第9話 疑問マシマシ夜の中

 なぜ厄災の獣から硬貨が落ちるのか、そんな疑問を今日あったばかりのロディアさんにぶつける訳にもいかず、1階の店のスペースへロディアさんと一緒に戻る。

 ヴィクトールさんは店のカウンターで気怠けだるそうにしていた。


「やっと戻ったか……、店には誰も来なかったぞ」

「まあ、毎日厄災狩りが客としてやってくるわけではないからね。お陰でほどほどに休めるよ」

「町の方で職人とかやると忙しいのか?」

「賑わっている場所ほど、厄災狩りは必要だからね。王都とか職人同士が組まないと需要に応えられないんじゃないかな。まっ、その分この村は楽だね。厄災狩りがほとんどだけど、後衛の魔術士が十数人しかいないし、それなりに強いからもうかるし」

「なるほどな、……ところで、この杖買えるか?」


 この杖、と言って手に持っていたそれは先ほど私がナンドリス街道で使っていた、サクラが使っていたと思われる武器だ。

 ……やっぱりヴィクトールさんも気になっていたんだ。


「そ、それを買うのかい!? そりゃあ確かに必要な魔力が普通の人とは違うくらいで、それ以外の部分は普通の杖と対して変わらないと思ったけど、数百万リーフはしたんだよ?」

「そのお金は出す 」

「キミ、どれくらいお金を持っているんだい?」

「1000万以上はあるぞ?」

「うっわ……」

「いっせんまん……」


 そんな金が円であったら何年引き籠もれることか……。

 その程度じゃ寿命までは引き籠もれないけど……。


「……1000万リーフ硬貨、実際に見せてくれるかい?」

「別に構わんぞ? すぐに出すから待ってくれ」


 ……それも硬貨なんだ。

 それにしても、どうしてその硬貨を持っているんだろう?

 1000万リーフ硬貨を落とす厄災の獣がいたのだろうか?


「あったぞ。これだ」

「ふぅん……、本当に1000万リーフ硬貨に見えるけど、本物である証明は?」

「100万リーフ硬貨10枚でってな」

「エッ」


 なにが起こったのかわからない。

 なんで1枚の硬貨が10枚の別の硬貨に分裂するの?

 こんなのおかしいよ……。


 よくよく考えたらよくわからない生き物が統一のお金になるようなモノを落としていることがおかしいし、それを平然として使っているこの世界の人もおかしい……。

 でも、偽造が難しいんだろうなぁ……。

 ならそれ使うしかないか……。

 質量保存の法則ってどうなっているんだろう……。


「なるほどね……。厄災狩りは稼ぎが違うなぁ。危険を侵す価値ってことか」

「俺達はバラバラに動いているからな。好きに狩って好きに休んでいる分、その時々によって得られる金銭が変わるんだ」

「……1人でヌンエントプス森林の厄災の獣と戦うときもあるってことかい?」

「そうだな、俺はよく行くぞ」

「怖いな〜、あそこの厄災の獣、キミ達以外の厄災狩りは4人以上の集団で行くくらい危険だっていうのに……、キミ達は一体どこから来たんだか」

「さぁな。それで、この杖は1000万リーフで買えるのか?」

「……買ってもいいけど、さ」


 未練のような物があるのか、ロディアさんはためらっている。

 そこまでサクラが使っていたと思われる杖は必要なのだろうか。


「……まあいいよ、買っても。ボクが買った時は500万リーフしたから、残りの500万リーフは」

「その500万リーフでフユミヤの杖を作ってくれ。予備も欲しいからな」

「はぁ!? 何を考えているんだいヴィクトール? そんなに出されても作れる杖なんて7本しか……」

「ならその7本、全て作ってくれ」

「本気で言っているのかい……?」

「本気だ」

「そんなに作る必要、あるの?」

「予備はいくらでもあった方がいいだろう?」


 それにしたって7本は多くない?

 金に物を言わせて無駄なことをさせるのも申し訳ない。

 有無を言わせない態度のヴィクトールさんにこれ以上言ったところで聞いてはくれないだろうけど……。


「……はぁ、なんとかするしかない、か。悪いけど、納期は数週間貰うよ。1本だけなら3日後に渡せるけど、今回は7本だから7週間は欲しい」

「それで構わない。それじゃあ3日後、取りに行くからな」

「はいはい、3日後ね。……はぁ、繁忙期、来ちゃったか」

「行くぞ、フユミヤ」

「エッ、あっ、ちょっ」


 ヴィクトールさんに腕を掴まれてロディアさんの店を出る。

 ……これで、よかったのだろうか。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……もう夜か、拠点に戻るぞ」

「……夜なの?」


 確かに空の色はどこか鮮やかさを欠いた青い色をしているけど、夜には見えないような気がする。

 この世界ではこれを夜と呼ぶのならそうなのかもしれないけど、しっくりこない。


「夜だが、どうした? 暗いだろう?」

「明かりが必要ない程度には明るいとは思うけど……」

「……見えているものが違う? 前はそんなことなかったのか?」

「夜は明かりがないとどこを歩いているかわからないくらい暗かったけど、それは変わらないの?」

「変わらないが……、光の魔力が関わっているのか?」

「原因と言ったらそれぐらいしかないような……」


 他の人は光の魔力を持っていないというし、この身体になるまでは、魔力を持っていないからそうとしか考えられない。

 光の魔力で、直接的に世界が明るく見えている?

 朝や昼は普通だったから、夜だけ?


「光の魔力というのは不思議だな……、夜になったことがわからないというのは不便じゃないか?」

「今のところは寝て起きた時、今が何時かわからないってことぐらいかな」

「……時計が必要だな。……ホルニモルの町に行けばあるか?」

「そこまで困っていないから大丈夫。そのうち見かけたら自分のお金で買うよ」

「いや、時計は数千万リーフするんだ。今のフユミヤじゃ買うのは」

「厄災の獣と戦えばそのくらいすぐに貯まりそうだから大丈夫。今日ので大体5万リーフは稼げたし」

「ん? お前は財布を持っていないんじゃなかったか?」

「ロディアさんからもらったの。私が稼いだ分拾ってくれて使わない財布に入れてくれた」


 深い赤色の、ぐちゃぐちゃに結ばれた紐の巾着を見せる。

 縛った紐がこうなのは、私の手先が不器用なせいである。

 ……どうやってあんな綺麗に固く結べるんだろう。


「……こっちを使え。この財布にもお前の稼ぎを入れておいた」

「……? そっちの方が大きく見えるけど、大して変わってないような?」

「いいからこっちだ」


 よくわからないまま海色の巾着を受け取る。

 赤色巾着の中身は後でこっちの巾着に入れておこう。

 ……ヴィクトールさん、拠点の色と言い、ハリボテゴーレムと言い、なんかこの色をよく使っているような?

 なんなら服の一部もその色だし目の色もその部分がある。

 なんか意味があるのかな。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「あら~、お兄様もフユミヤも随分遅かったわ~。……お兄様、その杖はなにかしら~?」

「これはロディアのところから買ってきた、サクラが使っていたと思われる杖だ」

「……それはおかしくないかしら? 杖は持ち主が死んでしまうと魔石が割れて使い物にならなくなってしまうはずよ~」

「それはそうだが、……サクラは元の世界に戻ったんだろう? ……それにこの杖は光の魔力を使えないとまともに使えないんだ。フユミヤは使えた」

「あら~? そうなると……、光の魔力を持っているヒトが他にもいた、とか」

「それはない。この杖は100年以上前に作られたとロディアが言っていた」

「武器職人のヒトが言うのなら、信じるしかないと思うけど……、おかしいわ~。100年も割れない魔石なんてありえるのかしら?」

「フユミヤ、この杖を持って光らせるんだ」

「エッ、うん」


 杖を受け取って軽く魔力を通す。

 このぐらいの光でいいのだろうか?


「光った、わね~……。おかしいわ~。なぜかしら~?」

「考えても仕方ないだろう。今は、夕食にしよう」

「そうね、考えてもお腹が空くだけね~。今日はユーリと厄災の獣狩りに行ったからたくさん食べてしまおうかしら~」


 今日の食卓は、豪華になりそうだ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……訂正。やっぱり質素。

 肉の量は3倍に増えたけど、それでもボリュームが少ない……っ!

 たった12枚の数ミリ厚の肉だけしか食べれないなんて……。

 せめて米かパンかあれば日本におけるまともな食卓にグッと近づくのにな……。

 昨日のよりは量が多かったヴィクトールさんの食事量は今回は私たちと同じくらいだ。

 でも昨日と同じ量なんだよね……。





 1枚目は噛み切りにくかった肉も、半分の量を越える頃には柔らかくて食べやすい食感に変わった。

 今日の肉は生姜焼きに近い味がしたことには驚いたけど、食感がこうも違うと豚の生姜焼きとは全然別物だ。


「それでお兄様、サクラの杖のことだけれど……、本当にサクラの杖なら、サクラ本人が封印でもされていないとおかしいわ~」

「ヒトを封印だと……、そんなこと」

「王国法だと、ヒトを封印することが禁じられていたのは覚えているかしら~」

「……そうだな。覚えているぞ。……だが、ヒトを封印することなど、そんなこと許されていいのか?」

「ありえると思うのよね~。サクラの魔力こそが古き大厄災を全て滅ぼした鍵だとしたらなんとしてでも取っておきたいと思うんじゃないかしら~」

「……人を封印ってどうなりますの?」

「冷えた魔石の中に閉じ込められる、ということしかわからないのよね~」

「封印されている厄災の状態って変わらないの?」

「強さも変わらないはずよ~。……ヒトを封印したらもしかしたら老いなくて済むのではないのかって子が学園にいたのよね~。もしかしたらって思ったの」


 ……コールドスリープが実現したかのような封印、だな。

 それをヒトで試しても、封印が解けてしまったら無意味なような。

 意味がある封印があるとしたらそれこそ重要な力を持った人物、を……。


「ヒューリアナの騒ぎか……。だが、もしサクラが封印されていたとして、なぜ今まで封印が解かれていない?」

「すでに大厄災の獣が何十体も現れて、フセルック家が封印しているのよね~。サクラ封印説は間違いかしら……?」

「……そもそも、光の魔力がそんなに厄災の獣に効くほどすごい物なの?」

「「…………!!!」」


 その発想はなかったとでも言いたげに目を瞬かせる兄妹……。

 とんでもない失言を、してしまった気がする。


「それは確認していないな! 明日、早速ヌンエントプス森林で試そう」

「あら、お兄様、フユミヤは今日魔力訓練を行ったばかりでは?」

「行ったが、すぐに杖を作る必要があったからナンドリス街道で杖用の魔石を作ってロディアに持って行った」

「……その間フユミヤの杖はどうするのかしら? サクラの杖を?」

「そうだ。ロディアのところで買う前に借りてフユミヤが使ったらナンドリス街道の魔物は一撃で倒していたからな」

「なら問題ないわ~! じゃあ、明日はみんなでヌンエントプス森林に突撃ね~」

「エッ」

「な、なんでですの?」

「ユーリはお留守番でもいいのよ~」

「い、行きますわ行きますわ~!」

「決まりね~。じゃあ今日はしっかりよく眠るのよ~」


 ……なんだかよくわからないうちにあの森に突撃することが確定してしまった。

 だ、大丈夫なの~?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 呆然としたまま自分の部屋に辿り着き、ベッドに座ってうなだれる。

 ……どうしてこうなった。

 気持ち大きめの溜息を吐く。


「フ、フユミーさん、無視しないでくださいまし~」

「あれ、ユーリちゃんどうしたの?」


 息を切らしながらユーリちゃんは私の殺風景な部屋にいた。

 ……なにか用があるのだろうか?


「本日はフユミーさんの魔力を調べるという話がどうして杖まで手に入れてヌンエントプス森林にカチコミかます方向に転がってますの!? わけわっかりませんわ~!」

「……えっと確か、調べている時に電気の魔力が出てきてその魔力は魔力壁膜を貫通して……」

「お待ちになってくださいまし!? 電気の魔力!?」

「これ」


 左手にバチバチと青白く光る電気を出す。


「確かに電気ですわ~……。それが魔力壁膜を貫通しますの?」

「ヴィクトールさんがハリボテゴーレムとか出して強度を最大まで上げたゴーレムに攻撃したら、あっけなく崩れちゃって……」

「あのロボもどき、……ハリボテゴーレムをぶっ壊せましたの!? ……それはとんでもないですわ」

「それで魔石に魔力を込めたら電気の魔力が混ざった時、触れない魔石ができるかもしれないから実戦で確認することになったけど、ロディアさんのお店に行ったの、そしたら……」

「サクラの杖がありましたの?」

「まだ確定はしていないけどね。多分そっちに興味が行ったんだと思う。無理やりロディアさんから買い取っちゃってさ……」

「そ、それは酷いですわね……。素手で電気を出しましたように闇の魔力に関しては確かめてみませんの?」

「闇っていうくらいなら困るなにかがありそうだなって、試してない。」

「出してみませんこと? わたくし、気になりますわ!」

「う~ん……、ユーリちゃんちょっと距離取って」

「わかりましてよ」


 しっかり距離を取ったことを確認して、闇の魔力を左手から出してみようとする……。


「黒いナニカが出てきましたわね。これが闇の魔力、ですの?」

「ぽいね」


 出てきた魔力を戻して左手が元通りになったことを確認する。

 これで安心だ。


「……これでフユミーさんは四属性から外れた三属性が扱えることがわかりましたわね」

「ところでこの三属性って、戦うこと以外に役に立つことは……」

「……ない、ですわね。光の魔力に関しては完全に火の魔力で代用できますし、生活面においては火の魔力より劣りそうですわ……」

「……」

「身体も清めておりませんのにベッドに倒れないでくださいましっ」

「ガガボボボボボボッ……、だ、だって~」

「なんなんですの、急に」

「異世界から来て光と闇属性が使えて厨二属性盛り盛りの属性持ちだって思ったのに、日常生活じゃあ役立たない寄生虫のゴミだって思わないじゃん……」

「ま、まだ四属性が使える可能性は試しておりませんわよね? まだ可能性はありますわよ! わたくし、目の色が緑色ですのに貴女の体を水で清めておりましたでしょう?」

「ホントに? 私まだ人に寄生しないと衛生面すら保てないゴミ人間とは確定していない?」


 ガバッと起き上がって大人げなくユーリちゃんに迫る。


「フユミーさん、井戸から出てきた呪いのビデオの女性みたいになっていますわ!」

「……ほんとに緑色だ。……風の魔力が扱いやすいってこと?」

御髪おぐしは直してくださいな。風の魔力に関してはそうですわよ」

「……ところで、全然関係ない話だけど聞いていい?」

「なんですの?」

「……この世界に排泄はいせつの概念ある?」

「……わたくしこの世界に生まれてトイレとおむつが必要な事態になったことがありませんわ。ちなみにこの拠点にトイレはありませんわ」

「……人体どうなってるの?」

「ただ、生みの母とその子どもたちと周囲の人たちはトイレ、あるいはおむつが必要でしたわ。」

「……魔力が関係しているのか~。病気じゃなくてよかった」


 違和感が解消されてすっきりした。

 24時間丸々排泄欲が沸かないことが、なに気なく不安だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る