第4話 異世界常識ギャップ

 …………しょ、食卓が簡素。

 灰白色のテーブルの上には肉が乗った皿が1つと、透明な水のグラスが1つのセットと先割れスプーンと同形状の道具が4人分用意されている。

 肉が3列くらいあるのはヴィクトールさんの皿なのだろうか。

 それでやっと普通、くらいの量のような気がするけど……。

 普通の人の分だと思われる皿に載っている肉が片手で数えられるくらいの数切れしかないような気が……。

 空腹感はないから私は大丈夫だけど、この世界の人は小食なのかな?


「どうしたフユミヤ、席に着かないのか?」

「えっ、す、座る座る」


 食事の量の少なさに唖然としていたら、いつの間に私以外席についていたらしい。

 私の席はヴィクトールさんの隣、か。

 ヴィクトールさんの向かいにセラさんが、私の向かいにはユーリちゃんがすでに座っている。

 ユーリちゃんの椅子の座面だけ高いのはさておき、急いで席に着いて、食事を見る。

 皿の上には少し厚めだが、一口サイズにカットされた肉が4枚乗っている。

 地球の栄養面の感覚で考えると少なすぎて健康に悪いが、異世界だ。

 何か理由があるのだろう。


「それじゃあ、夕食を食べる前に色々と説明をしないと、だな。まずはフユミヤについてだが彼女は……」


 私が記憶喪失だという説明をするのだろうか。

 ……まあ、この世界の常識を全然知らないからちょうどいいのかも。


「異世界から来た」

「エッ、それ言うの!?」


 ボーグさんには記憶がないって説明してたのに、どうして説明がややこしい真実を言ってしまうのか。

 ……身内の妹さんがいるから?


「セラは覚えているよな、フェルグランディス王国初代国王、勇者王レイヴァンの手記」

「もちろん覚えているわ~。サクラって名前の子の目はこんな色をしていたのね~」

「サクラ、ですの?」

「えぇ。脱走癖があった勇者王レイヴァンは、12歳のある日にその子と出会って王宮に連れて帰ってきたの」


 12歳って相当幼いような気が……。

 厄災の獣とかいるような世界でよく脱走とかできたな。

 護衛の人とかどうしていたんだろう?


「当然王宮は大騒ぎになったのだけれど、サクラを連れ帰ってからの2年で当時のふる大厄災だいやくさいけものを全てを討ち倒したのよね~」

「古き大厄災の獣? 厄災の獣にも種類があるの?」

「あるわよ~。でも安心して、そういう厄災の獣は封印されているの」

「封印って……、解けることもありそうだけど」

「魔力で刺激しなければ大丈夫よ。それも貴族の中でも相当強い魔力持ちじゃないと厳しいと思うわ~」

「……平民に強い魔力持ちはいないの?」

「いるけれど、大体は王宮か貴族のもとにいるか厄災狩りになっているか、といったところね~」

「単なる厄災狩りが封印を解いて村や町に被害が……、といった事態は起きていないの?」

「ここ数年はないのよね~」

「ここ数年……?」


 最近はないということはそれより前はあったということになる。

 ……封印を解いて倒している、なんてことがあるのかな。

 でも勇者王レイヴァンって人が古き大厄災と呼ばれるくらいの厄災の獣を倒しているなら人でも倒せるってこと?

 そもそも倒せなかったらこの世界の人類絶滅しているか。


「それで手記の話だけれど、サクラって子はニホンという国のトウキョウから来たって記述があるの」

「まあ! そんなことがあるのですね」

「……それがどうして私が異世界から来たといった説明になるの? 私が日本で死んでこの世界で生まれ変わって生きていたけど、この世界の記憶だけ失っているという可能性とかがあるんじゃ……」


 ユーリちゃんという例がある。

 ユーリちゃんは日本人の転生者だと言っていた。

 ……今のこの肉体は地球の物とは違うし、転生してきたといった方が正しいのでは?


「いや、それはない」

「それは一体、どんな理由があって……」

「光属性の魔力を持って生まれた人間がいないんだ。少なくともこの国、フェルグランディス王国ではな」

「……光属性というのは私の魔力の属性なの?」

「フユミヤの瞳の黄色は光属性を現してるはずだ。……紫色に関しては不明ではあるが」

「……」


 あ、合わない。雑談が大の苦手のド級の陰キャの私が、光属性?

 闇属性の方が合ってるでしょ。

 ……紫色の部分、闇属性を現していないかな?


「……あの、勇者王レイヴァンとサクラは結婚していませんの? 魔力の属性は血で引き継がれるはずですわよね?」

「……勇者王レイヴァンはサクラと結婚していない。そして……」


 それなら光属性の人が産まれていないのも納得できる。

 ……でも手記の流れ的には結婚していてもおかしくないような?


「サクラという女性が存在していたことは、歴史上には語られていない。言い伝えでも、だ」

「エッ」

「まあ! どういうことなんですの!? 信じられませんわ! 古き大厄災の獣を打ち倒した功労者ではございませんの!?」

「俺達に聞かされた歴史は、勇者王レイヴァンと共に古き大厄災討伐に携わった者は聖女シルフェリアと騎士ワーフォス、封印の大賢者モルフィード、その3人であるといった内容だな」

「……勇者王レイヴァンの手記の内容が反映されていない?」

「……そうだな。何せ途中から未知の文字で記載されている上に、手記自体ずいぶん見つかりにくいところにあったからな。信憑性しんぴょうせいがなかったか、あるいは見つからなかったか……」

「全ての古き大厄災の獣を打ち倒した後、元の世界に戻ったからじゃないかしら~?」

「……セラ、あの手記のあの文字を解読したのか? あの短期間で?」

「気になっちゃったからこっそり持ってきちゃったのよね~。私の部屋にあるわ~」


 ……それはまずいのでは?

 勇者王って言うのなら相当重要な、まさしく英雄と呼ばれているような王の手記を持ち去った?

 ……セラさん、ヤバい人だ。


「……それはどうかと思うぞ」

「今のこの国の状況でこの手記の内容を知られてしまったら燃やされてしまいそうなのだもの~。この国の成り立ちの根本から揺るがす物なんて消されてしまうわ~」

「そもそもこの手記の保管先……」


 ぐぎゅるるる~という音がこの食卓に響き渡る。

 ……ヴィクトールさん、おなかすいていたんだ。


「っ、夕食とするか。食べるぞ」


 特に挨拶もなく食事が始まった。


 ……さて、この得体のしれない厄災の獣の肉を出されたからには食べるしかない。

 腹を括ろう。


 先割れスプーンと機能性がほぼ変わらない道具で肉を刺し、勇気を出して口に含む。


「……!?」


 口の粘膜に当てた瞬間、一瞬で液状になった。……なぜ?

 ソースもかかっていなかった肉なのになんだかコンソメスープのような味がするし。

 ……異世界、どうなっている?

 生温い汁に化けた肉を飲み切り、次の肉に手を出す。

 同じのが4枚あったからこれを後3回、か。

 小さいし、比較的変な味がする訳ではないから完食できそうではある。

 引き続き、食べるとしよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「食べ終わるのが早いな、フユミヤ」

「このお肉、硬くて中々大変ですのに!?」

「……あれ、溶けるんじゃないの?」

「その様子だと魔力量は期待できそうだな」

「……? 口の中に入れたら肉が液体になったけど、大丈夫なの?」


 肉の消費量を観察すると、ヴィクトールさんが残り8枚、ユーリちゃんが残り3枚、セラさんが残り2枚だ。

 早く食べ過ぎたな。これ。


「あらお兄様? この子は今日魔術を使っていないのかしら?」

「俺と出会ってから使っているところは一度も見ていないぞ。そもそも魔力の使い方も知らないはずだ」

「……それは、危ないわね~。早く魔力の使い方を覚えさせないと大変なことになってしまうわ~」

「魔力を使う……」


 全くもってピンと来ない。

 そもそもこの体に魔力があるとして、魔力を使う……、光属性だから光らせる?

 ……自分、とか?


「フユミヤ!? 急に光って、どうした?」

「……え、なんのこと?」


 目を開けて、自分の手足を見てみるがどこも光っていない。

 ……おかしいな。

 魔力を使っている感覚はなかったし、ヴィクトールさんの気のせいかもしれない。


「……今は収まっているが、魔力の使い方については明日教えるから無理して使わなくていいからな?」

「……大変なことになる、って」

「慌てさせちゃったかしら~。ごめんなさいね。大変なことになるのはそこまですぐではないから大丈夫よ~」

「……」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 ……魔力を使い方がたったの1日で覚えられるのならなんとかなりそうだが、もし、時間がかかるようならまずいのでは?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……ユミーさん、フユミーさん! もうお食事は終わりましてよ!」

「……あっごめん」


 魔力の使い方について悩んでいたらもう全員食事を食べきってしまっていたようだ。

 食卓の上にはもうなにもない。


「さ、まずはベッド置き場に行きますわよ!」


 再びユーリちゃんに手を引かれる。

 さっきと変わらず力が強いな……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「さて、まずは……、本当にこのベッドでいいんですの?」

「それで大丈夫」

「……そこまで言うのでしたら、別に遠慮しなくてもよろしいですのに」

「今の私は住所不定の不審者だから、普通は怪しむべきでしょう? すでにヴィクトールさんに17万リーフ借りている状態だし」

「……17万リーフはどんなことに使いましたの?」

「この靴と靴下。ボーグさんのところで作ってもらったの」

「……裸足でヌンエントプス森林にいましたの!? それはおかしいですわね……」

「いつかはお金も返さないといけないけど、厄災狩りができるようにならないと無理だよね」

「そうですわね。コネのない平民は厄災狩りにでもならないと日本のような裕福な暮らしはできませんもの」

「……ユーリちゃんは貴族じゃないの?」

「貴族なのは口調だけですわ。わたくし、元々は平民の娼婦の捨て子、ですもの」

「エッ」


 さらっととんでもないことを言っていないか……?

 捨て子って……。


「あんまり心配しなくってもよろしくってよ。わたくし、生まれた後は立てる頃には魔力暴走を起こして捨てられてすぐにお師匠様に拾われましたもの」

「ま、魔力暴走……?」

「魔力が使われず体内に溜まり続けているうちに感情的になってしまいますと起こってしまうことですわ。わたくし、家の屋根を少し吹っ飛ばしただけですのに、狭量きょうりょうな産みの母はわたくしを山に捨てましたの」

「…………」

「捨てられたその日にわたくしはお師匠様に拾われて厄災の獣を倒しながら日々を暮らしていた最中さなかにはぐれてしまって、どういうわけかヴィクトール様に拾われましたの」

「……なんでお師匠様のところに戻らなかったの?」

「わたくしまだ身体も未発達の4歳ですから、探しに行くと危険ですもの」

「……4歳? ギリギリ160センチの24歳の私より頭1つ半くらい小さいのに? 大きくない?」

「フユミーさん、この世界の1年は500日、ですのよ」

「エッ」


 長い割にはキリの良すぎる数字のような……。

 そんな綺麗に1年の日にちが区切れるものなの?


「ずいぶん驚かれていますけれど、この世界太陽となるものがありませんの」

「エッ、ないの? じゃあなんで普通に明るく見えるの?」

「……今は夜なので照明が付いていても薄暗いはずですわよ。照明がないところは普通に闇、ですわ」

「嘘でしょ……」

「……光属性の魔力がある、というのは真実なのでしょうね。その魔力で夜だろうと視界は良好に見えていそうですわ」

「……寝るとき暗くないと眠れないんだけど、どうしよう」

「瞳の紫色が闇属性の魔力なのではなくって? ……勇者王レイヴァンの手記、不可解な部分もありますけれど、今はフユミーさんの部屋にベッドを運ばないと、ですわね」

「う、うん。……私が運ぶよ。見えてるし」

「わたくしの魔力で運びますわ。わたくし、風の魔力の使い手ですもの。このくらい簡単に持ち上がりましてよ~」


 ……そんな生活で横着するのに使っていいんだ。魔力。

 ユーリちゃんは子どもだからそうせざるを得ない、とは思うけど。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……部屋の真ん中でいいんですの? せめて端に置いてベッド落ち阻止の確立上昇ですとか対策いたしませんこと?」

「そこまでしなくていいよ。置いちゃってください」

「……置きましたけど、本当にいいんですのね? まだ動かせますわよ?」

「大丈夫大丈夫」

「わかりましたわ。それでは最後に、」

「ががぼががび……、……なんで洗ったの」

「今のフユミーさん、自分を身綺麗にすることもままならないでしょう?」

「そう、だけど、お風呂とか」

「この世界、お風呂は連れ込み宿にしかありませんわ。このように魔術で身綺麗にできてしまいますので」

「エッ」


 異世界常識ギャップ、すーっごいある。

 ……生活の1つ1つから警戒しないといけないってこと?


「それではフユミーさん、おやすみなさいませ。わたくしはお暇いたしますわ」

「うん、おやすみ。ユーリちゃん」


 ユーリちゃんが部屋から出ていくのを見送ってから、借りたベッドに腰掛ける。

 怒涛の1日だったな……。

 ……そういえば、初対面の人に敬語、まともに使えなかったけど、今更そっちに切り替えるとただでさえ重い口がまともに回らなくなるから今のところは適当口調で話すか。

 ……敬語は貴族の人とかに使えばいい、よね?


 ……そういえば、ヴィクトールさんとセラさんの身分ってなんだろう。

 ……そういうのって無暗に聞くものじゃあないか。


 ……とっとと、寝よう。

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