第14話 旅支度の朝

 今後長い旅路になるからなのか、夕食には大して美味しくもない肉が出てきた。

 野宿で食べる肉がこれになるよりかはマシ。

 そう思いながら我慢していた。

 美味しくなかったから試食会を行っておいて良かったのかもしれない。

 お陰で食べる量がたったの2枚で済んで、まずい肉汁を速攻で飲み干すだけで食事が終わったのだ。


 寝る前はいつものようにユーリちゃんに全身洗浄を行ってもらってとっとと眠り、

 ……そして、エルトの町へ向かう日の朝になった。

 清々しいといえばそうでもなく、わずかな眠気が残る中、いつものように起き上がって靴を履く。


 ……玄関を回ってセラさんがいるかを確認して、いなかったら食事場所で朝食を待っていようかな。


「早すぎた……」


 セラさんが玄関にいなかったので外を見ると空の色がまあ暗い。

 まだ夜の時間に起きてしまったようだ。

 二度寝をしに戻ったら寝過ごしそうだし、当初の予定通り、食事場所で朝食を待っていよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「といっても暇なんだよねぇ……」


 誰もいない食事場所。

 勝手に食料を漁る訳にもいかないので、ただただ椅子の上に座って机の上に腕を伸ばしてその上に顔を突っ伏す。


 なにもすることがないので今までのことを軽く振り返ろう。

 まず、異世界に来てからもう何日目なのだろうか。

 今日、エルトの町に行く日。

 昨日、ヌンエントプス森林に行ってサクラの杖が使えるかどうかを試した。

 一昨日、サクラの杖(未確定)を使ってナンドリス街道で私の杖用の魔石集め。

 3日前、地球で死んだはずなのに、起きたらヌンエントプス森林にいてヴィクトールさんに拾われた。

 ま、まだこの世界で過ごして4日目……?

 それなのに、もうすでに借金が1017万リーフあって、今日それが数倍まで膨れ上がることが確定しているの?


「借金のインフレがヤバいよ……」


 この借金が膨れ上がりすぎると5000兆リーフなんて冗談みたいな金額を超えてしまいそう。

 そ、そうなる前に返済しないと……!

 サクラの杖もここにあるし、今からヌンエントプス森林行って少しでも借金返済のためのお金を稼ぐべきでは?


 ガバッと顔を上げて椅子から立ち上がる。

 杖を取りに行こうとしたら足音がしたので、その方向を見たら身支度が整ったヴィクトールさんがいた。


「……どうしたフユミヤ? まだ朝の4時前だぞ」

「朝の、4時前……」


 平日たまに早起きする時間がそんな時間だったな。

 家から職場が遠いところにあって始発電車に乗ることがそれなりにあったからそんな時間に起きてしまったのだろう。


「朝と夜の区別がつかないのも難儀な物だな。エルトの町で時計屋もあったらそれも買っておくか?」

「……いや、時計はテルヴィーン領に着いてからでもいいんじゃないかな。少なくとも旅の間って寝泊まりする場所は個別じゃない、よね?」

「そうだが……、別に遠慮しなくてもいいんだぞ?」

「起きたとき誰かが寝てたら寝ればいいからそれで寝る時間の方は調整するつもり。……野宿って見張りはいるの?」


 昔読んだファンタジー小説で見た見張りの描写では交代交代で火の番をしていたけれど、それはこの世界に当てはまるのだろうか。


「見張り、なんてことをするのは騎士団くらいだぞ。こっちは臨時拠点が建てられるからな。寝袋の獣除けもあるから安心して眠れるはずだ」

「……臨時拠点っていうのは建物を建てるの?」

「あぁ適当な場所に狭い1部屋分の空間だが、侵入口しんにゅうぐちのない家を建てるんだ」

「……そんな建物どうやって作るの?」

「建てる予定の家の内側に集まって、その周囲を土の魔力でできた壁で囲う。その後徐々に床を作って全員が床の上に上がって最後の床まで作ったら完成だ」

「相当魔力の消費量がすごそうだけど……、息苦しくならないの?」

「息苦しい……? どうしてなるんだ?」

「その造りなら空気を取り入れるための窓がないような……、窒息する危険性が……」


 ある、と言いかけたところで思い出す。

 この世界に来た初日の日、首を絞めても単に圧迫感しかなく、息が苦しくて藻掻もがきたくなるような感覚がなかったことを。


「チッソク……? なんだそれは?」

「……ごめんなさい。地球の感覚で考えてた。……酸素を使って生きているわけではない、か」


 同じ髪色とか目の色とか肌の色は違うけど、人間の姿形をしているからつい、地球と同じ感覚になってしまった。

 ……私の体もすでに地球の物じゃないのにね。


 この世界の人間の体って魔力という分類に押し込まれている様々なエネルギー、力で成り立っているのだろうか。

 そうでないと地球の人間との違いがある理由に納得できないような……。


 魔力という分類に押し込まれているのはなんだろうかと考えたくなって椅子に座る。


「……フユミヤ? どうしたんだ?」

「少し、魔力について考えたい」

「付き合うぞ」


 ……とは言われても、議論のようなことなんて言いたい人に言わせて避けてきたから一人で考え込んでいたかったんだけど。

 向かい側に座ってきたヴィクトールさんを傍目はためになにから聞けばいいか考える。

 ヴィクトールさんって水の魔力を持っているから……。


「水の魔力について聞きたいことがあるんだけど……」

「あぁ、なんだ? なんでも聞いてくれていいからな」

「全身を洗うのに使っている魔術の水ってどうして浴びた後は乾いているの? いつもずぶ濡れになるはずなのにおかしいと思っているんだけど……」

「あれは乾かしているのではなく、全身についた水を取り除いているんだ。魔術の利用者本人の魔力なら区別がつくから浴びせた水を取り除けば問題なく元通り、という訳だ」

「……全身洗浄の魔術、実は相当難しい?」


 セラさんが使っているところは見たことないけど、ユーリちゃんは当たり前のように私に使ってくるからずいぶん軽く見ていたけど、全身洗浄の魔術って高等技術なのでは?


「水の魔力と魔力の気配さえわかっていれば簡単にできるぞ。フユミヤは水の魔力、使えそうか?」

「エッ、……えーっと」


 昨日の朝の水の魔力を頑張って出した結果の手汗を思い出す。

 ……あれを出すしかない、のか?

 ちょっとはマシになっているのかもしれなくもないけど、昨日の今日だしな……。


「どうした? 使えないのか」

「……汗みたいな水しか出ないから、使えないと思う」


 ……五体満足で動くただの平民なのに、人に毎日体洗ってもらう生活は人として終わってるから使えるようにはなりたいけど、あんな一滴の水しか出せない以上、水の魔力が扱える他人に依存するしかないのだろうか?


「……その魔力量でそんななのか? 水の魔力の扱い方のコツが掴めてないからだと思うが……?」


 といっても魔力の扱い方がド下手くそな私が一朝一夕いっちょういっせきでコツを掴めるのだろうか。

 こういうのって幼児の頃に身につける感覚、とかじゃない?

 地球換算24歳にそれを身に着けろっていうのも厳しいと思うけど……。


 でもせめて手くらいは洗えるようになりたい。

 この世界、汚くなったら全身洗浄でなんでも解決していそうだけど、部分洗浄ができてもいいと思うのだ。

 でも、私の手から出るのは、……?

 ……汗、じゃない。

 これってもしかして!


「泡?」

「……泡なんて出してどうする」

「手を洗う……?」


 泡で出てくるハンドソープくらいきめ細かい泡が人体から出てきていいのかと疑問には思うけど、手汗よりはマシな成果が出たので良しとする。

 ……でもこれ純粋に水の魔力?


「……たまに洗浄魔法でこうなるやつがいるが、これだと土の魔力が混ざっているから取り除く難易度が上がるぞ」

「エッ、あっ……」


 泡が大きくなってシャボン玉のごとく四方八方に散っていく……。

 これ、拠点壊れない?

 ……泡の一つが霧散しても拠点になんの問題もなさそうだ。


「……ずいぶん弱い水と土の魔力だな。ここまで得意属性が偏ることがあるか?」


 弱いんだこれ……。

 やっぱり、火以外の四属性はクソザコナメクジみたいな魔力量しかないのだろうか。


「フユミヤ、火と風の魔力、使えるか?」

「火の魔力なら……。風の魔力は微弱な風しか出てこない」

「ここで火の魔力を出してみてくれ」

「これでいい?」


 昨日の朝は速攻で出せたので、同じ感覚で出す。

 ……これは普通に出るんだよね。

 なんで?


「普通に火の魔力だな……。四属性は火の魔力だけは扱えるのか。……不思議だな」

「……私に他の四属性、無理そう?」

「すぐはさすがに……、杖を持ったら変わるかもしれんが」

「杖を持ったら変わるの?」

「杖なら持ち主の魔力を増幅させる効果があるからな。明日、フユミヤの杖を手に入れたら使えない四属性も試してみよう。弱い魔力でも結構違ってくるぞ」


 杖、か。

 武器だけどそんなことに使っちゃって大丈夫なの?

 人に向けなければ大丈夫か。


「……、セラか」

「セラさん?」


 ヴィクトールさんが呟くのに何拍か遅れて足音が遠くから響いてくる。

 魔力の気配がわかれば便利なんだろうけど、一向に分かる気配がない。

 早くわかるようになりたいけど、一体全体どんなことをしたらわかるようになるんだろう?


「……お兄様、珍しくお早いうちからしっかりされているのね」

「3日もすれば慣れるさ」

「それにしてもフユミヤは毎日早いのね〜、私、フユミヤが起きた頃はまだ3時過ぎだったから二度寝しちゃったわ〜」

「3時過ぎ……、そういえばこの世界の時計ってどうなっているの? 24時間?」

「そうよ〜。そこは同じなのね~。……時計もこうなっているのよ〜」

「24時間のアナログ表記……、午前と午後はないんだ」


 ……1秒1秒の間隔にはきっとズレがあるとは信じたいけど、ここは一緒なんだ。

 なんかちょっと不気味かも……。


「午前と午後なんて時計の発案者と同じことを言っているのね〜」

「時計の発案者ってもしかして転生、……」


 言いかけて、止める。

 転生の説明が面倒なことに気づいたけど、もろに言ってしまった以上は仕方ない。


「テンセイ、というのはなんだ?」

「別世界の記憶を次の人生に持ち越している状態のことを言う、はず。別世界の記憶から次の人生に持ち越す直前の記憶は大体死んで途切れてたり、覚えてなかったりする。時計の発案者の場合だと、おそらく地球の記憶をこの世界に持ち越すことができたからその発案ができたんだと思う」


 地球では虚構きょこうの物語でしかなかったけど、この世界は私とユーリちゃんとサクラといった例もある。

 私とサクラは厳密には転生、ではないけれど。

 地球での分類的には転生の枠組みに入れられていそうだ。


「そうね……なら、1日が24時間だなんて言って、無理やり1日を24時間と回り続ける道具を作るなんてことにも納得が言ったわ〜」

「そ、そんな力押しでできたの、時計?」

「そうね、彼の功績は基準となる時計を作ってそれと同期させる時計を作り、さらに周囲の時計を同期させる時計を……、みたいなどこで誰が見ても同じ時間だとわかる仕組みを作ったことにあるの」

「…………複雑な仕組みを、ずいぶんな力技でやったんだ」

「そうね〜。それが今40年近くも続いているわ。彼はもうすでに亡くなっているけれど、その功績は国でたたえられているわ〜」


 40年、となるとずいぶん最近の出来事なのか。

 ……そうなると、他にも地球出身の転生者、ユーリちゃんとそのお師匠様以外にも普通に存在するのかな。

 会いたいかといえばそうでもないけど、どういう暮らしをしているんだろう?


「テンセイ、か。……その、フユミヤはどっちなんだ?」

「直前の記憶が死んで途切れたか、覚えていないか、のこと?」


 ……気まずいのか、静かに頷くヴィクトールさん。

 別に死んで途切れたことは言ってもいいだろうけど、この場には相応しくないだろうから……。


「……どっちだと思う?」


 すっとぼけることにした。

 大した非業ひごうの死を遂げたわけでもなく、自ら望んで死んだといったことを嬉々として語っても生きている人の9割9分は気味悪く思うだけだろうし、いい思いはしないだろう。

 正直、今生きていることも受け入れたくはないし。

 あの時、死んだら終わるべきはずの命でしかなかったのに、誰の気まぐれで生かされているんだか。


 すっとぼけたその後、ヴィクトールさんは、なにも答えなかった。

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