第35話 感謝祭、そして
「始まります、小田高スポーツ寮の感謝祭! いつもお世話になっているマネージャー、寮のお料理担当さん、寮父母さんに守衛さん、監督に、コーチも一緒に! 半年に一度の感謝デーです。手際が悪いですけど、私たちなりに頑張りますので、よろしくお願いします! 感謝祭の間だけで良いから、何もしないでくださいね!」
そう言って3年生女子スポーツ寮長の風間さんは頭を下げた。
小田高には女子スポーツ寮と、男子スポーツ寮がある。
高校生で、24時間生活、大切な子どもたちを預かる場として何かあるわけにいかない……ということらしく、女子寮と男子寮はものすごく離れた場所にある。
離れすぎていて、学校の敷地のふちとふち。校舎を四つ越えて、山もひとつ越えないとお互いの寮に行けない、自転車の距離だ。
でも食事は女子寮と男子寮の中間地点にある食堂で食べることになっている。
この食堂は学校のカフェテリアとも繋がっていて、小田高の全ての食事を担っている。
私は栄養士を目指しているので、食事関係の授業を多く取ってるんだけど、はじめてこの調理場に来たときは感動した。
教室四個分ほどの空間に調理道具が機能的に、それでいて美しく並べられていて、大量の食事を作ることに特化している。
ガス台、電子レンジ、オーブンはそれぞれ10個以上、冷蔵庫は壁一面……楽しい!!
ここで働く人は20人以上。そしてそれぞれの寮母、寮父、守衛さんやお掃除担当さんが10人ほどいる。
その人たちに半年に一度感謝を伝えるために寮生たちがご飯を振る舞うのが、この感謝祭だ。そして同時にバスケ部、野球部、サッカー部のマネージャーと教師とコーチも呼ばれている。
マネージャーは寮と連絡を取り合い食事の管理もしているし、私は大量のシーツの洗濯とか、大量のタマネギをむくとか、大好きなので、わりと顔を出している。
「上野くん、すごい、マジでパティシエ」
「うわ、それネットで見たことある包丁だ。ケーキ切るやつ!」
「おおおお~~! すごい。キレイに切れたー!」
二年生バスケ部所属で家がケーキ屋で、将来はパティシエになるという上野先輩は、家の手伝いの時に着ているという白いエプロンにしっかりとした帽子をかぶっていて、慣れた手つきで大きなケーキを切り分けていた。
どうやらパティシエ王子として人気があるようで、女子寮生たちが取り囲んでいる。
包丁の扱い方も手慣れてるし、全部ひとりでこのキッチンで作ったというケーキは10ホール以上。
かなり大変だと思うけど、本当にパティシエを目指してる人なんだなあと思った。
切り分けられたケーキを上野先輩は寮母さんたちにまず出していた。
それを食べた寮母さんは、
「ん~~! 去年よりも美味しい!」
と笑顔を見せた。どうやら去年も同じことをしたようで、みんな目を輝かせてケーキを食べていた。
それを見ていると、私の横席に末長くんが来た。
「はい、久米さん、サッカー部伝統のロングポテトをどうぞ」
「ありがとう! 火傷してない?」
「一ノ瀬先輩が超盛り上がってる。にゅるにゅる芋が出てくるマシンに皆夢中だよ」
「あれ楽しそうだよね」
各部活が名物料理を出してくれるのが決まりで、小田高サッカー部は、なぜかサッカー部の部室裏に畑があり、そこで作っているジャガイモで作ったロングポテトだ。ジャガイモと、片栗粉を多く含んだ専用の粉を混ぜて油の中でどろろ~~と引っ張ると、あの屋台で売っているロングポテトになる。
一口食べると、
「柔らかいのにサクサクしていて美味しい!」
「一年生は全員総出でジャガイモ剥きと潰し係。めっちゃ腕疲れる。いつも料理してくれる人に感謝できて良いわ、これ」
末長くんは苦笑した。
そこにお皿を持った
「久米さん、おつかれー! はいオムそばです」
「伊佐木くん、ありがとう。すごいちゃんと包んである、丸いっ!」
「これがバスケ部伝統なんだって。でも焼きそばを卵焼きで巻いてるだけだから、なんとかなった。まあ俺たち一年はひたすらキャベツ切ってるだけだけど。いやマジで大人数の飯大変すぎる」
伊佐木くんがそう言うと、末長くんも横で、
「それな」
とふたりで頷いている。この感謝祭を定期的に開くことにより、食後のお皿の片付けや、食堂内の清潔さもアップするし、お茶の補充などは寮生がするようになるらしい。
そんなこと言ったら運動部の皆がしている学校の周り10キロを3回とか、私は何があっても無理なので人生なんて適材適所だ。
ポテトとオムそばを食べていると、ケーキを配っている上野先輩のほうから女の子たちの悲鳴が聞こえる。
私の右側に座っている伊佐木くんが、
「久米さん、上野先輩に目付けられてるらしいけど、マジで近づかないほうがいいよ。俺久米さんのこと聞かれたけど『付き合ってないだけの彼氏いますよ』って言っといた」
「まさか圭吾のこと?」
「だってそうだろ? マネージャーは基本的にモテるんだよ。だって面倒みてくれるからさ。それに久米さんは料理上手だし、いつも楽しそうに掃除してて寮母さんたちに可愛がられてるのも良く無い」
そんなこと言われても大量の洗濯物とか大量の食材とかが好きで寮という存在が私にマッチしすぎている。
私の左側に座ってポテトを食べている末長くんも、
「今日は俺圭吾に頼まれて久米さん警備だから。だってあれだろ? 女子寮から女の子が来るのは一ノ瀬先輩と上野先輩だけなんだろ?」
「そうそう。俺何度も見たよ、上野先輩を巡るキャットファイト。だってあの甘いマスクで、部員150人のバスケ部二年でレギュラー、それでパティシエだろ? モテないはずがない」
伊佐木くんもポテトを食べながら悲鳴を上げている方向を見た。私は少し俯いて、
「あ……じゃあ、私あんまりよくないことしたかも……前に頼まれて……」
「久米さーん。おい伊佐木、仕事まだ残ってるだろ? 一年生がサボるな」
私の所にケーキを持って来た上野先輩が伊佐木くんに向かって顎で指示を出す。
伊佐木くんは立ち上がり、
「上野先輩おつかれさまです、戻ります」
私の左側に座っていた末長くんは上野先輩を見て、
「おつかれさまでーす。俺は昨日全ての自分担当のジャガイモ向いて担当の仕事は終えてまーす」
「だったら他の一年の仕事手伝うべきだろ」
「俺たち一年の仕事は全部終わってまーす。ていうかサッカー部の作業は全部終わってまーす」
そういって揚場を指さした。
どうやら本当にすべての作業が終了したようで、片付けも終わっているように見えた。仕事が速い、すごい。私は無言でパチパチと手を叩いた。
上野先輩は私の前にケーキを置いて、
「にしたって、今日は一年が座ってたらダメだろ。食後の紅茶出すんだから、手伝ってこいよ」
「うーす……」
そう言って末長くんも追い払われてしまった。
体育会系の上下関係はずっとこんな感じで、どの部活でも先輩が偉い。
これはもう伝統的なもので仕方が無い。すると末長くんの席に、押味先輩が座った。
「あら上野くん。久米さんに目を付けたって聞いたけど、何で?」
「押味、おっつー! 目を付けたって言葉悪すぎ。お菓子作り仲間だよ。久米さんのお母さんがジェネリック清水屋ロールケーキを作ってくれてさ」
「なにそれ? あの清水屋のロールケーキのニセモノってこと?」
「そうなんだよ、俺昼食べたら、マジでそっくり。すげえよ。もう俺今日久米さんと話すの超楽しみにしてたんだよ」
この前桃たちと話していた時に約束したので、今日はお母さんと一緒にロールケーキを作ってきたのだ。
ずっと謎だったジェネリック清水屋ロールケーキの作り方も分かって大満足。
私は上野先輩を見て、
「美味しくて良かったです。寮の冷蔵庫に多めに作って持って来たので、皆さんでどうぞ」
押味先輩は目を輝かせて、
「え~~?! 楽しみ。食べても良い?」
「もちろん!」
上野先輩は、あちゃー……という顔をして、
「ごめん。もう残ってない。昼間に少し食べて感動してみんなで食っちゃった。いやすごい、あれ、レモンピールかな、スポンジに入ってるの。かなり甘めに煮てるよね」
「さすがですね! そうなんです、レモンピールがポイントで、あれ作るのが大変です。レモン10個以上必要なんですよ」
「煮詰めるの? 切る? 皮だよね、メインは」
そう言って上野先輩は目を輝かせた。
レモンピールが分かる男の人ってはじめてで、それだけで新鮮だ。
生地を焼くときの温度が……と話していたら上野先輩がスマホを出して、
「ああ、楽しい。美穂ちゃんLINE教えてよ。今度うちのケーキ屋で一緒にケーキ作らない? もっと話したい」
「あ……」
そこまではっきり誘われて、私はなんだか気がついていた。
新鮮だなあと思いながら、全然ワクワクしてない自分に。
そして思い出していたのは……私は顔を上げた。
「じゃあ次の寮のお祭りの時に一緒に作りましょう」
「え~。遠いな」
「あ、みなさん上野先輩を待ってますよ。ケーキ食べたいみたいですよ! とっても美味しいですから!」
私はそう言って上野先輩を送り出した。
感謝祭が終わり、私は寮から出た。土曜日の昼の練習が終わったあとに行われていて、終わった今夕方になっている。
遠くに一番星が見えて気持ちが良い。
今日は寮の感謝祭ということで部活は休みだった。
寮を出て自転車置き場に向かうと、自転車置き場に圭吾が居た。
「美穂、終わった?」
「圭吾。何してたの?」
「補習!! なんだあのプリントの量は」
「……課題間に合わなかったの笑える。帰ろうか」
私は圭吾と一緒に自転車に跨がった。
圭吾は自転車で前を走りながら振り向いて、
「感謝祭大丈夫だったか? 何もされなかったか?」
「お兄ちゃん、もう高校生の妹を信用してください?」
「聞いただけじゃねーか! もういい、末長に聞くから。んだよ……こんなの年に二回も必要ねーだろ」
ブチブチ言う圭吾と一緒に家に帰った。自転車を漕ぎながら思う。
私が上野先輩と話しながら思い出していたのは、
「……圭吾って中学校のホットケーキ作りで、黒焦げの生焼け作ってお腹壊したよね」
「は? 突然何の話だよ」
「そして生クリームをクラスで一番はやくたてた」
「あ、それは覚えてる。俺泡立て器の才能だけはあったから!」
圭吾はそう言って楽しそうに自転車を漕いだ。
上野先輩に生地を焼く温度のことを言いながら思い出したのは、圭吾の生焼けホットケーキのこと。
真っ黒でフリスピーみたいに薄くて固くて、なぜか中が生。どれだけの火力で焼いたのか……今思い出しても面白い。
そして数分でたてた圭吾の生クリームはなんと砂糖を入れ忘れてて無味……、
「何度思い出しても面白い」
「美穂は何をさっきからずっと思い出して笑ってるんだ!」
「味がない生クリーム」
「忘れろ!!」
私は笑いながら髪の毛を耳にかける。
今日補習があったなんて聞いてない。だって先生達みんな感謝祭にいたし。
きっと無駄に心配してずっと待っていたのだ。バカみたいに心配してひとりで。
夏前の空気を感じながら私は思う。
圭吾に雨の中で叫ばれて、意味わかんないくらいモヤモヤして。
もうイヤだから料理が趣味の上野先輩に興味が持てたら……と心のどこかで思っていた。でも上野先輩とケーキ作ってる想像が1ミリも出来なかった。
浮かんだのは圭吾のカチカチケーキと味がない生クリームだけ。
結局圭吾より近い男の人なんて無理なのは、私のほうなのかも知れない。
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