第2話 大事な装備品
「ここがヌンド村……?」
「あぁ、そうだ」
全体的にカラフルだけど薄い色をした石材でできている建物が多く並んでいる。
ひとつだけ、やけに濃い海の色を連想させるような青緑色の現代アートみたいな建物が悪目立ちしているが……。
「まずはボーグの所に行って靴を確保しないと、だな」
「ボーグ……、人なの?」
「人だな。防具屋を営んでいる」
「……」
それはだじゃれみたいな……。
たまたまそうなっただけ、なのだろうか?
「着いたな。ボーグ、邪魔するぞ」
「……ヴィクトールか? ったく、今日は営業終……、なに女なんて抱えてる!? さらってきたのか!?」
「ワケアリでな。……こいつに靴を用意できるか? 金は俺が出す」
「靴? っておい、裸足じゃないか。一体どこから拾ってきたんだ……?」
「ヌンエントプス森林にいた」
「あの森にぃ!? 一体どうやって裸足の嬢ちゃんが迷い込むんだ……?」
「記憶がないから分からないんだと」
「おいおい、それはワケアリだな……」
記憶がない……、異世界に来たっていうよりもそっちの方が説明が楽か。
それにしても記憶喪失って言い訳、よく通ったな。
「おい、ヴィクトール、あそこの椅子に嬢ちゃんを座らせておけ。オレは上から靴下を取ってくる。」
「わかった。靴下代も上乗せしておくからな」
「はいよ」
ボーグさんは階段を使っているのか硬質な足音を響かせて靴下の在庫があるであろう階上に向かった。
「悪いな。記憶喪失ってことにして」
「大丈夫。正直に話した方が信じてもらえそうにないし、この世界を生きた記憶がないっていうのは事実だし」
「そうだな。……今から椅子に下ろすが準備はできてるか?」
「できてる」
「そうか。じゃあ下ろすからな。慌てて落ちるなよっ、と……」
やっと天地が普通の視界に戻れた……。
裸足で歩くのは危険というド正論な理由で捕まってからずっとポニテモサモサ男、もといヴィクトールさんに米俵のごとく担がれていたのだ。
それにしては頭に血が上っていた感覚みたいなのとかなかったな……。
この世界の人体、真面目にどうなっているんだ?
……それにしてもこの椅子の座面、クッション性があって尻が痛くない。沈み込む感触の奥底には硬めのポリウレタンのようななにかが入っているのか尻に優しい。
……意外とこの世界、技術が発達しているのか?
まあ、この椅子の座面以外は石でできているけど……、資材費が高いのかな?
それとも魔力で作られているのだろうか。
「そろそろボーグが戻ってくるぞ」
「……」
椅子の感触に驚いている場合じゃなかった。
乱れていた髪をそれなりに整えて降りてくるボーグさんを待つ。
「おう、待たせたな。嬢ちゃん、まずはこれを履いてくれ。ちゃんとしたやつは……、ヴィクトール、この嬢ちゃんはどこで暮らすんだ?」
「俺達の拠点で暮らす予定だ」
「…………これ以上女増やしてどうするんだ」
「お前が考えているような環境じゃない。妹と4歳の子どもがいるだけだ」
「てっきりお前、妹と駆け落ちしてこんな辺境まで来たのかと」
「……妹と駆け落ち」
膝を越えて太ももの中間くらいある靴下を履いていたらとんでもないパワーワードが聞こえて思わずオウム返ししてしまった。
妹と駆け落ち……。
「してないからな、大体セラは暇だから俺に着いてきただけだ。ボーグ、変なことを言うな。こいつが本気にしたらどうする」
「なぁ、ヴィクトール、嬢ちゃんにこいつこいつ言ってるけど、この嬢ちゃんに名前はあるのか?」
「名前……、覚えているか」
「……フユミヤ」
とりあえず苗字だって名前だからそれを名乗ればいいだろう。
学校だって職場だってそうとしか呼ばれなかったし。
「フユミヤ、か。変わった響きだな。この辺じゃ全然聞かんぞ。大体その目も、属性はなんだ? 紫に黄色って、水と火か?」
「紫に黄色……? 私の目が?」
「おいおい嬢ちゃん、自分の顔も忘れちまったのか。鏡用意するから見てみろ。そらっ」
……魔力で鏡も用意できちゃうんだ。
たった今、ボーグさんが用意した楕円形の鏡を受け取って自分の顔をしっかり見てみる。
「…………こんな顔してたっけ?」
「フユミヤ、自分の顔を忘れたのか?」
「いや、全体的になんか、違くて……」
地球の私の顔を原材料にしてるのはわかる。
ただ、なんか勝手に整形でもされたのか、絶妙に地球の時の顔より整っているような……?
圧倒的に違うのは瞳の色だ。
両目の色が全然違う。
見開いた目の上の半分くらいのところが紫で、境目のところから下に向かって黄色が強く出ている。
こんな目の色、人間の、ホモ・サピエンスの遺伝子でできるはずがない。
綺麗ではあるとは思うけど。
……なんでこんな目の色になっているんだか。
他の違和感を確かめるため頬の下の方に触れてみる……、う、産毛の感触すらない。
人間のムダ毛というムダ毛が刈られてしまったのか、きめ細やかでツルツルした肌の感触しかしない。
……こ、怖〜。
「……こんな顔で生きた覚えが全くない」
「こりゃ重症だな……」
鏡から自然を外してボーグさんとヴィクトールさんを見る。
全体的に髪色が薄い、な。ボーグさんが金髪寄りでヴィクトールさんが銀髪だ。
目の色は二人共違う。ボーグさんは明るい茶色でヴィクトールさんが……、外の変な現代アートの海色と近い色をした青い目だ。
もしかして、
「魔力と目の色って関係があるってこと?」
「関係はあるが、生きているうちに変わることもある。詳しくは
「生きているうちに変わることがあるったって相当なことがないと変わらんがな。ヴィクトールは嬢ちゃんの魔力が欲しいだけじゃないか?」
「酷いことを言ってくれるな。瞳に見慣れない
「もしかしてこの目、相当珍しい?」
「あぁ。少なくとも紫と黄色を持ったヒトはフユミヤくらいじゃないか?」
「人の目とか集める人いるのかな……」
「いや、目玉を抜き取ってもすぐに色を失うらしいぞ」
「ヴィクトール、なんでそんな物騒なこと知ってるんだ? 嬢ちゃんの発想も怖えよ」
「……意味ないんだ。ならよかった」
珍しいというくらいなら、目玉ハンターみたいな人がいたら間違いなく収集対象になりそうだと思っていた。
流石に視力はなくしたくないし。
変な杞憂もなくなったところでこの鏡、返さないと。
「あの、ボーグさん、鏡ありがとうございました。返します。」
「おうおう、いいってことよ。……で、靴だな。どんなのがいい?」
「……歩きやすくて脱げにくいやつ?」
「見た目じゃないのか……。わかった。今作る、足、地面から浮かせとけよ」
「……?」
今作るってどうやって、と思いながら素直に従う。
「えっ……」
一瞬でブーツが両足に……、一体どこから……?
「おっと嬢ちゃん驚くにはまだ早い。このままだと壊さん限りは脱げないからな。この加工をしてってな」
「ボーグ、その靴のどこかにこれを付けてくれ。両足で、な」
「おいおいおい、それも付けるのかよ。しかも2つって。チビの時より大げさじゃないか?」
「俺がそうしたいんだ。頼む」
「まあいい。とっとと装着して……、うし、完成だな」
「金属……」
ヴィクトールさんが付けてくれと依頼していたのは銀色の金属でできた装飾品だった。
膝下丈のブーツに付けるには少し大振りな気がするけど、重みは大して感じない。
なんだろうこの物質。これも土の魔力でできているのかな?
「よし、嬢ちゃん。少し歩いてみな」
立ち上がってその場で足踏みをする。
踵は低くて、木の床を踏んでも足先に衝撃が直接来ない。
実際に椅子の周りを歩いても、脱げそうになる感触だったり脚の特定の部位に負担がかかるような感覚はない。
衣料品店で5000円で売られているパンプスよりも高性能なんじゃないのかなこれ……。
「その様子だと上手くいったようだな」
「なんだぁ? ヴィクトール、オレの腕を疑うのか?」
「疑ってはないさ。ただ、防具を実際に作る光景は見たことなかったからな。こんなにも早いのか……」
「待て、誤解するな。こんなに早く作れるのは靴の素体だけだ」
「靴の素体って?」
「説明がめんどっちいな……。厄災の獣を倒せば倒すほど強くなる靴。それだけだ」
「強くなる靴……」
「ま、嬢ちゃんが厄災狩りになるかどうかは知らんが、ヴィクトールのところに住むんならこれでいいだろ」
「ああ助かる。ボーグ、代金だ」
ヴィクトールさんがボーグさんに硬貨らしきものを何枚か渡す。
なんかでかいような……。
500円より大きい、男の人の手のひらでちょうどいいサイズの硬貨が1枚とそれより一回り小さい硬貨が何枚かが渡された。
「おっ、17万リーフだな。や~助かる助かる。やっぱヴィクトール様は稼いでますな~」
「それなりの厄災の獣は狩っているからな。……じゃあフユミヤ、出るか」
「おっと待て、嬢ちゃんにこれを渡し忘れていた。こっちが正しい靴下だ。とりあえずで履かせた奴は緊急用にでも保管してくれよな」
「わかった」
正しい靴下、と呼ばれて渡されたのはタイツだ。
正しい、のかな?
「今は強い風に気をつけろよ~」
「……そういうこと」
正しい、というのはそういうことか。
確かにこのワンピースが思いっきり
そもそも下着、ついているのだろうか。
…………寝る時に、確認しよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボーグさんの店を出る。
……そうだ。
「ヴィクトールさん、靴、ありがとう」
「ああ、別に気にするな。お前には必要な物だからな」
「お金、返したいけど……」
「全くないんだろう? しばらく俺が出すから心配するな」
「えっ、でも……」
「蓄えならまだまだある。それに金銭を得るには厄災の獣を狩れるようにならないとな」
「……厄災の獣が落とすのは魔石とか肉とかじゃないの?」
「共通して手に入るのがあってな、それが通貨として使われている」
「あれ、でもさっきのクマモドキからは肉しか落とさなかったよね」
あの大きな硬貨が落ちているなら普通わかると思うけど……。
「厄災の獣から得られる硬貨はどういうわけか引き寄せ合う性質があってだな。あらかじめ専用の袋を用意しておくとその袋の中に勝手に入る」
「……なにそれ、魔法?」
「魔法……、そうかもな」
「……でも複数人で厄災の獣を狩った場合どうなるの? 硬貨がバラバラになっちゃうんじゃ……」
「合ってるぞ。バラバラになるんだ。1リーフ単位でな」
「ん? 1リーフ単位でバラバラになるってどういう仕組み……?」
「見せた方が早い。が、もう夜だ。俺たちの拠点に戻ろう」
「夜なの?」
「……夜だ。行こう」
確かに、若干暗いとは思ったけどそこまで気にするような暗さではないような……?
そういえば、夕日を見ていない。
それから星も……、見えない。
惑星規模で違うのかな、この異世界。
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