第4話 奈々の襲来

「私、菜々だよ! 従兄弟の顔が見たくて来ちゃった」


 ああ、今一番来てほしくないやつが来てしまった。

 ふざけんな、あいつ何やってんだよ。開けるわけには行かない。最悪俺が変態だと思われるし、勘違いして警察に通報するかもしれねえ。


 何より、奈々の俺に対するイメージを下げるわけにはいかない。

 こうなっては、奈々に引き下がってもらうしかない。


「ねえ開けてよ」


 無視する。


「ねえ開けてよ」


 面倒臭え。考えるには時間が無い。

 どうしたらいいんだよ、こういう場合さあ。


「あーけーてーよー」

「ちょっと待て、慌てるな」


 えーと、どうすれば良いんだ。


「今日はちょっとダメなんだ」


 陳腐な言い訳だが、もうこう言うしか無い。


「もう、開けてくれるまでここにいるよ。我慢勝負!」


 あーそう言う人だった。引いてくれるわけがなかった。

 こういうところは奈々の良いところでもあるのだが、さすがに今回はムカついてしまうな。


「どうしよう」


 春が話しかけてきた。不安そうに。


「隠れときましょうか?」

「いや、それはダメだ。もう従兄弟が来てるっていう言い訳を言ってしまってる」


 そうなのだ。かくれさせることなどできない。

 俺以外誰もいないおかしい状況になるからだ。

 それにそもそも俺の家に隠れる場所なんてほとんどない。奈々から隠れ通すことは不可能に近い。


 だってあいつ、へんに勘がいいんだもん。



「そうですか、ならもう開けてください。私が説明します」

「説明すると言ったって、俺が変態扱いされるかもしれないし」

「でもそうする以外に方法は無さそうだよ」

「ああ、分かったよ。仕方ねえ」


 そして恐る恐るドアを開ける。


「お待たせ」

「もう、そんなに見せたくないものがあるの? もしかしてエロ本がいっぱいあったとか? わかるよ高校生だもん、そんな秘密ぐらいあるよね」

「そんなんじゃねえよ。てかお前も高校生だろうが」


 大人ぶりやがって。

 知ってるんだぞ。BL本とかを持っていることは。


「ようこそ!」


 奈々のもとに春がやってきた。


「え? どういうこと?」


 菜々は分かりやすく動揺する。無理もないだろう。こんな光景は現代日本では普通見ない。それどころかもはや現実世界ではないだろう。

 手足が拘束されている少女がそこにいるのだから。


「分かりやすく説明します。私はとある組織に囚われ、拘束されました。これがこちらです」


 春は後ろ向きに立ち、拘束されている両手を見せる。


「警察も組織に繋がってて頼れません。なのでこの家でお世話になっています」


 俺はちらっと奈々のほうを見る。全く呑み込めていなさそうだ。

 そりゃそうだ。

 すぐに受け入れる方がおかしい。


「……」


 奈々は一言も話さない。衝撃が強すぎたのか、それともただ現実から逃れたいのかは分からないが、少なくとも混乱しているのは 間違いないだろう。今思えば俺もよくすぐに納得したもんだ。



「ちょっと……」


 奈々が言葉を発した。超小声で。

 俺はその奈々の声を頑張って聞き取ろうとする。


「意味が分かんない」

「意味が分からなくて当然だ。俺も最初は理解するのに苦労したからな」

「当然とか言われてもねえ、ちょっとわからなさ過ぎて。てことは匿っててもらっててそれを警察にも言えずに、拘束されている少女ってこと?」

「奈々、文法とかいろいろおかしい」


 英文の直訳みたいだ。


「だって仕方ないじゃない。わけわかんないんだもん」

「まあそうだよな」

「でももう難しい話はやめ!」


 奈々は春のほうに走り出す。一目散に。


「奈々。何をするんだ!」


 思わず奈々に向かってそう叫ぶ。だが、奈々はそんな俺の言葉い耳を貸さずに、


「ギュー!」


 春に抱き着いた。



「え?」


 春は明らかに混乱する。



「あ、ごめん嫌だった?」

「嫌ではないですけど。急でびっくりして」

「春はギューってしてほしい?」

「うん! もちろん」

「じゃあギュー!」


 奈々は再び春を思い切り抱きしめる。

 春の表情を見ると嬉しそうだった。

 良かった。



「うれしいです。私抱っこ自体されたのが久しぶりで」


 そりゃあそうか。母親が亡くなってるんだもんな。


「そう、それは良かった。私がもっと愛情を上げるね」

「ありがとう! お姉ちゃん」

「お姉ちゃん?」

「うん! 私の大好きな人はみんなお姉ちゃんですから」

「そっか。大好き春!」



 どうやら春は奈々になついたようだ。



「しかし、こういう事だったら言ってくれててもよかったのに」


 そう、春を膝の上に乗せた奈々が笑顔で言う。


「言えるか! 最悪逮捕まであったぞ。俺たちは誰も信用できないんだ」

「でも私たち親友でしょ、もっと信用してくれててもいいのに」

「こういう場合信用とかそういう問題じゃないだろ」


 何しろ、俺が監禁してると思われたら一発アウトだし。


「まあそうだけど」

「私もできるだけ人には言わないようにお願いしてたんです。こんなことを人に言っても信用されないと思ったので」

「私は信用するよ。大輝くんと春のことだもん」


 そう言い奈々は春の口に食事を運ぶ。


「おいしい?」

「おいしいです!」


 そう、春は笑顔になる。


「それでよ、これからどうするつもりなの?」

「私は拘束を解きたいと思ってるんだけど。大輝さんスマホで澤雪春って調べてください」

「ああ。わかった」

「これ見てください。私死んだことになっていたことになってるんです」


「交通事故に巻き込まれて亡くなられた澤雪春(9) はすぐに病院に運ばれたが、死亡が確認された」


 そう言うニュースがあった。


「私ね、死んだことになってるの。表向きね。多分これは私が組織に捕らわれた際に戸籍をなくすために死を偽装したんだと思います」

「だったらどうすればいいの?」

「たぶん組織をつぶせれば、私は表舞台に帰ってこれる。でもその組織には警察、強いては政府がかかってるの。今の政党世界共通党 所謂世通党もかかわってるの。だから組織をつぶせば世通党の支持率も下がり私は新しい戸籍を新しい政党から与えられえるでしょう」

「ちょっと待て、話がややこしくなってきてないか? つまり敵は組織もそうだが政府が敵ということなのか?」

「そうです。組織はおそらく政府の手によって隠蔽されているのです。だから、政府や警察の癒着を何とかしないことには組織をつぶせません」

「苦労したんだね。春ちゃん」


 奈々は春をなでる。しかし、思ったよりも敵は強大なんだな。


「ありがとうございます」

「そして問題は俺たちが学校に行っている間の春だよな」


 今は大きい問題は置いといて小さい問題に注視する。


「うん」

「どうするか。他には頼れないし」

「私が我慢したらいいだけですから。そもそも私は居候ですし」


 その春の顔はやせ我慢をしているみたいで、到底そうだなとはいえない。

 対策を考えなくてはならない。


「そうだ! アニメを見せるのはどうだ? それで暇はつぶせるだろう」

「いい考えね」

「アニメですか?」

「そう、たしか最近のアニメは物語の終わりにそのまま続きを流してくれるのよね」

「ああ」

「これなら春でも見れるね」

「ああ」


 その場合手を使わなくても見れるわけだしな。


「なによ。ああしか言わないじゃないの」

「別にいいじゃないか。そんなところツッコむなよ」

「ツッコむわよ。まあでもこれで春の暇は大丈夫だよね」

「そうですね。暇なのは変わらないと思いますけど、まあ私にはこれでも幸せ過ぎるので」

「春! 大好き」

「もう、お姉ちゃんたら」


 あ、でも一つ忘れていることがあるような。

 そう春の下半身を見て思った。


「そうだ、春。ズボンは大丈夫なのか?」

「え?」


 そういった奈々は「キャ」と言って春から離れる。


「春漏らしてるじゃん」


 そう、春は今まさに漏らしているのだ。


「えっと、この場合どうしたら」


 奈々は焦る。


「そこなんだよ。おしっこは最悪拭いてもらったら大丈夫なのだが、これから先おしっこ漏らした後どうするのかが問題だ。これから考えなければならないことが多いんだ」

「確かに飲み物すぐになくなって喉が渇きましたし、そもそもソーセージが置かれてても、気軽には食べられませんからね」

「そうだな。感触とかもそうだし、そもそも筋力不足の問題もある。考えなければならないことがいっぱいだな」

「……問題しかないわね」



 三人でしばらく考える。だが、正解が見つからない。

 とりあえずトイレ問題は置いといて、飲み物と食べ物は一応机に置いとく。それも沢山の水と、手が拘束されていても食べられそうな物、そして着替えはチャックのついたズボンを探す。おしっこは奈々が今日は拭く。

 それで今日のところはひとまずそれで置いておこう。




 SIDE春



 今日はお客さんが来た。正直びっくりした。

 ばれたくなかったけど、仕方がないので通した。

 拘束されていることで何か言われるかなと思ったけど、普通にいい人だった。私に抱き着いてくれたし。

 お母さんがいない悲しみが埋まっていく感じがした。


 ……女子だったのが少しもやもやするけど。

 大輝さんはああいう人が好きなのかな。


 でも、彼女は私のこともかなり考えてくれてて、本当にうれしかった。

 明日から暇が少しだけ和らぐかもしれないと思ったら、少し楽しみになる。


 ただ、今日も嘘をついちゃったなあ。

 澤雪春なんて人物もうこの世にいないのに……。

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