第7話 肉ガチャと疑惑の杖

 朗報、この世界に昼食を摂る文化はある。盗み食いではあるけれど。

 訓練場を出たヴィクトールさんが豪快な腹の虫を鳴らしたことにより、現在私たちは飲食スペースにいる。

 どうやらハリボテゴーレムで相当魔力を消費したことでお腹がすいたらしい。


「……あの、この数々の石ってもしかして」

「今まで狩ってきた厄災の獣から得た肉を保管したものだな」

「石に包めば腐らない、とか?」

「クサラナイってなんだ? こうしておくと肉の中の魔力が逃げないんだ」

「しょ、食中毒とかないの?」

「食中、毒? とやらがどういうものかは知らないが……」

「エッ、昨日今日食べたお肉って焼いてるよね?」

「ユーリからの要望で焼いてるからな……、なにもなければそのまま食べているが」

「え、衛生〜!!」


 頭を抱える。食中毒にならないってわかっていても、陸上生物の生の肉は食べたくない。

 寄生虫とかないの?

 怖いよ〜……。


「……異世界で肉はそのまま食べないのか」

「そのまま食べたら食中毒、お腹が痛くなったり、胃の中の物吐き続けたり、種類によっては生きてる間ずっと治らない病気になってしまう後遺症に繋がったりする。死ぬことだってある。それだけ生肉は害しかない」


 魚肉の刺し身とかの例外あるけどそれは割愛する。

 あれは冷蔵、冷凍技術がないと違いが説明ができない。


「本当に毒、なんだな。肉はどうやって食べていたんだ?」

「火をしっかり通して焼いて食べていたよ。加熱すれば大抵の食中毒の原因となる物は死滅するから」

「そのくらいでいいのか。ならこれから食べる肉も焼けば食べられそうか」

「うん、まぁ……、肉の味がみんな同じなら」


 あのぬるいコンソメスープ味ならまあまあ耐えられるけど。


「いや、厄災の獣の肉の味はそれぞれによって違う。マズいものもあれば美味いものもある」

「味に当たり外れがあるの?」


 それは、嫌すぎるけど、……よくよく考えたら現代で主に食べられている肉の種類って少ないな……。

 なら当たり外れもあって正解なのかな……。


「今回、俺達が食べる量は多い。勝手に貯蔵した肉から食べる以上、可もなく不可もなくな味の肉か、マズいがなんとか食べられる肉を食べたほうがいいと思うが……、フユミヤ、耐えられるか?」

「……なんでそもそも厄災の獣の肉を食べるの?」

「これが1番魔力の補給の手段として早いからな。厄災の獣が落とす肉は魔力が豊富に含まれているんだ」


 そんな栄養が豊富みたいな言い方をされても……。

 いや、この世界、なんでも魔力だからそれでいいのかもしれない。

 人体がとにかく魔力で動いているんだ。

 多分……。


「じゃあ、食べるしかない、のかな」

「よし、それじゃあ味見だな」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「…………くぢいだい」

「……食べれなくはない、な」


 どこが食べれなくはない、だ。

 一欠片噛んだだけでめちゃくちゃ口に激痛の肉汁が駆け巡って、死を感じた。

 吐き出したかったけどなんとか飲んだ。

 のどいだい……。

 辛いを通り越して苦くなってきた……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「なに、これ……、虚無?」

「これは大丈夫そうだな」


 激痛激辛肉を食べて水をコップ10杯ぐらい飲んだ後、ようやく口と喉の中の辛味が減り、なんとか次の肉を食べられる気になって食べた肉がこれ、とは……。

 噛んでるのに肉汁は出ない、味もしない、臭みもない。

 噛み千切ることが難しい肉の繊維をひたすら噛んでるだけだ。

 虚しい……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……これは、普通に食べられる」

「これは普段の食事に回すか」


 肉と相性の良い香草が下味についているかのような味がする。

 ……堂々と盗み食いをしている私達は今はこれを中心に食べることはできないが、そのうち食卓に上がって来るだろう。

 その時を心待ちにしないと。

 名残惜しさを忍んで白い薄い石に包まれていく美味しい肉を見届ける。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「というわけで今回はこの肉を食べるか」

「…………」


 1つ前に食べた虚無の味がする肉だ。

 食べれなくはないんだけど……、


「フユミヤ、どのくらい食べれそうだ」


 どのくらいと言われても、この拳2つ大の肉を焼くとなると……、


「……全部?」

「……全部は食い意地を張り過ぎていないか? ……地球での食事ってどのような物だったんだ?」

「国によるけど、まず量が全然違う。こっちが少なすぎる」

「……そうなると平民向けの、量が多くて味がするが魔力の補給としては向いていない食事の方が良かったのか?」

「……平民向けの食事に対する評価が低いけど、どうして?」

「魔力が溜まりにくい上に腹に溜まる。あの腹に溜まる感覚がどうも苦手でな……」


 ……食事って、美味しくて満腹になることが大事、というのは日本の常識ではあるけど、外国でもご飯が美味しくない国とかあるし、魔力補給の効率を求めるというのは間違いではないかも?

 空腹感を感じはしないけれど、満足感は多少欲しい訳だが……、居候の身でそれは贅沢を言い過ぎているか。


「……一応言っておく、魔力の豊富な肉を一度に取り込みすぎると後々気分が悪くなるからな?」

「……魔力を取り込み過ぎている状態ってわかるの?」

「そうだな、昨晩と今朝のフユミヤの状態だ。盗み食いをしている今は肉が液状化せず、噛める状態になっていなかったか?」

「……確かに」


 さっき食べた3つの肉は口の中で溶けなくて噛むことができた。

 ……激痛激辛肉は無理やり飲んだけど。

 どうやら魔力がどのくらい体に残っているかどうかで食べ物の、厄災の獣の肉は確実に食感は変わってしまうらしい。

 そんなことある?


「様子を見ながら渡すからなるべくゆっくり食べるんだぞ。早く沢山食べすぎてしばらくするとな、……気絶するんだ」

「ド、ドカ食い気絶部……」


 ……魔力って炭水化物と似ているのかもしれない。

 食べ過ぎたら気絶なんてする栄養素は、炭水化物くらいだ。


「ドカ食い気絶、たしかにその表現に相応しいな」

「……実際に見たことあるの?」

「調子に乗って、厄災の獣の塊肉を一気に2つ分食べたやつがいるんだ。焼けば薄くなるから問題ない、と」

「それって、ユ、……」

「……本人の名誉もある、あまり詮索せんさくはしないでやってくれ」


 それ、ユーリちゃん本人と言っているような物では?

 というのは野暮だ。止めておこう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 数ミリ圧の虚無虚無キョムキョムの肉を食べること十数枚、そろそろこの肉、水っぽくなってきたな……。


「ん、どうした?」

「肉が水っぽくなってきた……、これって」

「そろそろ止め時だな。後は俺が食べるから待っててくれ。俺はハリボテゴーレムの強度を上げるのに魔力をそれなりに使ったから、な」

「待つって、なんで? 部屋に戻るけど」

「フユミヤの杖を買いに行くんだ」

「杖……」


 ロディアさんのお店に行くんだ……。

 杖ってどんな物があるんだろう。

 さすがにファンタジー世界にあるような造形を、してるよね?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ヴィクトールさんに連れられるまま、ロディアさんの家、薄赤色の石が多い石造りの角張った建物の前に来た。

 当たり前だけど、朝とあんまり変わらない外観だ。

 ……建物だから当たり前だけど。


「ロディア、いるかー?」

「……誰かと思えばヴィクトールじゃないか。ボクの店に来るなんて珍しい。目的は、フユミヤって子の杖かい?」

「よくわかったな、ボーグから聞いたのか?」

「そういうこと。昼にぼやぼやした後衛向きの魔術士になりそうな嬢ちゃんがいるって聞いたからね。……こんなにも早く来るとは思わなかったけど」


 ぼやぼやした……、まあ、そうか。

 目線を合わせることとか苦手だし、ハキハキした声で話しているわけではないし、そんな印象になるか。

 それにしても話が広まるのが早いな……。


「フユミヤ紹介する、杖職人のロディアだ」


 ヴィクトールさんがロディアさんが見えるようにズレてくれた。

 ……あれ、女性なんだ。

 高い声で一人称がボクだったから少年ではないかと思ったけど、現れたのは背の高い、赤い髪の短めのポニーテールがふわふわしている女性だ。


「……その目、四属性しぞくせいに当てはまらない魔力の属性が現れているね、もしかすると……、ヴィクトール、店の様子を見ていてくれないか! ボクはあるものを取ってくる!」

「おっ、おい、俺に店番は……、行ってしまったか……」

「ロディアさん、どうしたんだろう?」

「なにか、お前の魔力の属性に関わるような物に心当たりがあったんじゃあないか? ……四属性に当てはまらない魔力なんてよくわかったな」

「四属性って、火、土、水と、後はなんだろう、風?」

「合ってるぞ。よく分かったな」


 魔法で四属性といえば、だいたいこの4つのような気がする。

 それに光属性とか闇属性とか氷属性を加えるのもよくあるんだよね。

 この世界ではよくあるかは知らないけれど、四属性に括られている火、土、水、風属性の人達は多く存在していそうだ。

 ……でも私の目の色が珍しいとなると、もしかして四属性に分類されている魔力を持っている人が9割9分だったりするのだろうか?

 ……まさか、ね。


 ドタドタと階段を降りる音が聞こえてくる。

 目的のものを見つけられたのだろうか。


「あったよ! 四属性の魔力ではない子でも使えそうな杖!」

「そんな物があるのか?」

「あるんだよ。この杖は100年以上前に作られたんだけど、どういうわけか全く朽ちていない杖でね! 元の持ち主がまだ生きているのか全然使えるはず、……なんだけど」

「100年以上の前の武器が使えるだと? それはおかしくないか?」

「どういうわけか朽ちていないんだ! ボクも不思議に思って買ったけどさ、精々出てくるのはボヤ程度の炎でね、なのにも関わらず多くの厄災の獣と戦った気配がするんだ」


 古い杖だと使えなくなるとかあるのかはさておき、ロディアさんが持ってきた杖、もしかして、サクラが使っていた杖、なのでは?


「ロディア、その杖を買うことはできないのか?」

「やだよ。5000兆リーフ出されたって渡したくない。……ボクが気になっているのはフユミヤがこの杖を扱える魔力の属性があるんじゃないかってこと」

「私が……、その杖を?」


 ……光属性ではあるけれど、電気の魔力でその杖、壊れてしまわないだろうか。


「頼むよ〜、その杖を使えたら1週間貸すから、その杖の真価が発揮されるところを見たいんだ!」

「なぜ金を払っても渡す気がないのに貸すんだ?」

「ボク、というよりどの武器職人も四属性以外の武器を作ったことはないんだ。……作り方は核となる使用者の魔力が詰まった魔石があればなんとかなりそうだけれど、武器づくりの基本として、まず材料を使用者自身が採取する必要があるからね」

私用わたしようの杖を作るまでの材料集めのための武器として使うことはいいってこと?」

「そういうこと! まあまずはこの杖が使えないとね! というわけで使ってみてくれないか!?」


 興奮しているロディアさんの勢いに気圧されながら杖を受け取る。

 ……なんだかランプみたいな物がついているな。

 この中に魔石でも入っているのか、透明な板のような物で保護されている。

 それ以外の部分は黒くて、持ち手の方には装飾なのか柱にあるようなねじれ模様がある。

 握りやすそうではあるんだけれど、どう持つのが正解なんだろうこれ。

 とりあえず両手で持ってみる。


「フユミヤ、試し打ちはナンドリス街道でやろう!」

「……おい、ロディアその間の店はどうするんだ?」

「1回店は閉めるさ。この時間厄災狩り達はまさに狩りの真っ最中だから困るヒトも大していないだろう。というわけで店を閉めるからヴィクトール達は1回店を出てくれ」

「……わかった」


 よくわからないまま店を出る。

 ……でも店で試し打ちなんてしたら危ないか。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ヴィクトールさん、ナンドリス街道ってどんな場所?」

「ヌンエントプス森林よりかは弱い厄災の獣が現れる場所だな……。街道をずいぶん行った先にはホルニモルの町がある」

「ホルニモルの町……」

「そこに行くのはやめておけ。治安が悪いからな」

「治安が悪いってどのくらい?」

「領主がまともに仕事をしていないのか、とにかく悪事を働くヒトが多い。……まあ、そのおかげでこの村は存在できているんだがな」

「この村、領主非公認?」

「そうなるな」


 ……色々と大丈夫なのだろうか。


「……待たせたね。これでナンドリス街道でその杖の真価が発揮されるところを見れるよ……!」


 ……発揮される保証はないとは思うけど、大丈夫なのだろうか?

 まあ頑張るしかないか。

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