第21話 旅立ち前日に不貞寝するバカは私、フユミヤ

 あの後、私自身は知り合ってすらないユーリちゃんのお師匠様がアキュルロッテ様なのではないかといった疑惑の話を続け、はっきりと決まったわけではないからと解散した。

 食事場所に行くのもコルドリウスさんに出くわしそうなのが嫌なので自室に戻る。

 自室で試していない火属性の魔力を試すわけにはいかないけど、水の魔力で全身洗浄の魔術の練習くらいはしておこうかな。

 早く実用的に使えるレベルになって逃亡生活で役立てないと。

 夜逃げした後は滅多なことがない限り1人で行動するのは確定している。

 あとは野宿用の土の魔力を使った魔術だけど、こればかりは見ていないからどうとも言えないけど、別に家を作らずとも、寝袋と自分が入るスペースがあれば寝れるような気がする。


「……ベッドの大きさを参考にして、えい」


 土台となる部分ができた。

 絶妙に透き通っているのが少し嫌だけど、そのまま側面の部分も仕上げていく。


「この場合ふたもいるよね……。中から魔力でふさいでも、中から塞いだ部分取れないかな……」


 失敗したら誰かに助けてもらわないといけなくなるかもしれないけど、今回はちょっとした実験。

 ガチガチに硬い棺桶を作るわけではないし、蓋がくっついて出れない状態ならぶち破れば脱出できるだろう。

 蓋を作ろう。


「少しはみ出るくらいで……」


 望んだ通りの蓋ができた。

 土の魔力、結構すごいな。

 これ、もしかすると暇つぶしの道具にできるのかもしれない。

 粘土とか作れるのだろうか?


「それっぽいの、できた?」


 できた灰色の粘土もどきに触れる。

 このもったりとした感覚、粘土だ。


 いい感じの暇つぶし道具が作れることはわかったので、本題の棺桶作りに戻る。

 粘土はなにかしらの容器にできそうな形に整えておいてその辺に置く。

 棺桶の中に入ろう。


「硬い……。でもここで寝袋を試したらもったいないし……。実験だから多少は我慢しないと……」


 とにかく硬い。

 石でできているから当たり前だけど。

 ずらした蓋を持ち、棺桶に蓋をする。

 隙間が空いていないことを確認して、蓋と棺桶本体を土の魔力で少しくっつける。

 持ち上げても、離れない!

 成功だ。

 本番は寝袋に入った状態でここまでやらないとだね。


「あとはくっつけた部分を外せば……」

「な、なにを作っていますの…、?」

野宿用棺桶のじゅくようかんおけ

「か、棺桶って死んだつもりですの?」

「1回死んでるし、いいかなって。後は野宿用の臨時拠点をもう少し効率よくできないかなとも思った」

「これで効率化できるのはお1人の時ですわ……。とっとと出てくださいまし、不吉ですわ」

「……はーい」


 土の魔力で固めていた部分を柔らかくして棺桶から脱出する。


「ネバネバしてて少し気持ち悪いですわ……。どうしてそのようなグロテスクな物を思いつけましたの……?」

「今後の逃亡生活を考えると私に臨時拠点を作る程の土の魔力に対する適性を持っていなさそうだし、もう少し楽できないかなって考えたら寝袋も入る棺桶に……」

「便利な物を作ることはいいことかもしれませんが、棺桶はさすがにないですわ! たしかにわたくし達は1度死んでおりますけども、今は生きていますのよ?」

「……うーん、そうだよね」


 ……どちらかというとユーリちゃんは生きていたかった側なのかな。

 あんまり死を臭わせる物はユーリちゃんの前では作らない方が良さそう。


「わかったのならいいですわ」

「ところでユーリちゃん、私達解散したはずだけど等どうして今度は私の部屋に?」

「フユミーさんの部屋から土の魔力の気配がしましたのでどういうことかと乗り込んでみたらこの結果、ですわ。てっきりこの部屋、殺風景ですからなにかしら家具を作っていると思いましたのに、このような物を作っていたとは思いもしませんでしたわ」

「家具、土の魔力で作れるの?」

「土の魔力、便利なものでして家具から紙、金属のペン先と様々な物を作れますわ。水の魔力と混ぜればインクも作れますのよ?」

「それはすごいね……」


 それはもはや土の魔力の領域を超えているような気もするけど、何も言わないでおく。

 すでにできている世界の仕組みに突っ込むだけ無駄なのだ。


「せっかくですし家具でも作りませんこと? 部屋にポツンとベッドと棺桶があるだけなんておかしいですわ」

「……でも、明日テルヴィーン領に向かうんじゃなかったっけ。あまり物を増やすのも」

「人が増えた以上、物も増やしても問題はないことでしょう。この部屋も戸締まりの対象になりますから、なにか作ってみませんこと?」

「……じゃあイスと机から作ってみようかな」

「一番重要な家具ですわね!」


 ベッドの上でもお金は数えられるし、地球の人間をやってた頃には学校や資格の勉強だって平然とやっていたけど、ここでは人間の体裁ていさいを保つふりくらいはやった方がいいだろう。

 ……作っても使わなきゃいいんだし。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 …………作るの難しすぎない?

 平らにするって一体どうすればいいの?

 やすり?


「ど、どうやってもデコボコする……」

「……フユミーさん、わたくし達、修行した職人ではありませんのよ。地球のような品質のイスや机を作るのは諦めて、妥協しませんこと?」

「じゃあなんで作るの〜?」

「大元となるものを作れば布でも敷けばどうとでもなりますわ!」

「……ゔーん」

「諦めてふて寝しないでくださいまし! だらしがないですわ!」

「前もだらしがない家事もできないダメダメな子供部屋暮らしの大人なので、問題なし……」

「せめて靴は脱ぎませんこと!? エビ反りで寝るのは体に悪いですわ!」

「……夕飯になっても寝てたら放っておいて」

「フ、フユミーさーん!!」


 机やイスを綺麗に作れなかった私は無様に不貞寝するのでした……。

 騒いでいるユーリちゃんを放置し、闇の魔力で入眠できないか試して意識が途切れる。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「フーユーミーヤー? いい年して不貞寝は良くないわよ〜? 魔力もたくさん使っちゃって……、夕食は食べさせるから、起きるのよ〜?」

「……んぅっ?」


 体全体が揺さぶられているような感覚がして目が覚める。

 この声は……、


「セラさん、……いやセラフィーナ様、……!」


 なんで自分は王家の人に抱えられているんだと慌てて降りようとするが、強い力で止められる。


「こーら、暴れないの。……コルドリウスから私の名前を知っちゃったのね〜。彼にも困っちゃうわ〜」

「ですが、貴女のような方にそのようなことをしていただくほどの身分では……」

「身分がなんだっていうのかしら〜? 私達はただの厄災狩りよ〜? 王位継承権があっても王城じゃなんにもできない無力なヒトでしかないわ〜」

「……では、コルドリウスさんはどうしてヴィクトール様を王城に戻そうとしているのですか?」

「彼はね、お兄様にこの国の王になって欲しいということを第一に考えてるの。……王位継承は王のゆるしがなくてはできないというのにね〜」


 ヴィクトール様が王になりたいと考えていれば別だけど、そうでなければ王になってほしいと一方的な願望を人に押し付けるのはあまりにも酷ではないだろうか。


「王位継承は王が存命の間に?」

「基本的にその時の王が40歳を越えた頃に検討されるわ〜。死んでからだと争いの元にしかならないもの〜」

「現在の王は、セラフィーナ様の兄に当たる……」


 ド忘れした。な、なんだっけ、ア行から始まるような、そんな気がするけど……。


「兄上……、ウォルスロム陛下のことね〜。大変だったのよ〜。兄上が王になった時、成人間際だというのに突如選ばれて一体何事かと思ったわ〜。前王陛下……、おじい様と兄上には同じ共通点があるからという理由で王になってしまったのよね〜」

「……おじい、様? 父親、ではなく?」

「……不思議でしょう? おじい様の正妻の子であるお父様ではなく、兄上が選ばれたの。恋した女に振られた、だなんて些細ささいな理由でそうなってしまったのよ」

「……正妻とは政略結婚で?」

「そうよ〜。おばあ様は早くに身罷みまかられてしまったけれど、優しい人だったわ〜。……それなのにおじい様という方は側妻そばめを増やして26人もの子を残したの」

「エッ、26人!?」


 そ、それは多すぎないだろうか。

 よく政争とか起きてないものだな……。

 水面下で争われているのだろうか。

 ……王城に行けるわけでもないし、わからなくていいか。


「成人を迎えていない子やまだ学園に行く年齢ではない子もいるわ〜。こんなに前王陛下の子がいるとね、な〜んにもできないの。だから出てやったわ。前王陛下の子も前王陛下ですらやっていないことを成し遂げるために」

「それは、一体……?」

「封印されし大厄災の獣を倒すことよ〜。でもね、アキュルロッテ様が失踪される前は彼女が倒していたのよ。騎士ですらない、公爵令嬢の彼女が学園に入られるよりも前から倒していたの」


 それはすごいような、騎士が不甲斐ないような……。


「ずっと、不思議に思っていたの。この国は騎士も、どんな騎士より強いお父様がいらっしゃるというのにどうして大厄災の獣は封印され続けるのかしらって」

「…………」

「そもそも知らされていないの。大厄災と呼ぶにふさわしい厄災の獣の基準が。知っていてもフセルック家の人間くらいなの。とはいってもフセルック家は封印の依頼を受けたらとにかく封印するのが仕事の家、だから……」

「大して強くないのかもしれない、ということですか?」

「ええ、そうよ。それを知るために私達は明日テルヴィーン領へ向かう旅を始めるの」


 こんな想いがあって今回の旅が始まろうとしているのに、生活に必要なことが肉を焼くことしかできない自分がなにをサボって不貞寝していたのだろうか。

 自分のちっぽけさをつくづく思い知らされる。


「申し訳無さそうな顔をするのなら大人しく罰を受けるのよ」

「罰、ですか……?」

「私がフユミヤに夕食をこの手で食べさせるの。お兄様も、ユーリも、コルドリウスも見ている前で、ね。フユミヤはチキュウでは24歳だけど、この世界では17歳。16歳で年下の私からわざわざ幼い子どもみたいに扱われるの恥ずかしいことだと思わない?」

「……ど、どうしてこのようなことを」

「子どもみたいに不貞寝なんてしてたからよ〜。靴まで履いて変な姿勢で寝ちゃって〜、本当に不貞寝した幼い子供みたいだったわ〜。とても成人した女性がするようなことだと思わなかったわね〜」

「………………」


 自分がダメな人間だと感じることは地球の頃からずっとあったけど、他人からこうも指摘を受けるとグッサリと心臓刺されたような感覚がする。

 ……どうしてこんなみっともない人間が、肉体だけは健康で生きているんだろうなって。


「フユミヤ? どうしたの? 私、責めすぎちゃった?」

「……いえ、大丈夫です」


 生きていることを悔やんだって仕方ない。

 大丈夫、地球よりは死に至りやすい環境だろうから、きっとすぐに終わりは来るよね。

 ──封印されし大厄災の獣に関わり続ければきっと。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「はーい、フユミヤ〜? 口を開けるのよ~?」

「うっ……」


 無視していればいいのにどうしてこんなに注目されているんだろう?

 しかも、お肉12枚もあるし…、。


「フユミヤが食べ切らないとみんな寝れないわよ〜? 明日テルヴィーン領に旅立つというのに、抵抗していいのかしら〜?」

「うぁ……」


 人の睡眠時間なんて削ってはいけないものを犠牲にさせちゃいけない。

 大人しく口を開けて、セラさんから与えられるお肉を待つ。


「やっと口を開けたわね〜。よく噛んで食べるのよ〜」

「……あの、ヴィクトール殿下、わたくし達は一体なにを見せられているのでしょうか」

「大人しく終わるまで待っとくんだ。変になったセラは俺でも止められん。諦めろ」

「不貞寝なんてするからですわ」


 ドン引きしている観衆に見られながらひたすらセラフィーナ様から与えられる肉を食べ続ける。

 さっきまでの家具づくりでだいぶ魔力を使ってしまったから肉が硬め……。

 丸呑みしようにもローストビーフのように切られているからそれは難しいだろう。


「後、私のことをセラフィーナって呼ぶのも止めるのよ〜。セラでいいのよ〜。フユミヤだけでなくユーリもね〜。呼び続けるならまたこうするわよ〜」

「わたくしも!? そ、それは酷いですわセラ様!」

「ユーリは大丈夫そうね〜。フユミヤは食べ終わったら聞くから、覚えて置くことね〜?」


 嚥下したものを刺激するわけにはいかないのでコクリと頷く。

 ……間を取ってセラ様にすればわからないかな?

 これで呼んでもとがめられないならこの呼び方でいこう。

 肉を食べ終わったら試してみようか。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「セラ様、食べ終わりました」

「……うーん、なにか変なのよね? フユミヤの話し方が硬くなったままような気がするのだけれど」

「……気のせいだと思いますよ」


 この世界の言語と日本語は根本的に違うのか、敬語の硬いニュアンスだけがどうやら伝わっているらしい。

 ……リアルタイム自動翻訳みたいなのがどうやら今までからずっと機能していたのは確かだ。

 特定の名詞ははっきり理解できていないのか、理解できていなさそうな雰囲気は感じていたが、そういうものがかかっていたのなら納得できる。

 しばらく敬語と様付けで誤魔化せそうだ。

 本当は殿下とお呼びすべきなのだろうけれど、おそらく咎められるだろう。


「気のせいってどういうことかしら〜? 変えたのね〜?」

「……今まで私はずっとこういう話し方でしたよ」

「なにか違うのよね〜……。これもコルドリウスが来たせいかしら」

「ヴィクトール殿下もセラフィーナ殿下も敬われるべき方です。平民にかしずかれるのも当然のことではないでしょうか?」

「も〜、これだからよ〜! お兄様、明日からの旅路、コルドリウスだけお留守番にはできないの〜?」

「……それは無理だ。なんとしてでもこいつは着いてくるぞ」

「当然です。わたくし、コルドリウス=アルゲルン=ゴルディアンにはヴィクトール殿下をお守りするという使命があるため、ヴィクトール殿下のいらっしゃる場所ならどこへだって参ります所存!」


 ……そっか、この人もついてくるんだ。

 だ、大丈夫かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る