閑話『ギルエットの町にて』

 雄大なる朝が彼方へ続く夜を飲み込んでいく。

 横長に伸びた白銀の雲に朝日が反射して、ホームを黄金に照らし出した。

 時刻は午前六時。

 ガナリア帝国が誇る北の砦、フェルトシュタイン領内にあるギルエットの町はその気候も相まってまだその寒さを残していた。

 とある記者は重たいトランクケースを両手で持ちながら、ゆっくり列車を降りた。

 蒸気機関車による長距離の旅は腰や節々への疲労が顕著に表れる。

 「うぅー! やっと着きましたね」

 トランクケースを地面に置き、まずは両手を上げて体の繊維を伸ばした。

 目を奪う赤毛のセミロングは、このガナリア建国以前から、この地に住まう純血種の特徴であった。壮麗な佇まいからも高名な家系の出であると伺える。

 メガネの位置を正してホームの先を見据えると小さな改札口が目に入った。

 「ギルエットに来るのは二年ぶりくらいですかね」

 改札口で切符を駅員に手渡しながら記者は答えた。

 「帰省ですか?」

 赤毛を見れば彼女にとってこの地が故郷であることは容易に想像がつく。

 「残念ながら仕事です。こう見えて私、記者なんですよ~」

 そう言ってトランクケースから真新しいカメラを取り出した。

 「それはそれは。是非、空いている時間があれば町を散策してみてください」

 ここ数年で開発が進んで見物できるスポットも増えているのだと、そばに置いてあった木箱から一枚のパンフレットを差し出してきた。

 『悪魔を葬った英雄が住まう町』

 そんな大々的に書かれたフレーズに記者は眉をひそめる。

 駅員は得意げにこう付け加えた。

 「パイは絶品ですよ。フィッシュフライはクソ不味いので注意」

 「有益な情報、感謝いたします」

 小さく敬礼すると駅員は鼻の下を伸ばしながら腑抜けた敬礼で記者を見送った。



 駅のロータリーには二気筒エンジンを床下に設置したバギー型の四輪駆動車や昔情緒溢れる馬車が路駐していた。まだ人の往来は疎らで早朝のロータリーは少し簡素に映った。

 「……前は早朝でもビラ配りをしている活動家の方々がいらっしゃいましたよね」

 例の事件以降、世論はより一層、魔力廃絶主義に傾きつつある。活動家の行動にも治安当局から制限がかけられ、自粛を余儀なくされている。

 「気落ちしてはいけませんね! まだまだこれからですよ」

 沈みかけた気持ちを鼓舞するように両の手を強く握りしめた。

 ギルエットの町を散策していると大きな広告看板が目に留まった。グラマーな女性が注射を持って微笑んでいる。その横にはデカデカと『魔力吸引』による美容促進の謳い文句が掲載されていた。

 今は昔。まだ魔王による脅威が日常であった時代。

 勇者ロドニスが存命だったとされる約四百年前は『魔力至上主義』の社会だった。強い者がもてはやされ、弱い者はただ片隅で生きていくしかなかった。

 優劣は生まれながらに定められ、全ては力で決定される。強者と弱者の間には努力では決して埋まることのない溝が存在していた。

 勇者によって魔王が討伐されたことで全人類を巻き込んだ数百年にも及ぶ争いの歴史が幕を閉じた。平和が訪れると急速に産業が発展していき、魔法に代わる新たな技術、魔術とも異なる全く新しい概念『科学』が躍進を遂げる。

 魔王残党軍や危険なダンジョンを鎮圧したのは、勇者でもなければ、他の魔力に富んだ者でもなく、科学による功績だ。

 徐々に科学の権威が増していき、人類同士の争いの道具としても魔法から科学を主とした戦い方に移り変わっていった。

 片隅で魔王の脅威に震えて隠れていることしか出来なかった者たちが、努力によって自分自身の価値を高め、証明することができる時代。

 それは素晴らしい。

 ……けれど、人類とはなんと愚かな生き物か。

 力によって優位を得てきた者たちは自然と淘汰され、いつからだろう。魔力とは不浄の象徴にまで成り果てていた。魔力が高い人種への差別、迫害は年月が経つごとにその勢力を増している。

 勇者ロドニスが思い描いていた『平和な世界』とは程遠い。

 『魔力が少ない体は美しい!』

 そんな時代を象徴するような広告であった。

 「……ち、違いますよ⁉ 別にグラマーなのを羨んでいるわけではないですからね!」

 控えめな胸元を隠しながら記者は一人、取り乱す。慌てて広告から目線を逸らしたと思えば、どこか遠い目をして呟いた。

 「私は……勇者ロドニスが浮かばれないなと思っただけです」

 役場の前に設置されたロドニスの像は首だけが破壊された状態で残されている。命をかけて世界を救った英雄に対する扱いではない。

 『ロドニスの子供たち』と呼ばれる彼の血を色濃く受け継いで生まれてきた子供たちは、もしかしたら彼の怨念によって、突き動かされているのかもしれない。

 きっとあのオリエントもそうだったように――

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