Ⅴ『異変』
近づくな。
そんなことを言われて近づきたくならない奴はいない。
興味本位が八割だが、純粋に遭難者だったら安否が気になる。無事救出できれば外の世界の話を聞かせてもらえるかもしれないし、俺が先に見つけてやろうとおじさんを目撃した近辺のポイントに足を運んでいた。
茂みに倒れていようと俺なら遭難者を見つけられる。絶対に町長たちより効率がいいはずだ。
倫理規定は町民を、延いては人の命を守るためにある。倫理規定に長きに渡って縛られるあまり彼らは本質を見失っている。人が死んだら意味がないのだ。
「うーん……」
ジッと目を凝らし、周囲を観察する。生きていようが死んでいようが物体である以上、微弱な魔力が放出されているはずだ。その残滓を見逃さないようあちこちを探し回っていると、
「ん……?」
人の声だ。
一人……いや、二人。
何やら話をしている。
「オリエントが不審人物を目撃したのはこの辺りか」
「本人はそう語っていました」
一人は町長だ。
そしてもう一人は……
「ライズ様……これは何かの前触れなのでしょうか」
白い外套をまとったあの青年だ。
目を覚ましてから話をしたのはただの一度きり。俺が記憶を失う前のことを知っていそうな口ぶりだったが町長から『目覚めてすぐ全てを思い出そうとするのは体に悪い』と詮索するのは止められていた。
「遂に虹の輪の残党が動き出したのかもしれない」
ライズの表情がこわばる。
「そ、それではやはりオリエントの居場所を嗅ぎつけて……」
動揺する町長。
「餌に喰いつくのは時間の問題だろう。警戒を怠るな」
「はい……残党の捕縛に成功したとして、オリエントの処遇はどのように」
「用済みなら私がこの手で処分する」
そう言ってライズは腰にさした長剣の柄に手を触れた。
処分するってことは……殺すってこと?
俺って殺されるの?
「…………ッ!」
思わず後退る。
バリッ
「っ!」
背後に下がった際に枝を踏み抜いてしまった。乾いた音が森の中に響いた。
「誰だッ!」
ライズは目にも止まらぬ速さで長剣を引き抜き、一振り音のした方へ振りかざすと剣撃が俺のすぐ側を掠め、草木を切り裂いていった。
「んんっ…………!」
両手で口元を押さえ、ほんのわずかな吐息もこぼれないよう努める。
「誰かいるのか……?」
足音が徐々に近づいてくる。茂みの中で小さく縮こまり、彼らが気づかないで去ることを強く祈る。信仰する神なんていない癖にこんな時だけ祈ってしまう愚かな自分をどうか今回ばかりは許してほしい。
一歩。二歩。着実にこちらへ近づいてくる。
もう目と鼻の先までライズが迫ってきた時だった。
「ぷはー! やっと知ってるところだ~」
別の茂みからシャルロッテが飛び出してきた。
「……こんなところで何をやっている」
困惑するライズ。それも当然だ。昨日、俺に魔力吸引を行う仕事を済ませたシャルロッテたちは翌日の朝には町を発ったはず。
「すんません……帰り道で迷って歩き回ってたら戻ってきたみたいで」
今回ばかりはシャルロッテのポンコツっぷりに感謝しなければならない。
「あのー切り刻まれそうになったんですけど、何かあったんですか?」
問いには冷や汗をかいた町長が答える。
「大事な話だ。全くどうしようもないナースだ……! 申し訳ございません。指導はこちらでしておきますので」
「もういい。引き続き捜索を続けろ」
こうして俺は思わぬ乱入者の登場により事なきを得た。
次に会ったら何も言わずギュッと抱きしめてやろう。
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