第41話 ずっとこの距離感で居たくて

「圭吾、これが終わらないと明日練習参加できないんだよ」

「毎回毎回これに足引っ張られるの、マジできちーー!」


 圭吾は布の塊を前にリビングで大の字になった。

 圭吾は家庭科……その中でも一番裁縫が苦手だ。小学校の頃からずっと苦手で、小田高にきたら家庭科は選択授業だろうと思っていたら必須科目で、エプロンを縫うか、風景画を描くかの二択で、圭吾はエプロンを選んだ。なぜなら絵はもっと苦手だからだ。

 全部布用ボンドでくっつければ良いやと思ったらしいんだけど、なんとボンド禁止。それに気がついたら風景画にしたのにと泣いている。

 私は布を袋から出しながら、


「私も末長くんも風景画だよ。空と小さな校舎しか描かずに済んだ」

「来年は美穂と末長と同じクラスになりたい。マジで俺、ふたりと同じクラスになりたすぎて、ジョギングのたびに竜宮神社でお願いしてる」

「ラク出来るのは間違いないねえ。末長くんがエプロンにしようとしてたの、私が止めたもん。ボンド禁止に気がついて」

「ずっり~~、末長ずっり~~!」


 私は布を見て「なにがどうなってるんだ?」と広げながら呟いた。

 中学になってからずっと圭吾と同じクラスなんてイヤだと思っていた。話してて一番楽なのに、みんなにイジられて、イジメの対象にもされる。でも一応彼氏と彼女という枠になってしまえば、誰もつっこんでこない。

 裏で言われてるかも知れないけれど、この前の圭吾を見ていたら守ってくれそうで安心できる。

 女と男だけど、そうじゃなくて、親友だけどそうじゃなくて、彼氏と彼女だけどそうじゃなくて。

 こんな距離感でずっと居られるなら、同じクラスになりたい。

 高二は石垣島に修学旅行もあるし、絶対楽しい。

 私は布にくっ付いてる糸を確認しながら、


「そういえば、木下のほうにすごく大きなスライダーがあるプールが出来たってネットで見たよ。夏休みにサッカー部のみんなで行きたいな。巨大な波が連続して出てきて海みたいだった。サッカー部のみんなあれ大好きでしょ」

「……いや、プールにいくなら、俺は美穂とふたりが……いや……プールは……」

「え。まさか私が水着着てサッカー部のみんなの前に出るのがイヤなの?」

「美穂あのな、男は水着着てる女子なんてなめ回すみたいに見るんだよ。もう脳裏に焼き付けてスゲー見るの。マジであの泥のユニフォーム洗う時の服装やめてくれ。一ノ瀬先輩写真撮ろうとしてて、俺スマホ蹴飛ばしたんだ」


 来年のキャプテン候補の一ノ瀬先輩のスマホ蹴飛ばすとか、そんな恐ろしい……。

 私は圭吾を見て、


「私もう圭吾の彼女になったんだから、そういうことしなくて良くないの?」

「!!! それでも、駄目なもんはダメだ!!! それに俺の彼女なら俺しか見ちゃダメだ、いや俺は別に美穂の水着見なくて良い、別に水着の必要なんてない、あれは布地が少ない」

「布地が少ない……? 水着だから当たり前では?」

「可愛くても可愛くなくても、どういう顔したらいいのか分からないから行きたくない」

「大きな浮き輪に乗って回転して落ちるんだって。めちゃくちゃ高い飛び込み台もあるって。圭吾好きでしょう。ちなみに私も好き」

「じゃああれだ、上下黒で繋がってるスキューバダイビングするみたいの着てくれ。それに末長と三人なら行きたい」

「そんな水着持って無いし! 上下なんか着るよ。焼けるのもイヤだし」


 どうやらかなりド派手な遊びが出来るプールみたいで、桃と千颯さんに見せたら無言で首を振られた。

 うん……ふたりは高さ10mの飛び込み台も、巨大浮き輪で超回転も興味がなさそう。

 私はジェットコースターとか、こういう派手なのは大好きだ。サイトを見て圭吾も「やべぇ楽しそう」と末長くんに送っていた。そこは横に遊園地もあって、お化け屋敷が面白くて評判らしい。

 行きたいーー! と話していたら一時間経っていて、布は布のままだった。

 私は圭吾を見て、


「ヤバい、ダベって終わる。何もしてない」

「ごめん、俺がスマホ出したのが間違ってた。夏休み、すげー楽しみ。練習も合宿も美穂と遊びにいくのも、全部楽しみだ」

 

 圭吾はそう言ってニカーと笑った。

 私も久しぶりに圭吾と男とか女とか、気兼ねなく遊べるのは楽しみ!

 絡んでいた糸を全部取って、どこまで進んでるのか確認すると、すべて中途半端に終わっているのが分かった。

 私は家のミシンを出して圭吾を座らせて、糸通しから学ばせる。

 どうやら小田高は家庭科と美術は必須授業で、何かしら作らなきゃいけない。だったら最低限しないとサッカーの時間が削られてしまう。圭吾は手先が不器用なだけで、コツコツと作業するのが苦手だと思わない。私がそう言うと静かに頷いて、圭吾はエプロンを縫い始めた。

 ふと見ると圭吾の前髪がすごく邪魔そうに見えて、圭吾が縫い終わった瞬間に後ろに立った。


「圭吾、ちょっといい? 前髪邪魔じゃん?」

「そろそろおばちゃんの所いくか。中学校の近くだから高校から遠いんだよな」

「でもおばちゃん圭吾の髪の毛切るの楽しみにしてるから、今度の水曜日は? 早めに終わるじゃん」


 私は圭吾の後ろに立って、前髪をまとめて持って、ちょんまげみたいにした。

 頭の頂点でぴょこぴょこしててオデコ丸出し。

 

「っ……! おもろ。切ってきたほうがいいよ」

「もうなんだよ、自分でやって笑うなよ。でもすげー快適。前髪伸びてたな~~」

「圭吾全体的に短くてもカッコイイのに。中一の頃のかな、ほらすごく短くしてた頃」

「え、カッコイイ? まじか。あれおばちゃんに『中学生ならこれ!』って言われて勝手に切られたやつだろ。短すぎてさすがにヤバかったけど」

「いや、全然良かったと思うよ。あれくらいスッキリしてるの今なら似合いそう」

「今なら?」

「中一の頃は身体が細くてヒョロヒョロしてたから、短髪にしてもイマイチだったけど、今筋トレすごいして、身体大きくなってきてるから、短髪でも決まりそう。首、すっごく太くなったよね」

「それはそう。押味コーチが俺の首の細さをずっと言ってさ、ゴムのトレーニングが効いてる」

「あ~~。あの太いゴムつけて首を動かすやつ?」

「あれあれ。今ちょうど持ってるわ。寝る前に毎日やってるんだよ」


 圭吾は私に幅15センチ、長さ50センチほどあるトレーニングゴムの片方を持たせた。

 そして頭にゴムを通して腹筋のような感じで首を動かす。サッカーは頭でボールを飛ばしたりするため、首の強さも重要だ。

 特に圭吾はDFなので、大切なんだけど……。私はゴムを持ったまま、


「ゴムパッチンしたい誘惑が酷い」

「マジで星が見えるからな、末長と俺、お互いに一回ずつやってるけどやめろよ。うお、筋トレ気持ち良い、やっぱミシンなんてどうでもいい、筋トレしたい」

「だめ、手を離したい、ばちーーーんって、一回、一回だけ」

「やめろって!」


 私と圭吾はゴムを挟んでケラケラ笑った。

 だって私がゴムを持っていて、圭吾が頭に着けているのだ。

 このゴムがパチーーンとなる誘惑がすごい。圭吾は自分のやつを外して私の頭に着けてきた。

 こんなの余裕でしょと思ったら一度も出来ずに頭がゴモモモとなって、圭吾は床に転がって笑い始めた。

 こんなの出来るはずないでしょーー! 笑っているとリビングにお母さんが来て、


「ねえ、美穂と圭吾くん!! ご飯もう出来てるのに、いつまで遊んでるの?! エプロン出来て無いじゃない!!」

「あーーん、お母さん、ごめんなさい。だって圭吾のエプロンまだ布なんだもん。やる気出なくて」

「ずっと笑ってる声が響いてるだけで、ミシンの音なんて5分も聞こえてないわよ。もう先に食べなさい!」


 怒られて私たちは晩ご飯を先に食べることにした。

 何もしない彼氏と彼女をはじめてから、圭吾とこうして話すのが楽しくて仕方が無い。

 私たちが無くしたかったのは男女という境界線だったようだ。

 家族という縛りさえしっかりしていれば、こんなに気が合って楽しい相手は他にいない。

 これこそ私が望んでいた兄妹のような関係で、楽しすぎる。




「ミヒ、この問題、私出してほしい」

「え、なになに? 日本語能力試験? え、こんなのあるんだ、知らなかった」


 なんとかエプロンを仕上げた次の日の選択授業。

 調理班の私たちは誰がどの調理過程を担当するか話していた。

 でもこんなの決めても現場でみんな好き勝手動くだろうし、軽く考えて、あとは現場で動こうと決めた。

 私以外はロシア人留学生の子が多く、さっきからみんな何か勉強してるので気になっていた。

 どうやら留学生の子は「日本語能力試験」というのを受ける必要があるらしい。

 これで上位級を取ると、日本で就職するときに社員になれる確率が上がる。

 問題を見ると、なるほど……。


「私サッカーをむかし、習ってたんだ。サッカーできる? うん、昔サッカークラブに少しだけ(  )。①入ったままなんだ ②入ったばかりだったんだ ③入っていたことがあるんだ ④入ってる所だったんだ。 うわ~~、これ難しい。過去がくっ付いてる。え、よく考えたら難しいな」

「これ簡単なほう、N3。これ取らないとダメ」

「え~~。これ全体が読めてなきゃいけないから、難しいね。そっか日本語ってこういうのある」

「お客さんと話すのに必要」


 周りにいる三人の留学生の子たちはもうすぐ試験だから……と問題集を見ていた。

 私は自分が分かる程度の所を必死に説明したけど、よく考えたらそういうのは当たり前に使い過ぎて、教えられなくてびっくりした。留学生ってすごいー!

 日本語の勉強をしながら、来週のイベント楽しみだねー! と服装を揃える話をした。

 予算が結構あるみたいだから可愛いエプロンお揃いで買おうよ~! とサイトを見た。

 ロシアの留学生たちはみんな金髪で目が青くて超可愛い。

 エプロン姿、私が見たいー! コスプレするぞー!

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