第3話 金髪ドリル髪女児 ユーリ
「……これ、なの? ヴィクトールさんの拠点って」
「そうだ」
目の前に鎮座するのはヌンド村を訪れた際に見かけた濃い海色の現代アートみたいな建物だ。
……人、住めるの?
ボケーっと現代アートの建物を見ていたら銀髪の女性が出てきた。
ヴィクトールさんの妹さん、だろうか。
「……お兄様? 随分遅い帰り……、あら、そちらの女性は?」
「フユミヤだ。今日からここに住む。セラ、問題ないか?」
「ええ。……でも、寝る場所を用意できていないわ。それはどうするの?」
「ユーリから1つ借りればいい。最近は気に入ったのがあるから借りられそうな物がいくつかあるはずだ」
「わたくしから、なにを借りるつもりですの?」
……ド、ドリル髪だ。
主張の強い金髪に、青いバラのような花が片側に飾られたカチューシャをした、ドリル髪の女児が現れた。
あれが、ユーリって子なのかな?
「ユーリか。ちょうどいい。お前のベッドを1つフユミヤに貸せないか?」
「フユミヤ、ですの? そちらの黒髪の方かしら?」
「そうだ」
「…………変わった目の色をしていますのね。貸すに値する方なのか、1度2人で話をしてもよろしくて?」
「……構わん。攻撃はするなよ」
「わたくし、人に攻撃するような野蛮な性質はございませんのよ? ……さ、行きましょう。フユミヤさん」
「……えっ、ちょっ」
この女児、力が強い。
引かれる力に従って、現代アートハウスの中に入っていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現代アートハウスの床は白く、硬質な石材で足音が良く響く。
壁は外と変わらず濃い海色だが……。
「さて、この場所ならあのお
「……?」
ユーリちゃんに連れてこられた場所は単なる空き部屋だ。
……わざわざ2人になる意味はなんだろう。
「さて、フユミヤさん。早速ですがこの紙とこのペンでお名前を書いてくださる?」
「紙とペン……」
あるんだ。とは口に出さない。
と言ってもユーリちゃんに差し出されたペンのペン先はつけペンだ。
インクは付いているけど……。
受け取って、名前を書こうとしてふと気づく。
この子、漢字わかるのかな……。
念のため、ひらがなを書こう。
「……これでいい?」
「まあ! ひらがなですのね! フユミヤさんは日本人、ですのね!」
「……あっ」
大きなミスをしてしまった。
ここは書かない方が正解だったか……。
「……でしたら、このお名前、苗字、ですわね?」
「……っ、そうですね。……ん?」
なんでこの子、ひらがなを理解したの?
「まさか、日本人?」
「正解ですわ~! こんなにも早く2人目の日本人の転生者の方と出会えるなんて……!」
「……2人目? もう1人、いるの?」
「わたくしに魔術を教えてくださったお師匠様ですわ!」
「そのお師匠様って、どこにいるの?」
「…………ここに来る前にはぐれましたわ~!」
「それでいいの!?」
「生きていればまた出会えますわ!」
「ならそれでいいのか、な? ……ところでその口調は前世から?」
「流石に前世からこんな口調でしたら
「そういう理由……」
まあ、自然ではある。こんなお嬢様がするような髪型なら……。
「……ところでそのドリル髪、どうやって巻いてるの?」
「この髪はですね……。このカチューシャを外すと」
「緩くなった……」
「フユミヤさん、座ってくださいな」
「……? うん、えっ。」
髪の毛が動く感覚がして伸びている方の髪を見る。
「ド、ドリルになってる……」
「面白いと思いませんこと? このカチューシャはお師匠様から譲り受けましたの」
「……そのお師匠様、ドリル髪なの?」
「ええ。そうですわ」
「……じゃあ、これ外しても、一生ドリル髪のまま……?」
「いえ、すぐ外したら……、巻いた後のクセみたいなものはありますけれど、普通になりましたわ」
「よ、よかった……」
呪いのドリル髪カチューシャではなかったようだ。
助かった……。
……ユーリちゃんは付け続けるんだそのカチューシャ。
「さて、本題に戻りますが……、フユミヤさんのお名前はなんですの?」
「…………苗字で良くない? 呼び名は1つでよくない?」
「……でしたら貴女のことはフユミーさんと呼びますわ」
「………………じゃあ、それで、いいか」
「そこは大人しく名乗るところですわよね? 強情な方ですわね……、もしかして人に名乗れないようなキラキラネームでしたの?」
「いや、全然普通」
「でしたらどうして……」
「普通に名前で呼ばれるのが嫌なだけ」
結局のところ、これに帰結する。
呼ばれ慣れない名前で呼ばれても、怖いだけだ。
だったら統一して1つにしてしまえばいい。
「まあ……」
「この世界、苗字じゃなくて名前で呼び合うのが慣習みたいな物でもあるの?」
「基本的に名前ですわ。苗字のない人もいらっしゃいますので」
「じゃあ、フユミヤが私の名前ってことで……」
「……前世の苗字をそのまま名乗っておりますの? 名付け親はいらっしゃらなくて?」
「この世界で生きた記憶がないの。だからこの体の人がどういう名前かも知らない」
「そんなことがありますの……?」
「うん、目が覚めたらヌ……なんだっけ、ヌの森にいて
「ヌンエントプス森林ですわね。……捨て子、にしては大人ですし、どうしてそんなことが起こったのでしょう?」
「わかんない」
「ですわね……」
なんで第2の人生、始まっちゃったんだろうなというのが感想ではあるけど、転生者がいるってことは下手して死んでも第3の人生が始まっちゃうって可能性が出てきたな……。
これは困った。
「それでは、フユミーさんに私のベッドを貸しましょう!」
「そういえばそういう話だったような……? いいの? ベッドなんて貸しちゃって」
「大丈夫ですわ! わたくし17個持ってますの!」
「17個!? なんで!?」
「どのサイズのベッドが1番寝やすいかですとか、様々なベッドを連結させたら寝やすいのではないかといったことを検証しているうちにこんな数になってしまいましたわ~」
「えぇ……」
「安心してくださいまし、すべて自腹で買いましたわ!」
「自腹……、何万リーフしたの……?」
「数百万は超えていますわ~!」
「数百万……、一体どうやって稼いだの……?」
「厄災の獣を狩り続ければそのくらいすぐ貯まりますのよ?」
「ひぇ~~……」
クマモドキみたいなのを沢山狩ると女児でもそんな額稼げちゃうんだ……。
為替レートがどのくらいかは分からないけどベッドを17個も集められてしまうレベルだ。
円との差は結構近かったりするのかな……。
「さ、フユミーさん。ベッド置き場に向かいましょう」
再びユーリちゃんに手を引かれて現代アートハウスを歩く。
さてはこの現代アートハウス、滅茶苦茶広いな?
「さ、着きましたわ。ここがベッド置き場ですの。中に入りましょう」
「ベッド置き場…………、エッ……」
多数のベッドがタイル状の並びになって大きな四角形を描いている。
数は……16個?
「あれ、1個だけない?」
「バゲットは私の部屋にありますわ」
「バゲット……、フランスパン? なんでベッドをそう呼んでいるの?」
「そのパンみたいにとーっても長いのですわ。端から50回寝転んでもまだまだ行けますのよ」
「……それは、長すぎない?」
「そのおかげでベッドから落ちて目が覚めることは無くなりましたわ! 目覚めも快適ですの!」
「そっかー……」
女児でも50回寝転がれるということは地球のベッド規格の最大サイズは余裕で通り越しているだろう。
……よくそんなベッド作れたな。
材料……、ボーグさんがああやって靴だったり鏡だったりといった物質を一瞬で出していたから土の魔力さえあればできたりするのだろうか。
「さぁ、フユミーさん。ベッドを選んでくださいまし! 試しに寝っ転がっても構いませんからわよ!」
「……寝れればなんでもいい気がするけど」
「なんてことおっしゃいますの! それぞれ体への沈み込みやすさですとか、大きさとか違いますわよ!」
といっても私はベッドから落ちるほど寝相、悪くないんだよな……。
シングルベッドくらいのサイズで問題ないでしょう。
……1個しかないけど。
後は全部2~5人くらいは眠れそうな大きさしかない。
「まあ!? それにしますの!?」
「これでいいよ。私、そこまで寝相悪くないから」
「……ベッドから落ちたことございませんの?」
「ないよ」
「な、なんてことですの。そのような人が存在していただなんて……」
「大げさ……」
「……そういえば、ベッドを貸すのはいいのですけれど、フユミーさんはどこの部屋を使うことになっていますの?」
「……知らない」
「1度、ヴィクトールさんがいらっしゃる場所に……、こちらに来ていますわね」
「……あぁ、足音」
どうして来ることがわかったんだろうと思ったら部屋の外から足音が聞こえた。
ユーリちゃんは耳が良いのか私が気づく前に気づけたようだ。
……部屋の奥にいるのにすごいな。
「ユーリ、そろそろ夕食の時間だが……、フユミヤにベッドは貸せそうか?」
「えぇ、これから貸しますが……、フユミーさんの部屋は決まっていらっしゃって?」
「……ユーリの隣か、セラの隣かでいいんじゃないか?」
「ではわたくしの部屋の隣にしましょう。フユミーさん、構いませんわよね?」
「うん」
「お前達、随分打ち解けたな……。フユミヤの過ごす部屋も決まったし、夕食にするか」
「夕食ですわね! 今日のお肉の味はどんなものか、楽しみですわ~」
「肉……、まさか、厄災の獣の?」
「そうですわよ?」
「…………」
まさかいきなりそんな物を食べるとは……。
……食中毒とか、ならないよね。
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