第8話 疑惑の杖の試し打ち

「……街道? ……これが?」


 先行するヴィクトールさん達に付いて行った先には3メートルはありそうな茶色い土壁があった。

 土壁は完全に張られているわけではなく、ところどころに屈めば通れそうな黄色い葉の草むらがある。

 ……そこを通ってわざわざその街道にでるの?

 いくら領主非公認とはいえこんな壁を作ってまで入口を隠す?


「まっ、そこまでしないとこの村の存在がバレてしまうからね。……見破るやつはいるけど」

「街道なのに森みたいなところがあったら普通はおかしいと思うだろ……」

「……税金とかがすごいから隠れているの?」

「いや、どちらかというと町から追い出されたならず者の被害に遭いたくないだけさ。ヒトがヒトを襲ってなにになるんだか……」


 なるほど、犯罪者も実在するのか。

 ……あれ、


「ならず者を魔力で反撃しないの?」

「さすがに村まで来られたらするしかないけど、街道で出会ったら逃げたほうがいいね。あいつらはあいつらで大きなつながりがあるのか、攻撃しようものなら途端に十数人はやって来るよ」

「そんなに来るものなのか……」


 それは厄介だ。

 でも私の場合、実際に遭ったら攻撃するしかないのかも。

 逃げ方とかも分からないし、足遅いし……。

 十数人と相手できるように魔力の扱い方、覚えておいた方がいいかも……。


「とまあ、そういう厄介なヒトと出くわすことはあるけれど、ヌンエントプス森林と比べれば比較的弱めの厄災の獣が出てくるから、杖の魔術士でも1人で戦えるはずさ!」

「……ん? 1人で、戦う?」


 全然そんなの聞いていないんだけど……!

 比較的弱めと言ってもそれはロディアさん達と比較してだろうし、なにしろ私は今日魔力を微妙に扱えるようになった素人だっていうのに……?


「キミの杖を作るための魔石はキミだけの魔力で厄災の獣を倒す必要があるんだ」

「2人は、見学?」

「見物客兼護衛さ。ならず者もだけど、厄災の獣が数多く現れたら危険だろう?」

「だな。それとフユミヤ、その杖で魔力を扱う際は光の魔力だけを扱うことを意識してくれ」

「……例の魔力は杖を壊す可能性があるから?」

「そうだ。魔力壁膜も貫くんだ。その杖はお前の魔力で作られていないから例の魔力を使ったら壊れる可能性もある」


 あの、サクラに関する重要な情報が詰まっていそうなこの杖を壊すなんて真似はしたくないんだけど?

 ……どうするの、この現状?


「……素手で戦うのは?」

「武器を使って戦うと、魔力の威力がぜんぜん変わるから素手でだなんてとんでもない。死にに行くようなものさ。……ところで例の魔力っていうのはなんだい? 魔力壁膜を貫通する? そんなこと聞いたこともない」

「その話はヌンド村に戻ってからだ。早くしないと夜になるんじゃないか?」

「……そうだね。行こうか」


 ……あっ、その草むら結局通るんだ。

 ためらいもなく草むらに突撃する2人にワンテンポ遅れて後に続く。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 …………長っ、これ1人なら戻れないやつ。

 これだけ長いのならならず者に見つかりにくい、のかも?

 この草むらの密度、ヌンエントプス森林と変わってなさそう……。


 草むらの終わりは突然訪れて広い道と呼ばれる道に出た。

 人がそれなりに通っているのか黄色い草が剥げていて道のようになっているところもある。

 だから街道、なのかな。

 地球のコンクリートとは違って地面はやや乾いた砂だ。

 走れば砂煙は舞いそうだけど軽々と走れそうだ。


「さて、この街道、魔物が出にくいわけなんだけど、これを使おうか」

「……鈴?」

「そう、獣寄せの鈴! 鳴らした途端、すぐにやってくるわけではないけど、身につけていると自然と厄災の獣が寄ってくるってワケ」

「なんでそんな危ない物を?」

「今は必要だろう? 武器職人にはね、急ぎで厄災の獣から取れる魔石だの肉だのといった素材が必要な時があるんだよ……」


 遠い目をしながらロディアさんは言う。


「まあ、この街道はそのくらい平和ってことだ。諦めてくれ」

「もし、厄災の獣を1体も倒せなかったら……」

「フユミヤならナンドリス街道の厄災の獣は余裕で倒せるだろう? 戦ってみたらわかるさ」

「……えぇー」

「というわけでフユミヤ、鳴らすよ」


 ジリリリリリリリリ、と目覚まし時計のごとく鳴り響く鈴を止めることはできなかった。

 そんな音で、本当に厄災の獣は…………、


「き、来てる……!」


 鈴の音は鳴り止んだけど、地球の動物とは全然違う毛色の4つ足動物が前後から別々で来ているんだけど!?

 と、とりあえず、近い方から光の魔力を当ててみろってことだよね?

 よくわからないまま、借りた杖を握る。

 魔石の部分が光り輝いているから使える、のかな?


 とにかくやってみるしかない! まずは近くに迫ってきている厄災の獣から……!


「ていやっ!」


 無心で出した複数の光の弾をぶつける。

 ……動かなくなった?

 なら次、後ろのにもっ!








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……どっちも、動かなくなった? これだけで?」

「ふぅん、一撃か〜。これならヌンエントプス森林でもよかったかもね」

「まだ魔力壁膜の扱い方もわからないのにあの森は厳しくないか?」

「素材としてはあっちの方がいいんだけどなぁ……」


 ……どうやらこの街道の厄災の獣は本当に弱かった。

 無我夢中で出した、適当な魔力なのにこうもあっけなく厄災の獣を仕留めてしまうとは、……武器ってすごいな。


「おっと、フユミヤ安心しているようだが、来てしまったな。大群が」

「えっ、えぇーー! こんなのって! こんなのって! ウワーーーーーッ!!!」


 前後からも草むらからもバラエティ豊かな厄災の獣達が十数体くらい現れて焦る。

 こんなに一気に現れるなんて聞いてない!

 そんな一心で魔力をいくつかの波状にして前方の厄災の獣達に当てて、後方の厄災の獣達にも似たような処理をする。

 仕留め損なっている可能性も十分ありえるので同じことを2回繰り返した。


「おっ、おい、やり過ぎじゃないか?」

「確実に倒せた、なんて保証はないし、油断してケガするよりかはいいかなって……」

「う〜ん……」

「どうしたロディア、なにか不満そうだが」

「思ったより、普通だったなって。光の魔力」

「……そうだな」

「杖自体に特別な力があるのではないかとも思ったけど、他の杖と大して変わらなかったというのがさ〜」

「期待外れ?」

「あんまり杖にそういう感想は持ちたくないけれど、……そういうことになるね」


 ロディアさん、この杖に対して5000兆リーフ出されても渡したくないと言っていたけど、すっかりその気もしなびているような気がする。


「おっと、ムダ話はここまでにしておいて、素材の回収に行かなくては」

「厄災の獣がいた場所になんかある……」

「魔石だったらフユミヤが集めてくれ。それ以外はボク達が集めるよ。ボクは後ろ側に行くから、キミ達は前かな。それじゃ、集められたらこの場所辺りに集まろう」

「わかった」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ロディアさんの指示に従って前方にある素材を取りに行く。

 一番手前にいた厄災の獣だったものは拳1つ大の透明度のある黄色い石と化していた。


「これが、魔石?」

「そうだ。光の魔力の魔石はやはり黄色いか……」

「これも色によって属性がわかるものなの」

「そうなるな。攻撃した魔力の属性によって異なるが大体目の色と一緒になるはずだ。」

「そういうものなんだ」

「……あの先に落ちてるの、全て魔石じゃないか?」

「……肉、ないね」

「よりよい杖が杖が作れると考えればいい収穫だと思うが……、肉なら拠点にまだまだあるぞ」

「数だけあっても意味がないんじゃ……」

「同じ魔力が詰まってる魔石は合体するぞ」

「なんで?」


 そんな粘土じゃあるまいし、どんな理屈でそのようなことが……?


「それに関してはわからん。集めながら合体させるぞ」

「えぇ……」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……本当に全部合体した。

 バスケットボール大くらいになった光の魔力の魔石を左手に抱えながらロディアさんとの合流場所に戻る。


「……その様子だと、厄災の獣は全部魔石になったようだね」

「ロディアの方も同じか?」

「そうさ。リーフだけ集めては来たけど、この様子だと渡せそうにないね」

「向こう側の魔石も集める?」

「そうだね。合体した魔石は後で分けられるから、全て合体させよう」

「……」


 今でさえバスケットボール大なのにこれ以上合体させてしまったらどうなってしまうのだろう。

 ……杖、持てるかな?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「で、でかくなりすぎ……!」

「……悪かったね、まさかここまでになってしまうとは」

「これで杖づくりには困らないくらいの量か……?」

「あぁ、いくらでも失敗できる」


 そこは良いものができる、じゃないんだ。

 バランスボール大くらいまでに大きくなった魔石をなんとか抱える。

 どういうわけか全く軽いけど、単純にでかすぎて持ちづらい。

 これ、形変えられないかな?

 いや、抱えてもこんなにでかくなるんだ。

 とんでもないことになりそうだ、やめておくか。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……つ、着いた〜」


 行きと同じように草むらに突撃をかまし、なんとかヌンド村のロディアさんの家まで戻ってきた。

 こんな大きさの魔石持って家に入れるのかと心配はしたがスルッと入れてびっくり。

 日本の家だったら入らなかったよね、これ。


「フユミヤ、申し訳ないけど、その魔石を抱えて2階まで昇ってくれないか? さすがに1階にそれは置けないんだ」

「わかった」


 たしかにこんなに大きい魔石があったら店の景観として良くないし邪魔すぎる。


「ヴィクトールは店の様子をまた見ていてくれないか」

「またなのか……?」

「今回はこの魔石を分けないといけないからね。それなりに時間はかかるけどよろしく! その分フユミヤの杖代は安くしておくからさ」

「おいおい……」

「さ、フユミヤ、それなりに段差があるから気をつけて昇るんだ」

「うん」


 ロディアさんの先導に従って、普通の階段より高いような気がするそれをえっちらおっちら昇っていく。

 持ち物がなければもう少しスムーズに登れるんだけど……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「よし、ここまででいいかな。フユミヤ、この布の上に魔石を下ろしてくれ」

「わかった……、うんしょ……っと」


 不思議なことに丸いけど転がらなかった。

 下の方がいい感じに平たく削れているのだろうか?


「……それじゃあフユミヤ、この石を……大体10個くらいに分けてくれ!」

「これを10個くらいに分ける、って……、ずいぶん大きいけど……」

「魔石ごと頑張って魔力を圧縮するんだ!」

「えぇ……」


 石を圧縮するなんてそんなことできる?

 いやでも魔力が絡んでいるんだし……。

 いける、かも?


「うーん……? あっ、1個取れた」


 魔石を右手で触わってうんうん悩んでいると合体元の魔石が1つ取れた。

 ……さらにこのバランスボール大の魔石から圧縮合体するための石を取ればいいのかな?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「意外とあっさりできた……」


 手のひらで握れるくらいの大きさの魔石にまで圧縮した魔石が7個できた。

 意外となんとかなるものだな。


「いや〜フユミヤ、よくこんなにも早くできたね。驚いたよ。これで6回までは失敗できる!」

「……失敗ってどういうこと?」

「……未知の魔力だからね、失敗する可能性も考慮しないと。……キミの持つ魔力は、ボクが、いや、今生きているこの世界のどの武器職人も加工したことがないと言ってもいいほど珍しいからね」

「属性が違うと加工のやりやすさも違う?」

「そうなるね。それは職人によりけりと言ったところさ」

「そういうものなんだ」

「とにかく、6回分の保険かつ練習用の魔石が手に入ったんだ。もちろんフユミヤ用の杖のお代は1本分さ。そこは安心くれていいよ」

「わかった。……ところで今回の私の杖って何万リーフ?」

「今回作るのは厄災狩り用の杖だから……30万くらいじゃないかな」

「30万!?」


 円だったら私の月給を余裕で超えている……。

 その前に、今の私は無一文だ。

 ……どうしよう。


「そんなに驚く必要は……、あぁキミはリーフを落としていたね。……ヴィクトールのやつも気が利かないな。財布の一つでも用意してやればいいのに」

「財布……」

「ついでにボクのお古の財布を渡すよ。魔石を分けている間にキミが厄災の獣を狩った際に手に入れたリーフを入れておいたよ」

「ありがとうございます」


 固く紐で縛られた艶のある深い赤色の巾着袋きんちゃくぶくろを渡されたのでお礼を言って受け取った。

 振ればチャリチャリとぜにの音が鳴る。

 たくさんの厄災の獣を倒した割には少ないような……?

 なんかもうちょっとこう、ジャリジャリしてて重いのかと思った。


「怪訝そうな顔をしているけど、どうしたんだい?」

「……結構な数の厄災の獣を倒した割には少ないな、って」

「ん? 実際に見てみたらどうだい? 少なくはないはずだよ」

「実際に……」


 固く縛られた紐を解き、巾着部分を緩めて中の硬貨を見る。

 大きさは違うけど、十数枚しか入っていない。

 ……どうなっているんだろう、これ。

 厄災の獣が硬貨を落とすってよく分からないな。

 RPGみたいな世界だ。


「せっかくだ。この机に広げてみてくれ」

「……失礼します」


 ……人の家でお金を広げるってなんだかいやしい。

 柄と大きさが同じものがそれなりにあるので、それらは同じグループにして規則的に並べていった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「54713リーフ、だね」

「……たし、かに?」


 これ、硬貨の柄が規則的だ。

 双葉と一本の根っこ以外の柄は全部花びらで桁数がわかる。

 ……なんで、そんなものが魔物から落ちるの?

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