星無き世界の救い星
アルカロイ・ドーフ
世界見聞編
第1話 第2の人生は終わらない
「……草くさっ」
嗅ぎ慣れない草の臭いで目が覚める。
……あれ?
「私、死んだはずでは……?」
こんなドドドドっと木が生えている涼し気な森に行った覚えはないし、そこで死んだ覚えはない。
私が死んだのは自宅前のはず。
ちょっとした人体実験を自分で試して熱中症で死んだ。
それが私の死因、のはず。
「私、生きてる? それともここが地獄的な?」
全く持ってわからない。
というよりなんで裸眼なのに視力が普通に戻っているかもわからない。
なんなら服まで変わっている。
Tシャツ、ジーパン、スニーカーだったのが、なんかよくわからん白い長袖のワンピースになってる。
しかも裸足だし。
どっちも土で汚れてるけど。
長袖のワンピースの方は首周りが微妙に透けている。
こんな服買った覚えはないし、着た覚えもない。
地獄の死人の制服なのだろうか。
わからないものはわからないし、動くかー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「飽きた……」
現代人にこの
木と枝と雑草しかなくて視覚的な面白さは何もない上に確実に進めている保証もない。
しかもそんな道を裸足で歩いているのだから苦行だ。
スマホなんて当然持っていないので暇つぶしの手段も、脱出に役立ちそうな地図アプリもない。
……地図アプリ、この場所で役立つのかな?
なんだっけ、自然の中って携帯の回線があんまり整備されてないから地図アプリの精度が低いとか。
じゃあ役に立たないか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「暇過ぎ〜」
空を見上げて呟く。
なんで死んだはずなのに人生が続いてるんだろう……。
もしかして実は生きていてこれは夢だったりするのかな?
両頬をつねる。
なにもおこらない。
両頬にビンタ。
なにもおこらない。
息を止める。
…………………………?
「息してるの? これ? 酸素は?」
息を1分くらい止めたのに、全く苦しくない。
これ、一体どういうこと?
息を吸って吐く。
これはできる。
首を絞める。
あんまり苦しくならない。
なんか圧迫感はあるだけ。
……これ、今の、いや死ぬ前までの私と全然違う体だ。
転生、ってこと?
いやいやいやいや転生ならちゃんと子どもからやらせてよ。
大体ここがどういう場所かもわからないし、この体の人の記憶もないし。
この肉体でどうやって人生を生きろと?
体の発達具合も10代後半は確実に行ってるし、人脈ないのにこの先の人生生きろは無謀でしょ……。
「……終わってるー」
人見知り、喋ることが苦痛でコミュ力なさ過ぎてクソザコメンタルお薬で補強してゾンビ労働していた人間に成人間際での第2の人生リスタートは無理でしょ。
第一の人生でも人体実験してやっと終わらせたのに?
やっぱりもうちょっと頑張って働いて本当の限界迎えてから勢いで行くべきだったのかな……。
これでも繁忙期に人体実験するのは避けたのに……。
「また死ぬのも手かも…………、ん?」
あれおかしい。なんか変な音がする。
低い振動音? 森でこんな音って聞くことある?
辺りを見回すと空に音の発生源がいた。
「なにあれ、サソリっぽいけど……」
そんな動物、現実にいたっけな……。
そもそも転生してるらしいから異世界に地球の常識持ち込むのは野暮か。
「こっち来てるなー……。どうしよ」
ぼーっと突っ立ってとっとと死ぬか、
隠れるだけ隠れて回避するか見つかって死ぬか。
……隠れても死ぬ可能性あるなら隠れるか。
その辺の草むらに体を突っ込んでから体を伏せる。
こんな雑な隠れ方をするんだ、速攻見つかるに決まっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……………………あれ、おかしいな。
「記憶力とか視力がない系の動物?」
生き延びちゃったな……。
でも、危なそうな動物がいるってことはわかったし、いつでも死ぬチャンスはあるってことだ。
少なくともこの森にいる間は、だけど。
とりあえず、どうしようかな。
第1村人、人類でも探してみようか。
この世界に人類ってそもそも存在する?
まあ歩いてみないことには分からないか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わー、クマ」
毛色が真っ青な事以外を除けば大体クマみたいな見た目をしている動物が木々の隙間から見えた。
このまま進めば死ぬけど、引き返すのもなー。
「逝くかー」
歩くの疲れたし、第2の人生なんてなかったことにしよう。
人間社会で生きるのってとにかく面倒なんだ。
ここで死んで第3の人生が始まったらと思うと少し嫌だけど、第1の人生だって第2の人生を恐れた心に
第3の人生が始まったらまたこうして死にに行けばいい。
そもそも第3の人生がある保証なんてこれっぽっちもないけど。
足を進めて枝を踏む。
ぱきり、と鳴ったその音は案外大きかった。
──これでいい。
青いクマモドキがこちらに体を向ける。
飛びかかってくるまで、後……?
「は?」
突然、青いクマモドキの体が透明なナニカで真っ二つに切れ込みが入る。
上体部分が滑るようにこちらに倒れて、下体部分が黒い体液を噴射しながら倒れてきた。
黒い体液が顔にかかることは腕で庇って避けたけど、血、なのだろうか。
「ヒト、なのか?」
日本語が聞こえて腕を下げる。
クマモドキの向こうにいたのは、銀髪のポニーテール男で、日本人と言うにはあまりにもかけ離れた容姿をしていた。
……どうして異世界なのに日本語なんだ?
どういう理屈でこのポニーテールモサモサ男の言葉を日本語として私は理解できた?
そしてこの男はどうやってクマモドキを倒した?
見たところ、武器になるような物は持っていない。
──ここは、直ちに引き返すべきなのだろう。
わからないことが多すぎる。
一歩後ずさって草むらに飛び込む。
普通に歩けるような場所じゃ単純な身体能力で負ける。
だって私には鈍足、体力なし、数m走っただけで息切れするカスみたいな身体能力しかないのだ。
「待つんだ! どうして逃げる!?」
もちろん草むらに飛び込みはしたけど、追われたらまあ、十中八九捕まるだろう。
もうどうにでもなれ。
バカ丸出しで異世界に興味を持ったからこんなことになったんだ。
大人しく殺されるなり捕まるなりされよう。
「わぶっ…………、えっ」
草むらを突っ切って進もうとしてぶつかった相手はポニーテールモサモサ男だった。
一体なぜ先回りができたのだろうか、瞬間移動?
それともポニーテールモサモサ男は2人いる?
ぶつかった方のモサモサ男はなにも語らない。
「雑な写し身でも役に立つんだな」
背後からポニーテールモサモサ男の声がする。
雑な写し身……?
「エッ……、消えちゃった」
雑な写し身と呼ばれたそれが蒸発して消えていく。
……水でできていた、幻覚?
「で、どうして逃げるんだ」
「…………」
男の手袋に包まれた手が私の左腕を掴む。
もう逃げるのは無理だ。
「がぽぼががびがっ、……いきなり、なにをっ!」
大量の水が全身に滝のように叩きつけられて溺れるかと思った。
クマモドキを真っ二つにしたそれも水、だったのだろう。
先程の写し身といい、変な水の発生源はこのポニテモサモサ男だ。
変な水がどういう理屈で出てくるかは知らないが。
「なにって、普通に洗っただけだが……?」
「洗う? どうして……?」
「土とか枝とか葉っぱとかで凄いことになっていたからな、洗っただけだ」
「人間を洗うの……? その場で?」
洗ったと言った割に全身にかかった水が乾いている。
やっぱり変な水だ。
「いや、洗わないと臭うだろ……、お前、もしかして」
「……?」
「異世界から来たのか?」
「エッ」
なんでこの男、異世界から来たってことわかったの……。
そんなに異世界人とわかるようなことしたっけ?
後ずさりたくても腕を掴まれているから逃げられない。
「いや、でもな……。どう考えたってこのズレはあの記録の通りだよな」
「……過去に異世界人が来た記録があるってこと?」
「あぁ、そういうことだ。……で、お前は異世界から来た、でいいんだよな」
「そう、だけど……」
「ちなみにその異世界には魔力がない、で合っているか?」
「……どうしてそこまで」
色々わかりすぎてて怖すぎるんだが?
というより魔力、あの変な水は魔力で生み出されていたのか。
「ちなみに異世界でどこに住んでたんだ?」
「日本の、埼玉県……」
「トウキョウ、じゃないんだな」
「東京は近いけど……」
どうやら同じ日本の東京都に住んでいた人がこの世界に来ていた記録があるようだ。
……それにしたって、
「どうして異世界人だとわかったの?」
「まずこの世界にいる人間にしては武器も持たずに裸足で
「厄災の獣?」
「さっき俺が倒していただろう? 色々な姿形があるが、狩れない人からしたら厄災としか言いようがない被害を被る」
厄災の獣はRPGとかで言う魔物、みたいなところかな。
「次に水の魔力で人を洗う際の認識のズレが100年程前の記録と同じだった」
「ひゃくねん……」
100年ってなると、明治か大正時代あたりの人間が迷い込んできた、とか?
いやでも異世界と地球の時間の流れって同じとは限らないし……。
「とまあ、今言えるところはそんなところだな。それよりも安全な場所へ行こう。ここは危険だ」
「おわっ!?」
ここは危険だと言いながらポニテモサモサ男が私の体を容易に担ぐ。
肩が絶妙に腹に食い込んで痛い。
なにか食べていたら戻していたかもしれない。
「とりあえず、ヌンド村に戻ったらお前の靴を確保しないとな。靴がなかったらこの先大変だろ」
「ヌンド村……?」
「俺とセラ、……妹とユーリが拠点にしている場所がある村だ。この国フェルグランディスの首都、ル・フェルグランとはだいぶ遠くにあるが、それなりに賑やかな村だな」
「フェルグランディス、ル・フェルグラン……」
「いきなりこの国の全てについて説明したら混乱するぞ。行くぞ」
担がれながら草むらの方から遠ざかり、さっきのクマモドキの死体の方に向かっている……?
「なにこの、肉塊? さっきのクマモドキは?」
先ほどクマモドキが真っ二つになった遺体があるべき場所には、赤黒い肉塊があった。
毛皮だけ剥いだにしては骨がなにひとつ残っていないのが気がかりだ。
私が捕まるまでの間に毛皮と骨を抜き取ったにしては、あまりにもその作業が一瞬すぎるような、いや、そうだとしてもこのポニテモサモサ男の鞄は膨らんでいない。
魔力あるからなんでもあり、なのかな。
「クマモドキ……、厄災の獣の死体ならさっきこの肉に変わったぞ」
「死体が肉になる? 死体から肉を取るんじゃなくて?」
「それは生きている状態を保ったままやらないと無理じゃないか? なるほど、そこも違うのか……」
「違うってことは厄災の獣って奴を倒せばみんな肉に変わるの?」
「厄災の獣の全てが肉に変わるわけではない。魔石に変わったり、硬貨に変わったり、そもそも消えたりと色々だ」
「なーにそれ……」
「大体そういう傾向にある。まあヒトも似たような物だがな」
「人も肉塊になるのっ!?」
「流石に肉にはならん。魔石になるか消えるかそれだけだ」
「えぇ……」
うーん異世界、よくわかんない。
根っこから理解しようとしちゃダメだ。
「これは持って帰らないとだな」
「持って帰るの? どうやって? そのまま鞄に入れるの?」
「そのまま入れはしないさ。まあ見てくれ」
「ぐっ……」
そのままでも見れなくはないのに、わざわざ私の体の前後が逆になるように持ち直した。
ひ、人を物みたいに……。
そんなに見せたいなら見るか……、その肉をどうやって持ち帰るかどうか。
「……せ、石化ぁ!? まさかこれが魔石なの?」
「いや、これは魔石じゃない」
「えっ、じゃあ石になった元肉塊はどうなってるの? ただの石?」
「石にはしてないぞ? 土の魔力を薄い石にしてこの肉を包んだわけだが、わかるか?」
「土の魔力、薄い石……」
野生動物の生肉は寄生虫とか凄い危ない病原菌が潜んでいるから素手で触るのは危険だって言うのはわかるけど、わざわざ薄い石に包んで運ぶんだ……。
いや、ポリ袋とかなさそうだから土の魔力、みたいなものさえあればできるってこと?
「まあ、そういうのはまた後ででいいな。こいつは鞄に入れて、後は魔力中和だな」
「魔力中和?」
「これをしないと弱いとはいえ厄災の獣が産まれるんだ。厄災狩りはここまでして一人前、ってな」
そういいながら水の魔力で魔力中和、をするポニテモサモサ男。
あのクマモドキも魔力、持っていたんだ……。
ってことは……?
「私も魔力、ある?」
「そうだな。どんな魔力があるかはそのうち、だな」
「測れるの?」
「空の魔石を使えば、な。ヌンド村に拠点にあるからそれを使おう」
「測れるんだ……」
「という訳でヌンド村に行くぞ。そらっ」
「うぐっ……」
また人の肉体前後逆にした……。痛い……。
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