Ⅳ『素敵な夕食』

「うひょー! 飯だー!」

 庁舎二階。応接室。折り畳み式の長机に並べられた豪勢な食事を前に俺は歓喜の雄叫びを上げていた。

 魔力吸引という名の苦行を乗り越え枯渇した体に今、最高のもてなしを与えるのだ。

 一つの皿ごとに洗練された調理が施され、立ち昇る湯気すらも逃すまいと鼻先を近づけて大きく深呼吸。

 「堪らんなー!」

 早く食べたい! 早く食べたい!

 でもまだ調理場にいる町長を置いて俺だけ口走るわけにはいかない。いや、先走るか。

 謎の密室で目を覚ましてから数か月の間、俺は軟禁生活を送っていた。それから何の説明も申し開きもないまま野に放たれた。

 気づくと今にも消えてしまいそうな町にいて、町長のご厄介になっている。人生なにが起きるかわからないが、自分のこともわからないとなると対策のしようも、改善のしようもありはしない。

 ただなんとなく靴の中に入ってしまった小さな棘を何となく誤魔化しながら歩いていくしかない。

 さて。

 「待たせてすまないな。別に食べていて良かったぞ」

 取り皿を数枚重ねて調理場から町長が戻ってきた。

 ガーゼン・クロウェル・ルドガーというこの男こそが、ココットの町の現町長にして身寄りのない俺の後見人でもある。

 毎日手入れを欠かさない白い頬髯と対照的に無頓着なヨレた服。寡黙でどちらかと言えば人当たりが悪く、人の意見は全く聞かず、自分が信じた道をひたすら歩く。

 町長とはそういう男だ。

 それでよく役職が務まるものだと不思議に思うが、町の人口から見るに消去法だったのだろう。残りのジジイと言えば耳が遠すぎて会話が成立しないものばかり。とても公務が務まるとは考えにくい。比較的ボケもなく腰も曲がっていない一番死期が遅そうなこの男に白羽の矢が立ったのは必然と言えば必然か。

 「さあ、祈りを捧げよう」

 俺と向かい合う形で町長が席についた。両手を合わせ、深く目を瞑る。

 庁舎にある書物から俗世の知識を知る機会があり、その中に『信仰』という言葉があった。

 なんとなく知識として知る機会はあっても信仰することに対して理解は出来ても共感は出来ていない。だって目には見えないから。

 ココットの町の住民は皆『マリア信仰』という宗派に属している。聖母の中の聖母、神の中の神。最も信者が多く、宗教的行いも比較的誰にでも実行しやすいことから広く信仰されている主力宗派だ。

 「……それではいただこう」

 「いただきますっ!」

 まずは黄金色に輝くスープだ。表面にかかっているのはミルクか何かだろうか。濃厚でスプーンで掬うと少しとろみがある。

 「あむっ」

 まずは一口。

 「うん」

 不味い。

 安定の不味さだ。

 次に肉厚なステーキ。今も熱せられた鉄板の上で肉が油を弾きながら踊っている。

 「あむっ」

 一口。

 「うんっ」

 不味い。

 パサパサで乾燥させた干し肉を食べているようだ。焼き過ぎなのか?

 町長の用意する食事はどれも豪勢で煌びやかな品々ばかりだ。養殖肉に海産物、摩訶不思議な香辛料の数々。

 しかしどういうわけか、その舌ざわりや味はおよそ見た目からは想像も付かない酷い味なのだ。どうすれば食材をここまで台無しに出来るのか。

 それでも、こうして暖かい部屋と食事を用意してくれる町長に文句を付ける気にはなれない。見た目と味を切り離して味わえば、まあ食べられない味ではない。

 食欲が落ち着いたところで俺はふとした疑問を投げかけた。

 「なあ町長、マリア信仰の他に信仰宗派はいくつあるんだ?」

 「…………ん」

 町長は食事の手を止め、俺の意図を探るようジッと目を見つめてくる。少し間を空けてから口を開いた。

「少数派の信仰宗派はいくつかある。人の思想、人の業、人の願いの数だけ神はおられる」

 「それって都合が良すぎるんじゃないか? 要は自分たちにとって都合がいい神を創り出してしまうってことだろ?」

 「その話はやめにしよう。町の倫理規定に抵触しかねない」

 「……ふぅーん」

 何もない寂れた町のくせにやれ『禁則域』や『倫理規定』やら、無駄に縛りが多いのがこの町の欠点の一つだ。

 「そういえば倫理規定で思い出したんだけど、皆で町外れの小川で遊んでたらさ、結界の外におじさんが立ってるように見えたんだ」

 結界の外というのは、もちろん禁則域のことだ。町長のステーキ肉を切るナイフがピタリと止まった。

 「手を振っても反応を示さないし、葉が人の形に見えてただけなのかなって。医者とナース以外に町の外から訪ねてくる人っているのか?」

 そもそも『町の外から来る人間』ってのは町の伝承から矛盾していないか? 外に化け物がいるのなら、何故外から来る彼らは襲われない。町を出た者だけを襲う化け物とでも言うのだろうか。

 「……見間違いだろう。あるいは迷い込んだ遭難者かもしれない。次に会ったらすぐに知らせなさい。あと、その場所には近づくな」

 「…………わかった」

 みんなで探した方が早く救助できるのでは? 出かかった言葉をグッと飲み込む。どうせ町長に反論しても聞き入れられるとは思えなかったからだ。

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