8 異形獣(まもの)の檻

 アラミスが護衛隊本部基地の深層部にまで潜入し、持ち帰った情報を元に彼らは早速アバロンのアジトで簡単な計画をたてていた。

 ヒースの言葉に突き動かされるまでもなく、四人は明日にはここを発ち、夜間にオルレオン王都へ行って護衛隊が秘密裏に建設していた施設へ潜入することになった。


 段取りはこうだ――。


 四人はクロードから入手した潜入ルートを基に、護衛隊駐屯舎敷地内から外れた施設に行き、二手に別れて探りを入れる。

 ヒースはジェシカと二人で「檻」とその近くの怪しい〝石造りの小屋″を、アラミスはルエンドと一緒に研究室内部を探る。ミツヤを発見しても奪還だっかん不可能と判断したら一旦引いて出直す。


「いいか、ヒース。お前は毎度ミッチーのプランBを無視すると聞いている。てことで今回はシンプルプラン一本だ。何かあれば臨機応変の各自の対応に任せるが、緊急事態は最悪思い切ってこと。前みたいに無理して強引に突っ込むんじゃねぇぞ」

 アラミスがヒースに釘を刺した。


「ちぇっ。えっらそーに」

「ヒース……?」

 ジェシカは横目でちらっとにらみ、今はいないミツヤの代わりにヒースをたしなめた。

「すいやせん。了解っす」


 ◇ ◇ ◇


 そして翌日――。

 クロードから「裏口から入る潜入のコツ」をあらかじめ聞いていたヒース達は、夜遅い時間であったことも手伝って、意外にも早く護衛隊の敷地内に潜入できた。


 月にかすみがかかり、控えめにしか照らしてはくれない夜だ。周囲は松明やランタンがなければ何も見えない。

 しかもこの日は護衛隊に、非番の隊員が比較的多かった。

 

「なんか、これでいいのか? ってくらい簡単だったな。いやー、前にミツヤと初めてここに潜入した時は大変だったぜ」


「へー。どっから入ったの?」

「あそこの正面の門から」

 ヒースが正門の方角を指さした。

「バカなの!?」

 ジェシカが声を張ってしまった。


「しーっ! だってあん時はクロード、門の入り方までは教えてくれなかったからな」

「あんたもミッチーもほんとバカ。よく今まで生きて来られたわね」


 ヒースとジェシカは護衛隊の駐屯舎を遠く後ろに見ながら、どんどん奥に侵入して行った。

 問題の檻と施設はオルレオンの宮殿外にある。

 そのエリアを隠すように、トージは壁を増築し、施設ごとぐるっと囲って城壁を拡張していた。その為、ひょうたんのようないびつな城壁になっていたのだ。


 暫くすると、暗がりの中から何やら異形獣まもののうめき声が聞こえてくる。

「ヒース……。聞いた今の?」

 灯りで気付かれてはいけない、ジェシカは敷地内に入ってからランタンの火を消している。

「ああ、アラミスの話だとこの辺りに檻がいつくもあるって言ってた」


 暗がりに異形獣まものの声がするのだ。独特の嫌な臭いもただよってきた。

 異形獣まものは檻の中だと分かっていても、恐怖が襲う。


 ジェシカがヒースの左肘の袖をつまんでいたのでヒースは少しならと、人差し指を立ててその先にドナムで小さな火を灯す。

 その途端、目の前に異形獣まものの鼻先が見えた!


「キャ……ッ」


 ジェシカの悲鳴を抑えようとヒースは彼女の口もとを手でふさいだ。

「ジェシー、よく見ろよ。あいつら鋼柵の中だぜ」

 ヒースは口に当てた手を離す。

「ビ、ビックリした、終わったと思ったわ」

「俺も」

(お前の叫び声で)

 

 すぐそばに人間がいるせいで、異形獣まもの達が騒ぎ始めたようだ。

 誰か気付いてこっちに来るかもしれない、あまり時間はないがまだ何の手がかりもつかめていない。

「ジェシカ、少し離れよう。全貌もよく分からないし」

 ヒースとジェシカはそうっと周囲を周ってみた。

 

「何だか大雑把おおざっぱとはいえ異形獣まものが種類別に分類されてそれぞれ別の檻に入れられてんな」

「五、六、七……。七つも檻が。気味悪過ぎ、何の為にこんなことしてんの?」

 一つの柵もおよそ15メートル四方毎に囲いが作られているようだ。


「ちょっとヒース。こっちの檻の異形獣まもの、首になんか輪っかついてる」

 ジェシカが隣の檻のタイプ1の異形獣まものの首を指さした。

「あの鈍い光り方、銀よ」

「え、こいつらにそんな高価なアクセつけてんのか?」

「何言ってんの、アクセサリーなわけないでしょ。多分行動を抑制してんだと思う。前にも店で自警団の話聞いたでしょ? 異形獣まもの討伐に銀メッキの剣を使ったら片付くの若干じゃっかん早かったって」

 

 檻の前をゆっくり歩きながら、二人は別の檻の前で立ち止まった。

「ん? ……あいつなんか喰ってんのか?」

 クチャクチャという音が聞こえる。生臭い。

 指先に点けた火をかざしてよく見ると檻の一つに、何かを食べている異形獣まものがいた。

 目を疑った。人間の下半身だ……!

 

「見るな!」


 ヒースは即座にジェシカの頭を胸に抱え、視界をふさいだ。

「ど、どうしたの?」

 ヒースの行動の意味が分からず一瞬ドキドキしたジェシカの顔が火照ほてる。

「まさかあいつら……に、人間を餌にしてんのか!?」

 ヒースは、両親を目の前で異形獣まものに襲われたジェシカに、この場を見せないよう柵とジェシカの間に立っている。

「え? ウソでしょう……!?」

 そしてヒースはその檻の中で、更に恐ろしいものを見てしまう。

「ちょ、ちょっと待てよ……あれは……」

 

 ヒースはジェシカを一旦、檻から離れた場所で待機させると再び一人、檻まで走り寄った。

 地面に落ちている物が気になったようだ。


 服に引火しないようコートの袖口をまくって、手の平全体に火をつけ照らす。

(や、やっぱりそうだ、この制服……!)


 人間の足が転がっている異形獣まものそばで、ヒースが見たものは、なんと敗れて血に染まった護衛隊の制服だったのだ……!


(まだ新しい……? それにこの散乱の量から見ても事故じゃねぇな……考えたくもないが、あいつら仲間まで餌にしてやがんのか……!?)


 更に、ジェシカの方もヒースの小さな炎で檻の中に奇妙な異形獣まものがいることに気付き、離れた場所からヒースに手で合図を送る。


「ヒースあそこ……ほら、異形獣まものが……半分人間に見えない?」


 その檻内では、下半身は獣のような毛で覆われ手足には鋭い爪が生えた、だが肩から上は人間の異形獣まものが横たわっていた。


 驚いたヒースが凝視していると、あろうことか、徐々に肩から下半身の方へと人間の体に変わりつつあったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待てよ……。お、おい」

「ヒース、あれってどんどん人間になってない……?」

「どうなってんだ! いや、その前にあいつどっかで見た事が……」


 火で照らし出されたその顔は、ハンスだった。

 以前、ミツヤと二人でビアンヌの街へ買い出しに行く途中、襲ってきた二人組のイントルーダーの一人で元、化学薬品の開発をしていたドイツ人だ。

 全身に樹脂のまくを作り、息の続く限りは完全防御できるドナムを持った男だったと、ヒースは思い出していた。


「ハンス! そうだろ!? 今助ける、ちょっと待ってろ!」


 ヒースは発見されるリスクを承知の上で炎斬刀えんざんとうに炎をまとわせ、侵入できる最小限の穴を開ける為、檻の一部を溶かして切り取るとみずから中へ入った。

 あまり騒ぎたてることなく迅速に助け出す必要がある。

 ジェシカが不安そうな目で見守る中、なんとか異形獣まものが寄ってくる寸前でハンスを檻から引きずり出した。

 

「ハンス! 眼鏡がないから直ぐには気付かなかった、ごめんな」

 ヒースは全裸のハンスに、自分が着ていたコートを脱いでハンスの体を包み、起こした。


「気付いたか? 俺だよ、覚えてるか? あんたに以前襲われて刀折られた」

「……お、覚えてる、よ……」

「何があったんだよ、さっき半分異形獣まものの格好してなかったか?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一方、研究室らしき一階建ての長い建物に侵入しているのはアラミスとルエンドだ。

 アラミスの、カチリと撃鉄げきてつを起こす音でルエンドが振り向く。


「アラミス、なにそれ?」

「オヤジ特製の回転式ハンドガンだ。見た事ないよね。今日みたいな潜入捜査はこっちの方が機動力あるんだ」


 蝋燭ろうそくのブラケットが数メートル置きに設置されているだけの暗い廊下を進んで行くと、いくつかあるドアのうち、一つだけ数センチ開いて灯りが漏れている部屋を見つけた。


 二人がドア越しに恐る恐る中をのぞくと、一人の青年が簡易ベッドに横たわった負傷者を治療しているようだ。

 負傷者は異形獣まものに襲われたのか、片脚がおかしな方向に折れ曲がり、膝から白い突起のように骨が突出している。


(痛えなんてもんじゃねーな、あれは)

 アラミスは思わず視線を外した。

(見ていられないわ)

 ルエンドも顔をくしゃくしゃにしてそむけた。


 だが青年は無言かつ冷静に、手を男の脚にかざし始める。

 すると徐々に失った足が元通りになっていく――

 アラミスとルエンドは思わず声を出してしまった。

「え!?」

 青年が声に気づいて戸口へ振り向く。

「誰だ!」


 その怪しい青年が手を動かしたので攻撃を受けると感じたアラミスは、躊躇ちゅうちょなく青年の肩めがけ引き金を引いた。

「アラミス、ここで発砲したら仲間が飛んでくるわよ!?」

 しかし、アラミスはルエンドの言葉が頭に入って来ない。

 弾は青年の肩を貫通したが、傷口が瞬時に消えていったのだ……!


「一体どういうことだ……」

 アラミスは青年の肩を凝視ぎょうししてしばらく動けなかった。


「ルエンドちゃん、一旦ここは引こう!」

「待て……!」

 青年が追ってくる。

 しかしその表情には敵意は見て取れなかった。背を向けていた二人には気付きようもなかったのだが。

 

 アラミスとルエンドは廊下を元来た入口方向に向かって走り出していた。

 だが青年はすぐに追いついてしまう。

 ルエンドの左肩に青年の右手がかかった瞬間、彼女は肘鉄ひじてつをお見舞いしてそのまま体をくるりと回転させると、ナイフで青年の腕捲うでまくりした右肘を切り裂いた。


「ルエンドちゃん、下がって!」

 アラミスがルエンドの前へ、かばうように左腕を伸ばしハンドガンを向けた時だ。

 青年は切られた腕を押さえもせず、突っ立ってこちらを見ている。

 切り口から流れる血は、腕を伝って指先から床にポタリと落ちた。


「第三隊のルエンドさんですね」


 青年の右肘の傷からは出血するもすぐ止まり、あろうことか傷がふさがっていくのだ。


「おまえ、まさか不死身なのか……!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る