第40話 イベント準備

「桃、これがジューススタンドの予算表。今送ったから」

「千颯が作ったなら問題ないでしょう。これ発注表はどこにあるの?」

「こっち。必要な工事と、内訳、それに発注先一覧はここ」

「なるほど最低限、良いわね」

「二日間しか使わないんだから、これで十分だ」


 選択授業で、夏に開院するスポーツ専門の整形外科をアピールするために、公園でイベントをすることに決まった。

 スポーツ専門病院がどういう所なのか知ってもらうのがメインの内容だ。

 栄養相談や、芝生の上でピラティス、そこでしか販売しないドリンクとか、みんなが色々考えた。 

 桃と千颯さんのふたりがリーダーになって、出て来た企画から予算案を立ち上げてバリバリ進めている。

 ふたりがスゴすぎて、私たちは皆、頼りっきりだ。

 冷静な千颯さんと、切れ者の桃が組むと、こんなに全てがスムーズに回るんだ~~というくらいイベントの準備はどんどん進んでいる。

 北見病院がフルサポートなので、予算も高校生が扱える中ではかなり大きいと選択授業の先生が言っていた。

 私はこの場合、料理しかやれることがないので、本番まで暇だ。

 ふたりは次男である竜之介さんにターゲットを絞ったようで、竜之介さんの愛人が持っているロシアのご飯店を、屋台に出すことに成功した。

 そんなこと奥さまで医院長の聡子さんが許さなく無い? と思ったら、どうやら桃が「竜之介さんがお持ちになっているロシアのお店のほうで、あまりよろしくない噂を聞きまして……旦那さまの名前に傷が付くのが心配です」と、裏からこっそり聡子さんに伝えたようだ。そして「何かあったら聡子さんにお伝えします」と。

 それを聞いた聡子さんはむしろ積極的に取り入れるように動き始めたようだ。

 聡子さんは、ロシア人一家を出来れば追い出したいらしく、絶対乗ってくると思ったと桃は言った。

 ちなみに現時点では全く怪しくなく、むしろ経営は超クリーン。

 桃曰く「無いからこそ、する価値がある」らしい。

 桃だけでも最強なのに、千颯さんがセットで動くことになってから、ふたりのパワーがスゴすぎる。

 私は本番が楽しみだー。出す予定のお店のメニューを見て目を細めた。


「カーシャ……一回作ってみたかったんだよね」


 カーシャはそばの実を使ったロシアの料理だ。

 そばの実を煎って煮て食べるんだけど、ロシアのタマネギとバターを使うとすごく美味しくなるとお母さんは言っていた。

 日本のタマネキは味が薄くて、ソバの実の強さに勝てないとかなんとか。

 実はロシアは世界で一番ソバを作ってる国で、圭吾のお父さんもたくさん仕入れているから知っている。

 それにそばの実はビタミンBやビタミンやミネラルを豊富に含む栄養の宝庫で、超健康商品なのだ。

 だからスポーツ専門の病院のアピールにはうってつけで、ソバの実を使ったレシピを何個か出すことに決まっている。


「カーシャ……クンデュムィ……グレチョット……なによりブリヌイ~!」


 ブリヌイはそばの粉を使ったクレープみたいなもので、もちもちして超美味しい。

 中にサワークリームを入れたり~ジャムを入れたり~。

 レシピを見ながらニヤニヤしていたら、横に座っていたロシア人の女の人に話しかけられた。


「こまった、これ……紙にしたい」

「ん? 紙? なんだろう。個人面談時間調整表……メールで添付されてるPDFかあ。これはスマホにダウンロードしてアプリから出すのが正解かも」

「わからない、紙がほしい」


 そう言って私にスマホを見せてきたのは、一緒に出店するために来ていたロシア人スタッフさんだった。

 メニューの話し合いとオペレーションを決めるために来てるんだけど、今はお店の形状について話してるから、私たち関係ないから良いか。

 私はスマホを借りて、そのデータをダウンロードした。

 そして高校の目前にあるコンビニプリントアプリを入れて、やり方を教えた。

 ロシア人女性は、名前をアンナと名乗った。日本の介護の専門学校に来ている留学生で、夜は北見さんのお店で働いて、昼間は学校に行っているのだと言った。

 そして学校の個人面談表をなくしてしまったと学校に言ったらメールで添付されてきたんだけど、どうしたらよいのか分からなかったようだ。

 結局アンナに頼まれて、お昼ご飯を食べる前、学校の目の前にあるコンビニにきた。私は日本人だから全く気にしたことが無かったけれど、コンビニにあるプリントは英語と中国語の切り替えはあるけど、ロシア語はなかった。なんとか分かる日本語はひらがなだけ。でも日本語の画面はカタカナと日本語、それに数字が混在していて、ふりがなも打ってない。

 だから使い方が全く分からないのだとアンナは言った。

 自分が日本人だから、そんな目でコンビニのコピー機を見たことが無かった。

 私がやり方を教えると、アンナはすぐに他の数人も呼んで、何枚も作業を頼まれた。でもこれ、全然分からないと思う、大変だー。


「ミヒ、助かった」

「いいよー。わからないの、わかる」

「ミヒ、ありがとう」

「ほかにもある?」

「たくさんある」


 美穂のホはロシアの方は言いにくいようで「ミヒ」と呼ばれるのも含めてちょっと楽しい。

 どうやら北見竜之介の愛人、カタリナさんはロシアから若い子達に声をかけ、日本の専門学校に入れて資格外活動許可を取り、自分の店で働かせているようだ。

 勉強をして資格を取って、しかも働いて……とにかく忙しいのに、日本語はひらがなしか分からないので、こういう小さいことが大変だと嘆いた。とくに役所関係! これは私もよく分からなくてイートインで一緒に書類を読んであげた。

 そして調べると他のコンビニだとロシア語があることが分かった。

 私はそのコンビニの場所とアプリを入れてあげた。

 ロシア人スタッフ三人にすごく感謝されて、なんだか良い気持ち。

 というか、アンナは19才で、私とそんなに変わらない。それなのに日本にきて、勉強して仕事してスゴすぎる。

 単純に私が同じことをロシアでしろって言われたら、無理すぎるのもあり、応援したくなった。




「それでね、なんか日本のやり方だとそばの実って美味しく煎られないんだって。本場のやり方をアンナが教えてくれるって。日本だと麦茶を焙煎する機械があるんだけど、それだと上手に出来るんだって。料理って世界共通で楽しいー!」


 アンナたちとコンビニで作業してから、お弁当を持ってカフェテラスに来た。

 桃と千颯さんはもう食べ終わっていたので、慌ててお弁当箱を開いてさっきあったことを話した。


「……留学生を働かせてるのか」


 すると千颯さんは、私の話に全く乗ってこず「どういう人たちが連れてこられてるのか」「どういう関係か」「何人くらいそういう人がいるのか」「勤務時間は」「勤務態勢は?」と矢継ぎ早に聞いてきた。

 学校の授業で、しかもアンナは19才。遊びたいけど、学校と勉強とバイトで忙しい。でもこういう風に日本の学生とお祭り出来る機会を竜之介さんが作ってくれて楽しいって言ってたのに、弱みを見つける対象としか見てない千颯さんを見てテンションが一気に下がった。

 千颯さんと桃は北見病院を調べていて、そういう情報が知りたいのは分かる。

 もしかして労働法? とかに違反してたら……とか考えてるのも分かる。

 千颯さんと桃が北見病院を調べている理由も知っている。でもどこか、アンナとはそれが関係なくて繋がらなくて、なんだか違うと思ってしまう。

 私がそう言うと千颯さんはため息をついてしまった。

 むうう~~。思わず桃の腕にしがみ付くと、桃は私の頭を優しく撫でて、


「千颯。美穂は私たちみたいに北見に目的があるわけじゃない」

「別にスパイしろって言ってるわけじゃない。むしろ損してないか確認すべきだと言っている」

「調べてるのは知ってるけど……疑ってるみたいでやだ」

「その子を疑ってるんじゃなくて、北見竜之介を調べているだけだ」


 私は桃の腕にぐいぐいとしがみつき、何も言えなくなってしまう。

 疑うとかじゃなくて、調べるとか、聞くなら分かる気がするけど、そもそも私はそういう事をするのにあまりに向いてない。

 でもきっとこれは子どもみたいに「面白かったんだよ」「そうかー!」と言ってほしいだけなのかも知れない。

 私が黙っていると桃は私の頭を優しく撫でて、


「美穂はそのままがいいのよ。千颯みたいになったらおしまいよ。この人裏から嗅ぎ回ることしか考えてないんだから。島崎家ダークサイドよ」

「何いってるんだ。噂流して企画通したのは桃だろう。桃のがダークサイドだ、自分だけ美穂ちゃんに嫌われないために俺に押しつけるな。そもそも桃はいつもそうだ、圭吾くんのお母さんの話も俺にしろって言ったんだよ、美穂ちゃん。コイツ悪い仕事を全部俺に押しつけて俺だけ悪人にしようとしてるんだって!」


 千颯さんが超叫んでるけど、桃は完全に無視して、


「何言ってるのかしら、この男」

「大丈夫ですよ、千颯さん、なんとなく分かってます」

「美穂ちゃん~~。酷いよこの女」


 私はこの前カフェでめたくそに言われた時、千颯さんはなんて事務的で冷たいんだろうと思ったけど、結局貰っている言葉はどれも冷静で、心の支えになっている気がする。

 それに千颯さんと桃が北見のことについて調べてるのはよく分かってるし、私が感情的になりやすいのも、この前言われて思った。だからもうちょっと注意して色々見るようにする……それに何か役に立てたら嬉しいと伝えた。

 すると千颯さんはホワリと笑顔になり、


「やっぱ美穂ちゃん良い。好き」

「美穂の優しさに乗っかって、好き放題言うの辞めて。美穂、今日の夜、遊びに来ない? 香月が清水屋のプリンを買ったみたいよ」

「うおおおお!! 香月さん推せる、香月さん最高!!」


 私は右手を振り上げた。

 あれからたまにお母さんはジェネリック清水屋プリンを作ってるけど、どれもイマイチ。カラメルに秘密があるし、たぶん蒸し方も独自……もう一回食べたいと思っていた。

 部活を終えると香月さんの車が待っていて、私は飛び乗った。

 桃の部屋で軽い晩ご飯(もう香月さんのご飯は美味しすぎて無理なので、最近減らしてもらってる。家から逃げて来てる意味が無い)清水屋のプリンを食べながら今日の話を香月さんにした。

 どうやら桃は、私に何かさせるより、私から話をさせて、調べるのは香月さんにさせる作戦みたいだ。

 私はたぶん人を疑ったり、調べたりする能力なんて皆無。

 でも料理もお話も、はじめての人と仲良くするのも好き。

 だから清水屋のプリンを食べながら香月さんに色々話した。

 そして分かったのは、瓶で蒸したにしてはまろやかすぎるってこと。

 お母さんと別の容器で蒸してから瓶に移動させているのでは……とジェネリック清水屋プリンについて協議をはじめた。

 私が極めるなら、こっちの道!

 

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