第5話 ヌンド村早朝お散歩雑談
……部屋の明るさ、寝る瞬間と大して変わってないから今が朝なのか夜なのかがよくわからない。
……眠くないし、起きるか。
床に散らばった靴下を拾おうとして、ボーグさんにもらったタイツの存在を思い出す。
そっちを履こう。
ポケットの中からややしわくちゃの丸まりになったタイツを取り出して、履く。
……そういえば下着はちゃんと履いてるんだっけ?
「……紐」
どうして伸縮性のある素材があるのに下着は紐で固定しているのか、よくわからない。
……目覚めた時に来ていた服に文句を言ったところで仕方ない。
履いているだけありがたいと思うしかないのだ。
……上の下着もある、と。
この服、白いのに透けないの、凄いなー。
「歩くか、変な家」
ブーツも履いて立ち上がり呟く。
暇つぶしのスマートフォンもないのだ。
その代わりの散歩と洒落こもう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
普通に歩くと足音が響いてうるさいのでなるべくゆっくり静かに歩く。
部屋に窓がないから外の様子がよくわからないのでこの家の玄関らしき場所を目指そう。
この家はややドーナツ状の構造をしているので、部屋から出て適当にまっすぐ歩けば玄関らしき場所には行けるはずだ。
(……あれ?)
玄関には、腰まである長い髪をハーフアップにまとめている膝上丈の赤いドレスのような服を着た女性、セラさんらしき人がいる。
人がいるということは今は朝、なのだろうか。
「……あらー? フユミヤ、早いのね。まだ朝の5時前よ?」
「朝の5時前……」
……平日にいつも起きる時間だ。異世界でもその習慣は抜けていないようだ。
……いや、1日が全然違う時間になっている可能性もある。
「私、これからお散歩に行く予定だけど、着いてきてくれるかしらー?」
することもないので頷いてセラさんと外に出る。
「ありがとう。ふふっ、こうやって誰かとお散歩するの、久しぶりだわ~。お兄様とユーリ、この時間いつも寝ているの~」
「……今までは誰と散歩を?」
「ここに来てからは誰とも出来ていないけれど、学生の頃は色んな子とよくお散歩したわ~」
「学生、ということはこの世界、学校があるの?」
「王都にね、貴族は絶対に通わないといけなくって、平民は魔力の多い子が通う学校があるの」
「王都以外にも学校とかは……」
「存在しないわね~。10歳になる子が15歳になるまでの間、寮に暮らしながら通うのよ~」
「10歳から15歳……、……でもこの世界の1年って500日だから?」
2500日を400日で割ったとしても6年は超える。
……小学校ぐらいの教育期間しかないのか。
でも、この世界の10歳は5000日生きているから400日で簡単に割って地球換算で約12.5歳を超えている?
教育内容とか違うだろうし、比べるだけ野暮かも?
「フユミヤの世界の1年の日にちって違うのかしら~?」
「地球だと1年は365日時々366日になってる」
「中途半端な日にちなのね~。それに、時々366日ってどういうことかしら~?」
「条件があって、基本的に4年に一度、ズレを調整する理由で366日になるよ」
「……ズレってどういうズレかしら?」
「えっと……、空に太陽と呼ばれるものがあってその周りを地球が回っていて、太陽の周りを一周するまでが1年、だから」
「……不思議な世界ね~。タイヨウってどんな姿をしているの?」
「地球上ではすごく発光している球体で、宇宙と呼ばれる場所で見るとずっと赤く燃え続けている星……、でもこの世界、星すら見えないから……」
「そうね~、ホシもわからないわ~」
「説明が難しい……」
「とりあえずそうなりうる規則があるから1年の日付がしっかり決まっているということはわかったわ~」
「この説明でわかるの?」
ずいぶん拙い説明をしたと思うけど……、セラさんの理解力は凄いな……。
「それと比べるとこの世界の1年が500日の理由は適当なのよね~。ヒトの片手の5本指で100回数えれば1年とした方がわかりやすいなんて理由なんだもの~」
「そ、それはずいぶん適当な理由……。」
「そのせいで1年に同じ季節が2回も来たりするのよ〜。……もしかしたら400日で区切った方が巡ってくる季節にはちょうど良かったりするかもしれないわ〜」
「1年で同じ季節が2回……、春夏秋冬春のような感じなのかな?」
「ハル、ナツ、アキ、フユみたいな綺麗に決まった名前ではなくって、雨の降る
「雨季、乾季、降雪季、雨間期の順に巡っているという認識で合ってる?」
「そうよ〜。ちなみに今は乾季よ〜」
どれが春夏秋冬に当てはまるのやら、降雪季が冬っぽい感じはするから、なんだかんだ
問題は温度、だなー。
どうしよう。日本の夏より暑い季節が存在したら……、今から怖くなってきた。
「もしかするとお散歩より食堂でしっかり話した方が良かったかしら〜、フユミヤの世界とこの世界の違いについて考えたくなってきたわ〜」
「今からでもそうする?」
「いいえ〜。だってフユミヤ、ヌンド村に来たばかりでしょう? 案内も兼ねてお散歩にするわ〜。世界の話は拠点でもできるでしょう?」
「……確かに」
朝だからいいけど、異世界の話を外で話している現状はよくないか。
表向きには私、記憶喪失で通るだろうし……。
「フユミヤ、昨日はどこかに寄った?」
「ボーグさんの防具屋には寄ったよ。ヌンエントプス森林では裸足だったから、靴と靴下をヴィクトールさんのお金で買ってもらったの」
「……魔物の出る土地で裸足というのはとんでもないわね〜」
「……あの、セラさんは私が異世界から来たこと、信じでいるの?」
「お兄様が断言したというのもあるけれど、魔力の扱えない大人は初めて見たもの〜。この世界でそれはおかしいことだわ〜。今まで魔力暴走を起こしていないことが奇跡だわ〜」
「魔力暴走……」
ユーリちゃんは起こしたことがあると言っていたけれど、一体どんな現象なんだろう。
溜まりすぎた魔力が扱いきれずに溢れて周囲に被害をもたらしてしまう、とかかな。
それなら気をつけたほうが良さそうかも……。
魔力をなんとかして使うしかなさそうだけど、使い方がわからないからなんとしてでも覚えなければいけない。
「ならボーグの所は案内しなくてよさそうね〜。あの人本当に腕の良い防具職人だから欲しい防具があったらお世話になるべきよ〜」
「防具ってどこまでが防具なんだろう?」
「そうね〜、身に着けるもの全般、かしら〜。基本的に素肌の部分を隠せる物は確実にそうだと思うわ〜」
「素肌の部分……」
私の場合だと後は顔面と、両手がその部分だけど、手は手袋で良いとして、顔面は兜でもかぶるべきなのだろうか……。
「でも無闇に素肌を覆ってしまうと暑くて気が散ってしまうこともあるからその調整は必要ね〜」
「…………」
だからセラさん、結構露出が多いのかな。
目が赤いし火の魔力を持っているから、なのかも。
「次は、……フユミヤの場合ロディアのところが良いかしら〜?」
「ロディアさんはなにをしている人なの?」
「魔術士用の杖を作っているのよ〜」
「魔術士用の杖……」
「魔術士には戦い方が2通りあってね〜。指輪や腕輪などのような装身具を身に着けて近くで戦う戦い方と、杖で遠くから戦う戦い方があるの〜」
装身具、と聞いてセラさんの手を見る。
両手の中指に赤い石の指輪があってそこからチェーンみたいな物で手首に付いているブレスレットと繋がっている。
……セラさんは前者かな?
「セラさんは近距離で戦っているの?」
「そうよ〜。直接当てた方が確実だし、なにより体を動かして魔物を吹っ飛ばすことは楽しいもの〜」
「……」
ゆるい口調の割に、ずいぶん凶暴な性質を備えている……。
セラさん、恐ろしい人……。
「とは言ってもケガはしやすいし、大人数で少数の厄災の獣と戦う時は味方も傷つけてしまうこともあるからあんまりおすすめはしないわ〜」
「……味方も傷つく」
フレンドリーファイア、味方に誤射してしまうことも普通にあり得るのは恐ろしい。
「そうよ〜、同じ人でも魔力の性質は違うからあっさり傷ついちゃうの〜」
「回復魔法とかは存在しないの?」
「魔法、ではないけれど治療魔術と一般的には呼ばれているわ〜。人によっては複雑だ、って理由で使えない人もいるけれど、魔術士の半分は使えるはずよ〜」
「たったの半分……」
この世界の人達の全てが魔術士ではないだろうし、魔術士ということは魔力のある人だろうからその中でも半分……?
「自分とその身内だけにしか使わないって人もいるわね〜。大抵の治療魔術士の労働環境は劣悪だもの〜。得られるお金も少ないし、体調が悪くなるまで治療魔術を使うことを強いられるの」
「……得られるお金、少ないの?」
「治療魔術士として活動する人は戦えない、戦っても魔物を倒すほどの魔力がないという人が多いから実力を買い叩かれてしまうのよね〜」
「……治療魔術が使えるということは明かさない方がいいのかな」
「優しくない人が多いからそうせざるを得ないのよね〜。1人の人の手で助けられる人数は、限られているもの」
セラさんの声色と表情が暗い。
……治療魔術士がその力を搾取される構造ができあがってる以上は仕方ないとしか言いようがないけど、できてしまっている物を壊すことって難しいからなぁ。
「だいぶ話が変わってしまったわ〜。フユミヤは遠くからでも戦える杖を作るロディアのところにお世話になるはずよ〜」
ロディアさんの居住スペース兼店、のような建物を見る。
薄赤色の石が多い石造りの角ばった家だ。
そういえば、この村、屋根のない家が多いような……。
石の天井そのまま、みたいな建造物が多い。
そもそもあの拠点のウネウネした形もどうやって作るんだろう?
土の魔力があれば作れるのかな?
……土の魔力、便利すぎない?
「この先は他の厄災狩りの拠点が集まっているから、私達の拠点に戻るわよ〜。厄災狩りの人、血の気が多い人が沢山なのよね〜」
「……他の厄災狩りの人と仲が悪い?」
「私達は1番直近でこの村に住み始めたから、まだ馴染めてないのよね〜。あんまり交流していない、というのもあるけれど〜」
……人社会ってやっぱり面倒くさいや。
……まだこの村に馴染めていないからあの変な家に無理やり住まされてるのかな。
恐ろしいなー、村社会。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
変な家もとい居候先に着いた。
……入口にいるの、髪を下ろしているけどなんだか白くてモサモサしているから、ヴィクトールさん?
「あら、お兄様? ずいぶん早くに起きたのね? まだ6時前よ〜」
袖の下に隠れていた懐中時計を確認しながらセラさんは時刻を告げる。
「……セラ、フユミヤを連れて散歩に行っていたのか?」
「えぇそうよ〜。お話しながら歩いてたの。フユミヤの世界の1年は365日だったり366日だったりするって話とか聞けたのよ〜」
「セラ、それはずるいぞ……。俺もフユミヤの世界がどうこの世界と違うのか知りたかった……」
ヴィクトールさんは眠いのか、声がへなへなしている。
無理して起きたのだろうか?
服装は出会ったときの物から寝やすいように脱いだのか軽装だし、髪の毛がモサモサしてるのかと思ったら寝癖が大爆発してるし、身支度が整っていない状態だ。
「……1年が365日だったり366日だったりする理由が気になるが、……フユミヤは何歳なんだ?」
「24だけど……」
「この世界だとどうなんだ? 365日、ずいぶん中途半端だな……、計算がしづらい。ユーリなら紙とペンを持ち歩いているんだが……」
「棒でもあれば、土に書いて計算できるけど……」
「いい感じのやつ出すから計算してくれ……。俺は眠い……」
「ほんとにいい感じのやつ出てきた……」
ヴィクトールさんが土の魔力で作り出したいい感じの棒を使って計算する。
…………エッ、嘘でしょ、私、
「17.5歳!?」
「……俺と大体同じくらいだな」
「24歳って聞いた時は少し驚いたけれど、私より1つ上なのね〜」
「……この世界の成人年齢って?」
「15歳よ〜」
その年齢も地球上の年齢に換算する。
……20.5歳か。
「大体成人の感覚は日本と同じ……、じゃない。今の日本の成人年齢18歳だ」
「成人年齢が変わるのか?」
「どういう理由かは忘れたけど下がったの。私の時はまだ20歳で成人の時代だったから……」
「そんな直近で変わったのか……」
「やれることは対して変わってないはずだけど……」
下の年齢との付き合いがなかったので感覚が全然わからない。
それはそれとして、
「そっちは成人年齢が変わったことはないってことなの?」
「そうね〜。学園自体がフェルグランディス王国になる前から存在していたから、変わっていないんじゃないかしら〜。過去の手記を解読すればわかりそうだけれど、とっても大変なのよね〜」
「学園は300年近くも昔から存在している上に入学する年齢と卒業する年齢は変わっていないからな。300年以上は変わっていないと思うぞ」
「長っ」
歴史に関する知識が薄いからわからないけれど、その長さはとてつもないのでは……?
「でも、ここまで変わっていないのは、区切りのいい年を変えるのも面倒なんて考え方もありえそうよね〜」
「…………」
1年が500日の理由が適当な世界だ、ありえそう。
そうだったらその300年以上も続いている歴史がペラペラな価値、だな。
「あの〜、皆様方? 拠点の入口の前でどうして座り込んでおりますの?」
「あら、ユーリ、貴女も珍しく早起きしたのね〜」
「ヴィクトール様が慌ただしい物音を立てながら外に出ていったので起きてしまいましたの」
「あら、お兄様、どうして慌てて起きたのかしら〜?」
「…………」
ヴィクトールさんの視線がよそを向く。
……はて、どういう理由だろうか?
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