第20話 不審者、コルドリウス

「俺はただのヴィクトールだ。王位継承権なんてものはもうとうに捨てた。……そっとしておいてくれないか」

「いいえ、貴方の王位継承権はまだ残っています! すぐに王城へお戻りを!」

「王位継承権を持つ人間が数十人もいるあの場所に戻ったところで俺にできることはない。今の俺はただの厄災狩りだ。お前が王城に帰るんだ、コルドリウス」


 ……なんか、すごい話に巻き込まれているような。

 ヴィクトールさんが実はこの国の王位継承権を持つすごく偉い人ってことは知らなかった。

 ……じゃあ今までのいろいろ、私のやらかしがすごいのでは?

 まず、1億1017万リーフの借金をしていること、

 次に、敬語を使っていなかったこと、

 最後に、今担がれているこの現状。

 どれも王位継承権を持っている貴族の人にやったりやらせたりやってもらったりすることじゃない。

 これ以上変なやらかしをする前に逃げたいところだけど、お金借りパクしたまま出ていくのも申し訳ないと思う。

 うーん、どうしようか。


「いいえ、帰りません! わたくし、コルドリウス=アルゲルン=ゴルディアンにはヴィクトール殿下をお守りするという使命があるため、どんな貴方様であってもお傍におります!」

「はぁ……、帰すのは難しい、か。仕方ない、テルヴィーン領までの旅路にも連れて行くか」

「……それではわたくしは貴方様のそばにはべってもいいと! 貴方様を慕って早8年、ついにこの日が訪れるとは……!」


 鼻水をすする音が聞こえる。

 泣いているのだろうか。


「……ヌンド村に戻るとするか。フユミヤ、降ろすぞ。降りれるか?」

「……降りれます」


 ヴィクトールさん、もといヴィクトール様の腕の力が緩まっているので、そこを通って着地する。


「殿下、その女は何者ですか?」

「彼女はフユミヤだ。記憶を無くしていてな。魔力の使い方もわかっていないところがあるから色々と様子を見ている」

「ど、どうしてそのようなことをなさっているのですか? そのような奇妙な目の色の女の面倒など、貴方様が見る必要などないと言いますのに……」

「俺が見つけたんだ。それに俺だけが常に一緒にいるわけではない」

「……わたくしを差し置いて他の方と共にいらっしゃると……!? それは一体どういうことですか!? 殿下!?」

「村に戻ればわかる。とりあえず今は俺に着いてこい。拠点の案内くらいはしてやる」

「……はい、喜んで!」


 ヴィクトール様が先導するとのことなので、コルドリウスさんを真ん中にして私が距離をとって1番後ろの隊列で、ヌンエントプス森林を進んでいく。

 ……早く借金分のお金貯めて、離れる準備を進めないとな。

 ただの平民ではないと思っていたけど、よりにもよって王位継承権を持っている尊い立場の身分の人だとは思わなかった。

 厄介なことに巻き込まれる前に逃げないとね。


 コルドリウスさんの緑色の翅はいつの間にか消えていた。

 風の魔力を使って出していたのだろうか?

 今は濃紺の天然パーマの短い髪が揺れているだけだ。


 コルドリウスさんの翅がどこにいったといった疑問は差し置いて魔力の気配を探る。

 ……私達以外はいない。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「ここが、殿下の拠点がある村、ですか……。殿下、拠点というのは殿下と同じ瞳の色をしている建物でしょうか?」

「そうだ。あの中に仲間がいるから拠点の案内の際に見かけたら紹介する」


 拠点の見た目が奇抜であるといったツッコミはほとんどなく、ヴィクトール様とコルドリウスさんは拠点方向へ足を進めていくので私もそれに従う。

 拠点に行ったらヴィクトール様とは逆方向に進んで自分の部屋にこもろうかな……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「セ、セラフィーナ殿下!? ヴィクトール殿下と一緒にいらっしゃったのですか……!? 臣下であるわたくしを差し置いて、妹君と共に王城を出たのですか……!?」

「セラにも城から出る理由があった。……それだけだ。」

「久しぶりね〜、コルドリウス。どうやってお兄様を見つけたのかしら〜」

「それはですね……! わたくしの特技である飛行魔術を扱うこと7週間、王都であるル・フェルグランから」


 ……これは話が長くなるやつ。

 注目がコルドリウスさんに行っているうちに私は足音を殺して自分の部屋がある方の通路に進んだ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「すごい長話……。逃げてよかった……」

「……なんなんですの、あの人。不審者ですの?」

「……間違いではないけど、ずっとヴィクトール様を追いかけていたんだって」

「……フユミーさん、今までヴィクトール様には“さん”を付けて呼んでおられていたはずですが、どうしましたの?」

「……ヴィクトール様とセラフィーナ様、本物貴族」

「本物の貴族ですの!? 詳しい話はわたくしの部屋で聞かせてくださいまし! 走ってGOですわ!」

「……うん」


 ユーリちゃんの言葉に従って走る。

 ……私の方が足、遅いんだ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 ユーリちゃんの部屋に着いた。

 初めて入るけど、ベッドの横幅長すぎない?

 これは寝返り50回できるな……。

 ……今はそんなんじゃなかったね。


 2脚ある青いイスの内、高めのイスの方に座る。

 ユーリちゃんは低めのイスの方に座った。

 ……逆ではないらしい。


「それでヴィクトール様とセラ様? セラフィーナ様が本物の貴族、というのはどういうことですの?」

「あの不審者の人、コルドリウスさんがヴィクトール様のこと、王位継承権を持っているとかって言ってたし、なぜ王城に戻らないのかとかとも言ってたし……」

「王位継承権!? それでは貴族というより、王家の人間ではありませんか!」

「でも王城には王位継承権を持っている人が数十人もいるとかってヴィクトール様は言っていたかな。それが出ていった理由とまではわからないけど……」

「王位継承権を持った方が、数十人も……、それは、ものすごいですわね。ですが、この国の王位継承権って女性も持っているのでしょうか?」

「そこまではわからない。でもセラフィーナ様も王家の人間ではあるよね」

「そうですわね、確実に王位継承権を持っていらっしゃるヴィクトール様の妹、なのですから」

「厄介な人達に拾われちゃったな……」


 王位継承権って結構なごたつきの元だし、私とユーリちゃんは平民だし、貴族って平民を雑に扱うイメージしかないし、逃げた方がいいんじゃないだろうか。

 ……といっても私には借金があるので全額貯めて返すまでは逃げるわけにはいかないけど。


「ま、まあ、ここはずらかればなんとかなりませんこと?」

「私、借金1億1017万リーフ、首ぶ」

「そ、そうでしたわね……、ではどうしますの?」

「追い出されるのを待つか、借金分のお金貯まったらその時にお金置いて夜逃げする」

「……後者は置いときまして、前者はありえますの?」

「いや、なんかコルドリウスさんにはよく思われてなさそうだなって、それで、ヴィクトール様のことを第一に思っている以上、記憶喪失の不審平民ふしんへいみんは追い出すだろうなって」

「き、記憶喪失ですの?」

「ヴィクトール様は私のことをそう説明していたの」


 異世界から来たという真実と記憶喪失という外向きの誤魔化しをどう使い分けているかはわからないけど、誤魔化す方を選んだことは、コルドリウスさんは異世界の概念を理解していない人、なのだろう。

 仮に異世界から来たことがバレたとして、より不審に思われるに決まっている。

 だからこそ逃げたいところではあるんだけど……。

 借金という名の奢られた額が邪魔をする。

 ……多分コルドリウスさんによって私にこれ以上なにかを奢られることはなくなりそうだけど、それにしたって1億は、多い!

 なんとしてでも厄災の獣を狩って稼がないと……!


「それは、異世界から来たという説明よりかは楽かと思いますが、……わたくし達には説明しておりましたわ。コルドリウスさんという方、ヴィクトール様は実際どう思っているのでしょうか……」

「……それはわからなかったな。王城に帰ることは拒んでいたけど、それ以外な部分でどうかは、ね。今さっき再会したばかりだし」

「それはこれから追々という形ですが、テルヴィーン領へ共に向かうのでしょうか……」

「あの様子だと無理やり着いてきそう。翅が生えるから飛ばれたら即追いついちゃうだろうし」

「ハネ、ですの?」

「蝶を連想させるような緑色に光っている翅だったよ」

「虫系の翅ですのね……。わたくしも生やせるのでしょうか?」

「魔力の消費量とかすごそうだけど……」


 それにあの速さ、高速道路の自動車くらいは出ていたような……。


「……魔力の消費量が多い魔術は8歳になるまでの成長に良くないから使うべきではないとお師匠様に止められていますわ。成長するまで我慢いたしますわ。」

「ちょっとくらいはいいんじゃ……?」

「ダメですわ。絶対調子に乗ってビュンビュンあちらそちらに飛びますわ。……世界の果てとか行ってみたいですもの」

「この世界も地球と同じように丸かったらどうするの? 果てなんてなくない?」

「さてはフユミーさん、ロマンというものを理解できていませんわね? こういうのは理屈ではなく、程良いところで世界の果て探しを止めてその場所を世界の果てとすればよろしいんですの」

「えぇ……」


 それってそもそも果てではないのでは?

 自分の限界を迎えた場所のような……?


「釈然としていませんわね。……なんだかヴィクトール様とセラ様、コルドリウスさんという方を連れてこちらに来ていませんこと?」

「……本当だ。ユーリちゃん出てみる?」

「いいえ、わたくしは……」

「ユーリ! 悪いが出てくれるか?」

「……いってらっしゃーい」


 ぷらぷらと手を振る。

 私は再会の場にいたのでパスだ。


「わたくしを見捨てますの〜!? 酷いお方ですわね! とっとと顔を合わせてきますわ!」

「がんばって〜」


 ユーリちゃんがイスから立ち上がって部屋の外へ出る。

 ……さて、これからどうなるのやら。


「アキュルロッテ様!!? ウォルスロム陛下の婚約者である貴女様がどうしてこのように縮んだ御姿おすがたに……?」


 ……!?

 エッ、ユーリちゃんは偽名な上にこの国の王の婚約者!?

 えっでも4歳だし、生まれも聞いた話から違うけど、……どうなっているんだろう?


「お待ちくださいまし。わたくし、アキュルロッテという方はどういうお方か存じ上げませんし、婚約者は当然いませんわ。わたくし、ユーリと言いますもの」

「お、おいくつでいらっしゃいますか……、ま、まさか…、」

「わたくし、4歳ですわ」

「アキュルロッテ様の御落胤ごらくいん!? い、いやそんなことが……」

「お待ちくださいまし、わたくしそのような方から産まれた覚えはございませんわ」

「でしたらこの青い花の髪飾りは一体どこで…、」

「お師匠様から頂きましたわ」

「その、お師匠様とやらの御髪は何色で……?」

「赤色ですわ。お師匠様が着けていたものをわたくし着けていますのよ」

「あ、赤色……? アキュルロッテ様は金髪のはず……、この娘に瓜二つの容姿をしているはずでは……?」


 ……ユーリちゃん、相当厄介な見た目に生まれて来てしまったようだ。

 夜逃げ仲間に入れたら後々とんでもないことになりそうだから、夜逃げは1人でこっそり実行しよう。


「コルドリウス、これ以上聞いても無駄だ。彼女はアキュルロッテの落胤らくいんかもしれないが、確実ではない。アキュルロッテと同じ魔道具を身に着けている理由は不明だが、売られた品々に混ざっていた可能性もある」

「ですが、この青い花飾りはアキュルロッテ様の貴族の印であるはず、それを売ったというのですか……?」

「……彼女は貴族であることを捨てたんだ。王妃になる可能性もなくはない立場であったというのにその地位も呆気なく投げ捨てて4年も姿を隠している。……兄上が王になった今でも国中を挙げて彼女を探しているというのにな」


 ユーリちゃんは4歳、アキュルロッテ様という方が消えたのも4年……、辻褄つじつまは合うけど、ユーリちゃんが言っていた産まれとは異なる。

 ユーリちゃん側の認識にズレがあるのか、アキュルロッテ様という方が姿の隠し方が上手なのか、この国の王の部下の目が節穴なのか……、どうなんだろう?


「……あの、わたくし、戻ってもよろしいでしょうか? アキュルロッテ様という方がどのような方なのかは存じ上げませんので、その方の話をされるのなら食事場所でよろしいのではなくって?」

「あ、あぁ……、そうだな。ユーリの部屋の前でこの話をするのも良くないしな。行くぞ、コルドリウス」

「はっ」


 ユーリちゃんの部屋の近くで行われていた会話が終わり、ヴィクトール様とコルドリウスさんが、食事場所の方へ向かい、ユーリちゃんがこちらへ戻って来る。


「……全然わっかんねぇですわ。ヴィクトール様に続いてまたアキュルロッテという女性に間違えられましたわ」

「……2回目なの?」

「えぇ、そうですわ」

「……1度、お師匠様にわたくしの以前の姿はなんだったのか聞きたいくらいですわ」

「……どういうこと?」


 以前の容姿、というのは一体なんなのだろうか。

 魔力があれば姿を変えられるということ?


「今回の親とのつながりを感じたくないがために、姿を変えられないかといったことをお師匠様に聞いたことがありますの。そしたら今のような容姿になったということですわ」

「……お師匠様ってアキュルロッテ様だったってことはない? 髪の色が違うとは言ってたけど、魔力で色を変えているとかって可能性はないかな?」

「…………そ、その発想はなかったですわ。だとしても、ヴィクトール様達に教えたいとは思いませんわ……」

「恩を仇で返すようなものだし、なにより嫌だから4年も姿を眩ましているんだよね。そのままでいいんじゃないかな」


 王が独身だって言うけど、この国には王位継承権を持つ人間が数十人もいるんだし、その人達に王位を継がせた方がいいんじゃないかな。

 ……ギスギスしてたら数十人もいないよね?

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