第42話 イベント当日
「ヤバい、すっごく可愛い、めちゃくちゃ似合ってる、良いー!」
「ミヒほめすぎ。でも楽しい」
「写真写真、写真撮ってー!」
私はスマホを他の班の子に渡してアンナたちと一緒にピースした。
今日は選択授業の一環……スポーツ専門病院をアピールするイベント日だ。
昨日終業式で、今日から高校生初の夏休み、その初日がこのイベントだ。
北見竜之介さんの奥さん、聡子さんがオープンさせたスポーツ専門病院は、今イベントをしている公園の目の前にある。緑が多い広場から地続きになっているフルフラットの病院で、さっきみんなで見学したけど、木が多く使われていてすごく良い香りがした。それに段差が全くないから、怪我をしたり、どこかを痛めている人もすごく楽に入れそう。
有名なスポーツ選手からお花が届いていたりして、すごく華やかなオープン日になった。
北見病院の次男の奥さまが開院するということで、北見病院が全面サポート。桃と千颯さん曰く「言えば言うほど予算が出る」らしく、私たちお店のスタッフに可愛いメイドさんみたいなエプロンが配られた。
白くてフリルがたくさん付いていて、後ろに大きなリボン! 可愛い可愛い!!
これが届いた時から私たちは「おおお~~~!」とテンションマックス。
料理を作るというお仕事がメインなので髪の毛と爪も可愛く~~! とは出来ないけど、久しぶりにミニスカートを穿いて白いタイツまでネットで買ってしまった。
本当は白のハイヒールも履きたかったけど、揚げ物もあるので諦めた。絶対に滑る。
もう少しでイベントが始まるので、まだお客さんは入ってきていない。
だから髪の毛もみんなでツインテールにしてリボンをつけて、メイドさんエプロンではいポーズ!
正直アンナたちが異次元に可愛くて、私は地味な仕上がりだけど、こんな服装を外で出来るのが楽しくて仕方が無い。
「では、ご挨拶をお願いします」
イベントが始まった。会場の舞台から司会の千颯さんの声が聞こえてきて、女の子の悲鳴が聞こえる。
千颯さんは今日ニコさんが仕立てた夏用のスーツを着ている。
もうこれがっ! パーフェクトにカッコイイ!! ま、私は事前に「出かけよう」って誘われて香月さんと四人でカフェデートしたから知ってるんだけど? たらふくロシア飯食べさせられたけど? ふたりの写真もたくさん撮ったから良いんだけど? ふふん。
そこに挨拶に出て来たのは、桃がコーディネートした車椅子で温泉巡りをしている有名なYouTuberだ。
最近聡子さんの実家が経営しているホテル源川はバリアフリーの温泉にリフォームしたんだけど、そのアピールが足りないのでは……と、聡子さんに提案。
ホテルの紹介動画を撮る予算をホテルに出させて、その流れでこのイベントにも呼んだようで、さっきから挨拶する声が響いている。
車椅子でそのまま温泉に入れるのすごいー。そんな施設があること、町の誰も知らなかったと思う。
桃は「この町の水は本当に良いんだから、アピールしないと」と言っていた。桃カッコイイ~!
「こちらの病院も、施設も、身体が不自由でも諦めない、好きに生きる……がテーマになっています。こちらのホテルには湖が見える結婚式場もありまして……」
千颯さんの説明が会場に響く。
どうやら千颯さんは、島崎のおばあさまと、ニコさんを再び繋いで、紳士服だけではなくオリジナルドレスを計画してるみたい。聡子さんの実家が持っているホテル源川には結婚式場もあり、そこと繋がれないかと考えているようだ。
千颯さんは食事をしながら「母は仕事さえ与えれば静かにしてるはず」と言っていた。そして今度私と桃にオリジナルドレスを作らせると話してくれた。
ええ~~! 桃とドレス?! そんなの絶対楽しいっ!!
会場の声を聞きながら、私はひたすらソバの実を直火で煎った。
「!! アンナ、すごく良い匂いがするんだね。焼けてるにおい!」
「そう、これがすごくだいじ。日本はいらないからダメ。これでくろくする」
「なるほど~」
私はアンナに教わって麦茶を煎る入れ物で、ソバの実を煎った。
そしてそれを煮てカーシャを作る。玉ねぎもロシアの物は、大きさも匂いも全然違った。
水っぽさが少なくて匂いが濃い。大きなニンニクのようで、炒めた時の風味が違う。
そこにお肉を入れてソバの実を茹でる。食べると香ばしいのに深くて、超美味しかった。
ソバの実を使った料理は行列が出来るほど人気店になり、私たちはひたすらカーシャを作り、ブリヌイを焼いた。
煎ったソバの実をその場で粉砕してるから、香ばしくて匂いも味も全然違う。楽しい~~!
「ミヒ、おやすみ!」
「わあ、ありがとう。じゃあ先にいってくるね。ブリヌイがすごく出てる-」
「やいとく」
昼過ぎになり、私たちは交互に休憩することにした。
朝からすごく忙しくて、イベントを知らなかった人たちもバスから降りて来て立ち寄ってくれている。
持って来たお弁当を持って休憩室に行こうとしたら、
「美穂!」
「圭吾。来てくれたの?」
「!! 美穂、その格好……ちょ……」
「可愛い? 桃が予算引っ張り出してくれて、メイドさんのエプロンなんだよ」
「ちょ……」
「髪の毛も……ほら見てー! ご飯作ってる時は帽子に入れちゃってるけど、ツインテールなんだよ」
「ちょ……っ……!」
「白タイツもネットで買ったの。どうかな?」
「ちょ……!!」
圭吾は目を見開いて「ちょ」しか言えない生物になっていて笑ってしまう。
でもよく考えたら、可愛い服をきて圭吾に向かってアピールとか、はじめてしたかも知れない。
私……何もされない彼女になってから、わりと圭吾に「可愛い」と思ってほしいと思ってる、のかな。
そう考えたら何だか恥ずかしくなってきて、
「もういいよ! ご飯食べるから」
そう言って逃げようとしたら圭吾が私をまっすぐに見て、
「可愛い。すげー可愛い。マジで可愛い、ごめん、いや、違う。今までも……なんなら小学校四年生の時の海賊の衣装も可愛かった!!」
「……はあ?」
「俺あのとき、美穂と一緒の海賊役だっただろ?」
「はあ」
「あの時の美穂、すげー可愛かったのに『なんだそれ』って言ったの、俺今も後悔してるから」
そんなことあったっけ?
その前に海賊役……? そんなことしたの覚えてないけど、小学校四年生という時点で学芸会だろう。
何をしたかも全然覚えてないのに、圭吾は今私の目の前で、必死にそれを伝えていて……私はお弁当を抱えて、
「……ありが、とう、が正解な気がする」
「くっ……おっ……ぐっ……なんだこれ、どうしたらいいんだ!!」
私は少しだけ意地悪な気持ちになり、圭吾に一歩近づいて、
「……他に可愛かったのに言えなかったのは?」
「グッ……がっ……ごっ……」
「……壊れたの?」
圭吾が壊れたロボットみたいになったのが楽しくて、でも私は耳がどうしようもなく熱くて、それを誤魔化しながら机があるベンチに向かった。
圭吾は私たちが作っているロシア料理の所でたくさん買ってきてくれたみたいで、どれもこれも美味しそうに食べていた。
圭吾みたいに運動してる人にソバの実はすごく良いと思う。
それに高校からもFCカレッソからも近い場所にスポーツ専門の病院が出来ることに圭吾は喜んでいた。
私はお弁当を食べながら、
「怪我した時に、どこを復帰ポイントに持ってくるか、一緒に考えながら治療してくれるみたい」
「うおー。それはマジでいいな。俺、焦っちゃうから」
「分かる。でも仕方ないよね、怪我するとすぐに復帰したくて無茶しちゃう。どこにポイントを持って来て、どこを強化すれば同じ怪我をしないか……とか専門のスタッフが何人も入るんだって」
「すげー! マジで心強いな。怪我はガチでつれーから」
「圭吾は膝が癖にならないように気をつけないと」
「ああ。ほんとに。結局筋トレなんだけど、結局変な動かし方が癖になってるんだよな」
圭吾は小学生の時に着地したときに膝を傷めて、そこから少し癖になっている。
身体を使いすぎると真っ先にくるのが膝で、サッカー選手としては膝が弱点になるのは良く無いことだ。
だから重点的に強化してる。圭吾は食事を食べおえて、
「じゃあ俺、練習戻るわ」
「あ、圭吾、家に着替え忘れてたでしょ。持って来た」
「そうだ、センキュー……って。この紐……」
「ああ、そう、オオムカデの時の紐。あのビニール袋結局捨てたでしょ。だからこの袋に縛っておいたの。だってこれサッカー部で使うのにちょうど良いサイズだから。幸運付きなんでしょ?」
「あの時も、ずっと好きだって言いたかった」
「!!」
圭吾が突然私の方を見て言うから、驚いてしまった。
圭吾はカバンの紐に触れて、
「言おうって決めて持ち帰ったのに、いつも通りの美穂が可愛くて、笑ってくれるのが嬉しくて、それが壊れるのが怖くて、言えないままだった。ずっと、美穂好きだった。今言えるのが嬉しい」
「……分かったよ、もう。私さっきから耳が熱くて。もういいよ、そんなに言わなくて」
私はそう言って、右手で自分の顔を隠した。熱くて赤い気がしたからだ。
そこに圭吾の手が伸びてきて私の腕に触れようとして……戻した。
「……怖いのは、今もだ。変えちゃいけないと思ってる。でも好きだって言うのはいいだろう」
「……はい、もうわかったっ、わかりましたっ。荷物っ! もう学校でそういうこというの、禁止だからね」
「家ならいいのか?」
「はやく部活に、行けーーー!」
私は圭吾にカバンを投げつけた。圭吾はケラケラ笑いながらベンチからバス停に走って行った。
なんなのよ、もう。顔が熱くて熱くて化粧がドロドロ落ちてきてるのが分かる。
もう折角可愛くしたのに髪の毛も乱れてるし、もう全部やり直す!!
全部全部やり直すんだから!
櫛を取り出して髪の毛をほどいて鏡を覗くと、そこにアンナが見えた。
「……ミヒが彼氏とイチャイチャしてる」
「アンナ?!」
「すごくうらやましい、とんでもなく限界突破」
「ごめん、今から戻るから!!」
「すごくイチャイチャしてた、アンナ彼氏いたことない、彼氏トウトイ、
「アンナ何言ってるの?!」
気がつくと、もう休憩時間は終わっていて、アンナは私を呼びに来ていた。
そんなの全然気がつかなかった。私はお弁当を片付けてすぐに店に戻った。
顔が熱くて顔が熱くて喉が渇いて仕方が無い!!
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