝袋の準備をしなくてはね〜」


 ねぶくろのじゅんび……?

 さっきからほっといてるやつがあるからそれをつかうのかな?


「寝袋の紐をとにかく緩めて……」


 ジッパーじゃなくてひもなんだ。

 ひもでもねぶくろってできるんだね。


「このくらい緩めた寝袋なら2人でも入れるわよね〜? フユミヤ〜、靴を脱いでくれるかしら〜?」

「わかりました」


 ぬいだくつはじゃまにならないところにおいておく。

 ……ゆかをそのままふんでもいいのかな?


「先にフユミヤから入れちゃいましょうか。……どう?そこの隙間から入れるんじゃないかしら?」


 はいれたのではいった。

 もうひとりはいれるくらいのすきまもありそう。


「それじゃあ私も入って……」

「……入りやがりましたわ。狭くはありませんの?」

「苦しい狭さじゃないわ〜。くっつけばそんなに狭くないものね〜」

「狭いことには変わりありませんのね……」

「それじゃあ、私達は先に寝るわ〜。フユミヤ、寝ましょう?」

「わかりました」


 ねようとしてめをとじる。

 いしきが遠のくのがいつもよりはやいような、そんな気がした。

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