8 アバロンのアジト
ミツヤはヒースに炎の剣の経緯を聞いていた。
「うーん、悪いが全然覚えてないな……」
ヒースは腕組して記憶を辿る。
しかしあの時はミツヤを失うかもしれない恐怖と怒りで僅かな炎など目には入っていなかったのだ。
「まさか、ヒース、お前もイントルーダーなのか……!?」
「いやぁ、そんなはずはないぜ? だって生まれてからずっとここに住んでるし……まぁ、とにかくどこか安全なところでちゃんと手当しようぜ」
それを聞いたミツヤが、視線を外して数秒考えた。
「それなら、僕のとこ来ないか? ちょと歩くけど」
ミツヤのいた村の近くに随分前、
今はスラムと化して国も放置しているエリアのひとつだ。
何週間か前にミツヤが見つけて、それ以来たった一人で暮らしていたという。
背後の追っ手に警戒しながら、まずはそこへ移動した。
◇ ◇ ◇
アバロンに到着した頃にはもう夜が明けていた。
風が、立ちすくむ二人の間を吹き抜けていく。
「ふうぅっ、さぶ」
春とはいえ、早朝は気温が下がり風も冷たい。
アバロンはヒースが想像していた以上に荒廃したエリアだった。
かつて小さな街が存在していたであろうその場所は、住居らしき建物は瓦礫のように崩れ、周囲を見渡す限り、荒野が広がっていた。
「人っ子一人いないな……」
街の中心にはかつて憩いの場となっていたであろう噴水の跡がある。
噴水の中央にある馬のシンボルが崩れ、今は辛うじて形を残しているだけだった。
「……だろ? そのせいで、護衛隊も用事がないし、
ミツヤが入口脇にいつも置いているマッチを手に取り燭台の蝋燭に火をつけると、二人はかつて賑わっていたであろう二階建のレンガ作りの大きい洋館に入っていった。
外から見るよりも内部は意外にも整然としており、小綺麗で品のいい調度品が揃えられているのが暗がりでも分かった。
一階中央のホールを抜け奥の客間に足を踏み入れると、目に入ったのは中央に置かれたソファーの応接セットだった。
格子の硝子窓もまだ割れておらず、カーテンも無事だ。
「なんと言ってもこの洋館がいいのは、ガスはもう配給されてないけど、水道が通ってることだ」
「水道!?」
ヒースは驚きと、少しの高揚感で声が上ずった。
「ここは廃墟になる前は結構な金持ちが暮らしてたんだろうな」
この国では宮殿内と、一部の富裕層エリアしかガスと水は供給されていない。
一般民衆の灯りとりは、油に火をつけるか蝋燭の火だ。水道管とガス管は富裕層の多い街には割合多く設置されているが、ほとんどの街や村は井戸なのだ。
因みに、水道代についてはこういった廃墟であっても毎月定額で水道設備のあるエリアの貴族がまとめて支払っていることはミツヤも知らない。
奥のキッチンに入るとヒースは初めて見る珍しい水道の蛇口をひねってみた。
「すげー!! ミッチー! 水が出るぞ!」
「ああ、ヒース、僕もこれにはすっげー助かってんだ。なんたってシャワーもできるからな」
「シャワーって何だ?」
「まぁ、後でゆっくり見ればいい、まず休もうぜ」
ミツヤは一番広い客室に案内した。
部屋の中央のシャンデリア、壁のブラケットなど各所に設置された蝋燭に火を灯す。
「おお〜。明るくていいな」
ミツヤがゴブラン織のような厚手の生地が張ってある猫脚のソファーに体を横たえると、ヒースは赤い刀を部屋の隅に置き、じっちゃん秘伝の薬と近くのキャビネットの上の薬箱にあった包帯でなんとかミツヤの応急処置を済ませた。
「ふうーっ ここいいな、落ち着くし。しかもまだ使えそうな物が結構残ってるじゃないか」
ヒースはミツヤと反対側のソファーに腰を落とす。
安堵のせいか疲れがドッと出てあくび混じりだ。
「まずは礼を言わないとな。ありがとう、助かったよ」
あまり表情を変えないミツヤが少し照れくさそうに礼を言った。
「だが、プランBが台無しだ」
「あー、あれな。悪い。目の前の敵に攻撃されても、取り敢えず放っておくって、やっぱどうにも出来なかった。ごめん」
「そもそも、どっちか捕まっても関知せずと決めたのに、何やってんだ。まぁ助かったけど……」
「あの場面で仲間を見捨てるとか無いだろ」
(……仲間、ね……。こいつまだそんな事言って)
内心ではそう思いながらも、ミツヤは悪い気はしなくなっていた。
「ところでミッチー、これなんだ?」
ヒースはこの部屋のキャビネットの上に飾ってあった黄と青のツートン色のボールを持ってきてミツヤに手渡した。
「ああ、それか、こっちの世界にはないんだろう? バレーボールだよ。僕小・中・高とバレー部だったんだ。て、分からんか」
ミツヤがボールを受け取ると、背中の痛みも忘れた笑顔でボールを上に放り、右手で軽く床に打った。
「ううっ背中!」
ミツヤの背中の激痛と共に飛び出したボールは床に当たった後、ベクトルを変えて勢いよくヒースの肩に命中し、跳ね返ると更にドアにぶち当たった。
「いてぇ! え? びっくりした、なんだミッチー、すげー! なんの武器だ!?」
「お前、面白いな! 笑わすなよ、背中が……!」
本人は気づいていないが、ミツヤは久しぶりに笑ったのだ。
「お前の世界から持ってきたのか?」
「ああ。このボールは僕が落雷に遭った時、手に持ってたか傍にあったのは覚えてる。他にはポケットに入ってたグミと小銭くらいなんだが……」
「グミ?」
「悪ぃ、もう食った」
「他にも以前に街でイントルーダーらしき人物に会ったことあるんだが……どうやらこっちの世界に来た者は、その時手に持ってるか傍にあった物もいっしょに持ち込んでるようなんだ」
「へぇー」
「お前、着火ライター持ってたろ」
「これか?」
ヒースはデニムパンツのポケットに手を入れてハッとする。
「あの影響で剣から炎が出たんじゃないかって……」
ミツヤはヒースの手元を見ながら着火ライターがポケットから取り出されるのを待っていた。
「あれ? ……ない。どっかで落としたかも……!」
「なんだよー、しょうがないなぁ。ま、いずれガス無くなるしな」
その後ヒースはミツヤに言われ、刀から炎が出るかどうか、刀身に穴が開く程見つめてみたが一向に光が出る気配はなかった。
「うーん、僕の見間違いだったんかなぁ……」
二人はじっと、顔を見合わせて暫く沈黙が続く。
「……なぁ、腹減ってないか? 資金あんまないけど何か食いもん持ってくるぜ」
ヒースが先に沈黙を破って切り出した。
「悪いが僕もお金ないんだ。でもあの森、また
「そういやぁミツヤに助けてもらったベルニーの森、思い出してもこえーよ。犠牲者の遺体も散乱してたし」
「ああ、自警団だろう、あれは酷かったな。だいたいこの国、護衛隊が全く当てにならんよ。だから弱い立場の民衆が自警団をつくって自分で村や街を守るグループが出てくるんだ」
「色々聞くとイメージ変わってくんな。護衛隊ってもっと強くて頼りになるんだとばかり……。けどいくら自警団っつっても昨日みたいな
実はこの国の王は数年前から不在となって以来、臣下は宰相皆リシューの手中にあったが、リシューはその事を国内外に伏せていた。
リシューが執政を始めてから30年程前クーデターのような事件――市民が武器で武装して城内を襲い政権転覆までも狙っていたという――が起こり、民衆に対して銃や剣の所持は禁止となってしまった。
そこに
そしてリシューが国の軍事的な事をトージに一任してからというもの、
「だな。少しくらい腕に覚えがあるからって言っても、あんな場面に遭遇したら一溜りもないよ。ヒースや僕レベルのやつがチームに何人かいたらまだしもね」
「……それだ!」
ミツヤの言葉で突然ヒースは身を乗り出した。
「なんだ?」
「自警団だよ!!」
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