第17話 ドカ盛りラーメン転生者マシ

 ユーリちゃんに引きずられること数分、私達は飲食店の看板が数多く並ぶ通りにいた。


「……ユーリちゃん、これは?」

「久々の人間飯にんげんめしですわ……! やっと食べれますのよ!」

「人間飯……、厄災の獣の肉とは違うの」

「えぇ! 全ッ然! 違いますの。強いて言うなら地球で食べていた物と似ているはず、ですわ!」

「だから人間飯……」

「わたくし、あの量じゃ全く食欲は満たされていませんの! もっと量が欲しいですわ! でも食べすぎてしまうと…、」

「気絶する?」

「えぇ、1回やらかしましたわ……。お師匠様といた時はもう少し人情にあふれるごはんでしたのに……」

「肉数枚よりだいぶマシ?」


 ここに来てから食べてきたご飯なんてものは、肉と水くらいで、それ以上にマシなご飯、あるんだ……。


「マシなはずですわ……。チェーン店や暖簾のれん分けされたおいしい店をまだ今生こんじょうで生きている内に相見あいまみえたことはございませんが、少なくともまずい肉よりはハズレの店なんてないはず、……ですわ」

「あの味が店で出されるべきではないよ……」

「な、の、で、食べますわよ〜! しっかり吟味ぎんみして決めなくては!」

「……と言っても行列があるところとないところ、結構はっきりしているけど」

「今は大体14時過ぎのはずですから、そういうお店は飲み物の類で賑わっているはずですわ! 探すべきなのは小汚い飯屋、ですわ〜!」

「小汚いって……、中華屋じゃあるまいし……」

「小汚いくらいがちょうどいいんですの!」


 店選びはこだわりのありそうなユーリちゃんに任せよう。

 私にこの世界のごはん屋さんはわからないし……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「この匂いにいたしますわ。食欲のそそる焦げた醤油のような匂いが漂っていますもの」

「醤油……? この世界にあるの?」

「見かけたことはありませんが、でもこの匂いは醤油ですわ! 嗅がせますわね」

「嗅がせるって……、しょ、醤油だ」


 風の魔力を使って店の匂いを嗅ぐこともできるのかといった驚きとともに私の鼻腔に飛び込んできたのは焦げた醤油のような匂い。

 どうしてこんな匂いがするんだろう……?


「醤油味なんて今生から一度も食べたことがありませんわ〜! 行きましょう! フユミーさん!」

「うわ〜」


 これまでにないくらい強い力で腕を引かれる。

 相当醤油味が恋しいのか……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ラ、ラーメンですわ〜!?」

「確かに……、だいぶ大盛りだけど……」


 なんだっけ、タロウだかジロウだかの分類のラーメンだっけ……。

 私は普通のラーメン屋の量でちょうどいいから興味を持たなかったけど、明らかにそういう系統のラーメンだ。

 食べ切れるのかな……?


「このくらいの量なら以前食べたことがありますわ。量も調整できますから行きますわよ! フユミーさん!」

「わ〜」


 強引に腕を引かれるのももう慣れた。

 そのままズルズルとラーメン店の暖簾をくぐって行く。


「……アァ? 魔力持ちがこの店になんのようだァ? 冷やかしか?」


 明るい茶髪、顎まで繋がったモサモサの髭をした、暗い赤い瞳をした壮年の店主が出迎えた。

 ……こ、ここおんなども2人が入る場所じゃあないような。


「ラーメン1杯くださいな!」

「お、おい。なんでその名前を知っている?」

「ラーメンはラーメン、でしょう?」

「ユ、ユーリちゃん、料理の名前が違っているってことは考えて、ない……?」

「……あっ、やらかしましたわ」


 おろおろし始めたユーリちゃんにできることは私にはない。

 店主の人がどうするか……。


「そこの2人、カウンターの前に座ってくれ。……ラーメンを出す」


 緊張感が走る中、私達は店主の人の前にあるカウンター席に座る。

 ……注文とか聞かれなかったけど、私のラーメン、山盛りで出されるのだろうか。

 食べ切れるのかな……?

 ラーメンの調理風景は地球のものと同じような気がする。

 湯切りの道具がしっかりあるのだ。

 ラーメンの調理風景を最後に見たのは大学の食堂以来ではあるけど、大体一緒のような……。

 もしかして地球の日本人が転生して、ラーメン屋を作った……?

 それにしたってどうして山盛り系ラーメンを……?

 塩分過多で体調崩して、みたいな感じなのだろうか。

 塩分の濃い物って日本人は美味しいと感じる傾向にあるから、その濃さが忘れられなくてラーメン屋を作るに至るということなのだろうか。


「ほい、ラーメン2つだ。お代はラーメンのある世界の話で頼む」

「きゅ、急にラーメンがある世界の話と言われても……、」

「店主さんは地球の日本からの転生者ですの? なら今更話したところで認識のすり合わせ程度にしかならないのではなくって?」

「……いや、オレはチキュウのニホンからのテンセイシャとやらじゃない。世話になっている兄貴分が多分そのはずだ」

「……確証もないのにいいんですの? 違ってしまっていたら無意味ではなくって?」

「いや、合っているはずだ。あんたたち、ハシを使っているじゃないか。アニキはよくそれを使った食べ方で食べているんだ」

「……あっ」


 箸もセットで渡されたからそれを自然に使って食べていたけど、罠が多すぎないか、このラーメン屋……。

 そういやこの世界先割れスプーンでしか物を食べない世界だってこと忘れてた。


「頼む。聞かせてくれないか、アニキが生きていた世界の話を」

「といっても、どこから話せばいいんだかわかりませんわ……」


 なにから話そうかとユーリちゃんが悩んでいるうちに、知らない魔力の気配がこの店に近づいてきているような……。

 気のせいだといいんだけど。


「じゃ、じゃあ、ラーメンの味とかにこれと一緒なのかい?」

「そうですわね……、麺に関しては完全に再現できているかと。スープに関しては店によってだいぶ変わってきますがこれもラーメンの範囲内。焼き豚は……、脂身までしっかり味が乗っていますわね〜! 厄災の獣から出てくる肉はただの赤身の塊肉ですのにどうしてこれが再現できますの?」

「それに関しては、アニキも十分評価してくれていたが……、ヤサイの方はどうなんだい? ……そこに関しては自信がないんだが」

「別の味付けがされていますわね……、ですが、ラーメンの汁と合いますわ」

「……結局のところ、どうなんだい? これはチキュウのニホンのラーメンと同じ味になっているか……?」


 壮年の店主は不安そうにしている。

 とは言ってもラーメンって……、ねぇ。


「地球の日本のラーメンと言っても様々な種類がございますの。醤油、味噌、塩、豚骨、坦々、さらにはあっさりしているかこってりしているか、麺が細いか太いか、具材の盛り合わせ、などなどと組み合わせは無限大ですわ。ですので……」

「十分日本のラーメンの範囲内、だ。最近悩んでいる雰囲気がしていたと思っていたが、そんなことで悩んでいたのか、オズ」

「ア、アニキ!? も、もうお戻りで……?」


 魔力の気配、もといアニキさんはユーリちゃんのラーメンの感想の時点で店の中に入っていた。

 来客を知らせる鈴は鳴っていたけど、店主さんは気づかなかったようだ。


「デカめの魔力反応がウチからする上に、そのうち1つは全く未知の魔力反応だからな。……新種の厄災の獣が暴れているのかと思って戻ってきたが、まさか同郷の人間がいるとはな」

「貴方も地球の日本出身ですの?」

「そうだ。お前は連れにそのことを聞かせて、……そいつも箸で食ってるし、同郷出身か!?」


 口の中に物を入れながら喋るのは嫌なので首を縦に振ってそうだと示す。


「おいおい、日本人が2人も釣れただなんてヤッベェわ……、明日の世界はどうなっちまうのやら」

「これで3人目ですわね……。フユミーさん、さっきから黙って食べ過ぎですけど、結構食べれる方でしたの……?」

「……意外と塩分が恋しかったみたい。食事量もたった数枚の厄災の獣の肉より格段に多いし、こういうご飯を食べるのはこの世界に来てからないと思っていたから」


 だからなのか今よりも、地球にいた頃よりも数倍箸が進んでいる。

 こんなに食欲があるのは高校生以来だ。


「えぇ! えぇ! わたくしもお師匠様のご飯を食べられなくなってから塩分のある食事がまーーーーーっっったく食べられなくてムカついていましたの。ですが、久々の塩分はキマりますわ〜……」

「キマるなんてお嬢様の言うことではないよな?」

「わたくしのこの口調はエセですわ。今生も前世も生まれはただの平民ですの」

「その身なりと口調で、平民!? キマりにキマった金髪ドリル髪なのに!?」

「このドリル髪は魔道具の効果でなっていますの」

「魔道具……? そのカチューシャか? ……その青い花、どこかで見た覚えがあるような気がするが」

「私のお師匠様がずっと着けていた物ですけど、どこかでお師匠様を見ましたの?」

「……いや、だったらおかしいか。似た花なだけか……?」

「せっかくですし、着けてみたらいかがでしょう? 御髪おぐしもちょうどよい長さですし、ドリル髪になれる経験なんてあまりありませんのよ?」


 ユーリちゃんがカチューシャをアニキさんに渡そうとする。

 ……そんな誘い文句、男性はやらないんじゃ?


「じゃあ着けてみるか。オレもお嬢様ヘアーになれっかな……?」

「ア、アニキィ!?」


 着けるの!?


 ……一度、箸を止めて口の中の物を嚥下えんげする。

 誰かが笑おうものなら誤嚥ごえんしそうだし。


「着けたぞ。オレもお嬢様になれたか?」

「男性でも似合いますわね……。後は服装さえ合わせれば外見は完璧ですわね」

「さすがに服装まで合わせたら防具職人もたまげるだろ……。適当な町で依頼すれば恥も少ないが……」

「ア、アニキ、お嬢になるおつもりで……?」

「いや、ならんぞ。本気でやるならを仮定しただけだ。心配するな」


 ユーリちゃんの金髪とはちょっと違う柔らかめな色をしている金髪を短めのドリル髪にしたアニキさんを笑う人はここにはいなかった。

 じゃあ、安心して食事ができそうだ。

 まだまだ残っているラーメンを食べる。


「フユミーさんはマイペースですね。わたくしも食事を再開することにしますわ」

「オズ、オレの分も頼む」

「承知しましたァ!」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 やっとの思いでラーメンを食べ切る。

 お腹が苦しい……。

 空腹感はあるのに満腹感は存在しているの、なんなんだこの世界。


「おっ、全員食べきったな」

「私が最後……?」

「ですわね。途中から食べ過ぎなのかペースダウンしていましたもの」

「その間にオレ達が抜き去ったってこと」


 アニキさんの方はトッピング全盛りみたいな量だったのにもう食べきったのは驚きだ。

 私が遅すぎるのもあるけど……。


「ところでお前達の名前はなんなんだ? 呼ぶのに困ってな。特にエセお嬢の方」

「わたくし、ユーリですわ。隣で苦しそうにしているのがフユミーさんことフユミヤさん」

「……フユミヤって苗字じゃないか?」

「そうですの! この人かたくなに下の名前を教えてくださらないのですわ!」

「……てか日本での名字そのままじゃないか? 今回の名前はなんなんだ?」

「フユミーさんは少々事情が特殊でして、今回の名前もフユミヤですわ」

「……どういうことだ?」

「フユミーさんは生まれ変わってこの世界にいる、のではなく異世界転移をしてきたというのが、わたくし達の同行者の認識ですわ」


 ……それ、いくら店の中に私達4人しかいないとはいえ、異世界に関係のないオズさんの前で言っちゃっていいのだろうか?


「……それだったら魔力が多いのはどうしてだ? 転移補正みたいなものか? ……目の色が紫と黄色ってなると闇とか光とかありえそうだが」

「事実としてフユミーさんは両方扱えますわ」

「……オイオイオイオイ、この世界に生まれた人間ってそれらの属性、使えないよな?」

「わたくしも試しましたが無理でしたわ」


 あれ、使えないものなの?

 ヴィクトールさんとセラさんはそういうことを言っていなかったけど……。


「おそらくですが、異世界転移で現れた人間は特殊な属性を扱えるというのがわたくしの認識ですわ」

「……過去にもいたのか?」

「同行者が勇者王レイヴァンの王位継承の前に存在したとされるサクラ、という名前の女性の存在を研究していますわ」

「サクラって、どう考えても日本人の名前だよなぁ……。なんでサクラって子も異世界転移してきたってわかったんだ?」

「当時の手記に連れてきたことが記されていたとのことですわ」

「この国の歴史メチャクチャだからそういう漏れもあるのか……? いや、でも信じられん話だな」

「というわけで、フユミーさん、杖を光らせてくださいまし」

「わ、わかった」


 よくわからないまま杖を光らせる。

 これが話のなにに関係あるのだろうか。


「その小型化していない杖、使えるのか?」

「えぇ、光属性だけしか使用していませんが、使えます」

「武器が小型化して運用されたのは80年も前のことだから……合わなくもないのか? いや待て、なぜその杖が現存している? 持ち主が生きていたらおかしいぞ。この世界の100年なんて地球の大体137年だぞ? どうなっていやがる……?」

「それに関してこれから調べる予定ですわ。フユミーさんこの世界に来てまだ1週間くらいですわよね?」

「そうだね」


 そう、まだ4日なのだ。

 やらされることと借金が日に日に増えている。

 借金はなんとかならないだろうか。


「1週間!? 短すぎないか……? 魔物、じゃなかった。厄災の獣とは戦えているのか?」

「戦えてはいる。魔力の扱い方はド下手くそだけど」

「なので、戦いに慣れされるという意味合いも込めて明後日からテルヴィーン領へ徒歩で向かう予定になっていますわ」

「オイオイオイオイ、そんな無茶ぶり誰が考えたんだ……?」

「わたくし達の同行者ですわ」

「その同行者は今なにをしているんだ?」

「フユミーさんの時計を買うためにこの町で時計を探していますわ」

「あ? この町に鞄屋はあるが時計屋はねぇぞ?」

「ま! そうですのね。いい収穫ですわ。良かったですわねフユミーさん、今日はこれ以上借金が増えなくなりましたわ!」

「2億にならなくて良かった……」


 カバンの購入で1億リーフは越えてしまったけど、今日はもう増えなさそうだ。


「お、おい、借金ってなんなんだ? 言動からすると1億はあるってことだよな」

「金払いのいい同行者から奢られた金額のことをフユミーさんは言っていますの。本当は借金ではないんですけど……」

「1億1017万リーフも奢られるのはおかしいでしょ……」

「それは奢るやつの気が狂ってるな……。金払いのいい同行者ってのは男か?」

「男性ですわね」

みつがれてんなぁ……。なんかしたのか?」

「と、特になにも……、拾われただけ」

「人間をペットに見立てているんじゃないのか? この世界ペットになる動物はいないからな。貴族ならペット同然に人間を扱うやつもいるが……」

「………」


 人間をペット扱い……、やだな。

 ならなおさらお金は返さないと……。


「だったら今頃飼い主がお前を探しているよな? また、来たときに話は聞きたいから1回この店は出とけ。飼い主の許可が出たらまた来い」


 結構時間経っているのは確かだし、退店準備を進める。

 店を出る前に……、


「あの、ラーメンって1杯何リーフですか?」

「あ? 5万リーフだが?」

「じゃあ、10万リーフ出すので……」

「おい待て、借金をしているんだろ? そのお金は出さなくても」

「テルヴィーン領への旅路で稼ぎ切ります。だからこのお金は受け取ってください」

「……わかった。また来いよ」


 頷いて店を出る。

 ……さて、ヴィクトールさんとセラさんと合流しないと。

 そういえば、アニキさんの名前、聞き忘れたな。

 また来た時に聞けばいいか。

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