第43話 イベントで気がついた違和感は

「わーー、おつかれさまでした」

「すごく楽しかった、ミヒ写真撮ろう」

「アンナ~~! あ、今夕日がきれいだよ、あっちで撮ろう」

「私たちもおなじにする!」


 二日間のイベントが終了した。

 結局たくさんのお客さんがきてくれて、大盛況に終わった。

 ソバの実がなくなって、最後にはお店で売ってるチュロス出してたくらい! 

 ロシア人スタッフさんとも仲良くなって、私たちはみんなで小高い丘に登って写真を撮った。

 湖がキラキラ反射していてキレイ! 写真を撮っているとアンナに呼ばれた。

 

「ミヒー! かたづけして、パーティーいこう!」

「おっけー! まず着替えない?」

「きがえ、ないの?」

「違う違う、着替えてから、片付けよう?」

「おっけー」


 ロシア人スタッフたちと話しながら思ったんだけど、日本語ってものすごく難しい。着替えない? と、着替え無いは同じようにしか聞こえない。話している時に「これで理解できるだろう」と思いながら日本語を話してるんだなーと何度も思ってしまった。

 私たちは可愛いエプロンから普通の服に着替えて片づけをはじめた。

 簡易な建物は専門スタッフさんが来てすぐに壊してくれた。それにレンタルの調理道具もさっさと撤去されて手際が良い。

 私たちは余った食材をクーラーボックスに入れて、持って来た荷物だけ段ボールに詰めて、それを学校の車に詰め込んで業務完了!

 高校生や若いスタッフが50人もいれば、イベント会場はあっという間に公園に戻り、徹底した掃除をして解散になった。

 私はロシア人スタッフに誘われて、駅前のカラオケに行くことになった。

 ロシア人の人たちってカラオケで何を歌うんだろうと思ったら、ボカロをメチャクチャ上手に歌うので感動してしまった。

 ロシアでも初音ミクはすごく人気でアンナたちはボカロで日本語に興味を持ったようで、普通の会話はひっかかるのに「尊い」とか「依依恋恋」とか言うので、何かと思ったら!

 それに声質が似てるみたいで、千本桜は圧巻だった。すごいー!

 カラオケに行きご飯を食べて、ゲーセン行って……お母さんに連絡していたし許可も貰っているとはいえ23時になってしまった。

 さすがに怒られる。

 帰るよーと伝えたら、アンナたちは順番に私をぎゅうと抱きしめて感謝を伝えてくれた。そして、


「わたしたち、ロシアでぜんぜん遊んでない、何もないから。ここはよいところ。楽しかった。だから試験も仕事も頑張る」

「アンナ偉い~~!」

「ミヒ、家の場所教える。作業もしてる、直売店ある、だから遊びにきて」

「え~~。いくいく~~~」


 私はアンナたちに連れられてとあるマンションに向かった。

 そこは駅から自転車で15分くらいの場所にあり、上を高速道路が走っている再開発地域だ。

 暗くて少し怖い場所。夜は通らないほうが良いと言われてる所だけど、大人なら大丈夫なのかな。私はちょっと怖い。来るなら昼に来ようと決めた。

 周りは空き地で、アンナたちが住んでいる建物しか無かった。

 その建物の一階には小さなのぼりが出ていて『ピロシキ・直売』と書いてある。

 きっとカフェで出している商品をここで作っていて、直売もしているのだろう。へえ~~、知らなかった!

 アンナたちは建物の一階で私を見て、


「いつもここで作業してて、この上に住んでる。学校が近くて良い」

「へええ~~。みんなで一緒に住んでるんだね。でもここ、夜結構怖いって聞くから、気を付けてね」

「スタンガン持ってる。ミヒ無いの?」

「おおー、そうか、意識が違う。たしかにここを日常的に歩くなら持ち歩いたほうが良さそう」


 私はアンナたちと抱き合って、かならずまた来ると約束して別れた。

 家に着くのが24時になりそう、ひや~~。

 私は高速道路の下が暗くて怖くて、止まっているのにライトが付いたままの大きな車も怖くて、自転車を加速させて表の道に移動した。

 通り道にアンナたちが通っている介護の学校があり、そこの看板には色んな国の言葉で案内が書いてあった。

 ちゃんと見たことがなくて全然知らなかった。今度日本語検定があるみたいだから、ピロシキを買って、一緒に勉強したい!



「わあ~~、千颯さんかっこいい~~~! 桃、こんな服着たの私しらなかった許せない、どうして来てくれなかったのーー!」

「20分くらいしか着てないのよ。だってドレスだし」

「うえーーん、また着て! 写真撮りたいの」

「美穂も着る?」

「えっ……そんな……えー……着たいかも」

「美穂が着るなら、良いわよ。きっとニコさんも楽しく作るでしょう、ねえ千颯」

「間違いない」


 そう言って千颯さんはiPadから顔を上げて微笑んだ。

 イベント会場で千颯さんはニコさんが仕立てたスーツを着てたけど、どうやら桃もニコさんが作ったドレスを着たらしい。

 ふたりが湖畔に立っている写真がイベント報告書に載っていて、私は叫んでしまった。

 桃のドレスは胸元が大きく開いていて、背中にすごく大きなリボンが付いている。

 それが湖畔の風に揺れてすごくすごくキレイ。私も桃の写真が撮りたかったーー!


「……そんなに叫ばなくても」

「めっちゃキレイ。良いなあ。あ、でもニコさんに、こんなに派手なドレス私は無理だから、おっぱい出せないって伝えてね」

「おっぱい」

「こんなにおっぱい出したら裾踏んで脱げちゃう」

「あははは!!」

 

 桃は私の言葉に声をあげてケラケラと笑った。

 だって桃みたいにおっぱい大きくないもん。それを横で聞いていた千颯さんは、


「俺が女だけど、男の服装で桃と写真撮ってるのも評判が良いみたいだな、そっちからメールがきてる」

「千颯さんほんと美人カッコイイです。私この白バージョン、一緒に写真撮ってないですよね」

「じゃあ母に美穂ちゃんのドレスも作らせるから、それが出来たら三人で撮ろう。当然だけどそれはホテル源川の宣伝に使われるけど、良いの?」

「え~~、逆に私で良いんですか? 普通の体形、普通の顔、地味の塊ですけど」

「美穂ちゃんは本当に可愛いよ。可愛い……違うな、愛らしい。最近美穂ちゃんをみてると里奈さんを思い出して、気持ちが落ち着くんだ」


 千颯さんがそう言うと桃も静かに頷いて、


「わかる。美穂はお母さんに似てる。邪気がない」

「邪気の塊だよーー。ドレス作ってもらえて一緒に写真も撮れるなんて、こんなのヨコシマになっちゃうよー」

「あ、ちなみに俺の母の採寸は真っ裸で30分以上かかるから」

「え……さすがに長くないですか? どういう顔で立ってたら良いんですか、それ」

「真顔よ。私もパンツを脱がされそうになったから、無言で蹴飛ばしたわ」

「え~~~?! 桃のパンツを?! ニコさん変態すぎる、許せない!!」

「母は本当に服を作るのが好きなんだと知ったよ。母が執着してるのは三喜屋じゃない、三喜屋の服で、祖母の服を作る力なんだと思い知らされたね。逆に活路が見いだせて良かった」


 そう千颯さんは静かに言った。

 千颯さんはずっとニコさんに離婚を勧めていたが、ニコさんは頑なに首を縦にふらなかった。

 むしろ一秒でも早く島崎の家に戻っておばあさまの近くに行きたい……そう言っているのを、桃も千颯さんも三喜屋目当てだと思っていたけれど、千颯さんのスーツと桃のドレスをホテル経由の仕事としてオーダーすると、目の色を変えて作業をしたのだと言う。

 桃は目を綻ばせて、


「祖母が久しぶりにミシンを踏んでいるのを見たわ。あの人ミシンの前だとボケが消えるのね」

「そうなんだよ。認知症がかなりヤバくなってきてるように見えたけど、図面を引いてミシンの前に座ってると、バリバリ現役時代と同じ話し方でさ、なんなら俺久しぶりに『身体が貧弱だから、スーツを着るならもっと筋肉を付けろ』って怒られたもん。いや、嬉しかったな。なんとか軌道に乗せたいな。というわけで次の水曜日かな。美穂ちゃん採寸」

「30分裸ですか?!」

「それに動くと怒られるわ。もう私はしたくない」

「ぴえーー」

 

 私は叫んだ。

 でも桃はニコさんやおばあさんのことをあまり好いているようには見えなかったけど、選択授業で関わり、少しだけ話している表情が和らいでいるように見えて良かったなあと思った。

 千颯さんはiPadを見ながら、


「聡子さんは非常に優秀な整形外科医でスポーツに対する理解も深い。ホテル源川の源川社長も俺たちの意見をしっかり聞いてくれて好感触。結局楽しく北見と源川と関われただけだった。まあ授業だから良いんだけど」

 

 私は香月さんが作ってくれたチーズケーキを受け取りながら、


「私も楽しかった! ロシア人のアンナとすごく仲良くなってね、直売所に遊びに行ったの」

「ああ、あの住居と作業場がくっ付いてるところね。あそこに二十人も住んでるんだからすごいよね。留学生をやたら雇ってるから調べたんだけど北見竜之介はちゃんとしてたよ。保険も資格も問題なし、全部申請して専門スタッフ付けてた。むしろロシアで生活に困った学生を積極的に呼んで学校に入れていた。偉いわ、お手上げ」

「でも私ね、夜の23時すぎにあそこに行ったんだけど、すごく怖かった。高速道路の下だから真っ暗で」


 桃は紅茶を飲みながら、


「あそこら辺は暗いし、再開発地域だから監視カメラも無いから近づいちゃだめよ」

「分かってるよお、アンナたちに誘われたから行っただけ。その時もね、そのマンションの近くに黒いワンボックスが止まってて、窓ガラスも真っ黒で、しかも道にもたくさん止ってて、ライトもつけっぱなしで怖かったのー」

「窓ガラスまで黒いワンボックス……? ライトがつけっぱなし……?」


 私の言葉に千颯さんがiPadを机に置いた。

 私は「うん」と言いながら目の前に置かれたピカピカのチーズケーキにフォークを伸ばす。

 このチーズケーキは香月さんが作ってくれたもので、前に食べたら超おいしかった。

 今日も食べるのを楽しみにしてきたの! とフォークを下ろしたらケーキが消えてiPadになった。

 えー?! 顔を上げると千颯さんが画面をタッチして、


「どこら辺に止まってた? どんな車? 何時くらいだったか詳しく覚えてる?」

「チーズケーキ……」

「あの辺りに深夜に車が止まる必要がない。だって周りにあのマンションしか建物はないんだ。つまりあの建物に深夜に用事がある車が何台もいるということになる」

 桃も紅茶を飲みながら、

「……深夜に……っていうのが変ね」

「あそこは22時まで北見関係者が出入りしてるはず。車を見たのは23時以降だったんだよね」

「そう。カラオケ終わったのが23時だったから、それは間違いないの」

「どこら辺り?」


 私は遠ざけられたチーズケーキを引き寄せて、食べながらマップを見て、ここら辺りと指でしめした。

 たしかにあのあたりにはあのマンションしかなくて、しかも周りに三台くらい同じ車が止まっていた。

 窓ガラスまで黒い車は怖くてすぐに逃げ出してしまったけれど。

 千颯さんと香月さんは防犯カメラの位置や場所を細かく確認しはじめた。

 何かあるとは思えないけど、とりあえずチーズケーキはものすごく美味しくて、香月さんもジェネリック清水屋組に入らないかな……と私は食べながら思った。まだプリンの謎が解けてないー!

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