第22話 旅立ち当日はギスギス中っ!

 闇の魔力を弱めに自分の体に流せば眠くなくても眠れることが判明したので、うまく利用して眠って目が覚めた翌日、テルヴィーン領へ旅立つ日になってしまった。

 今が深夜だか、朝だかわからないので周りの様子を魔力の気配で探る。

 ……まだ誰も起きてない。

 二度寝するとそれはそれで大変なことになりそうなので、お金でも数えていようかな。


 100万リーフ硬貨が8枚、

 10万リーフ硬貨が5枚、

 1万リーフ硬貨が9枚.、

 1000リーフ硬貨が1枚、

 100リーフ硬貨が2枚、

 10リーフ硬貨が6枚、

 1リーフ硬貨が9枚。

 現在の所持金、合計859万1269リーフ。

 うん、金持ち!


 道理で巾着袋がジャリジャリしていると思った。

 ……これが日本円ならそれなりに豪華な生活ができていそうだけど、今の私には1億1017万リーフもの借金がある。

 こんなにいっぱいあるお金もこの借金の前にはただの端金はしたがね

 まだまだ稼がないといけないのだ。

 封印されし大厄災の獣は果たしてリーフ硬貨をどのくらい落としてくれるのだろうか。

 それとも道中にヌンエントプス森林よりリーフ硬貨を落とす厄災の獣がいてテルヴィーン領に向かって行けば行くほど稼げるのだろうか。


「金、それは人の夢……」


 借金から解放されて僻地へきちに隠居したい。

 食料は厄災の獣を狩ればなんとかなる。

 衣服は……、この服の耐久性がどのようなものかによる。

 ……そういえばこの世界、衣服が破れたらどうやって修繕しているんだろう。

 まさか衣服も治療魔術とかでどうにかなったりして。

 そんなことないよね。

 最後に土地、だけど……。

 適当な場所を開拓すればなんとかなりそうな気がする。

 ……問題は家だ。

 土の魔力さえ扱えれば建てられなくはないだろうけど、家の建て方がわからない。

 ……現代アートになってしまうような、そんな気がしてならない。

 もしくはダサい家。

 そしてなにより脆い家。

 そ、そんな家に住みたくない……。


「僻地に隠居の夢、ついえる……」


 セラ様は起きて動いている気配はしたけど、まだまだ明朝だ。

 全員起きるまでなまけていよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 全員の魔力の気配が食事場所に向かって動き出したのでそれに続く。

 部屋を出る前に振り返って忘れ物がないかを確認する。

 出来損ないの机、いらない。

 出来損ないのイス、いらない。

 適当に作ったちょっと透明な棺桶、いらない。

 ユーリちゃんから借りたマットレスが乗っているベッド、これはいるけど持っていけない。

 必要な物は大体鞄の中にあるので問題なし。

 ……行こう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 食事場所に最後に到着する。

 ……なんか重役出勤じゅうやくしゅっきんみたいな雰囲気を感じるけど気にしない。

 昨日は気づかなかったけど、石のイス、増えてる?

 ……お誕生日席だけど、誰が座るのだろうか。


 …………私じゃん。


 あれ、そういえば肉が用意されていないような?

 なにかあるのだろうかとは思いつつお誕生日席に座る。

 左側が男性陣、右側が女性陣の内訳だ。

 セラ様とユーリちゃんが座っている席は変わらずに、ヴィクトール様がどういうわけかこっちに寄って、ヴィクトール様が座っていた席がコルドリウスさん、となっている。

 この国の席の決め方ってどうなっているんだろう……?


「さて、全員揃ったな。朝食を食べる前に今回の旅路に関して話し合うぞ。まずは地図を見よう」


 ヴィクトール様がテーブルクロスかと見紛みまごうくらいデカいなにかを広げる。

 …………これ、この国特有の仕組みが謎すぎる地図だ。

 ユーリちゃんのものと違って、真ん中から右上の道だったり街だったりが良くわかる。

 それ以外の部分は白紙でこの辺りの図が埋まっていて現在地が赤く示されているのはユーリちゃんと同じだ。

 ……それにしてもデカすぎやしないだろうか。

 歩いている中広げられないような……?


「さて俺達は現在どこにいるのか、わかるか? フユミヤ」


 ……わたしを指名するのか。


「ここの赤い印の場所、ですよね」

「……よくわかったな。誰かの地図を見たのか?」

「ユーリ、さんのを1度だけ」


 いつものように呼ぼうとして敬うべき相手にちゃん付けの気安い雰囲気で呼んでいる呼称を出していいものかと思ってとっさに“さん”に切り替える。

 ……ユーリちゃん、すごい驚いた顔をしてこっちを見ているけど。


「……そうか。とまあここからこの地図の最南東にある、白紙のこの辺り、テルヴィーン領に向かおうと考えている。」

「本当に最南東ですのね……。ですがこの距離ですと順調に行けば2週あれば余裕で行けそうですわね」

「そうだな。ただ、厄災の獣がヌンエントプス森林より強く数が多い、という可能性がある。みな、油断はするな」

「そうね〜。特に自分が扱える魔力量には気をつけておくのよ〜。魔力が空に近づくと体を動かすことすらできなくなっちゃうわ〜」


 ……それは気をつけないとだ。

 なるべく様子見しながら厄災の獣を攻撃していく、といったやり方が自分にできるのか、疑問ではあるけれど。


「と言うわけで飛ぶのは無しだ。コルドリウス」

「な、なぜですか!?」

「いくらお前が風の魔力を扱えるからといって飛び続ければ魔力の消費も大きい。学生の戦いじゃないんだ。今回は持久戦が求められることを留意してくれ」

「……拝命いたしました」

「学生の戦いと言えば……、俺とセラは前に出る。無理して庇おうとするなよ」

「は……? 今なんと? 前に、出ると?」

「王城を出た日に武器は杖から切り替えた。元々父上から剣と格闘術の手ほどきは受けていたからな。魔力量に頼った攻撃なら父上を超えている。前衛を庇っても無駄なことはわかっているよな?」

「で、ですが……」


 ……杖ってことは私とユーリちゃんと同じように後方で戦っていたのか。

 いつも前に出ていたから想像つかないけど、身分がそうさせていたのかな……。

 それとヴィクトール様の武器、剣なんだ。

 知らなかった。


「これは戦い方を1度確認しないとな。コルドリウスには今の俺達の戦い方に合わせてもらう」

「……はっ」

「フユミヤには火の魔力で戦ってくれ。コルドリウスのせいで確認が取れなかったからな。光の魔力とは威力がだいぶ下がると考えられる。厄災の獣が倒せなくても驚かないでくれ」

「わかりました」

「お待ち下さい、ヴィクトール殿下。光の魔力というものは一体どういった魔力でしょうか。そのような魔力の属性の名前など、1度も……」

「お前が学んでこなかったことに答えはある。それだけだ」


 ……なんだかヴィクトール様のコルドリウスさんに対する扱い、だいぶ冷たくて雑なような。

 だ、大丈夫なのだろうか。


「そう、ですか……」

「さて、朝食としよう。食べ次第、出発だな。セラ、肉を焼いてくれ。適当なやつ」

「……本当に適当でいいのね〜?」

「いらないやつから頼む」


 朝ごはんのお肉はまずくなりそうだ……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 緊迫した雰囲気の中まずいお肉を食べ、ヴィクトール様以外は拠点に出て戸締まりが終わる瞬間を待つ。

 コルドリウスさんはこちらを睨みつけてくるし、

 セラ様はそれを見て困った様子だし、

 ユーリちゃんは腕を組んで不満そうな顔をしている。

 ……これ、私がただのド平民かつ記憶喪失の不審者だから起きてることだよね。

 記憶喪失なのは、ヴィクトール様が言った嘘ではあるけれど……。


 仕方がないので、睨みつけてくる視線を無視してヌンド村の気配を探る。

 ……他の厄災狩りの人って1度も見かけていないけれど、普段はなにをしているのだろうか、といっても魔力の気配を探るだけじゃただ動いているということしかわからないけど。

 ……存在してはいるみたい。


 拠点の入口にヴィクトール様の気配を感じて魔力の気配を探ることをやめる。

 そろそろ出発か。


「行くぞ。……どうしたんだお前達」

「いえ、なにも」

「そうね〜。なにも、ないのよね〜」

「ならいいが……」


 前方を進むヴィクトール様、セラ様、コルドリウスさん、ユーリちゃんから距離を多少置いて1番後ろを歩く。

 ……早くヴィクトール様への借金を返して、封印されし大厄災の獣を倒したら出ていかないとだね。

 2週間、ここでは10日間だけど、そのくらいで抜けられたらいいんだけど……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ヌンエントプス森林に足を踏み入れてしばらくすると、ヴィクトール様が足を止める。

 ……あるね。魔力の気配。

 戦闘が始まりそうなので杖を持つ準備をする。


「前方に2体、厄災の獣がいるな」

「ではわたくしが……!」

「待て、コルドリウス、1人で2体を相手するな! ……俺も行く!」

「……コルドリウスさん、厄介な人」

「そうなのよね〜。本当、どうしようもないのよ〜。私も行くわ。ユーリとフユミヤは気をつけながら後を追うのよ〜」


 そう言ってセラ様も前方の厄災の獣の方へ駆けていく。

 ……自己判断が重要そうだね。


「嫌な人ですわ。忠義をうたっておいて主君の言うことは聞かない、自分に酔って他の方々、ましてや主君にすらに迷惑を掛けるような方。……ただの無能なストーカーですわね」

「……行こう、ユーリちゃん。厄災の獣、もう片付きそうだよ」

「そうですわね」


 ユーリちゃんはコルドリウスさんのことを完全に嫌っている。

 ……なんか、雰囲気悪くなっちゃったな。

 どうにかするすべは私にはないし、我慢するしかないんだろうね。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 2体の厄災の獣は無事に倒されたようで、3人共無傷だ。

 無事でなによりと言いたいところだけど、コルドリウスさんが喜んでいるような表情を浮かべているのに対して、ヴィクトール様とセラ様は険しい表情をしている。

 ……コルドリウスさんとそれ以外の人達でみぞのような物がはっきり存在してしまっているようだ。

 コルドリウスさんはわかっていないようだけど、大丈夫なのだろうか?


「……ユーリ、フユミヤ、魔力中和を頼む」

「お待ち下さいヴィクトール殿下、それでしたらわたくしが……」

「……コルドリウス、今の戦いでどれだけ無駄な魔力を消費したと思っている? この先のフォルトゥリア山道の厄災の獣の数や強さを俺たちは知らないからな? 魔力中和が大してされていない場所の場合、今の30倍以上の魔力がいるはずだ。その場合お前は1人で戦えるのか?」

「そ、それは……」


 詰め寄ってくるヴィクトール様にうろたえるコルドリウスさん。

 ……ここで自信を持って肯定できない辺り、無策むさくで先程の厄災の獣に突っ込んでしまったようだ。

 戦闘は空を飛んでひたすら回避していたのかもしれないから陸路での旅の戦い方に案外慣れていない、というのもあるかもしれない。


 ……陸路での旅の戦い方、私ははっきりとどうしたらいいかがわからない。

 今回はコルドリウスさんが前に突っ走ったから魔力中和の魔力消費だけで済んでるし……。

 ……本当は良い戦い方みたいなものがあるのかもしれないけれど、今回のように突っ走られてこちらとの距離を引き離されると魔力の気配が混ざって戦いにくい。

 混戦下で戦いやすくなるためには少なくとも戦っている最中の厄災の獣も人も見えていないと厄災の獣に魔力の攻撃を当てづらい、ような。

 コルドリウスさんがいない時の戦闘はヴィクトール様とセラ様がいたし、ユーリちゃんが先に攻撃していたからそれが攻撃の的になって戦いやすかったけど、正直今は……。


「フユミーさん、もうこのぐらいで大丈夫ですわ」

「あっ……、ごめん」


 考え込みすぎていたようだ。

 たった1人、増えただけでここまで戦いに集中できないなんてことはあってはいけないのだ。

 精彩を欠いてなにかを間違えてしまったら死んでしまうような世界、私が死んでしまうことは別に構わないけど、それが他の誰かであってはダメなのだ。

 大抵の人は生きていたいと思うのが普通なのだから。

 ──それを壊すようなことはあってはならない。


「……コルドリウス、杖を買うか?」

「な、なぜですか。ヴィクトール殿下、わたくしは杖で戦ったことがありません。ましてや殿下を守れない武器で戦うことなどわたくしには……!」

「……守る、ということは近くで戦い、いつでも庇えるようにできるようなことだけではないと俺は思っている」

「……、どういうことでしょうか?」

「わからないならいい、コルドリウスは殿しんがりつとめろ。フユミヤは俺かセラかどちらかの隣にいるんだ。次こそは火の魔力の威力を試すぞ」

「……わかりました」


 ……私を前に出してしまって大丈夫なのだろうか。

 杖を使った状態での火の魔力の威力は試していないからいいのかもしれないけど……、コルドリウスさんは……。


「な、なぜ、わたくしを1番後ろに下げるのですか……?」


 全然納得していない。

 さっきみたいにいち早く駆け出してしまえば私達を抜かせるだろうけど、どうするんだろう?


「一度、後ろで俺たちの戦い方を観察して頭を冷やせ。このままだとお前のせいで今日中にフォルトゥリア山道の中間まで行かずに野宿をすることになる。お前の分の物資はなくはないが、無駄に減らすわけにはいかないんだ」

「……承知、いたしました」


 納得しきっていないような、重苦しい返事だ。

 コルドリウスさんが後ろに行くとしたので、私は前に行こうとする。

 ……ずいぶん目の敵にされているな。

 すれ違いざまに私を親の仇でも見るようかの目つきで睨みつけてきた。

 ため息を押し殺して、私はセラ様の隣に移動した。

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