Ⅱ『問題だらけの来訪者』
今日の遊びは何にしよう。
ガキ大将のベルシーが頭を捻る中、一つのニュースが飛び込んできた。
農作物を荒らす二本の角を持つ獣の噂だ。
英雄願望のある子供たちがそんな話を聞いてしまったら、自分たちで捕まえようとするのは必然。虫網と籠を持って目撃情報のあった山道付近に足を運んだ。虫網と籠で一体何をしようと言うのだと内心思ったが、どうせすぐに飽きて虫取りをする事になる。だから俺は何も意見は言わず、彼らの遊びに参加することにした。
「よし! 今日はここで獣を捕まえる!」
意気揚々とベルシーが先陣を切り走り出した。
「こら! 待ちなさいよ!」
すぐさまアンナが追いかけていく。
必然的に俺はドルとペアを組み、二班に分かれて獣の捜索をすることになった。
「町の結界の中に獣が入り込むなんて珍しいね。絶対生け捕りにしてペットにしよう」
意外と思考は子供っぽいドル。いや、子供か。
禁則域を危険な場所と位置付けるなら、俺たちにとってココットの町とは聖域に等しい場所だ。常に豊かな自然と安定した天候が生活を支えているのだ。
そんな土地に獣が入り込んだ前例はない。強力な結界を突破するだけの獣が存在することに驚くのと同時に、まるで言い伝えに出てくる化け物のようではないかと、内心焦る気持ちもあった。
「ひぃ……!」
枝が頭上から落ちてきて思わず後ろにのけぞった。
「ちょっとオリ。怖がり過ぎだよ。そんな玉じゃないでしょ~」
ドルは驚いた俺の反応をみてクスクスと笑った。
「まあそんな玉ではねぇーけどよ」
風が吹いて今度はドルのすぐ側に枝が落ちてきた。
「ひぃ!」
「おいおいドル。お前こそ怖がり過ぎじゃないか~?」
「いいや! 全然怖くないね! びっくりしただけだから! 獣なんて大したこと、」
茂みが揺れた。
「「ひぃ‼」」
思わず二人で抱き合って茂みを一瞥する。
枝を折りながら無き道を進み、着実にこちらへ向かってくる。
「にげ……」
ドルが腰を抜かして四つん這いのまま逃げ出そうとするが、俺はズボンのウエスト部分を掴んで制止した。
「ちょ……! オリ……!」
「…………ドル、大丈夫だ」
俺は目を覚ましてからすぐ目隠しを付けさせられている。詳しい理由は分からないが、少なくとも目が見えないからではない。
物言わぬ物体や植物、そして生き物に至るまで無意識のうちに微弱な魔力を放出している。俺から放たれる魔力が空気中の魔力の残滓に触れることで物体の輪郭を捉え、俺は問題なく日常生活を送れている。いわゆる動物が行う『反響定位』に近い技術だ。
物体そのものを見ていない俺には、茂みの中の様子が手に取るようにわかる。
つまり物音の正体が何であるか俺は何となく理解していた。
「ぷはー!」
茂みを飛び出してきたのは獣でもなければ、言い伝えにあった化け物でもない。
「おー、これはこれは。どうやらココットには辿り着けたみたいだね」
一人のナースだった。
限界集落であるココットの町に医療施設があるわけもなく、定期的に外部から医者を呼ぶ必要があった。彼女は町から遥々こんな辺鄙な山奥に呼び寄せられた哀れな医者の片割れだ。外部から医者が呼べるのなら、俺たちが下山すればいいのではと思ったが、結局何かと理由を付けて町長には却下されてしまった。
「お前、こんなところで何やってるんだ? 獣の代わりに獣道でも作ってるのか?」
「お前じゃないでしょ。ロッテちゃんでしょ? ただ道に迷ってただけだよ」
彼女の名はシャルロッテ。自称ロッテちゃんだ。
夜空を染め上げたような漆黒の長髪を後ろで一つ結びにして肩に掛け、絵に描いたような看護服を着ている。見た目から人族基準で十代後半から二十代半ば。ぼんやりとした紫翠の瞳からは感情の一切を伺うことは叶わない。
つまり『掴みどころがない変な奴』、それがシャルロッテに対する印象だった。
もっとも、目隠しを外して対面したのは目を覚ました時の一度きりなので、印象は少し想像が混じっているかもしれない。魔力の感知だけでは何となく輪郭が映る程度にとどまっているからだ。
「また迷子だったのか」
このナースは麓町からの道中、ことごとく道に迷う問題児なのだ。
こんな廃れた町に派遣されるような人材だ。元々路頭に迷っていたのだろうから毎回、道に迷うポンコツでも不思議ではない。
「ところで首に付いてる、その妙な紐は何だ?」
シャルロッテの首に赤い紐が巻かれ、先端が千切れたようになっている。
「実は医者に首輪を付けられてて」
「コアな趣味なの?」
大丈夫かその医者。
「いや、わたしがいつも道に迷うから離れないように付けられてたんだよ」
大丈夫じゃないのはやはりお前か。
「手綱を握られていたはずなのに迷子になったのか……」
「いや~人生何が起きるか分からないよね」
本当に何があったら首輪をされた状態で迷子になれるのだろうか……。
「……それと手に持ってる千切れた布は何だ?」
「食料を入れたトートバックを持ってたんだけど、それもどこかで落とした」
どうして持ち手だけに。
「……もういいよ、わかった。俺が町長のとこまで連れてくから」
分れて獣探しに出ていたベルシーとアンナの班と合流した後、俺たちは早々に町へ鞍替えした。
町を歩きながらシャルロッテに訊いた。
「今日はジジイ達の検診か?」
「ジジイ達……? あぁ……ガーゼンさんのことね。今日は検診ではなくて、君の魔力吸引の日だよ」
「げっ」
その単語に心底げんなりした。
『魔力吸引』とは、近代技術によって生み出された魔力を科学的に体外へ抽出する施術の事をさす。科学的に、と表現したのは魔法の一種に魔力を吸収する方法が存在するからだ。学術的にその魔法と区別するため、科学的にと表記されている。
人類と魔王軍による人類戦争が勃発していた約四百年前とは異なり、今は平和な世の中になった。おまけに大陸魔法協会によって、魔法の使用が厳罰化されたことで、人々はますます魔法を使わなくなった。
魔法を使わないと何が起きるか?
答えはシンプルに魔力が余ってしまうのだ。
ある一定量の魔力が飽和すると徐々に体内で結晶化し、体を蝕んでいく。
それが現代病と言われる『魔力硬化症』の正体だ。
余った魔力があるなら体内から取り除けばいい。至ってシンプルではあるが、合理的な手段だ。
「はぁ……お前は山に捨ててくれば良かった」
「別にわたしを見捨てても医者がいる以上、魔力吸引からは逃れられないでしょ」
「そっかー……そうだよなー……」
魔力と生命は大きく結びついている。魔力が枯渇すれば身体能力や免疫力の低下、延いては生命維持に支障をきたすこともある。俺の魔力吸引は体質上、許容値ギリギリを攻めた量の魔力吸引を行う必要があり、気分がすこぶる悪くなるのだ。
「そんなに怖いならおまじないをかけてあげるよ」
そう言ってシャルロッテは俺の手を取って、手の平に文字を書くよう指でなぞった。
「おまじない……?」
「わたしが昔住んでいた国に伝わる古い伝承だよ。『人』って字を書いて、それを飲み込むと気持ちが強くなれるんだってさ」
「強くなれるのか……?」
「要は気持ちのもちようだね」
「気休め程度かよ……!」
だがこうしてシャルロッテが手を握ってくれていると自然と落ち着くのは何故だろう。
きっと。
きっと、目を覚ました時に一番最初に出会った人物だからだろう。鳥類種の雛が最初に見た者を親だと認識する『刷り込み』という現象に近いのかもしれない。
コイツを親だと思ったことはなかったが、どこか親近感を感じているのも事実だ。近寄りがたい老人たちとは違って、欠陥があるシャルロッテに感情移入している節もあるだろう。
「…………」
ジッとシャルロッテの横顔を見つめる。
「ん? どうしたの。甘えたくなっちゃった?」
「……頭に毛虫付いてるぞ」
「ヴッッ……⁉」
「嘘~」
ちょっと意地悪したくなった。
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