第15話 バンジーカバンと増えそうな借金
時計だ魔力だの話をした後、ユーリちゃんが起きて、大して美味しくもない肉を食べて、戸締まりをして、ナンドリス街道で数体くらいの厄災の獣に出くわしても一撃で倒し、
エルトの町はヌンド村よりも、住宅だったり店だったりの数が多く、道もオレンジ色寄りの石畳でできていて、町という感じがする。
特に町の雰囲気から浮いているような建物は見えないし、普通そうな町の気配だ。
「さて、まずは鞄職人の店を探すか」
「そうね〜。フユミヤの鞄がないと寝袋も入らないもの〜」
「…………」
しゃ、借金が増えてしまう。
せめて2、3倍の範囲内で収まって欲しいけど、どうなってしまうのか。
「あの看板、それっぽいですわ〜」
「どれだ……? ……確かに鞄職人の店を感じさせる看板だな。まずはそこから行ってみるか」
街の入口から1番近い、鞄のような物が描かれた看板の店にぞろぞろと入る。
買うのは私だけなのにこんなにぞろぞろと入ってしまってもいいのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
店内に入ると、紫黒色の長い髪に明るい茶色の目をした女性がそこにいた。
この世界の人の髪、だいぶ色とりどりだな……。
「あら、いらっしゃい……。冷やかしかと思ったけど、鞄を持っていない子がいるようね」
「……よくわかったな。厄災狩りでもしているのか?」
「そんな野蛮なことはしていないわ。仕事柄、厄介なヒトに絡まれるから鍛錬は欠かしてないの」
「そういうことか。なら話は早い、彼女の鞄を買いたいが、“物がたくさん入る”鞄はここにはあるか?」
「……1000万リーフ硬貨はある? それが無くては見せる気にもならないわ」
“物がたくさん入る”鞄を見るだけなのに、1000万リーフ硬貨を見せる必要があるんだ……。
……当然私は1000万リーフ硬貨を持っているはずもなく。
「1000万リーフ硬貨か。これでいいか?」
「あなたが見せるのね……。100万リーフ硬貨に分けられる?」
「この通り、どうだ?」
「えぇ、良いわ。鍵を開けるから少し待って頂戴」
1000万リーフ硬貨が本物であることを確認した店主は店の奥の方へ行く。
……このやり方は表から殴りかかってくる強盗対策になるのかな?
「開けてきたわ。入って頂戴」
「……お前は入らなくていいのか?」
「表から客が来るでしょう? あの部屋にも店番はいるわ。後のことは彼女から聞いて」
「わかった」
店主の人の言葉に従って私達はこの店の奥に入る……。
結構暗い?
「この店の店主、結構な魔力の使い手だな……」
「そうね〜。この空間、“物がたくさん入る”鞄の技術が応用されているもの。鞄の外の空間まで圧縮できるなんてすごいことだわ〜」
それは、非常にとんでもないことではないのだろうか。
なんでそんなことがサラッと普通の町で出てくるの?
この町普通じゃ、ない?
「やっべぇ店に入ってしまいましたわね。これ、下手に店主の機嫌を損ねようものなら無事では済みませんわよ」
「ぺちゃんこ?」
「ですわね」
「……ひぇ〜」
「あの扉、“物がたくさん入る”鞄がある場所じゃないか?」
「人の気配がするわね〜。どんな人がいるのかしら〜?」
「先程の店主より物々しくないといいのですけれど……」
「先に行けばわかることさ。開けるぞ」
ヴィクトールさんがドアを開ける。
その先にいるのは、
「ひ、人が来ちゃったぁ〜……、えっ、えーと。そ、そちらの黒い髪の女の子の鞄ですよね〜? 命綱があるので、鞄の性能を知りたいなら命綱をしてから飛び込んでくださ〜い……」
とても早口で話すこと、髪がボサボサなことを除けば、入口の店主の人とそっくりな顔をしている人が現れた。
……それにしても鞄の性能を知るのに命綱って、なんだ?
「早速試させたいから彼女に命綱を頼めるか?」
「わっ、わっかりましたぁ〜。巻きますから、あ、暴れないでくださいね……」
相当緊張しているのか、だいぶ人に言うべきではない語彙が出ているような……。
「きつくないですか〜?」
「だいぶ緩いような……」
「じゃ、じゃあ締めますぅ」
「ヴッ……」
「だ、大丈夫ですの……?」
「息苦しいわけではないから……」
思いっきり締めたのか、だいぶおなかにかかる圧迫感がすごい。
地球だったら戻すもの戻してた。
……こんなにキツく締められているけどバンジージャンプでもやらされるのかな?
「ご、ごめんなさいぃ〜、……え、えと、どの鞄から試しますかぁ……?」
「フユミヤ、これとかどうだ?」
これ、と言われた鞄は肩と腰辺りに掛ける茶色いベルトが2本あって本体も茶色い無地で布製の平凡そうな雰囲気漂う鞄だ。
……これでいいかも。
「この鞄、試します」
「じゃ、じゃあ開けますのでぇ、この布をいれるので、取り出せるか試してみてくださいぃ……」
店員さんが白い
……ずいぶん簡単そうではあるけど、命綱といい、飛び込むといい、地球の鞄基準で考えるべき深さではないのかな。
とりあえず取り出そうと思い、手を突っ込む。
……ん?
「この鞄、深い?」
「そ、そうですぅ……。空間圧縮の技術を使っているのでぇ、容量がただ普通に縫った鞄よりも格段に違うんですぅ……」
「これは寝袋10枚も余裕で入っちゃう、か」
「寝袋、ですかぁ? 普段道具屋に卸してる余りが大量にあるのでぇ、後で持ってきましょうかぁ?」
「それは助かるが……、どのくらい在庫はあるんだ?」
「大体200枚くらいですぅ……」
「200……?」
ちょっと正気じゃない数が出てきたな……?
200ってそんな在庫どこに……、こういう鞄かぁ~。
「それじゃあ100枚くれないか? 料金はもちろん払うが、何リーフで買える?」
「100枚なのでぇ、50万リーフでいいですよぉ〜。あっ、でもぉ、私の最高傑作寝袋の複製品なのでぇ……、みんな同じ見た目になってますけど皆さん大丈夫ですかぁ?」
「……同じ見た目ってどういうこと?」
「私の道具はぁ、錬金術で作ってましてぇ……、元となる道具さえあればお金を魔力に変えてえいって複製品を作れちゃうんですぅ……。わ、わかりますかね……?」
全然わかんない。
錬金術って単語が出てきたけど、地球の錬金術の意味合いと全く持って違っている。
一体なんなんだ。
“お金を魔力に変えてえいっ”ていうのは……。
「錬金術に関しては聞いたことがあるが、そこまでのことができるのか……。今フユミヤが試しているこの鞄も複製品か?」
「そうですぅ……。私の最高傑作品の複製なので、その後の在庫を増やすことも難しいので当店で一番高値に設定させていただいてますぅ……。9000万リーフもしちゃってごめんなさいぃ……」
9 0 0 0 万 リ ー フ ! ?
しゃっ、借金が10倍になってしまう……!
か、買わないよね?
「最高傑作品というならそれくらいするのは当然だな。フユミヤ、布の方は取れそうか?」
「……い、いや、全然取れない。どうなっているの、これ?」
気になって鞄の中を覗いてみる。
「……無?」
白い端切れはどこへやら。
鞄の中に広がっているのは暗い空間だ。
この部屋に来るまでに通った場所と似ているような……。
「あ、あの、魔力の印が付いているので、引き寄せようとすれば取れますよ?」
魔力の印というのは一体なんだろうか。
とりあえず、この鞄には空間圧縮の技術が使われているというのだから、その空間の底にあるのだろう。
……人が丸々入るほどの空間が鞄にある訳ないよね?
身を乗り出して鞄の中に上半身を突っ込んでみる。
……と、届かない。
この鞄で圧縮されている空間広すぎない?
だから命綱が着けられた訳?
……だったら。
足を浮かせて、鞄の中へ落ちる。
「い、命綱を持ってくださいぃ! 売り物の中で1番空間が圧縮されているものなので、帰って来れなくなりますぅ〜!!」
それは先に言ったほうが良いのでは……?
自由落下の勢いで体は落ちていく。
が、すぐに命綱が引っ張られたのか反動が全身にかかる。
おなかが圧迫されて受け止めきれなかった衝撃が体全体に走る。
これ、地球の体なら気絶してるやつ……。
「フユミヤ! 大丈夫かー!」
結構な距離を置いたと思うけど、意外とヴィクトールさんの声は近くから聞こえる。
身体を体を起こそうとしながら上を見上げる。
「遠っ!」
鞄の外であろう明るい場所がもはや点だ。
この鞄、深すぎない?
そして空間は圧縮され過ぎている。
下手な建物より縦方向の長さがあるのでは?
この技術が現代にあったらとんでもないことになっていたんだろうな……。
「だいぶ深いところまで落下してますぅ……。鞄の中側から意思疎通は取れないのでがんばって引っ張り上げてくださいぃ……」
「わかった。すぐ外に出すからな……!」
落ちた時よりかは遅いけど、結構早いスピードで体が引っ張り上げられていく。
これ、体も縦にしないと出られないよね。
鞄の口の広さは人間1人分もなかったし……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……じ、地面から人が生えてますわ」
地上に出た。
上半身だけだけど。
鞄が落ちているのは床だし、後は
「ん?」
上半身にかかる奇妙な浮遊感。
鞄が持ち上がっている?
セ、セラさん?
なんで鞄を肩にかけて私を鞄越しに抱えているの?
「ヒトが入っているのに下に生地は伸びないのね〜」
「く、空間圧縮の技術なのでぇ……。あ、あのぉ、この子は引っ張り上げないんですかぁ……?」
「この状態、可愛いもの。まだ見ていたいわ〜」
「こんな恐ろしい状態が可愛いなどと言わずに早くフユミーさんを外に出してくださいまし! ……ヴィクトール様!」
「……そうだな。フユミヤ、俺の手を掴め。掴んだら命綱から手を離すからな。ユーリ、念のため命綱を持っていてくれ」
「わかりましてよ。……持ちましたわ!」
ユーリちゃんが命綱を持ったのを確認してからヴィクトールさんの手袋に包まれた片手を握る。
「よし、引っ張り上げるぞ。……そらっ!」
「ぅわっ……」
片手だけが引っ張られているのに勢いよく体が引き上がる。
店の天井にぶつかってしまうのではと上を見上げた頃、グッと体にかかる衝撃がして下を向く。
……ちょっと事故っているような。
自分の腕と体をひねってヴィクトールさんから体を離す。
「降りていい?」
「あ、あぁ……」
うろたえているヴィクトールさんが手の力を緩めたので、地面に着地する。
……変な行動力が悪く働いてしまったな。
「それにしてもぉ……、どうしてあなたは白い布を引き寄せなかったんですかぁ?」
「……魔力の印というものが、わからなくて」
「魔力の印が、わからないですかぁ……、も、もしかしてぇ、魔力の気配とかもわかっていない感じですかねぇ……?」
「うん」
「そうでしたかぁ……、じゃ、じゃあ少し痛くなっちゃうんですけど、魔力の気配、わかるようになりますかぁ……?」
「魔力の気配ってどうやったらわかるか、知っているの?」
「はいぃ……。えっと魔力を持った攻撃で、出血すればわかるはずなんですぅ……。厄災狩りをしていたら怪我を負うことってあるはずなんですけど、まだ怪我を負った経験は……?」
「ないです」
「じゃ、じゃあ試してみますかぁ……?」
魔力の気配がわかっていないから、今回のようなことも、生活で不便なことも、自分の魔力の扱いが下手なこともある以上、ここは試してみるべきだろう。
……はず、と言っているけれど。
「じゃあ、試してみます」
「わ、わかりましたぁ……、それじゃあ安全に出血させるのに必要な道具と、寝袋を100個用意してきますのでぇ……、少しお待ちくださいぃ……」
そう言いながら店員さんは壁で仕切られた向こう側へ行ってしまった。
……寝袋100個ってどうやって数えるんだろう。
時間かかりそうだな……。
「フユミーさんの命綱は
「そうね〜。待っている間に
そうだった。
命綱がまだ腹に括られている。
結構適当な割にきつく縛られたから
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「
「結構違う……」
やっぱり、お腹の圧迫感がなくなると息のしやすさも違う。
この世界では重要視されていないとはいえ、呼吸、なにか意味がありそうな気がするけど。
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