第19話 新武器お試し会

 スマホなんて安眠妨害の元もなく、すんなり眠れて目が覚める。

 さて、今日は杖が受け取れる日だ。

 ……ロディアさんのお店の開店時間、どれくらいなんだろう?

 こんな朝早くから駆けつけても迷惑なだけだろうし、朝食の時間まで二度寝しない程度にボーっとしてたらいいのかな……。

 明日はテルヴィーン領行きの旅が始まるし、今日はなるべく休まないと、だね。

 ……セラさんの魔力の気配が動き出しているけれど、今日もお散歩かな。

 ユーリちゃんとヴィクトールさんは本来どのくらいの時間に起きているんだろう。

 そんなことを、ベッドの縦幅のところで横になりながら考えていた。

 体の一部がはみ出て寝づらくてボーっとするのに最適そうだから、というのがこの姿勢の理由だ。


 そんなこんなでボーっとしていたらユーリちゃんが近づいてくる気配がしたので起き上がる体勢を取る。

 なにか、用があるのだろうか?


「フユミーさん、起きてますわね? 入りますわよー!」


 入ってくるとのことなのでブーツを履く。

 ……そろそろ朝食なのだろうか。


「……御髪おぐしがメチャクチャですわ。そういえばフユミーさんは髪をまとめませんの?」

「デスクワークがあるわけじゃないし、別にまとめなくていいかなって」

「それは、たしかにそうですけど、ラーメンを食べた際は大変だったのではなくって?」

「顔の横にかかる髪さえ耳にかけたらなんとか食べれたよ」

「……まとめる物、ございませんの?」

「……ヘアゴムでしか髪をまとめたことがないから、それがなければ髪をまとめることもままならないね」

「ず、ずいぶん見た目に無頓着むとんちゃくですわね……」

「自分を着飾っても、着飾った自分は鏡でしか見れないから虚しくない? 公序良俗こうじょりょうぞく乱さなければ問題ないと思うけど」


 なにが好きで毎朝自分の顔直視しなきゃいけないんだか、とは思っていた。

 毎朝と言えば……。


「そういえばこの世界、朝に顔を洗う文化とかないの? いつも夜に全身洗浄ばかりだけど、そんなに衛生に気を使わなくていいの?」

「……お師匠が言っていましたわ。寝ている時によだれがだばだば垂れ流すような人間でなければそこまでする必要はない、と。地球の人間と体が色々違うから問題ないと考えていますわ」

「ならよかった……、のかな?」

「道具屋に化粧水とかございませんもの。……というよりも化粧品全般見かけていませんわね」

「……その割には、なんか肌に違和感のある人間っていないよね」

「そうですわね。……皆様すっぴんでアレですもの。この世界恐ろしいですわ~……、ではなく。朝食ですわよ。そろそろ行きませんこと?」

「やっぱり朝食なんだ。今行く。」


 髪をそれなりに直し、ベッドから立ち上がってユーリちゃんと合流して食事場所に向かう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 うん、今日のお肉もおいしくない!

 とは口に出さずにもさもさ数枚の肉を噛んでいく。

 明日には長旅だから、ここらでまずい肉は減らしとけといった方針は変わらず、といったことだろう。


「さて、今日はフユミヤの杖を取りに行く。明日にはテルヴィーン領へ向かうから、各自荷造りをするように! 盗まれて困るようなものはなんとかして自分の鞄にしまってくれ」

「……別室にあるユーリちゃんのたくさんのマットレスは大丈夫なの?」

「大丈夫ですわ。自室の部屋の物だけ持って行きますので」

「……いいんだな?」

「えぇ、あのマットレスさえあれば問題ありませんわ」

「……でも、勿体ないわね~。戸締りは厳重にしておこうかしら。大怪我させちゃうくらいの~」

「そのくらいがちょうどいいかもしれないな。でもまあ、残したものは盗られる可能性があるから覚悟しとけよ」

「わかりましたわ~」


 私の部屋のベッドをユーリちゃんの使っていないマットレス部屋に置いておけば、罠を仕掛ける必要がある場所が減るかもしれないからちょうどいいのかもしれない。

 ……後でユーリちゃんに移動してもらうように頼んでおこう。


「……全員食べ終わったな。じゃあ、フユミヤ。杖を取りにロディアのところへ向かうぞ」

「もうお店、開いてるの?」

「起きてさえいれば別に入ってもいいだろう。杖を受け取りに行くだけだ。すぐに出せるだろう」

「……わかった」


 この世界、正確な開店時間とか決まっていなさそうだし、問題なさそうなら入るしかないのだろう。

 誰もが時計を持っているわけではないから案外適当に決めていそうだ。


「受け取り次第、ヌンエントプス森林で魔力がどのくらい使えるかを確認する。厄災の獣がいたらそいつに向かって練習だ」

「わかった」

「というわけで行くぞフユミヤ」


 立ち上がったヴィクトールさんの後を追って、ロディアさんの店へ向かった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「やあ、よく来たね。君達、1本目のフユミヤの杖の方はもう渡せるよ。はい、これ」

「ありがとうございます」


 ロディアさんから渡された杖はサクラの杖と見た目がだいぶそっくりだ。

 ところどころ違う部分はあるけれど、基本的な部分は同じそうな気がする。


「買い上げられた杖とは違って小型化できるから試してみるかい?」

「試してみます。……小型化ってどうやってできるんですか?」

「おっと、そこからかい? 片手で杖の真ん中を持って、その後腕に沿わせるようにして持ち替えて、杖から魔力を吸収するんだ」


 言われたとおりに杖を持って杖から魔力を吸収しようとする。

 ……吸収ってどうするんだろう?

 杖の魔力をちょっとだけ体内に取り込むことを意識する。

 杖が縮んで、手首の周りに透明ななにかが巻かれるような感覚がする。

 その変化をしばらく見ると、小さくなった杖が腕に巻き付いてきた。


「これが、小型化……?」

「うん、そうだよ。今度は逆をやってみようか。できそうかい?

「さっきの逆をやればいいってこと?」

「そういうこと。さて、フユミヤはできるかな?」


 要するに杖の魔力を体内から返せばいい、そういうことだろう。

 腕に巻かれている杖を目標に魔力を注ぐ。

 なんか大きくなってきた。

 ……これでいいのだろうか?

 時々魔力を注ぐのをやめて様子を見るがもう少し注いだほうが良さそうだ。

 小さくするのに魔力の消費はそこまでないのに、大きくするのには魔力がそれなりにいるのは不思議だけど、こればっかりは仕方がないのだろう。


「うん、これで大丈夫そうだね。ただまだ大きくするのには慣れない以上、厄災の獣がいる場所に行く前に小型化は解除した方が良さげだね。じゃあもう一度小型化、しようか」

「…………これでいい?」

「うん、いいね。これでしっかり戦えそうだ。……ヴィクトール、問題はないよね?」

「ああ。……そういえば買い上げた杖と見た目がずいぶん似ているが、それに理由はあるか?」

「急ぎで作った関係でね、あの杖を思い出しながら作るしかなかったんだ。だからといって性能まで一緒な訳では無いから安心して欲しい。フユミヤの魔力が込められた魔石だから、光の魔力以外も使わせても問題ないはずさ」

「なるほどな。……それじゃあ世話になったな。残りの杖もよろしく頼む」

「あ、あぁ、……もちろん」


 ロディアさんの声が引きつっているけど、大丈夫なのだろうか?

 ……大量注文をしなければ、こんなことにはならなかったのかな。


「よし、フユミヤ行くぞ。早速ヌンエントプス森林で試すぞ」

「……うん」


 ヴィクトールさんの後に続いてロディアさんの店を出る。

 果たして、この杖は電気の魔力に対応できるのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ヌンエントプス森林に着いた。

 魔力の気配の気配は…………、私達以外、ないような。

 もう少し、森の深いところに行けばいそうな気はするけれど、どうなんだろう。


「フユミヤ、魔力の気配は感じられるか?」

「今のところ自分たち以外にはないと思う。もう少し奥の方に行ったらわかりそうな気がするけど……」

「今回は素振りにしよう。魔力の気配が寄ってきたらその時に対処すればいいさ」

「素振り……」

「適当な場所に魔力を放つだけだ。入口付近だともしかすると他の厄災狩りが来るかもしれないから適当な行き止まりで素振りをしよう」

「わかった」


 ヴィクトールさん、ずいぶんこの森に慣れているような……。

 私に土地勘がないだけなのか、それとも結構な頻度で通っているかのどちらかかその両方、だよね。


「ほ、本当に行き止まり……」

「ここがヌンド村側から近い行き止まりだな。この辺で全属性の魔力を試したら拠点に戻るぞ」


 な、なにから試そうか。

 光はサクラの杖で散々使っているからここは電気の魔力を使ってみようかな……。

 電気の魔力をその辺の地面に向ける。

 ……大した効果もないのか、少し土が乾いてヒビ割れたくらいだ。

 杖は……、


「杖は壊れてないな。これなら実戦でも使えるんじゃないのか?」

「……これで光の魔力が封印されし大厄災の獣に効かなかった時の保険ができた」

「そこまで考えなくてもいいんじゃないか?」

「有効な攻撃手段はいくらでもあったほうがいいのでは?」

「それはそうだが……、次は四属性の魔力を使ってみればいいんじゃあないか? 杖ならいくらかマシな量出せるだろう?」

「そうかな……」


 まず土、風、水のどれから出してみようか。

 火属性は杖無しでも日常生活で使えるレベルだから外すとして……。

 頻度が高いのは水、かな。

 自分に向かって杖を向けて目を瞑る。


「なにをしようとしているんだ?」

「いつものこれ……っ」


 水の勢いは弱いが……、杖無しよりは数十倍も増した水が自分の体にかかる。

 全身洗浄の魔術だと確かこの水を自分の体から引き離すように……。

 できた、気がする。

 目を開けて自分の様子を確認する。

 濡れている感触等はないが、足元の地面に逃がした関係でそこだけぬかるんでいる。

 これでユーリちゃんに全身洗浄を頼む必要がなくなったのではないだろうか……!?


「全身洗浄か……、それなら誰かに頼んでやってもらった方が楽じゃないか?」

「毎日毎日誰かに頼むのも申し訳ないし……、もう子どもじゃないんだから自分でやれることはやっておかないと」

「……そんなこと考えなくてもいいと思うが」

「やれるってわかったし、これからは自分でやるよ」

「……そうか」


 納得いってなさそうなヴィクトールさんを無視して、土の魔力がどのように出てくるかを試す。


「……でかっ」


 岩と呼べるくらいの灰色の石ができた。

 これを実践で使うとしても上から落とすくらいしか使えないだろうし、……あんまり役に立たないな。

 次は風の魔力を試そう。

 なにかを風で切るイメージでいいのだろうか。

 とりあえず、そのへんの木を切ってみよう。

 せめて切れ目くらいはできるといいんだけど……。


「……あれ?」


 結構太い木に切れ目を入れようとしただけなのに、倒れてきてるのはなぜ?


「フユミヤッ!」


 呆然としている私を見かねたのか、おなかに強い衝撃が走って後方に体が移動する。

 私がいた場所に木が倒れた。

 あれにあたっても死ぬわけではなかったんだろうけど、それなりの傷は負っていたのかもしれない。

 ……でも治療魔術で治せるような?


「危なかったな……。大丈夫か?」

「全然大丈夫。無傷」

「……だな。……その辺にある木とか岩は魔力が大して含まれていない。攻撃する際は気をつけてくれ」

「そのへんの魔物より脆いの?」

「そういうことだ。……電気以外の魔力を試すのは普通に訓練場でやるべきだったか?」

「……もう遅くない? ……ヴィクトールさん、手を離して。魔力の気配が近づいて来ている。……距離は結構遠め」

「あ、あぁ、悪い。この速度は空か? せっかくだし、厄災の獣だとわかったら火とデンキの魔力、そいつに当ててみてくれ。」

「わかった」


 飛んでる人なんてありえなくはないけど、こんな場所を飛ぶなんて厄災の獣くらいだろう。

 四属性も残りは火の魔力だし、火の魔力を杖に込める。

 杖の魔石が赤い色に光るのはなんでやら……、杖に向けた視線を空に向けて厄災の獣を待つ。

 ……それにしても昨晩のナンドリス街道で戦った厄災の獣達より結構強いような。


「待て、この気配……! 魔力を試すのは1回止めだ! 逃げるぞフユミヤ」

「エッ? グワッ……」


 魔力を杖に込めてるのにも関わらず容赦なく私の体を担いで駆け出すヴィクトールさん。

 ……逃げるなんて不思議な気がするけど、一体どうしてだろうと空を見上げる。


「……はねの生えた、ヒト?」

「やはりあいつか……!」

殿下でんか〜〜〜〜!!!! 殿下なんですね〜〜〜!!?」

「……殿下?」

「そいつの言葉に反応しなくていい、今はこの森を出るぞ!」

「……もう遅いような」


 はねの生えた人もどきが私達の進行方向に回り込む。

 ……空を飛ぶとやっぱり人でも早いのかな?


「やはり、ヴィクトール殿下でしたか……! 貴方様が王城を去られた時わたくしはどれだけ悲しみ、涙の夜を何度明かしたことかと……! 殿下、何故なにゆえに城を去られたのですか!? せめて不肖ふしょう、このコルドリウスにわけを話してくだされば……! 貴方のためならわたくしは天の頂点、地の底にだって着いて行きますというのに、何故なぜ何故なぜ……」


 とても早口なのに涙声で訴えてくるはねの生えた人もどきの男性、にヴィクトールさんは足を止める。

 ……もう逃げられなくない?

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