第6話 はじめての魔力の使い方

 結局、ヴィクトールさんが慌てて起きた理由は明かされることなく全員身支度が整っている状態で朝食を食べた。

 朝食は昨日と変わらずコンソメスープ肉で、変化がなくて悲しい。

 夕食と朝食が同じだなんて日本では到底考えられなかったが……、異世界の、常識、なのだろう。

 もしくは厄災狩りの常識なのかもしれない。厄災の獣を狩っても肉だけが落ちるわけではないだろうし……。


 ……よくよく考えたらお腹は空いていないし、別にいいのかも?

 奇妙なことではあるけれど、あの量しか食べていないのに飢餓感とか脱力感もないのだ。

 ホモ・サピエンスの肉体とは異なる構造をしているのは確実だろう。

 魔力が鍵、なのかなぁ……?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……さて、やっとフユミヤの魔力を調べられるようになったな」


 ドーナツの輪っか構造の内側の外の草地の空間に出た先にある、訓練場のような雰囲気漂う、天井ガラ空き空間で、どうやら私の魔力を調べるとのことだ。

 魔力、攻撃手段にもなるからこのくらい広い方がいいのかな?


「まずはフユミヤ、この空魔石に魔力を込めてみてくれ」

「わかった」


 ヴィクトールさんから渡された片手でつかめるボールくらいの大きさの空魔石を受け取る。

 流されるまま受け取ったのはいいけど、魔力ってどうやってこの空魔石に込めるんだろう?

 やり方が、分からない!








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………、うーん……」


 ありとあらゆる手段は試した、が、どういうわけか空魔石に魔力を込めることは叶わなかった。

 せいぜい成果があったとしたら、自分の体が体が白く発光したり、虹色に発光したりといったバカな物しかない。

 ……これ、どうするの?


「……フユミヤ、空魔石に魔力を込めるのは1回無しだ。……多分お前は、3歳くらいの子どもがやるような訓練からやった方がいい」

「3歳……」


 幼稚園にすら入ってなさそうな年齢の子どもがするような訓練をする必要があるらしい。

 ……ある意味では生まれたてではあるけれど、ここまでレベルを下げないといけないのか。


 ヴィクトールさんに魔石を返す。

 3歳くらいの子どもが行うような訓練とは一体なんなのだろうか。


 ……なんでヴィクトールさん、手袋を外しているんだろう。

 これからの訓練にどう関係するのだろうか?


「さて、訓練の内容だが……、俺が魔力をフユミヤに送るからその魔力を押し返してくれ」

「……魔力ってどうやって送られてくるの?」

「今回の訓練だと、手を通して送るんだ。こう握ってな」

「……」


 ヴィクトールさんの大きくてがっしりした手が、私の両手を容赦なく握ってくる。

 こんなに手が大きさの差があるということは……、私の頭1つ分以上は背が高いだろう。

 実際に顔を見上げてみたが、そのくらいは余裕でありそうな気がする。

 とても長い髪の毛をしている割にはしっかり男性なんだ……。なんか悲しい。


「……どうした。急に顔を見て」

「手が大きいからどのくらいの身長の差があるのかなって」

「そういうことか……。それじゃあ魔力を送るからな、我慢してくれよ」

「…………?」


 あっ、なにかが来てる感覚がするけど、これどうやって送り返すんだろう?

 ヴィクトールさんの魔力なんだろうけど。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 体が圧迫されているような錯覚がする。

 もしかすると、魔力でそうされているのかもしれないけど……。


「なあ、フユミヤ大丈夫か? 一向に魔力が返ってくる気配がしないが……」

「……まだ、わかんない、だけ、続けて」


 どこかから脂汗のような物が出てきているのがわかる。

 体には良くないのはわかるけど、なんとかしないと……!


「ッ!?」

「エッ?」


 なんの脈絡もなく静電気が走るような感覚がして目を開ける。

 ヴィクトールさんの左手がパックリと裂けていて、血が垂れている。

 ……なにが起こったの?

 そんなことより今は治さないと……!


 傷跡が塞がるよう願ってナニカを込める。

 ……光ってる?

 光が収まるのを待つとヴィクトールさんの左手の傷も、血もなくなった。よかった……。

 ……もしかしてこれって、


「治療魔術……?」

「……になるな。それより、今の魔力はなんだ? 今までに感じたことのない反発だったんだが……、もう1回出せるか?」

「け、怪我したのになんで……?」

「興味があるからに決まっているからだろ? さあ、頼む! もう1回やってくれ!」

「エ〜…………」


 両手を固く握り直される。

 ……妹さんは血の気が多い方のヤバさがあるのにこっちは自分を虐められるヤバさがあるよ〜。

 な、なんとか流血沙汰にならないレベルにしないと……。

 電気みたいなものが出てきたのなら、正座でしばらく座った後の足の痺れぐらいに威力を抑えられないかな……。


「……ん、なんだこの感覚? 足に変な感覚がするな……。」

「……多分魔力だと思う。電気の……」

「デンキ? なんなんだそれは?」

「地球での色々なことをするために使われる主なエネルギー源で……、直接触るとバチッと痺れたりやけどしたりするような物、かな。熱に変換されたり、機械、いろいろなことができる物を動かす力に使われたりしてるの」

「……どうしてデンキが魔力として出ていたんだ?」

「電気も光っているからかも……」

「勇者王レイヴァンの手記だとサクラは後方支援をしていたとしか記述がなかったが……、光属性でも攻撃することができたのか」

「……」


 現代のゲームだと光属性でも攻撃魔法は普通にあるけど、この世界は光属性の人間のサンプル数がサクラさんしかいなかったからわからないことが多いのかも?

 ……今回は電気という形になって現れたけど、なにかできるのかもしれない。


「……1回手を離してもらっても?」

「訓練の目的は達成したからいい、のか? ……離すぞ」


 やけにゆっくりと離されて自由になった両手を下ろす。

 さて……、魔力の出し方のような物は無事に体は覚えてくれたのか。


「……? どうしたフユミヤ、右手が光っているぞ」

「魔力の使い方、多分覚えた」


 光らせた右手の光をピンポン玉くらいの球状にして、軽く放る。

 ……、消えたけど、成功だ。


「もう覚えたのか……? ならさっきのデンキは出せるのか?」

「……電気は危ないから出したくない」

「なら、これにデンキを当ててみてくれ」

「これって…………、ま、魔物?」


 ヴィクトールの背後にはゴーレムに分類できそうな薄い水色をの巨大な人型無機物がいた。

 なんだかロボットアニメのロボットみたいな造形してるけど、薄い水色1色でらしくなさが漂っている。


「マモノ? とは違うぞ。これは俺が作ったハリボテゴーレムだ。これに電気を当ててみてくれないか? 俺は後ろから見守っているからな」

「これに電気を当てろって……」


 無機物に電気は通らなくないか、と思ったがここは魔力の存在する異世界だ。

 魔力でゴリ押せるのかもしれない。


 ハリボテゴーレムは動かない。

 ……動かない相手に当てるくらいなら近づいてみてもいいのかも?

 ……ホンモノゴーレムだったら絶対襲いかかってきそうだけど、練習みたいな物だよね。

 よたよたと近づいてハリボテゴーレムの右脚に近づいて右手をかざす。

 ……これ、壊したら崩れてくるとか、ないよね?

 ちょっとヒビ入れるくらいのレベルでやってみよう。

 弱めの電力を出してみよう。


「エッ、この程度でヒビできた……」


 ハリボテの名にふさわしい脆さだ……。

 右脚には数センチほどのヒビができてしまった。

 ほんのちょっと、静電気レベルの電気しか出してないのに。


「フユミヤ、もう少し強度を上げるから、強めにデンキを出してみてくれ」

「強度を上げるって……? ……こ、この色」


 ハリボテゴーレムの薄い水色がどういう訳かこの拠点もとい変な家の色になっていく、まさかこの拠点、ヴィクトールさんが建てたの!?

 ……これからはこの拠点のことは芸術的な家と陰で呼んでおこう。


「強度を最大まで上げたぞ、フユミヤ!」

「え、えぇ〜……」


 いきなり強度を最大まで上げること、ある?

 ヴィクトールさんは一体なにを考えているんだろう。

 まあ、さっきできたヒビも消えたし……、強度を上げたというのなら少しくらい出力を上げてもいいのかもしれない。


 どのくらい上げればいいんだろう?

 電気ネズミのピカちゃんみたいに100万ボルト! なーんて……。


 ……マズい、と気づいた時にはもう遅い。

 右脚が粉々になって支えを失ったヒビだらけハリボテデカゴーレムがこっちに倒れてくる。

 強度上げたって言葉は嘘なの〜!?


「あっ……」


 とっさに目を瞑る。ハリボテゴーレムは全身粉になった。ヒビ割れは2段階あったのだ。

 何キロ降ってくるかはわからないけど、まず目に入ったらマズい。


 ……なにも、降りかからない? おかしくない?


「ゥブッ!」


 水がド派手に身体にかかった。

 土砂降りの雨の中、爆速で走るトラックがぶっかけてくる水しぶきくらいものすごい量の。


 なにが起こっているんだと目を開けて後ろを振り替える。


「お、おい、フユミヤ、濡れた髪の毛を前面に出してどうした? 悪かったって……」

「乾くの? これ」

「い、今乾かすから、な?」


 そう言いながら出してきたのは全身洗浄水だ。

 ……人の心はあるの?


「ががぼがが……、乾いたけど、このやり方以外存在しないの……?」

「あとは自然に乾かすかぐらいしかない、な。すまない」


 どういう理屈で水をかければ濡れた全身が乾くのやら、魔力だから地球の水とか違うってことなのかな……?

 地球ではありえないことが全部魔力だからって理由で、正気が押し流されてしまう。

 もう突っ込むだけムダなのかな……?


「まあこれで俺の確かめたいことは確かめられた!」

「確かめたかったことって?」

「デンキの魔力が魔力壁膜まりょくへきまくを貫通するということだ」

「うん?」


 聞き慣れない言葉が出てきた。なんで壁と、膜?


「魔力壁膜というものはそうだな……、ある程度魔力を扱える必要があるが、全身を自分の魔力でうっすらと包み、それなりの魔力での攻撃を壁のように防ぐ、そんなものだ」


 つまり耐魔力のシールドを全身に張っていることと同じ、ということだろう。

 ……なんでそれを貫通しちゃったんだろう。


「そもそも、最初に試した訓練のやり方で怪我をすることは、魔力壁膜を張っていれば起こらないことなんだ」

「ヴィクトールさんはいつも魔力壁膜を張っているの?」

「そうだが、セラも張っているぞ。ユーリはまだ幼いからいつも張り続けてはいないな」

「簡単に張れるものなの?」

「どうだろうな。最初から無意識に張っているやつもいるし、なんとかして習得しているやつもいるんだ。……フユミヤの場合は習得する必要がありそうだな」

「なるほど……」


 それは難しそうだ。


「……魔力壁膜を貫通してしまう以上、フユミヤは実戦での経験を積むしかないな」

「実戦……、厄災の獣を狩るの? 魔石で検査するって話は?」

「空魔石での検査だが、デンキの魔力が混ざった場合扱いに困る魔石ができてしまう可能性がある以上、無理だな」

「……だから実戦で戦わないといけなくなった?」

「少なくともデンキの魔力でこの村の全ての建物を破壊できてしまうからな」

「そんなに危ないの!? 電気の魔力って……」

「そのくらい危ない。まあ厄災の獣が現れる場所で使う分には問題ないだろう」

「ひぇ〜……」


 もうこれ私自身が厄災みたいなものでは?

 そのくらい電気が危ない物になっているとは思わなかった。


「実戦で、となると武器がないとまずい? 武器なしでも戦えるのかな」

「いや、武器なしで戦うのはやめておけ。となると、ロディアの店だな……」

「ロディアさんの店、杖を扱っているところだっけ……」

「セラに教えてもらったのか? ロディアの店に世話になっているのはユーリだからな……。金でなんとかなればいいんだが」

「……」


 お金出さなくていいからとは言いたいが、今の私は無一文だ。

 厄災の獣を狩れるようになったら、ちゃんと返そう。

 厄災の獣を倒したとして1体あたりどのくらいのお金が手に入るかはわからないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る