第38話 今日から始める、なにもしない○○
「ちょっと美穂起きなさい」
「えー……まだ5時じゃん、何、意味分かんない」
「圭吾くんが」
「あー…何か言ってる? 何も変わらないんだってー……」
「もうとにかく起きて!!」
寝ていたら朝5時にお母さんにたたき起こされて意味が分からない。
パジャマの上にパーカーを羽織って一階にいくと、もう制服を着た圭吾が朝ご飯を食べていた。
そこに私と同じように叩き起こされたのか。お父さんもパジャマ姿で座っていた。
圭吾はお父さんとお母さんに向かって、
「昨日俺から告白して、美穂さんの何もしない彼氏になりました」
お父さんはぼんやりと出されたお茶を飲んでたけど、それを吹き出す勢いで、
「はあ?」
お母さんは、
「ね、ほら。こんな話一人じゃ聞けなくて!」
と微笑んでいる。朝からコントが始まった。私はパーカーの前を閉じた。
圭吾は背筋を伸ばして、
「正直息子みたいに面倒みてもらっていて、娘さんである美穂さんを好きだって言うのは駄目だってずっと決めてきたんですけど、美穂が高校で男に話しかけられるだけで、俺もう無理で。マジで無理で。中学まではなんとか耐えたんですけど、高校になってから先輩とかが、俺と美穂の絆を何も知らないから、ずっかずっか来るの、マジで無理で」
お父さんは眼鏡をクイと持ち上げながら、
「あ、ああ……なるほど?」
「だからすいません。絶対に約束できます。お父さんとお母さんを困らせたり、泣かせたりすることは、絶対しません。今まで通り指いっぽん触れません。でも俺の彼女って枠に、美穂をさせてください」
「なるほど、今までも指一本触れてないのか、なるほど良いね。何も変わらないけど、学校でそう言うってことだね、それは理解したよ」
「でも俺は美穂が好きなので。ずっと好きだったので、それを言えて、嬉しいです」
お父さんは笑顔になり、
「分かったよ、ちゃんと言ってくれてありがとう。美穂はそれでいいのかい?」
そう言ってお父さんは私のほうを見た。
私は、
「……忙しいから彼氏なんて要らないし」
「高校生の出会いは大切なものだよ。色んな人と付き合うのは人生のなかで最も必要なこと。そんなことを言ったら、機会を無くすことになるよ。それでも良いのかい?」
私は目を逸らして、
「……別に、圭吾で、いい」
私がそう言うと「そうか」と満面に笑みを浮かべたお父さんの後ろで、圭吾が「やりぃ!」と騒いだ。
同時に私の後ろでザバーー……と豆が移動する音がした。
振り向くとお母さんが小豆をボウルの中に入れていた。
「お母さん?!」
「身体が勝手に丹波産最高級小豆を水に入れてしまって……」
「赤飯やめて!!」
「ゴマ……赤飯にはゴマだぞ、お母さん……ゴマなんだ……ゴマ塩……」
「黒ゴマ、どこだったかしら……すりごましか出てこない……こんなめでたい朝に……」
お父さんとお母さんがコントしてる間に、圭吾はご飯を食べた。
私は朝5時に起こされた文句を言いたくて支度を終えて学校に行く圭吾に玄関まで付いていく。
「……もう、朝から言わなくていいのに」
「俺、夢だったから」
「何もしない彼氏を名乗るのが?」
「美穂のお父さんとお母さんに、美穂を好きだって言うのが」
「!!」
「それに、俺で良いって言ってくれて、ガチで嬉しい。ヤバい、もう走りたい」
「……いってら……」
私は玄関で圭吾を見送った。
認めようと思って動いたけど、私が思ってるよりオオゴトにされそうでちょっと怖い。でもまあ今までも、散々付き合ってると言われてたし、しかもなったのは「何もしない彼氏」と「何もされない彼女」だ。
結局他の男の人には全く興味がないと分かった今、煩わしさが減るならそれで良い。
とりあえずまだ早すぎるからと布団に戻ったけど、なんだか寝付けず。
ウトウトしていたら、いつの間にか寝ていた。
そして起きたら学校にいく15分前で叫んだ! 目覚ましかけたスマホを朝一階に持っていってしまったから、誰もいない一階で私のスマホがひたすらアラームを鳴らしていた、地獄すぎるー!!
置いてあった朝ご飯をねじ込んで髪の毛を適当に縛って家を飛び出した。
「セーフ!!」
「アウトだけどな」
「セーフです!!」
私は門が閉まる瞬間に飛び込んだ。
サッカー部顧問の井上先生が門番で助かったーーー!
井上先生は門を閉めながら、
「圭吾の彼女になったんだって? 朝の6時から寮に入って末長起こして騒ぎになってたよ」
「すいません、私今日欠席します、急に頭が頭痛が、頭取れそう、これはダメだ」
「今日振り返りシート全部出てくるから、打ち込み今日中な」
「この大デジタル時代に手書きでシート書かせるの問題あると思います」
「動きを絵で描いたりするから、結局手書きなんだよなあ。文字だけデジタルで欲しいから。じゃあ放課後」
「先生~~~私帰ります~~~門を開けて~~~」
予想以上に圭吾が騒いでいるらしい。
何も変えたくない、何もしないって言ってたのに、全然違うじゃん!!
朝登校してきて井上先生に言われるレベルって校舎内はどうなってるの?! と思ったら、下駄箱に平野さんと伊佐木くんがいて、爆笑してしまった。出迎え!!
平野さんは笑顔で、
「遅い~~! やっと陥落したって聞いて。いやーー、諦めたの?」
「陥落……城なの……?」
「圭吾くんが朝から寮に侵入したって伊佐木くんに聞いて。ねえ?」
「マジでおもろかった。末長寝起きなのに『素晴らしい』って拍手しながら部屋入ってきてさ、どこの悪人だよ! あげくその足で上野先輩の所いって『そういうことなんで!!』って騒いでて、マジうるさい。最高に面白かったよ。騒いだ挙げ句の果てに、圭吾くん寮でみんなと朝ご飯食べてた」
「迷惑の塊じゃない……!!」
よく考えたら上野先輩に声をかけられたことが引き金だったわけだし、彼氏になったということを知らしめるために何もしない彼氏になったんだから、騒いで当たり前なのか。
なんか本当に正しい判断だったのか分からなくなってきた……。
自分を洗濯機の中につっこんで洗濯してる気持ち。
廊下を歩いて教室に向かう間も知らない子たちに「おめでとー!」と話しかけられて、飴を渡される始末。
一年生の廊下にくると、圭吾が出て来た。
「美穂、おはよう!」
「……寮は7時より前に入っちゃ駄目なのに」
「いやもう我慢できなくて」
「迷惑でしょう、みんな寝てるのに。それに彼氏って言ったって……」
話していると「ヒューヒュー! 痴話ケンカ~~!」「仲良しですねえ~」と声が上がる。
悪化させただけでやっぱりこんなことしないほうが良かったのでは……という気持ちが膨れ上がってきたころ、圭吾は私の横に立って、
「俺はサッカーで全国行くから、美穂に一番近くで応援してもらうために彼女になってもらったんだ。俺が頼んだんだからな!! 美穂を面白おかしくイジるやつは、全員俺の所来い、サッカーするぞ!!」
「あははは! もう朝から腹いてぇ、面白すぎる。こんなの前から分かってただろ」
どうやら圭吾と一緒にいたらしい末長くんが廊下に出て来て爆笑した。
私と圭吾をいじろうとしてきた人達はみんな「ただのサッカーバカだった」「そういえばもう付き合ってるみたいな二人だった」「落ち着く所に落ち着いたって話か」と解散していった。
圭吾は私のほうを見て、
「じゃ、放課後」
と教室に戻っていった。それを見て平野さんと伊佐木くんは、
「圭吾くんかっけー……」
と呟いた。なんというか、パワーは本当にすごい。私の横で末長くんはクスクス笑いながら、
「マジで笑った。6時に台所から寮に侵入してきてさ。まずおばちゃん達に『彼氏になったんです』って朝ご飯一緒に作りながら話してたみたいで。おばちゃんたちも『おめでとう~』って拍手してて」
さすがにそれは面白すぎて私は吹き出す。
「そんで6時半には俺の布団に圭吾がいてさ、顔ベチベチ叩かれて『美穂が彼女になってくれるって』って顔が大アップだよ。人生でこんなに笑った日ないよ。マジで一生忘れない、どういう状況だよ」
伊佐木くんはスマホを取りだして、
「今日は記念日にしよう。久米城陥落日。毎年語ろう。寮の伝説になったな」
「いやマジで腹痛い。おばちゃんたちケーキ作ってくれるって言ってたから久米さんもおいでよ」
「気持ちは嬉しいんだけど、イジられるだけだから勘弁してほしいかな……」
そう言いながら教室に入った。
始まった授業を聞きながら、顔が熱いことに気がつく。
全部バカすぎるけど「美穂を面白おかしくイジるやつは、全員俺の所来い」……はさすがに照れる。
ふと思い出す。千颯さんが言っていた「圭吾くんはそんなに弱いかな」という言葉。
弱いというか、真っ直ぐで鋭利すぎた圭吾の全ては、高校生になって、その衝撃さえも切れるようになったきた……という感じがする。わからないけど、棒きれ一本で無双するアニメの主人公みたいな?
でもああ言って貰えて嬉しかった、なんだか、すごく。
「ああ……やっと落ち着けます。千颯さんと桃の所には誰も来ない……!」
「さすがにすごいね。ここまで騒ぎになると思わなかった」
「千颯さんと桃といると、みんなビビって近づいてこないです」
いつも教室でお弁当食べてたけど今日は騒がしくて無理だった。
そしたら千颯さんと桃がいつものカフェテリアの外席に呼んでくれた。静か、最高! どうやら千颯さんはファンが多いけど、桃は相変わらず恐れられている存在みたいだ。
私は桃を見て、
「桃。圭吾からまた何かしたって聞いたけど……」
「数学の清宮先生をいじるバカ男がいたから、黙らせただけよ」
「清宮先生可愛いもんね。若いから大変そう」
「うるさいヤツは大嫌い」
桃はそう言って紅茶を飲んだ。
圭吾いわく、美人な清宮先生をずっとイジってる男の子がいたんだけど、ある日学校にきたら、その子がパンツ一丁でバイト先の店内を歩き回っている写真が黒板に貼り付けてあったそうだ。
クラス横を通った圭吾はその騒ぎを見て「ぜってー島崎……」と思ったけど、圭吾もうるさいと思ってたらしくスルーしたようだ。
でも数人いる源川中学出身者は加藤事件のことを引っ張り出し、やはり島崎桃がしたのでは……とそれも含めて再び伝説になり、恐れられているようだ。
桃はアイスを食べながら、
「三喜屋が持ってるファミレスよ。汚らわしい、即クビにするように言ったわ」
「あー……あそこか。なんで閉店後にパンツ一丁で練り歩いてるんだ、どういう性癖なんだ」
「知らないわよ。やっと静かになった」
「桃は全部裏で握ってるから怖いんだよな……引き出しに無限にネタが詰まってそう」
「隠し玉なんて汚いから隠されてるのよ、本当にゴミばかりだわ」
私はそれを聞きながら、昨日みた圭吾のお母さんのことを思い出していた。
千颯さんは私の方を見て、
「付き合いはじめたってことは、言ったんだ」
私は無言で首を振る。
「……ちゃんと話します。でもお母さんに言われて。不倫のことまで話す必要があるのかなって。じゃあそもそも言う必要があるのかなって。でも会ったら……とか色々考えるんですけど……なにより私、怖いんです。今の距離感で圭吾といると楽で、このポジションで良かったんだと思ってるから、もう何も変えたくなくて……怖いんです」
千颯さんは目を細めて、
「情報は、使わないと前に進めないと思った時のために取っておく物なんだ。羽を広げたい時にね。言わないと気が済まない、自分のために投げつけるように使いたい時は我慢したほうがいい。大体後悔する」
横で桃が目を丸くして、
「……千颯、良い事言うわね」
「半分桃に言った」
「ウザい男」
私はケラケラ笑った。
色々あるけど、すごく味方な人たちが近くにいて、すごく安心できる。
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